ジョブ(職務・役割)に基づく人事制度と日本的経営
この記事は昨年弊社ホームページに記載した内容で、人事制度のあり方を理解する上での基本的な内容です。これからこのサイトで弊社の人事制度に関する考え方を説明して行く上で、出発点として再掲させて頂きます。以降人事制度を議論するうえで重要な内容を毎週掲載していきたいと考えています。いくつかは既に掲載されたもので、お読みになられた方もいるかとは思いますが、全体像を理解いただく上で目を通して頂けるとお役に立つと考えています。
〈ジョブ型人事への誤解〉
最近は「ジョブ型人事」という言葉が飛び交っていて、日本企業の働き方改革や生産性改善の特効薬としてもてはやされている。多くの企業が「ジョブ型人事」導入を検討している、あるいはすでに導入したとの報道も多く見られる。しかしその内容を見ると「ジョブ型人事」という言葉の意味するところが曖昧であり、それが働き方改革・生産性改善にどうつながるかがよく分からない。新しい言葉を使っただけでは働き方は変わらないし、ましてや生産性の改善は望むべくもない。
一般的には従来の日本的経営を「メンバーシップ型人事」と呼び、それに対比する形で「ジョブ型人事」と呼ぶことで新しい人事を展開しようとしているように見受けられる。「メンバーシップ型人事」を「人」を基準にした人事、「ジョブ型人事」を「ジョブ」を基準とした人事という解説もある。しかしこのような漠然とした理解で人事を議論するのは大変危険である。
「人事」という言葉には「人事制度の設計」と「その制度の運用」という二つの側面がある。会社という組織を効果的に動かしていくうえで、その構成員である社員の処遇の基盤である人事制度が「ジョブ(職務・役割)」を基準に設計されるのは当然のことであり、これが忘れられていることが議論の混乱を招いている。本来の意味での人事制度はメンバーシップ型と呼ぼうがジョブ型と呼ぼうが、組織の構成要素としてのジョブ(職務・役割)を基準としなければ設計しえない。公正な処遇の出発点はここにある。
その上で運用上の力点の置き方により「メンバーシップ型」と呼ばれる運用をする組織も出てくるし、その対極として「ジョブ型」と呼ばれる人事も出てくるのであろう。典型的な例としては「年功的な運用」があげられる。人事制度上、報酬の額はどのような組織であれ「ジョブ(職務・役割)」を基準として決められている。しかしジョブ(職務・役割)を基盤とする同じ等級の中での昇給に、年功要素をどの程度考慮するか、あるいは昇格・昇給の時に年功をどの程度反映するかということで組織による差が出てくる。しかし制度設計がジョブ(職務・役割)以外を基準としてあるわけではない。
最近の議論ではこの設計上の問題と運用上の問題が混同されている。人事制度の基準としてのジョブ(職務・役割)の定義がないがしろにされており、組織として求めるそれぞれのジョブへの期待内容が不明確なまま、運用上の問題にすり替えられている。最優先課題は、「ジョブ型人事」という新しい概念を掲げることではなく、人事制度の基本であるジョブ(職務・役割)を経営者・人事部が再認識し、人事等級の基盤を明確にすることである。その上でそれぞれの組織として運用上、どの程度の属人的要素を考慮するかを決めることである。基盤がないままでは「メンバーシップ型人事」を肯定も否定もできない。働き方をどう変えていくか、あるいは生産性をどう向上させていくかという議論もまずはこの基盤作りから始めるべきである。
〈日本的経営と人事制度〉
本来あるべき人事制度がジョブ(職務・役割)に基づくものであることはすでに述べた。現在多くの日本企業が抱えている本質的な問題はこの基本が忘れられていることにある。
経団連の日本型雇用システムを見直すべきだという提言の延長線上で、「ジョブ型人事」が注目を集めているようである。新卒一括採用、終身雇用、年功に基づく昇進・昇給等々が日本型雇用の問題点として挙げられているが、これらがなぜ問題なのか?
新卒一括採用はその会社としての経営思想・文化を体現した社員を輩出するには効果的な採用方法であり、終身雇用は職の安全・安定による社員のエンゲージメントを高める利点があり、年功的運用も長期勤務のインセンティブとして有効である。これらを否定する議論として「人件費負担」が挙げられているが、「人件費」は負担ではなく「人材投資」である。それを負担と感じさせているとすれば、それはその人件費がジョブ(職務・役割)に基づいていないことを意味する。この問題に対処するのには新卒一括採用・終身雇用等の運用上の問題ではなく、設計の基本であるジョブ(職務・役割)に戻ることが必要である。
そのジョブの定義が会社・組織としての期待(経営理念・経営戦略)と結びついているかどうか、そのジョブの定義に基づいた行動・成果が社員の育つ方向・会社の業績と結びついているかどうか、これらを常に検討・検証するのが経営者としての最大の課題である。経営者が求める方向で努力する社員を負担と感じる経営者は人材投資の何たるかを理解していないと言える。社員が頑張っているにも関わらずその結果が会社にとっての負担にしかならないのであれば、それはジョブ(職務・役割)の定義が間違っているのである。
〈まとめ〉
生産性が自動的に改善できるような新しい人事制度などない。本来あるべき人事制度の基本に戻り、合理的な仕事の進め方・改善された生産性とは何かを明示できるようにジョブ(職務・役割)の定義を明確化する。そしてそれが経営理念・経営戦略を実現するものであることを常に検証し、社員を求める方向に導いていくのが本来の人事のあり方である。「ジョブ型人事」というものを導入するとアメリカ型の首切り自由な経営に転換できるなどと考えることはおおきな間違いである。社員にやさしい日本的な経営を維持しつつ、働き方を変え生産性を向上させる人事制度とはどのようなものか?
来年度から予定しているみのりセミナーでは、本来あるべき人事制度とその運用について説明していきたいと考えている。
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秋山 健一郎(アキヤマ ケンイチロウ) 株式会社みのり経営研究所 代表取締役
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