サッポロビール株式会社 人事部 マネージャー 萬谷 浩之氏
株式会社三菱総合研究所 コンサルティング部門 社会ICTイノベーション本部 先進サービス開発グループ 主任研究員 山野 高将氏
株式会社マイナビ 就職情報事業本部 事業推進統括部 企画推進部 部長 朴 相賢氏
激化する新卒採用市場。採用スピードは加速し、選考スケジュールも短期化の傾向が顕著になっています。エントリーシートをはじめとする書類選考作業をいかにして進めるかは、企業側にとっての大きな課題です。採用現場からは「スピーディーに選考したいが、リソースが足りない」「社内で人材を選ぶ基準が統一されていないので、クオリティーにばらつきがある」といった声も聞こえてきます。こうしたなか、株式会社マイナビと株式会社三菱総合研究所(以下、MRI)は、2016年10月にAI(人工知能)を活用して企業の採用活動を支援する「エントリーシート優先度診断サービス」を、また、2017年10月には同サービスの汎用性および機能・精度向上を実現した「AI優先度診断サービス」をリリースしました。本サービスを導入したサッポロビールの人事部マネージャー 萬谷浩之さんをお招きし、本サービスの開発者二人と共に、テクノロジーの進歩が採用活動をどう変えるのかを語りあっていただきました。
このサービスは、企業が保有する過去のエントリーシートのデータを予めAIに学習させておくことで、企業が求める人材像を学習モデル化し、エントリーシートごとに、その企業にとっての「優先度」「人物像」「辞退可能性」を定量的に提示します。
- 萬谷 浩之氏
- サッポロビール株式会社 人事部 マネージャー
2007年サッポロビールに新卒入社。4年間、名古屋の繁華街を中心に業務用(飲食店様向け)営業を経験し、2011年から現在の人事部に異動。採用・育成・異動配置などを担当しながら、人を通じてサッポロビールを成長させ、世の中を楽しく元気にして行くことを目指している。
- 山野 高将氏
- 株式会社三菱総合研究所 コンサルティング部門 社会ICTイノベーション本部 先進サービス開発グループ 主任研究員
2004年ソニー株式会社入社。機械学習・画像処理・自然言語処理などの要素技術および応用アプリケーション企画・開発に携わる。2015年より現職。AI・ICTを活用した企業の業務高度化を支援し、特に人事・人財領域が専門。
- 朴 相賢氏
- 株式会社マイナビ 就職情報事業本部 事業推進統括部 企画推進部 部長
入社以来一貫して就職情報サイト『マイナビ』の営業担当として大手、中小様々な企業の新卒採用支援に従事。定例社内表彰にて、3年連続金賞、マネージャーとして最優秀チーム賞など実績を残す。現在は『マイナビ』をはじめと、多様な商品の企画開発に携わっている。
人により深く関与するためにも、テクノロジーを活かしていくべきと判断
朴: 近年、新卒採用市場はますます激化していますが、萬谷さんは採用業務にどのような課題があると感じていらっしゃいますか。
萬谷: 採用業務に限りませんが、「働き方改革」は大きな課題だと感じています。人事部門全体では、お互いにバックアップ体制を築きながら、全ての業務スピードを上げていくことに取り組んでいます。採用活動で一番重要なのは、学生一人ひとりと向き合って、しっかりとコミュニケーションを図っていくことだと考えていますが、春は採用や定期異動、新入社員の受入など、人事部門の活動がピークを迎えます。バックアップ体制だけで、今まで以上に採用業務のスピードを上げ、学生にしっかりと想いを伝えていくには限界があるのでは、と感じていました。
朴: それで、弊社にご相談をいただいたのですね。
萬谷: そうです。もともと、マイナビさんには学生の応募者管理システムをお願いしていました。ちょうど世の中でAIが話題になり始めた頃に、AIでいろいろなことを分析し、情報を蓄積、処理していけるとマイナビさんからうかがったのです。「採用でもAIを活用する方法がありませんか」とたずねたことを今でも覚えています。そこでご提示いただいたのが、『AI優先度診断サービス』でした。実は、他にも数社からご提案いただいたのですが、システム上いろいろな制約があるものが多く、ましてサービスとして確立されているという話はほとんどありませんでした。マイナビさんやMRIさんからご提案いただいたサービスは、完成度と自由度が極めて高かったですね。十分にお願いできるレベルだと感じました。
山野: サービスをリリースした段階で、お客様のご要望に迅速にお応えできるよう大部分をパッケージ化していたので、解決への道筋や導入の仕方、必要なデータなどを具体的かつ分かりやすい形でご提案できました。我々のサービスでは、AIに過去のデータを事前学習させておけば、たとえ1万件を越えるエントリーシートでも評価に要する時間は1時間もかかりません。そういった点も含めて、完成度の高さをご評価いただいたと考えています。企業の採用担当者へのヒアリングやトライアル検討を通じて、時間短縮が重要なポイントになると判断し、それに特化して作りこんだことが結果的に導入のしやすさにつながったように感じます。
朴: エントリーシートを読む作業は、とても難しいものです。ある一定の基準を設けて全員で見ていくことがそもそも大変ですし、次の選考段階に進むまで、スピード勝負ですからね。夜を徹して見ている企業もあれば、基準がなかなか定まらなくて「この人を落としてしまって本当に良かったのか」と悩んでいる企業もあります。そう考えると、我々のサービスは人事業務のサポートができるのではないかと感じています。萬谷さんご自身は、導入検討の段階で、役員の方々に本サービスをどのように説明されたのですか。
萬谷: 「最初はトライアルです」と話しました。効果があったら本格的に導入したい、と。かねてより、エントリーシートだけでなく、選考のプロセスすべてに我々以外のより客観的な視点がほしいと考えていました。そのためにも、これからはテクノロジーの活用を検討していかなければならない。間違いなく5年後、10年後には、採用でテクノロジーを活用することになる。トライアルの段階では、AIでエントリーシートを分析・評価しながら、我々も自分の目で見ていくので、人材の質を落としてしまうリスクはないと説明し、理解を得ました。
我々の最終的な目的はAIに人の作業を客観的にサポートしてもらうことであり、人を介さずに優秀な学生を振り分けることでは決してありません。今回の正式導入の目的もそうですが、マッチ度が低く表示された学生は、自分たちの目で必ず確認することにしています。すると、評価に自信もつきますし、空いた時間を学生とのセミナーに割いたり、エントリーシートの応募期間を少し長めにとったりすることもできるので、学生が当社を研究する時間が増えることにつながります。
山野: 我々の提供するAIサービスのコンセプトは、人との調和です。AIは、あくまでも一つの手段であり、すべてをAIが判断するわけではありません。何を目的として、その実現のためにAIにどのようなデータを学習させ、そしてAIの出力結果をどう活用するのかは、人が判断すべき点です。
朴: 「AI優先度」という名前が一人歩きすると、AIが面接官に成り代わって判定していると思われがちですが、過去のその企業の選考基準をモデル化・可視化しているということは強調したいですね。
自由度の高さ、スピード感、導入のしやすさが新サービスの評価ポイント
朴: サービス導入にあたって、他にはどんな点を評価いただけたのでしょうか。
萬谷: 一つは、スピード感です。分析に時間がかかってしまうと、本来の目的とズレてしまいますから。もう一つは、新たに工数を増やしてデータを準備したり、分析したりすることがなかったからです。おかげで、これまでよりも効果的な活動ができました。
朴: 導入に向けて不安はありましたか。
萬谷: トライアルの1年間は検証というスタンスだったので、不安はありませんでした。実は、トライアルのトライアルということで、内定を得ていた学生とそうでない学生のエントリーシートを読み込ませてみたんです。結果的には、改めて内定者のエントリーシートの優先度が高かったことが示されたので、方向性としては間違っていない、という期待がありました。
山野: 導入の際には、過去のデータを使ってAIが出す評価結果を検証・確認してもらうようにしています。事前にAIでできること、できないことをしっかりと理解され、実際に価値を感じていただいた上で、導入頂くようにしています。これは我々のサービスだけに限らず、今後拡大していくであろうAIサービス全般に言えることだと思います。「想定していたアウトプットと違う」「AIは期待外れ」という誤解を生まないためにも、AIサービス提供者と利用者の認識を合わせて行くプロセスは双方にとって重要なものだと思います。
朴: 導入するにあたり、業務フローは特に変更されていないとうかがっていますが、実際にはどうでしたか。
萬谷: AIそもそもの仕組みだと思うのですが、どのデータが良くて、どのデータが良くないという最初のジャッジは、我々が行う必要がありました。それ以外の業務のフローは今まで通りでしたし、選考では人が全部を見ていたので、大きく変わった点はありませんでした。
山野: 企業によって抱えている課題もさまざまです。そのため、AIに学習させるデータとして何が適正なのかも企業によって異なります。お客さまのご要望や現状を伺い、最適な方法を検討していく必要があります。AIを単にツールとして提供するだけでは、適切に使えるものではありません。
朴: サッポロビール様にも、「今回はこういったところを学習しましょう、評価していきましょう」とご提案し、皆で検証していきました。
より効果的に人の成長に寄与していく第一歩を踏み出せた
朴: 実際に取り組んでみて、どのような手ごたえを感じましたか。
萬谷: 2018年入社の内定者が確定したタイミングでした。エントリーシートの段階で優先度が高い人は、やはり内定率も高いことは明白でした。ぜひ本格導入したい、と思いましたね。今回のAI導入で、書類選考にかかっていた約600時間を4割程度削減できる見込みです。それによって生み出された時間はセミナーなど、学生との直接コミュニケーションにあてたいと考えています。また今後はエントリーシートの選考にAIを活用することだけでなく自分たちの知見を活用し、より効果的に人の成長に寄与していく仕組み作りを目指しており、今回、そうしたゴールに向けた第一歩を踏み出せたことが、最も大きな成果といえます。
朴: 導入にあたって苦労したことなどがあれば、お聞かせいただけますか。
萬谷: AIがどういう仕組みになっているのかを理解するには、ある一定の知識をインプットしなければいけません。データをどう組み合わせることができるのか、どんな数値であればより正確になるのかといった基本的な内容をしっかりと理解し、社内に説明することは、少し大変でした。今後も丁寧にやっていかなければならないと思います。
山野: 人事領域に限らず、AIを活用した事例がさまざまなメディアを通じて広く共有されてきていて、AIへの理解が進みつつある一方で、それらの多くは表層的なものであり、AIに対する過剰な期待や誤解があると思っています。例えば、「とりあえずデータを放り込めば、あとはAIが全て判断してくれる」というお話を耳にする事もあります。しかし、実際にはもっと泥臭く、試行錯誤が必要なものです。AIを使うそもそもの目的の整理から、学習させるデータの選定、その結果の分析・理解、そして実際の業務フローにどう活用するかまで、人が考え設計しなければならない事は数多くあります。また、AIの精度が不十分な場合、データの学習方法を工夫してみたり、そもそものデータの質・量を向上させたりする取り組みが必要になる場合もあります。これらは実際にAIの導入を検討し、実データで分析・活用してみないと、正しい理解はできないと思います。
働き方改革の機運の高まりと技術の進歩が新サービスをもたらす
萬谷: 私からもいくつか、おたずねしたいことがあります。AIを活用した採用システムが広がってきていますが、本サービスをこのタイミングでリリースした背景には何があったのでしょうか。
山野: 本サービスの共同開発をマイナビ社と開始した2015年当時、AIへの関心は高まって来てはいましたが、主に金融やマーケティング領域での活用が中心で、人事領域での適用はまだ注目されていませんでした。我々も正直言って、市場に受け入れられるか最初は半信半疑なところもありました。タイミングとしては、二つのポイントがあった気がします。一つは、少子高齢化やそれに伴う労働力人口の減少に伴い、働き方改革という言葉に代表されるように、生産性を高めていくには仕事のやり方を変えていかなくてはいけない、という機運が高まっていたこと。そしてもう一つは、AIなどの高度なICTが進歩してきたことです。例えば、AIの要素技術である機械学習、画像処理、自然言語処理技術といった技術が進化していて、かつAPIやオープンソース等で簡易に扱えるようになりました。これにより、良質なサービスを従来に比べて短期間・低コストで開発できるようになりました。市場の「ニーズ」と技術の「シーズ」、この二つの要因が重なり、本サービスのリリースに繋がったと考えています。
萬谷: このサービスを提案するにあたっては、どのような点をアピールされているのですか。
山野: AIが提供できる価値は、大きく二つあります。一つ目は、客観性です。エントリー数は、多い企業では万単位になり、とても一人で読みきれるものではありません。人海戦術的に分担したとしても、評価者間で評価基準を統一的に運用する事は困難です。主観評価を完全には排除できないという課題意識を多くの企業が持たれています。AIであれば、主観評価を完全に排除し、全てのエントリー者に対して平等・均一な評価が実現できます。二つ目は、高速性です。我々のサービスでは、事前に一度学習しておけば、エントリーシートがたとえ1万通あったとしても処理自体は10分程度で終わります。対面での確認に重点的にリソースを充てる事ができ、より多くの学生との接点が持てます。そういった点を皆さまに評価いただいているように感じます。
朴: その他にも「辞退可能性」も予測しますので、より効果的なフォローもご提案しています。「この学生は辞退しないだろう」と判断した学生も、過去データから見るとどうなのかを示唆しますのでよりフォローに注力していくこともご好評いただいています。
テクノロジーの進化が採用業務を改革する時代が確実に来る
萬谷: 本サービスのリリース後の反響や導入している企業に、特徴などはありますか。
朴: 今多いのはやはり比較的エントリー数が多い企業ですね。業種は様々で、公的機関にもご利用いただいています。まずは過去データからの精度の検証を行うのですが、このトライアル診断の導入は140社を超えています。我々としては大企業限定のサービスと位置づけるつもりは一切ありません。統計的に言うとエントリーシートの件数はある程度必要ですが、しっかりとした人材採用基準を持って学生を評価している場合には、精度が出るような仕組みになっています。
山野: 導入していただいた企業が大企業ばかりかというと、そういう訳でもありません。規模の大小にかかわらず、客観性をもった選考手法の確立や、選考要因の可視化をしたいというニーズが多くあります。中小企業は意思決定が早く、評価していただけると、「すぐにでも導入しよう」という流れになりますね。
朴: サッポロビール様の動きも早かったですね。これから導入を検討しようという企業に向けて、何かアドバイスなどはありますか。
萬谷: 導入してみて思ったのは、そもそも会社としてどういう人に来てもらいたいのかが明確でないと診断にならない、ということです。やはり一緒に働きたい学生、入社してほしい学生を言葉で表現でき、データとして持てれば素晴らしいと思います。そういうことができていれば、一層効果が出ると思います。
山野: まさしく、その通りです。AIは正解となるデータを与えてはくれません。正解データは、「こういう人材を迎え入れたい」という会社としての意思なのです。まずは、そこをクリアにすることが大切です。
朴: 当社はそのための支援に力を入れていきたいですね。その会社がほしい人材とは何なのかを、明らかにするお手伝いをしていく必要があると考えています。ところで萬谷さんは、今後、採用業務のあり方がどう変わっていくと予想されていますか。
萬谷: テクノロジーが進むと、いつでもどこでも選考ができ、学生と企業が接点を持つことができる時代になると思っています。今のように、一ヵ所に集めて一対一でどうこうではなく、距離を意識せずにやりとりできるようになるはずです。
朴: 我々は、企業だけでなく学生や大学も含めお客様ですので、就活生がキャリアを自分自身で描いていくことをお手伝いし、一番合う会社に入って活躍できるようになるまでを一貫してサポートしていく存在だと思っています。マッチングの全てを機械化、AI化していくことは中々難しい世界ですので、企業・学生・大学にとって最適なサービスのあり方をこれからも考えていきたいですね。
山野: HRテクノロジーは導入主体が企業である以上、企業側の効率化といった観点に着目しがちですが、最終的にはそこで働く「ひと」にとっても利益のあるものだと考えています。例えば、新卒採用の場面では、限られた人数で応募者全員のエントリーシートを確認するのに限界があります。また、学生からすると自分自身を適切に評価してもらえたのだろうか、という不満や疑問がどうしても出てきてしまいます。配属も同様です。限られた情報に基づく配属により、本人のスキルや意向と職場のミスマッチが生じるケースが少なからずあり、結果的に早期退職につながることもあります。誰でも自らが正しく評価され、輝いて働ける環境を得たいと考えているはずです。
テクノロジーの進化により、働く「ひと」一人ひとりを深く理解し、適切な人事施策を実施できるようになれば、結果として働く「ひと」自身の満足度向上につながるでしょう。先進テクノロジーを活用して、企業と「ひと」のより良いあり方について、今後も既存の枠組みに捉われずに模索していきたいと考えています。
朴: 本日はありがとうございました。
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