サクセッション・プラン
サクセッション・プランとは?
サクセッション・プラン(Succession Plan)とは、もともとは「後継者育成計画」のことで、重要なポジションの後継者を見極め、育成することを指していました。しかし、最近では目まぐるしく変わる経営環境の中、ビジネスチャンスがいつ訪れてもいいように、また思いがけないリスクを回避するために人材を育成しプールしておく施策全体のことを指しています。具体的には、客観的な人材アセスメント、組織力分析、次世代人材プールの育成、活性化、リテンション(定着)戦略まで含んだプロセスです。
1.サクセッション・プラン(後継者育成計画)とは
サクセッション・プラン(Succession Plan)は、「後継者育成計画」と訳されます。欧米ではすでに一般的で、社長をはじめとする経営幹部が後継者を指名し、次世代を担う人材を彼らの責任において計画的に育成するという手法を取っています。つまり、経営に直結する該当ポストが空席になった際に、迅速に適切な人材を配置して、権限と責任の空白を排除することを目的にしています。
『日本企業のコーポレートガバナンスに関する実態調査(令和2年度、経済産業省とPwCあらた監査法人)』では、後継者候補者の選出ができている企業は33%でした。しかし、後継者計画のロードマップの立案を実行できている企業は23%、後継者候補の育成計画の策定・実施ができている企業は26%でした。依然として多くの企業では後継者育成についてのディスカッションや取り組みが行われていないことがわかります。
日本におけるサクセッション・プランは、将来の後継者育成だけではなく、ポストを特定せずに次世代リーダーとなり得る若手人材を選定・育成することも目的となっているようです。例えば、企業の若返りやイノベーション創出を目的として、計画的に人材育成に取り組む企業が増えています。
人材育成や後任登用との違い
サクセッション・プランと「人材育成」「後任登用」には、どのような違いがあるのでしょうか。
人材育成とは、企業が掲げる経営戦略やビジョンに共感し、事業成長に貢献する人材を育成する施策です。従業員が企業を支える人材へと成長するように、人事部が主導になって研修やサポートを実施しています。一方、サクセッション・プランは、経営者に欠かせないスキルや能力を開発し、磨いていく施策です。より長期視点での育成が求められるため、期間も数年から数十年と長く要するほか、経営層自らが直接育成や評価に携わる点が大きな特徴です。
後任登用とは、人事戦略において該当ポジションに近い立場(年齢や職務など)や直属の部下からふさわしい人材を選定することです。該当ポジションの必要性に応じて実施されるため、補充までの期間が短く、現状の中でふさわしい人材を選ぶという受身型になります。継承者を選定する部分はサクセッション・プランも同じですが、部署を問わず幅広い人材の中から選ぶことを想定しており、直近の経験やスキルだけではなく、今後の可能性や期待も含めて人選する点が違います。また、経営戦略の一環であるため、後任登用に比べて長期間を要する点も異なります。
- 【関連記事】
- 人材育成とは|日本の人事部
2.サクセッション・プラン(後継者育成計画)が重要視される背景
現在、日本企業における後継者不足は見過ごすことができない、重要課題として捉えられています。日本政策金融公庫が実施した「中小企業の事業承継に関するインターネット調査(2019年)」によると、中小企業の事業承継において、後継者が決まっており後継者本人も承諾している「決定企業」はわずか12.5%にとどまり、後継者が決まっていない「未定企業」が22.0%、自分の代で事業をやめる「廃業予定企業」が52.6%にも及ぶことがわかりました。日本国内企業の99%が中小企業であることから、この結果は非常に深刻な問題と言えます。
経営幹部の影響力は非常に大きく、選任を誤ってしまうと業績低下、経営破綻にもつながりかねません。決断には大きな労力を伴いますが、企業成長のための投資と考え、積極的に実施しなければならない段階にきていると言えます。企業の持続的成長のために、サクセッション・プランはますます重要で欠かすことができない施策となるでしょう。
コーポレートガバナンス・コード
東京証券取引所は2015年に「コーポレートガバナンス・コード(CGコード)」を策定しました。コーポレートガバナンスとは、「企業統治」を意味しており、「株主をはじめ顧客・従業員・地域社会等の立場を踏まえた上で、透明・公正かつ迅速・果断な意思決定を行うための仕組み(※)」を指します。その実現を目指すための原則・指針をまとめたものが、コーポレートガバナンス・コードです。2018年6月にコーポレートガバナンス・コードが改訂され、サクセッション・プランに主体的にかかわることを促しています。
取締役会は、会社の目指すところ(経営理念等)や具体的な経営戦略を踏まえ、最高経営責任者(CEO)等の後継者計画(プランニング)の策定・運用に主体的に関与するとともに、後継者候補の育成が十分な時間と資源をかけて計画的に行われていくよう、適切に監督を行うべきである。
経営者の交代は、企業価値を大きく左右させる重要な意思決定です。受け身型の継承では、成り行き任せの経営になり、現場が混乱する可能性があるため、安定経営を維持することはできません。そこで、企業統治の観点からも、取締役会によって計画的かつ継続的に、後継者候補を輩出する仕組みを整備しなければならないのです。
ISO30414
ISO30414とは、2018年12月に国際標準化機構(ISO)が定めた、社内外のステークホルダーに対して人的資本に関する情報開示の国際的なガイドラインのことです。ガイドラインの中で「Succession planning」が設けられており、持続可能な労働力計画に不可欠なツールと説明しています。
2020年に米国証券取引委員会(SEC)が人的資本の開示をルール化したことで、「人的資本開示のフォーマット」として日本でも注目されるようになりました。サクセッション・プランにおける情報開示指標には、「後継者の有効率(Succession Effectiveness Rate)」「後継者カバレッジ率(Successor Coverage Rate)」「後継者準備率(Succession Readiness Rate)」があります。
人的資本開示が求められるようになった背景には、ESG経営が挙げられます。ESG経営とは、財務だけではなく「Environment(環境)」「Social(社会)」「Governance(ガバナンス)」も考慮した経営を意味します。昨今ではSDGsの動きもあり、安定的に長く経営する企業を高く評価されるようになりました。そのため、安定的な事業継続に必要不可欠である後継者育成の情報開示が、世の中から求められるようになってきたのです。
- 【参照】
- ISO30414|日本規格協会グループ
3.サクセッション・プラン(後継者育成計画)のメリット・デメリット
サクセッション・プランはやみくもに導入するのではなく、メリット・デメリットを押さえた上で自社にあったプランを検討することが重要です。
サクセッション・プランのメリット
- 組織の混乱や、それに伴う業績不振を回避できる
- 今まで培ってきた企業カルチャーや伝統を維持しやすい
- 経営層に不可欠な人材要件を整理・可視化できる
- 優秀な人材を確保でき、採用コストを削減できる
- 従業員の出世意欲を掻き立て、リテンションにつながる
企業経営において、CEOやCFOなどの経営幹部ポストが空白になってしまうのは望ましくありません。重要な決定を行うことができず、現場は混乱し、今までのパフォーマンスを発揮できない状況になりかねないからです。そのため、あらゆる緊急事態やビジネスチャンスに備えて後継者を育成しておくことは、重要課題と言えます。また、社内の人材から経営ポジションの後任を決定できれば、採用コストが抑えられるだけではなく、従業員のリテンションにもつながります。経営ポジションの要件が可視化されることで、育成対象となり得る従業員の士気が向上し、社内の活性化も見込めるため、企業成長に大いに貢献するでしょう。
サクセッション・プランのデメリット
- 準備から運用までに長期間を要し、育成コストがかかる
- 候補者が退職・辞任した場合、それまでにかかった時間や費用が無駄になる
- 候補外となった従業員の意欲が下がり、生産性低下や退職リスクが生じる
サクセッション・プランは短期間で成果が表れません。中長期戦略に関わり、数年から数十年にわたって計画・実行するため時間も費用もかかります。また育成段階で、候補者が辞退・退職することも大いにあり得えます。育成にかけた時間や費用が無駄にならないよう、適切かつ慎重に人選することが重要です。
また、サクセッション・プランは従業員の出世意欲を高め、会社への士気向上に有効な一方、選出対象外となった従業員のモチベーションが低下する可能性もあります。そのため、全従業員のキャリアプランやモチベーション維持施策を検討することも大切です。
4.サクセッション・プラン(後継者育成計画)の導入方法
どうすればサクセッション・プランを計画的に策定することができるのでしょうか。
サクセッション・プランは、経営者自らが主導していくものです。例えば、取締役会が本件の責任者として立ち上がったり、取締役会の配下に諮問機関として設置されたりします。また、社外取締役も含めた「指名委員会」によって都度議論を行うこともあります。
人事部も、サクセッション・プランの策定で重要な役割を果たします。候補者選出や育成計画の作成・運用には、現場を熟知している人事部の知見が期待されます。
自社のミッション・ビジョンや中長期経営戦略を明確にする
次代の経営幹部に適している人材を考えるにあたって、最初にやらなければならないのは、創業からの経営理念を再確認し、ミッション・ビジョンや経営戦略を明確化することです。これらが不明確であると、どのような人材を獲得・育成すべきなのかを判断することができません。
現在、自社はどういう環境にいるのか、技術やサービスなどの競合優位は何か。置かれている立場を把握した上で、どのような方向に進んでいくべきなのかを整理します。またその内容が適しているのか、経営層全体にも共有されているのかを改めて確認しなければなりません。
ポジションを洗い出す
ミッション・ビジョンや中長期経営戦略などを明確化した後、実現するために不可欠なポジション・ポストを洗い出します。サクセッション・プランでは、代表取締役・CEOに限らず、役員クラスや部長クラスなど、その対象範囲はさまざま。戦略上必要なポジションは何か、どの範囲までを対象にするか、何人必要かによって、サクセッション・プランの期間や規模、内容、関わる人材は変わります。また、外部から調達する必要があるのか、内部育成で問題ないのかなど、フローも変わります。ポジションだけではなく、組織図なども考えておく必要があるでしょう。
ポジションの人材要件を明確化する
ポジションを決定した後、求められる人材要件を明確化します。具体的には、下記のような要件が挙げられます。
- 経営全般に関する知識やコンピテンシー、資質、性格(リーダーシップやコミュニケーションなど)
- 語学力やグローバルな視点
- 責任あるポジションの任務経験
- 実績や受賞経験
- 組織内における立ち位置や周囲との関係性
- 広い業界での人脈
- 本人の意思・意欲や企業に対する理解度
人材要件をできる限り具体化して、選抜基準や評価指標を作成します。
要件に合致する人材を選抜する
人材要件をもとに候補者の選定を行います。自薦他薦、各種アセスメント、研修やグループディスカッション、試験、面接などさまざまな方法があります。
また、特定のポジションごとに人材を募るのか、複数名をプールしておくかによっても選抜方法は異なります。将来の経営者・幹部候補を育てていく場合は、直近の経験やスキルだけではなく、ポテンシャルや可能性も加味することが重要です。面談やコンピテンシー評価なども合わせて選定することが求められます。
登用と育成のプランの計画立案・実行
サクセッション・プランでは、人材によって現状不足している能力や伸ばしていくべきスキルが異なるため、ポジションや候補者ごとに育成計画を立案し、実行していきます。また、候補者の志や信念も踏まえた上で計画を作成することで、各候補者のモチベーションの向上が期待できます。
例えば、MBAなどの経営に必要な基礎知識の習得、現場での問題解決能力を高めるアクションラーニングの実施、ジョブローテーションによる業務フローや専門知識の習得、責任あるプロジェクトにリーダーとして参加するといった実務経験が考えられます。
進捗確認や評価の実施
サクセッション・プランは長期的なプロジェクトになるため、育成が計画通りに進捗しているかどうかを一定期間で必ず確認します。候補者の成長状況を見て足りない点や強化すべき点があれば、改善するための施策を育成計画に盛り込み、早いタイミングで軌道修正をする必要があります。必要に応じて、新たな候補者を探すことも視野に入れなければなりません。
サクセッション・プランを成功に導くために大切なのは、候補者が主体的、自律的にオーナーシップを発揮して行動すること。そのため、定期的に経営陣との面談を設定するなど、候補者のモチベーションをコントロールすることも重要です。
後継者決定と選定後のサポート
後任者として配置できる状態にまで成長したら、最終的な評価を行います。その後評価結果などを踏まえて、指名委員会で議論の上、取締役会で後継者を指名・決定します。
しかし、指名後すぐに就任するわけではありません。現任者の配下で現場経験を積む、経営スキルをより高められるポジションを用意するなど、適切な継承タイミングまでしっかりサポートしていく必要があります。
5.サクセッション・プラン(後継者育成計画)の企業事例
日本の大手企業では、早いタイミングからサクセッション・プランを導入し、後継者育成に取り組んでいます。
カゴメ株式会社
早くからサクセッション・プランを導入・実施していたカゴメ株支持会社では、40歳ぐらいの従業員を次世代リーダーとしてプールしています。役員および主要部長のポストについて、候補者の順位づけを実施。ポジションごとの候補者マップをつくり、そのポジションに今候補者がとれだけいるかが一目でわかるようにしています。また、重要ポジションを可視化して、人材開発委員会が育成計画を議論。報酬・指名諮問委員会に付議し、社外取締役に意見をもらうフローをとって、社内外の立場から候補者を決定しています。
株式会社エヌ・ティ・ティ・データ
株式会社エヌ・ティ・ティ・データでは、経営陣自ら候補者を挙げ、そのポジションに対して誰が次の候補として最適かを議論するセッションを実施しています。また、経営幹部を担う人材の育成に注力しているのも特徴的です。世界各国のグループ会社が一丸となり、次世代経営層を育成するためのGLP(Global Leadership Program)を実践。グローバル・ローカルの両面から経営戦略に対する課題を検討・抽出し、「One NTT DATE」の実現に向けて主体性を持つことを目的にしています。すでにGLPの卒業生は650人を超えているそうです。
花王株式会社
花王株式会社では、組織の硬直化を防ぐことを目的に、継続して後継者育成に取り組んでいます。経営幹部として見込まれる人材を毎年選抜し、サクセッション・プランを実施。花王独自の「サクセッション・プランフォーム」を用い、人材(人財)レベルを三つに分けています。即後任として達成責任を遂行できる「ReadyNow」、1〜3年後を見越し、現業務に加えて育成プログラムを実施しする「ReadySoon」。そして3~5年後のポテンシャル人材として、育成プログラムと業務のローテーションを組んで能力開発に臨む「MidTeam」。フェーズごとにあわせた育成プラン体制をとっています。
株式会社りそなホールディングス
2007年6月と銀行の中でも早いタイミングからサクセッション・プランを導入し、透明性のある後継者選抜・育成に取り組んでいる株式会社りそなホールディングス。その対象も社長から新任役員候補者まで幅広く、それぞれのポストに応じたプログラムを作成・運用しています。その際には、外部コンサルタントから助言を得たり、指名委員会自らが実際にプログラムに参加したりと、客観的かつ多面的な観点から人材の見極めを行っています。また、「役員に求められる人材像」として七つのコンピテンシーを定めるのも特徴です。
- 【参照】
- ディスクロージャー誌(統合報告書)2020年3月期|株式会社りそなホールディングス
- りそなホールディングスおよびりそな銀行の役員評価制度等について|株式会社りそなホールディングス
- 金融機関のガバナンス改革―実践事例―|日本銀行
日本アイ・ビー・エム株式会社
日本アイ・ビー・エム株式会社では、「組織・事業としての成⻑視点」と「個⼈の育成視点」の二つを両⽴しながら、後継者・次世代リーダーの育成を行っています。最低3⼈は後継者候補(Bench)確保を目標に、人材特定や後継者育成計画を議論しています。また人材区分を、ER(エグゼクティブリソース)、TR(テクニカルリソース)、TT(トップタレント)と三つに分けて、ERに該当した人材から次の幹部候補者を選定しています。
トヨタ自動車株式会社
トヨタ自動車株式会社では、1999年より役員陣や部長クラスを対象にグローバル幹部人材の育成プログラム「GLOBAL21 プログラム(Global Leaders through Opportunities of Broader Assignment and Learning for 21st Century)」を推進しています。その他、次世代リーダー育成として、従業員へのキャリアパスの掲示・本人確認やサクセッション・プランによる育成計画の作成、業務経験を目的としたジョブローテーションなどを実施。また近年では、女性幹部候補の輩出にも力を入れており、候補者のサクセッション・プランに基づいた育成にも取り組んでいます。
オムロン株式会社
サクセッション・プランで有名なのが、2018年に一般社団法人 日本取締役協会主催の「コーポレート・ガバナンス・オブ・ザ・イヤー」において、「経済産業大臣賞」を受賞したオムロン株式会社です。同社では、2006年より社長指名諮問委員会を設置しています。これは社長が指名した人材で構成されており、早い段階から透明性の高いサクセッション・プラン実現を目指すために実施されました。同委員会では、公平性や客観性のもと、現社長CEOの評価や次年度の指名、緊急事態時の継承プランなどを行っています。
- 【参照】
- 「コーポレート・ガバナンス・オブ・ザ・イヤー2018」「経済産業大臣賞」を受賞|オムロン株式会社
- 2018年度ESG説明会資料|オムロン株式会社
- コーポレート・ガバナンス体制|オムロン株式会社
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