従業員50人以上の事業所で、年に一度の実施が義務化されたストレスチェック。制度開始から2年が経ち、運用面だけでなくチェック結果の活用など、新たな課題も見えてきた企業も多いのではないでしょうか。ソフトバンクグループの人事シェアード会社であるSBアットワーク株式会社は、義務化される以前から実施していたストレスチェックの経験とノウハウを活かし、次世代のストレスチェックツール「Wellness Eye」を2014年にリリース。以降、導入企業へのフォローやサポートを続ける中で、実施環境の整備や診断結果の活用のポイントが明らかになってきたといいます。同社ライフサポート事業部シニアコンサルタントで、産業カウンセラーの橘裕道さんに、お話をうかがいました。
- 橘 裕道氏
- SBアットワーク株式会社 ライフサポート事業部 シニアコンサルタント
これまで約300社の企業で採用・人事制度の構築、社員満足度調査に関するコンサルティングに従事。現在はストレスチェックデータの分析や結果報告、結果の活用に関するコンサルティングやメンタルヘルスに関する研修も担当。ソフトバンク内では、カウンセラーとして日々社員の相談にも対応しています。
<保有資格>産業カウンセラー、米国CCE認定GCDFキャリアカウンセラー、米国CTI認定CPCC認定コーチ
人事・従業員・マネジメントの視点で開発された、ストレスチェックツール
ソフトバンクグループでは、厚生労働省が義務化する以前からストレスチェックを行っていたそうですね。
はい。2007年よりストレスチェックを開始しました。ソフトバンクグループは変化のスピードが非常に早い組織で、当時もソフトバンク、日本テレコム、ボーダフォンの3社が経営統合して間もない頃でした。
これだけスピーディーに変化に対応する必要があると、従業員のストレスレベルが高くなることも予想されます。そのため当時から、経営も従業員の心身の健康に対し、強い関心がありました。現在SBアットワークが管理する、「ソフトバンクウェルネスセンター」が立ち上がったのもこの頃です。
ストレスチェックを開始した当初は、市販のツールを使っていたそうですね。
はい。当時は職業性ストレス簡易調査票57問に準拠した市販のツールを使っていました。
しかし「組織改善に活かすには十分な診断結果を得られない」という課題を抱えていました。グループではその当時から、PDCAサイクルを回しながら職場改善を図る取り組みを続けていたので、ストレスチェックの結果も活かせるようにしたいと考えました。
より目的にかなうチェックツールはないかと探したのですが、なかなか見つからず、自分たちでつくることにしました。それが、Wellness Eyeの始まりです。自分たちで培ってきたノウハウに加えて信頼性の高い研究結果に基づくものをつくろうと、東京大学大学院医学系研究科の川上憲人教授に相談して産学協同で開発を進めました。
開発に着手した2012年当初は、ソフトバンクグループ内での利用のみを想定していました。しかしストレスチェックの法制化の動きもあり、日頃からおつき合いのある企業の方に話してみると、関心が高かったんですね。実際にデモをお見せしても反応がよく、外部にもニーズがあることがわかりました。そこで、まずは2014年にグループ内でリリースし、追って一般のお客様にもご提供する運びとなりました。
出発点がソフトバンクグループの職場改善にあったからこそ、Wellness Eyeは柔軟な設計ができたのですね。
弊社が人事部門のシェアード会社ということもあり、人事の視点で機能や操作性を検討できたのは大きかったと思います。特にこだわったのは設問で、組織の状態をしっかりと測りつつも、回答負荷を軽くするため、川上教授と議論を重ねて新職業性ストレス簡易調査票をベースに設問数を57問に絞りました。開発過程で何度かグループ内でのヒアリングを行っていますが、「設問数が多い」「もっと短く」という声が常に上がっていました。設問を減らすことは診断の精度にもかかわってくるのですが、多くの方に回答していただくことが重要なので、精査を重ね、問題を厳選しました。
また、タブレットやスマートフォンなど、パソコン以外のデバイスにも対応することも、必須の条件でした。というのも、多くのソフトバンクグループ会社では全従業員にスマートフォンやタブレットが支給されており、どの端末からも勤怠を入力できるようにしているので、ストレスチェックも同じようなスマートさがなければ、従業員に受け入れてもらえません。こうした使い勝手のよさも、現場の声を聞きながら開発を進めた結果です。
日常の組織改善に役立つ、100億通り以上のアドバイスコメント
さらに詳しく、Wellness Eyeについて教えてください。
組織診断は部門レベルからチーム単位まで最大5階層まで掘り下げることができ、組織の大まかな状態は、「総合健康リスク」と「いきいき度」という二つの指標で表します。「総合健康リスク」は厚生労働省が指定している尺度に基づき、職場のストレスが個人の健康に与える影響を示したスコアです。「いきいき度」はWellness Eye独自の指標で、個人と職場の活性度を示します。二つの指標を評価軸に置いた4象限のマトリックス図では、全国平均との相対的なポジションや社内の各部署の状況を直観的につかむことができます。
詳細分析では、37の尺度項目について4点満点のスコアで評価します。項目は「健康いきいき職場モデル」を活かし、仕事の量や質、職場での対人関係などの負担感を測るものに始まり、仕事のコントロールのしやすさ、適性や成長機会など従業員自身の仕事観とのマッチング、上司や同僚からのサポート度合いや失敗を認める雰囲気があるかなど環境の充実度や経営層との信頼関係など、様々な角度で検討できるようになっています。
また、Wellness Eyeならではの特徴として、組織の状態や課題点の解消に向けた対策を記したアドバイスコメントがあります。冒頭にご紹介した、ソフトバンクウェルネスセンターに在籍するカウンセラーチーム主導で作成したもので、グループ内のストレスケアに10年近く携わってきた経験が活かされています。例えば、「日頃から成果や努力に対するねぎらいや感謝を伝えましょう」「同じような立場の意見交換が有効です」など、アドバイスは日常の行動レベルにまで落とし込まれた内容になっており、独自のアルゴリズム自動的に表示される仕組みですが、そのパターンは100億通り以上にものぼります。
個人結果の特徴はいかがですか。
個人のストレス状態はA~Eの5段階で表示されます。ここでまず自身の状態を直観的につかんだら、続いてストレスによる体や心への影響、ストレスの要因、緩衝要因をそれぞれレーダーチャートで把握できます。職場での日々を過ごす中でストレスに感じていることや、職場のサポートの充足度を測ることができます。
また個人結果にもアドバイスコメントが表示されます。職場でのコミュニケーションの図り方やオフタイムの過ごし方など具体的な内容で、21万通り以上の表示パターンがあります。WEB実施の場合、受検の回数制限はなく結果もすぐ表示されますので、ストレス状態をリアルタイムで把握し、過去の状態との比較もできるため、コンディションの調整に役立てることができます。
またWellness Eyeを有効に活用できるよう、結果の見方やストレスのセルフケア、管理職向けにラインケアについての動画も用意しました。1本が3~5分程度の長さで、明るくポップなビジュアルですから気軽に見ることができます。
誰もがWeb受検できるしくみや詳しい診断結果が導入の決め手に
Wellness Eyeの導入企業にはどのような特徴がありますか。
大手企業を中心に業種の偏りなく、多くの企業に採用していただいています。販売初年度は、社内に初めてストレスチェックを導入する企業からのお引き合いが多かったのですが、最近は他社からの乗り換えを希望するお客様が増えています。ストレスチェックの法制化に合わせて急いでツールを導入したけれど、自社の状況に合わなかったので再検討することになった、という企業が多いようです。2017年度は100社ほどがそういうケースでした。サーベイを乗り換えるのは決心がいることですので、ご支持いただけるのはありがたいことだと考えています。
どのような点が、乗り換えの決め手となっているのでしょうか。
一つは、メールアドレスを持たない従業員の方でもWebで調査できる仕組みですね。Wellness Eyeではメールアドレスがなくても共有PCや個人のスマートフォンで受検ができる機能を搭載しています。メールアドレスがないことが理由で紙の調査票を使わざるを得ない場合、調査票や回答結果の配布が煩雑になるうえ、集計にも時間がかかってしまいます。その点、Wellness EyeのWebで完結できる点は、大きなメリットだと評価していただいています。
二つ目は、結果の充実度です。特にアドバイスコメントの人気が高く、導入の決め手となることが多いようです。多くの企業は組織のストレスレベルを把握できたとしても、その後の対策の部分で悩んでいらっしゃるようです。以前はストレスチェックの結果を受けて、「どうすればいいの?」と現場のマネジャー層に聞かれても人事がうまく答えられず、組織の診断結果をフィードバックできていなかったけれど、Wellness Eye導入後にはそれが改善できた、というお客様もいらっしゃいました。
また、フォローの手厚さも理由かもしれません。お客様の中には、人事ではなく総務の方がストレスチェックを担当されているケースがあります。従業員にはどのように告知すればいいのか、この情報はどこまで開示してもいいのかなど、細かなところまで質問を受けることが珍しくありません。表には見えにくい部分ですが、弊社の担当が一つひとつ対応しています。
ストレスチェックを組織改善のPDCAに組み込む
ストレスチェックが法制化された2015年12月から2年が経ちました。たくさんの職場に立ち会うことも多い橘さんから見た、率直な感想をお聞かせください。
法施行され、ストレスチェック導入の実質1年目だった2016年は、8割以上の企業にとってストレスチェック自体が初めてのこと。そのため、体制と運用を設計し、多くの社員にスムーズに受けてもらえるかが課題でしたので、私たちも、業務フローの検討と情報管理の面で運用を一緒にお手伝いしていました。確実な仕組みを構築し信頼を高めていくという意味でも、大切な段階だったと思います。
お客様の様子を見ていると、ストレスチェックの必要性と共に会社側の従業員を想う気持ちをメッセージとして届けられている企業は、受検率が高い印象があります。
Wellness Eye導入企業の受検率はいかがでしたか。
Wellness Eyeの導入企業の受検率は平均で84%、製造業や情報通信業になると90%を超える結果となっています。ちなみに厚生労働省の調査では、平均78%だったそうです。受検率は従業員の皆さんの健康管理に直結しますし、組織診断の信用度にも影響します。そのため私どもも受検率を重要な指標とし、回答環境の整備のバックアップには力を入れています。Wellness Eyeでは英語版および中国語版も準備していますし、ご希望のお客様にはソフトバンクと連携してiPadを貸し出すサービスも用意しています。また、従業員の皆さんがパソコンやタブレットに慣れていない職場には、お客様と一緒に分かりやすい操作ガイドを作成することもあります。こうしたことの積み重ねが、高い受検率を実現しているのだと思います。
2年目の2017年は「機会とデータをどう活かすか」という段階に移っています。初年度は、どのような結果が得られるのか分からないので、どのお客様も様子見のところがありました。しかし実際に診断結果をご覧になると、「これほどまでに組織の実体が分かるものなのか」と驚かれることが多かったですね。そのため2年目は、どのデータを誰にフィードバックし、どのようなアクションにつなげていくかを考え実行に移す企業が増えてきています。
診断結果をうまく活用できている組織に特徴はありますか。
結果をもとに改善策を考え実践し、次のストレスチェックで成果を確認し、さらに改善策を検討する、というPDCAサイクルを回すことができていますね。あるお客様のケースですが、どの事業所でも診断結果を見るなり、スコアが改善した項目もそうでなかった項目も、なぜそうなったのかを探り始めるんです。自分たちの組織のありたい姿やその後の対策についても積極的に議論し、次のアクションにつなげているのが印象的でした。
また、あるお客様は、診断結果の良かった店舗のマネジャーにヒアリングし、普段の取り組みやマネジメントの仕方を全店に共有しています。他の店舗は事例を参考にしてアクションプランを練り、そして半年後に再度ストレスチェックを実施して効果を測るというサイクルを回していて、実際にスコアも改善されています。
上記二つの事例に共通しているのは、ストレスチェックに関して次の3点が組織のマネジメントサイクルに組み込まれ、主体的に改善を図っていけている点だと思います。
(1)目的と目標が明確であること
(2)経営層が重視していること
(3)評価ではなく、一つの改善の機会と捉え、コミュニケ-ションの土台となっていること
上司と部下の信頼関係を深める人事施策で、メンタル不全を未然に防ぐ
ストレスチェックにより、個々のストレス状態が客観的に見えるようになりました。高ストレス者へのフォローも重要な観点ですね。
今のところ、高ストレス者に面接指導を受けるよう勧めた場合、「面接を受けたい」と申し出があるのは3~4%程度だと言われています。高ストレス者の9割以上は何もしない状態なので、多くの企業が課題として感じているのも事実です。面接を受ける人の割合が少ないのは、面接実施を申し出た段階で会社へストレスチェックの結果を開示することに同意したとみなされるという、制度上の理由もあるかもしれません。
また、面接を申し出る人の割合は、企業や事業所によって違いがあるのも事実です。面接やカウンセリングが社内で一般化しているか、申込の手続きが簡単か、面接でどのような話をするのかをイメージできているかなど、周知の度合いが大きく影響しているようです。
プライバシーの問題もあり、高ストレス状態にあっても現場レベルでフォローできないもどかしさがありますね。
産業医に限らず、相談できる環境づくりは大切だと思います。例えば健康状態のことなら産業医、対人関係やキャリアに関することなら産業カウンセラー、とすみ分けることもできます。実際にWellness Eyeでは、ご要望に応じて、弊社が提携するEAP企業やオンラインカウンセリング会社を紹介しています。
しかし、従業員の日頃の様子をいちばん見ているのは、やはり現場のマネジャーです。上司と部下が信頼を築き、自分の調子についてすぐに相談できる関係になることが理想でしょう。日々のコミュニケーションを深め、望ましい関係を構築していくような人事施策の整備も、重要だと思います。
経営層は、ストレスチェックのどういった点を注目しているのでしょうか。
まずは全国的な標準に対して、自社がどの位置にあるのかを確認されるケースが多いですね。Wellness Eyeの場合は「総合健康リスク」と「いきいき度」に対する関心が高く、いきいき度を経営指標に掲げる企業もあります。続いて、さまざまな施策に対する効果を見たいと、経年変化に注目される傾向があります。
そして、部署や課の状況ですね。組織に元気がないと分かれば早めに手を打ち、従業員がメンタル不全に陥るのを未然に防ぐこともできるためです。導入以前は、休職者が出るリスクを察知することができなかったことを考えると、ストレスチェックの意義は大きいと思いますね。
また共通のものさしで組織の状態を語れることは、経営側だけでなく現場マネジャーにとってもメリットです。なんとなく良い・悪いではなく、スコアを根拠に焦点を絞って組織のあり方を検討できるので、建設的な議論を行えるようになります。
また、Wellness Eyeでは会社全体や各組織の結果とは別に、人事・健康管理スタッフ向けの分析報告書をお渡ししています。報告書では受検率やストレス状態の分布、部署ごとの比較やスコアの経年変化、相関分析など、より踏み込んだ内容を記載しています。担当部門で社内報告用にまとめ直す手間が省け、分析結果がひと目で分かるので、非常に好評です。
ストレスチェックの機会とデータを活かす3つのカギ
ストレスチェックのめざすところは、データを活用しながら、従業員の健康と組織の生産性の向上を図っていくところにあると思います。その実現に向け、担当部門は今後どう臨んでいくべきでしょうか。
三つあると思います。一つは、ストレスチェック制度を継続的に安定して運用するために、組織の労働安全衛生体制をしっかりと整えていく必要があるでしょう。例えば産業医のほかにカウンセラーを配置する、安全衛生委員会を充実させる、などです。さまざまな事業所を回る中で、やはり労働安全衛生に対する意識の高いところは、体制面も含めてストレスチェックがしっかりと機能している印象があります。
二つ目は、従業員のセルフケアの習慣化です。人の心理状態には波がありますから、できることならストレスチェックを習慣化したほうがいいでしょう。そうした思いから、Wellness Eyeではセルフチェックに適した11問版、35問版も用意しています。日々の疲労感、不安感、抑圧感などは11問版でも十分把握できます。
そして最後は、管理職のマネジメント支援です。日頃から上司と部下との間でしっかりコミュニケーションが図れていれば、組織の問題は深刻化しないはずです。また、部下以上に、現場では管理職がストレスを抱えている場合が多い。そのため、定期的な上司と部下の面談を行う仕組みや、マネジャーに対するカウンセリングの充実やコーチングの実施など、人事施策の面からマネジャーをサポートすることを考える必要があると思います。
この三つがよりよくなれば、個々のパフォーマンスだけでなく、働きがいや幸福感の向上にもつながり、組織や社会に対してものすごくインパクトがあるのではないでしょうか。私たちも、企業や組織の健康づくりをお手伝いする立場として、しっかりとこれらの問いに臨んでいきたいと考えています。
ソフトバンクグループの人事系シェアードサービス会社として、長年にわたりソフトバンクグループ内のストレスチェック運営を行ってきました。その経験を元に、「使いやすいシステム」「個人ケア・組織改善に役立つアウトプット」をご提供いたします。