企業が厳しいビジネス競争を勝ちぬくには、現場の社員一人ひとりが創意工夫を凝らして仕事に取り組み、成果を上げていくことが必要です。現場の実践力を高めるために何をすればいいのかと悩んでいる企業も多いようですが、いま最も注目されている施策の一つが、上司と部下が定期的に1対1でミーティングを行う「1 on 1」です。導入する企業も増えていますが、どういった点に注意すべきなのでしょうか。また、どうすれば効果的に実践することができるのでしょうか。今回はリクルートマネジメントソリューションズで、効果的な1 on 1面談を行うためのサービスを開発している荒金泰史さんにインタビュー。1 on 1を導入する際にポイントとなる事項や、陥りやすい落とし穴とその対処法などについてお話をうかがいました。
- 荒金泰史さん
- 株式会社リクルートマネジメントソリューションズ
HRアセスメントソリューション統括部 ソリューション推進部 事業開発グループ
主任研究員 マネジャー
リクルートマネジメントソリューションズに入社以来、一貫して人材アセスメント事業に従事。顧客の人事課題に対し、データ/ソフトの両面からソリューションを提供。新たな人事アセスメントの開発業務と、実証研究にも関わる。入社者の早期離職、メンタルヘルス予防、HR Technologyの領域に詳しい。
なぜ今、1 on 1が流行しているのか?
1 on 1とはどういうものか、改めてご説明いただけますか。
1 on 1とは、上司が部下のために行う、1対1の対話です。これまで日本企業では、年に1~2回のMBO面談や自己申告面談が、上司と部下の面談機会として一般的でした。しかしこの程度の頻度のコミュニケーションで、本当に効果的な部下へのフィードバックやモチベーション向上が図れるのか?一人ひとりの自発性を高め、成長を促進しようと考えたときには、もっと違った形のコミュニケーションも必要ではないか、という疑問が出てきたことが「1 on 1」が注目されるようになったきっかけです。
1 on 1はインターネット関連企業など、特にデジタル産業から流行り出しました。そういった業界では日々の変化が激しく、大変なスピード感でビジネスが動いています。その中で、商品やサービスに大きな差が生まれづらいので、現場の従業員一人ひとりが日々工夫して積み上げていく部分が企業の競争優位そのものとなります。ビジネスでの舵取りがより現場寄りになってきたことが、この業界で1 on 1が急速に広がっている理由です。最近は、自動車メーカーをはじめとする重厚長大産業でも1 on 1の導入が進んでいます。これまでに経験のない激しい変化に直面している中で、全社で一気に1 on 1を導入するようなケースも見られますが、その場合ほとんどがトップダウン。まさに経営マターとして、1 on 1導入が進められています。
1on1で陥りやすい「落とし穴」とは?
1 on 1を導入した企業は、どのような課題にぶつかるのでしょうか。
大きく二つの課題があります。一つ目は、現場の上司から強い不満や反発の声が出てしまうこと。日々忙しい中で30分や60分も1 on 1のために時間を割きたくないという、ストレートな反応が多いようです。二つ目は、同じ1 on 1でもその質にバラつきが出ていること。1 on 1を実施される側である部下から「1on1のおかげで仕事がやりやすくなった」という声もあれば「自分の話を聴いてもらえない」「ただ説教をされて終わった」という不満の声も聞こえてきて、頭を悩ませる人事は多いです。
このような悩みは、1 on 1について上司が抱いている「何のためにやるのか」「ゴールはどこなのか」「何を話せばいいのか」「どう話せばいいのか」という四つの疑問によるものです。中でも一番不明確なことが多いのは、「ゴールはどこなのか」。1 on 1を通じて部下がどうなってもらうことを目指せばいいのかについて、明確に指示されていることが少ないのです。
もし上司が面談のゴールを置かないまま、「話す内容を決めるのはメンバー」であるという原則だけに則って1 on 1を始めるとどうなるでしょうか?上司はもちろんですが、部下自身も「何をどこまで話せばいい場なのかよく分からない」と感じて、双方にもやもや感が残る面談になってしまうことが多いです。そのような場面を経験すると「1 on 1って改めて何のためにやるの?」という疑問が再燃してきます。
一般的に、日本企業の上司は非常に真面目です。1 on 1にも真面目に取り組みたいからこそ、そもそもの目的やゴール(どういう着地点に到達すればOKなのか)をきちんと教えてほしいというのが、現場の上司からの反発の正体です。「経営陣から強く言ってもらわないと……」などの声を人事の方から聞くこともありますが、上司の本心はここにあると捉えると、対応策も変わってくるのではないかと思います。
1 on 1の場で、どのように整理を進めていくか
では、1 on 1を実際に進めていく際のポイントを教えてください。
まずは目的を整理し、現場の上司に伝えることです。1 on 1は個人のための取り組みでもあれば会社のための取り組みでもあります。1 on 1を行うことは、ビジネスで勝つことにもつながるのです。その関連性をシンプルに伝えることが大切です。目的の「言葉選び」で議論を重ねるよりも、結局のところメンバーにどうなってもらいたいのか、そのゴールイメージを伝えたほうが、現場の上司も理解しやすいでしょう。
上司にやってもらいたいことを具体的に伝えることが重要、ということですね。
はい。目的の次に整理すべきは「ゴールはどこなのか」です。言い換えると、メンバーはどんな現状にあり、 どういう状態になることを目指して1 on 1を実施すればよいのか。ゴールの設定にあたっては、図2のような段階を整理することが有効です。部下の心境はさまざまな状態がありますので、まず今はどの段階にあるのかを特定し、一歩ずつ 良い状態へ改善させること。これを各面談のゴールとすれば、かなりスッキリします。
つまり、今の相手の状態に合わせてゴールを決め、個別に対応することが大切なのですね。
その通りです。原則として、部下は一足飛びに“やる気”にはなりません。対話を通して今の状態を把握し、ひとつずつ階段を登りながら、メンバーが仕事と自分自身に自信を持ち、「目の前の仕事や成果にコミットした上で、自分なりのプラスアルファを目指したいと思える状態」をつくっていくことが重要です。これを1 on 1の取り組み全体のゴールと置くと良いでしょう。 1回の接点で全てを解決する必要はありません。日頃のコミュニケーションと1 on 1の機会を共に使いながら、メンバーの状態を高めていくことを心がけると良いでしょう。
ここで認識しておきたいのは、往々にして上司は部下の状態を見誤りやすいこと。というより、部下全員の心理状態を正しく捉えられている上司はほぼいないと言っても過言ではありません。上司から見てよく頑張っていると思っていた部下が、実は内面ではいろいろな不満を抱えながら仕事に臨んでいることがとても多いのです。仕事の成果や外から見える様子(OUTSIDE)だけで判断するのでなく、内面(INSIDE)の正しい状態を捉え、それに合わせたゴールを設定しながら、適切に会話していくことが求められます。
ワーク・メンタリティを5つの段階で測定し、
上司評価と部下のギャップを提示するINSIDES SURVEY
部下がどの段階にいるのかを知ることが、上司にとって非常に重要ですね。
はい。部下の心理状態の見誤りは、上司と部下の間のコミュニケーションのすれ違いの原因でもあります。内面に不安や不満を抱えているときに、上司から「あなたが修正すべき課題はこれだ」「これに取り組んだらもっと良くなれるはずだ」などと一方的にアドバイスされたとして、部下はそのアドバイスを素直に聞き入れようと思うでしょうか。“今の自分はそれどころではない”“自分にだって言いたいことはある”と感じてしまうかもしれません。一方の上司も、せっかくアドバイスしているのに聞いてもらえなければ、イライラが募るばかりです。
弊社のサービス「INSIDES SURVEY」は、客観的なモノサシとして、部下一人ひとりが仕事に臨む心理状態(ワーク・メンタリティ)がどうなのかを5段階で測定するツールです。このツールを開発した理由は、部下の気持ちを上司が見誤るのと同様に、部下本人も自身の状態を適切に把握・言語化できるとは限らないからです。「明らかに余裕がないのに、本人は元気と言っている」という例を思い浮かべると分かりやすいと思います。客観的なモノサシを当てることで、部下の状態を正しく捉えることを狙っています。
1 on 1を行うにあたっては、ひとつずつ階段を登りながら、メンバー自身が目の前の仕事と自分自身に自信を持ち、「目の前の仕事や成果にコミットした上で、自分なりのプラスアルファを目指したいと思える状態」をつくっていくことが必要だと先ほど述べました。INSIDES SURVEYは、部下一人ひとりの現在の心理状態に加えて、次に目指すべきゴールはどういう状態か、それをふまえて1 on 1では何を(What)どのように(how)話せばいいのかを提示し、上司の1 on 1実施をサポートします。
INSIDES SURVEYのもうひとつの特長は、部下の状態に加えて、性格タイプも併せて提示できることです。例えば同じ状況にあっても、何を不満と感じるか、どのように反応するかはタイプによって大きく異なります。部下がどんなタイプなのかを知ることで、howのバリエーションはかなり広がっていくのです。
バリエーションがあると言うと難しく感じるかもしれませんが、結局のところ上司が心がけるべきは、目の前の部下が今の状況で何を感じているのかについて、さまざまな側面から理解してなるべくその気持ちに近づくこと。なるべく同じ視点・同じ気持ちに立った上で、一歩前の段階に進むためにどうするといいのか?を部下と一緒に探すことです。 自分の気持ちや言いたいことをよく分かってくれる上司に、ネガティブな感情を抱く部下はいません。部下の気持ちが分かり、共に感じることができる上司が増えれば、本当に意味のある1 on 1が世の中に増えていくと思います。
contact_insides@recruit-ms.co.jp
3つの事業領域(人材開発・組織開発・制度構築)において、3つのソリューション手法(アセスメント・トレーニング・コンサルティング)をかけあわせて、経営・人事課題の解決を支援。