VUCAの時代となり、あらゆる意味でこれまでの企業経営が見直されています。その中で、従来の「人事管理」のアプローチや手法が通用しなくなってきています。一方で現場に目を向けると、社員の多様化やプレイングマネジャーの増加により、上司のマネジメント難度は増すばかり。このような課題を乗り切るために、人事はどのようなアプローチをとることができるのでしょうか。リクルートマネジメントソリューションズで上司のマネジメントをサポートするツール「INSIDES」を開発した荒金泰史さんに、VUCAの時代に求められる人事施策とマネジメントについてうかがいました。
- 荒金泰史さん
- 株式会社リクルートマネジメントソリューションズ
HRアセスメントソリューション統括部 アセスメントサービス開発部 事業開発グループ マネジャー
リクルートマネジメントソリューションズ入社後、一貫して人材アセスメント事業に従事。顧客の人事課題に対し、データ/ソフトの両面からソリューションを提供。新たな人事アセスメントの考案・開発と、実証研究の開発業務にも関わる。早期離職、メンタルヘルス予防、組織活性のマネジメント、HR Technologyの領域に詳しい。
これまでの「正解」が通用しないVUCAの時代
現在はVUCAの時代と言われますが、企業にはどのような影響が出ていますか。
現代は変化が激しく、先行きが見えにくい市場環境にあります。VUCA時代を生き残るには、従来のビジネスモデルに捉われることなく、柔軟に戦略を転換していかなければなりません。今後は、以前のように右肩上がりの成長で、曖昧さのないビジネス環境に戻ることを期待できないからです。企業にはこのような時代をどう勝ち抜いていくのか、これまでの延長線上ではない発想で考えることが求められています。
特に悩ましいのは、歴史のある大手企業です。既にバリューチェーン(価値連鎖)が出来上がっていて、機能分化した組織が前提となっているからです。変化に対応しづらい組織文化があり「組織の慣性」が大きな足かせとなっています。VUCAの時代を前提に新しい発想で立ち上がったベンチャー企業とは、置かれている環境が異なります。
「組織の慣性」を大手企業は認識できているのでしょうか。
「慣性」というのは、従来からの合理性の結果です。ですので、それが「足かせ」になっていることに自分たちで気が付くことがとても難しい。また、人事には「人事の慣性」があり、これまでのやり方をつい正しく続けてしまう傾向があります。
例えばVUCAの時代においても、それを乗り切るための打ち手は、高度IT人材に対する給与の見直しや、あらためて年功序列の給与体系を是正するといった話が多い。これらはもちろん間違った動きではなく、むしろ正しい取り組みと言えますが、結局は「変化への後追い」になっていることが問題です。変化が起きても「ズレを補正すること」で止まっていて、「新しい変化を生み出すこと」まで行き着いていません。無意識に「変化への後追い」を行っているようでは、「ブレークスルー」は起きないでしょう。
カゴメの人事最高責任者である有沢正人さんは、この状況について「人事が最もイノベーティブでエッジが効いていないといけない」と警鐘を鳴らしています。「後追い」で人事戦略が行われているようではダメ、ということです。有沢さんが具体例として挙げていらっしゃったのは、例えば役員の評価や報酬を見直して社内の誰でも見られるように公開したこと、営業や研究開発部門のエース級をあえてHRBP (HRビジネスパートナー)に登用したことです。特に後者は、現場からの戸惑いの声が当初は大きかったそうですが、組織や従業員に与えるインパクトという意味では絶大でした。「バイネームで、インパクトのある人を動かす」という大胆な行動が、とても印象に残っています。
その人事施策にインパクトはあるのか?
カゴメのように問題意識の高い企業では、VUCAの時代を見据えた人事戦略を行っているわけですね。では具体的に、どのような人事施策が求められるのでしょうか。
例えばある企業では、キャッシュレス決済の事業部門に対して、一度に数百人単位の人事異動を行ったそうです。伸びている部門に多くの有能な人材を投入するという「目に見える人事施策」は、インパクトがあります。このインパクトがVUCAの時代には不可欠です。
これ対して「正しい人事施策」として行いがちなのは、今の時代に求められる要件を再定義し、それを基に人材を処遇する制度と教育施策を構築。ズレを補修しながら、職場作りを進めていくためのPDCAを回していく、といった対応です。ビジョンやミッションの「見える化」もよく行われています。
先行きが見えないVUCAの時代だからこそ、余計に「正解らしきもの」にすがってしまう気持ちはよくわかります。しかし、うまくいっているベンチャー企業のやり方を、歴史を持つ企業がそのままマネするだけではうまく行かないのが現実です。ビジネスのフェーズが違うのですから当然です。つまり、VUCAの時代を「正しい人事管理」で乗り切ろうとすること自体に無理があるのです。こういう時代には、例えば大胆な配置転換で組織を組み直すなど、従来の合理を越えたインパクトを組織や人に与えるアプローチの方が効果的です。
ここで、かつてはベンチャー企業で、現在は大きな会社組織となったリクルートグループを例として挙げます。社内で語り継がれる組織活性の要件として「1に採用、2に配置転換、3に教育、4にイベント、5に小集団活動」という言葉があります。採用においては従業員が1000人程度だった時代に新卒で1000人を採用するなど、特に外部視点を取り入れていくことに注力していました。また経営者は大胆な配置転換を好み、若手の抜てきはもちろんですが、各部門のエース級をどんどん異動させたと聞いています。まさに“カオスの創出”とも言える行為ですが、このようにして意図的に組織を引っかき回すことで、風土の膠着(こうちゃく)を防ぎ、環境変動への耐性を高める効果はことのほか大きい。この話は、カゴメの有沢さんの話ともとてもよく似ていると思います。
人事にエッジを立てて、大胆に施策を行うのか。それとも「あるべき姿」を目指して、正しく進めて行くのか。VUCAの時代、その決断によって結果が大きく違ってくることを認識しながら、人事は決断することが求められています。
そのほかに、VUCAの時代で問題となっていることはありますか。
昨今、人事管理において流行しているものとして、「キャリア自律」と「個の尊重」があります。これからは会社が従業員を守ってくれる時代ではないので、一人ひとりが自分のキャリアに責任を持ち、自ら学び、市場価値を高めていく必要がある。そのため、会社は従業員一人ひとりのキャリアや意欲を尊重し、自分で選べる環境をどんどん提供しなければならない、といった考えがその背景にはあります。
「個を尊重する」という考え方自体は、どこから見ても正しいもので、善き思想です。一方で、個が成長できる環境を組織としてどう生み出すのか、ということも考えなければなりません。例えば前述の通りリクルートグループでは、経営が意図的に組織を引っかき回しました。その中で個々人は変化に対応するために努力し、自身の経験や能力、キャリアを開拓していく。「個の尊重」と「カオスの創出」のバランスの中で、環境変化に強い個人と組織が育っていく側面があったのだと思います。こうした側面が抜けたまま「一人ひとりが自分のキャリアへの意識を高める」ことばかりを進めてしまいがちなところが、今の時代における人事の「盲点」だと思います。
「カオス」を創出することとセットで行わないと、「個の自由」から得られるものは少ないわけですね。
その通りです。共同研究をしている埼玉大学の宇田川元一准教授ともよく話しているのですが、個人を関係や文脈から切り離された形で捉えること自体が不自然なのです。「人は状況変化の中で自分の新たな側面に気付くことがあり、そういう変化を受け入れながら新しい自分になっていく」という観点は非常に重要です。より社会構成主義の原理に則って言うのであれば“自分らしさ”は自分の内になく、状況の内にこそ存在する。就職活動における行き過ぎたキャリア教育に疑問を感じられる方も多いと思いますが、状況から切り離して、自分のやりたいことや自分らしさだけを見つめさせても、かえって行き詰まってしまうのです。
最近、大手企業でも面談の制度を見直したい、具体的にはこれまで年2回の評価面談しか公式の面談はなかったが、キャリアプラン面談や1on1を加えたい、といったご相談を多くいただきます。もちろんよいことだと思いますが、一方で従業員からは「今の部署から出たい」「本社部門に異動したい」など、経営の立場からすると、簡単には実現できないキャリアの希望ばかりが出てきて困っているという話をよくうかがいます。自分のやりたいことが実現できるのは少なくとも今の会社ではない、と転職に至ってしまうことも少なくありません。
キャリアに関して話し合うこと、個人のキャリアを尊重すること自体は間違っていません。ただ、それを本人だけに委ねていると、先ほどの例のようになってしまいます。これが言葉の「誤作動」にあたるのです。
「マネジメント」をどう定義し、どのように支えるのか?
会社と個人の関係性を、より豊かな視点で捉えていくことが必要なのですね。人事が特に気を付けるべきこととは何でしょうか。
特にマネジャーに向けての支援が大切だと感じています。原理的におかしな発想に基づいて施策を企画・実行していくと、現場で「誤作動」が起きる。その影響を最も受けるのがマネジャーです。こうした時代やビジネスの変化、従業員の多様性に、企業の中で誰が一番直接的に向き合っているのがマネジャーだからです。マネジャーに対して、人事はどんな発想・視点に基づいてどう支援を行うのか。それこそが、VUCAの時代を乗り越えるために人事が検討すべき最重要事項だと思います。
ところが、そんなときも人事は「正しい管理」に目を向けがちです。例えば「組織診断」で、サーベイを取ってPDCAを回すというやり方。もちろんこうしたアプローチを通じて、より良い職場をつくろうとすること、メンバーの声を捉えてマネジメントを改善していこうということ自体は正しく、善き行為です。しかし考えるべきなのは、「この取り組みが、現在の複雑なビジネス環境を乗り越えることにつながるのか」ということです。
私たちが意識すべきなのは、こうしたアプローチには前提として理想とされる「良い職場像」や「良いマネジメント像」がある、ということです。その像とは、多少の差はあっても、「リーダーはいつも元気よくビジョンを発信し、明晰な頭脳で戦略を立ててわかりやすくメンバーに伝え、一人ひとりにきめ細かく対応していこう」というものです。しかし、それさえやっていればVUCAを乗り越えられるのでしょうか。「正しく管理する」といった考え方には、そういった「幻想」が横たわっているのです。
「正しい管理」に向かってしまう「人事の慣性」からいかに脱するか。難しいテーマですね。
自分たちが慣れ親しんだやり方はもちろん、視点や発想を捉え直すことは非常に勇気のいることだと思います。ですが、ビジネスの側面においては、それがまさにVUCAの時代には避けられない。人事だけ、その必要がないということは原理的にあり得ないですよね。評価制度を変えて、年に1回キャリア面談を行えば、自分たち自身の発想も見違えるように変わるのか。目の色が変わるのか。そんなことを省みていく必要があるのだと思います。
新しい視点を取り入れていくために、トヨタ自動車の豊田章男社長が年始挨拶や労使交渉の内容を一般公開しているので、ご紹介したいと思います。例えば年始の挨拶では、トップダウンとボトムアップの話をしていました。トップはボトムの人たちのことをよく理解して、物事を進めていかなければならない。同時に、ボトムの人たちも待遇改善の話だけでなく、トップの仕事場を見に来てほしいと。従業員・組合員が自分たちの主張ばかりするはおかしいのではないかと。こうした話を公の場でしたことに、共感する人は多かったようです。
慣性から脱しようとだけ言われると難しさを感じてしまいますが、そういった新しい視点の話を聴くだけで、何か視界や発想が変わるような気がしますね。
はい。それが真の意味の「対話」です。ぜひ対話を通じて、多様な視点を取り入れることをお薦めします。豊田社長のお話で大変興味深いのは、マネジメントが「You」の視点を持つことの大切さの話です。トヨタの管理職は「I」の視点ばかりなのではないか。目の前の部下の視点に立てない人間は、経営トップの視点にも立てないし、世の中の視点にも立つことができない。そして、管理職が「I」の視点ばかりで話をするから、従業員も「I」の視点ばかりになる。そうやってトヨタ自動車は、どんどん世間から離れていった会社になってしまう。役員が理想ばかりを主張するのも、「You」の視点が欠けていて現実をきちんと見ていないからだと。
INSIDESを活用することで現在の人事課題を解決する
「良いマネジメント像」という理想に捉われ過ぎると「You」の視点も持ちづらくなる。先ほどのお話とつながっている訳ですね。
その通りです。VUCAの時代を乗り切るために一番必要なことは、突き詰めればとにかく現実をよく見て、自分たちを変化させていくこと。マネジメントにおいては「I」の視点ではなく常に「You」の視点を持つように心がけることです。
そうした問題意識の中で、INSIDESを開発されたということでしょうか。
サーベイを取って対応するということでは、INSIDESも従来の組織診断と変わりはありません。では、どこが違うのか。これまでの一般的な組織診断では、「あるべきマネジメント像」「あるべきチーム像」に照らして従業員の結果との「差分」を採点し、それに基づいてPDCAを回すという方法をとっています。こうあるべきだという正解を置き、そこに向かって修正していくアプローチです。
一方INSIDESは、従業員の声を聞くことは同じでも、向いている方向が違います。ポイントは、従業員一人ひとりがどのような「現実」を見ているのか。あるべき像に照らして、自分のマネジメントがどうかという「I」の視点に止めさせるのではなく、従業員一人ひとりを「You」の視点で見よう、というアプロ-チを取っています。
価値観が多様化する現代において、従業員それぞれで「現実」の捉え方は全く違いますし、そもそも個人のある瞬間を切り取っても、単にやる気があるとか無いとかだけではなく、さまざまな想いや感情を同時に抱えているのが人間です。そういった一人ひとりの「You」の視点を知り、組織の成果に向けて調整を図ることが重要です。
一方で、我々のようなサービス提供者や人事の皆さまが、「I」の視点だけでマネジャーに要望しても、なかなかうまくいきません。マネジャー自身の「You」の視点に立って、現実のマネジメントをサポートする必要があります。
例えば、モチベーションが高いメンバーの方が良いパフォーマンスを上げることは、誰だってわかっていることです。しかし、いざ「マネジャーの役割として、モチベーションを高めるように」と強要されると、反発するマネジャーが少なくありません。「成果を上げなければいけない立場なのに、なぜそこまでメンバーの面倒をみなくてはいけないのか」「メンバーを元気にするのが自分の仕事なのか」などと、立腹する人さえいます。理屈では分かっているけれど、納得できない。これもまた人間の複雑な感情の表れです。
そこでINSIDESは、認識を組み替えました。「上司から見た期待」と「本人が前向きかどうか」という状態をマトリックスで捉え、「上司の期待が高くて、本人も前向きな状態」の場合、放っておいても大丈夫だと判断します。上司の意識は自然と「期待が高いのに、本人が前向きではない状態」へと向かいます。すれ違いの実態、つまり上司が見ている現実と本人たちが見ている現実とは必ずしも一致していない、ということを示しています。
こうした実態を見て、自分なりに気づきを得て、「皆が上司の期待が高くて、本人も前向きな状態」であれば、成果も上がり、何より上司自身が楽になる」ことを自覚してもらいます。「皆さん、自律的なプロ集団であれば、マネジメントもラクである、ということをゴールに置いてみるのはどうでしょう。そして、チーム全体のパフォーマンスを上げていくために、どの人に優先順位を付けて関わっていくかを考えましょう。ただし、誰を優先するかについては、皆さんが自由に決めて下さって結構です」ということを伝えます。そう伝えるだけで、自身の持つ複雑な感情が整理され、「腑に落ちた」と感じるマネジャーが多いのです。
同じ指示(=メンバーのやる気を高めてパフォーマンスを上げてください)であっても一方的に伝えるのと、「You」の視点に立って共に整理するのとでは、受け取り方が全く変わってくるひとつの例です。マネジャーは成果を上げなくてはいけないと思っているし、そのためにも人を育てないといけないと誰もがわかっている。そこに真っすぐに取り組めるよう、「You」の視点に立ってあげるだけで、「誤作動」は起きづらくなるものです。
そのためにINSIDESで意識しているのは、一人ひとりの抱えている「現実」がよりリアリティを伴って見えるようにすること。マネジャーが、メンバーの見ている現実に、なるべく自然に寄り添えるようにすることです。「あるべき姿」を置いて、「自分の足りないことに気を付かせる」ということではなく、「現実」とどううまくやっていくのか、そのことに対する支援がINSIDESの一番の特徴です。
最後に、今後の展開についてお聞かせください。
「経営人事」が求められる中、変化を生み出すためには何をすればいいのか、という視点が人事には必要です。そのためには、これまでの人事管理をより良くするというアプローチではなく、今の時代に合った経営を実現するための「人と組織の動かし方」が重要。より効果的な理論や手法を生み出して、人事の方々にお伝えしていきたいですね。
3つの事業領域(人材開発・組織開発・制度構築)において、
3つのソリューション手法(アセスメント・トレーニング・コンサルティング)を
かけあわせて、経営・人事課題の解決を支援。