競争力の源泉として、企業が知識や情報などナレッジへの依存を深めていることから、近年、自社を退職した社員による機密やノウハウの流出をどう防ぐかは企業の危機管理の重要課題になっています。社員が退職後に同業他社へ転職したり、競合する事業を独立・自営したりした場合は、ビジネスの命綱ともいうべき機密事項やデータだけでなく、自社の教育によって培われた高度なスキルやノウハウ、経験、人的ネットワークまでもが大量に外部へ漏れ出すおそれがあります。特に顧客データなどの営業秘密の持ち出しは、プライバシー保護の観点から、社会的にも看過されるべきではありません。
不正競争防止法においても、営業秘密の不正使用や不正開示、不正手段で取得した情報の利用や開示は固く禁じられていて、企業はこれらから保護されなければならないとされています。そこで社員の転職によって、重要な知的財産や営業秘密をライバル企業に利用され損失を被ることを防ぐために、社員の在職中はもちろんのこと、退職後も「競業避止義務」を求める企業が増えてきました。具体的には就職時の誓約書や就業規則などによってこれを定め、義務に違反した場合は退職金の支給を制限するなどの特約を盛り込むことが多いようです。
一方で会社と社員の関係は、退職した時点で失われているとも考えられ、そもそも憲法では各自に職業選択の自由を保障していますから、これを不当に制限する契約は「公序良俗違反」として、民法により無効と判断されます。また労働者個人の立場からすれば、自分のこれまでの知識や経験を最大限に活かして次の仕事を探すのは当然の選択であり、在職中はともかく、退職後まで競業避止義務を負わされるのは不合理と考えてもおかしくありません。実際、企業の利益と労働者の職業選択の自由との“境界線”がどこにあるのかは裁判で争われる微妙な問題であり、過去判例に倣って事案ごとに判断されています。
したがって企業が退職後も競業避止義務を求める場合、社員の職業選択の自由を過度に損なわないよう配慮することを前提として、就業規則や特約などに必要かつ合理的な範囲で法的根拠を示さなければなりません。また就業規則に退職後の競業他社への就職を禁じる規定があったとしても、それが有効かどうかは裁判になった場合、(1)競業行為を禁止する目的・必要性(2)退職前の労働者の地位・業務内容(3)競業が禁止される業務の範囲・期間・地域(4)競業が禁じられることに対する代償措置の有無――といった条件を総合的に考慮して判断されます。
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