人材ビジョン実現に向けた数値としての目標設定
人材ビジョン実現に向けた数値としての目標設定
本コラムは、FCCフォーラム2023 オリジナル講義テキストに掲載された内容です。
人的資本経営における人事KPI設計の基本コンセプト
1.企業の未来を創る人的資本投資
財務情報は過去を表現したデータであり、非財務情報(特に人的資本)は未来への可能性を表現したデータであるといえる。今後は多くの企業で、非財務情報を数値化することで未来への意思を示し、その進捗を開示する取り組みが進んでいくだろう。この過程において人事KPI は、経営戦略と連動した組織・人材戦略を実現するための具体的な数値目標として設定される。
人材ビジョンに基づく人材ポートフォリオの構築、イノベーションを起こす人材や付加価値を生み出す人材の確保・育成、組織のデザインなど、各施策の進捗を確認するための指標であり、投資効果を検証する手掛かりとなる。当然、社内外から注目を浴びることになるので、良い形で生かすことができれば戦略推進の大きな原動力となるだろう。
では、自社の人事KPIはどのように考えていけばよいだろうか。ここでは人事KPIの基本として、
(1)ISO30414
(2)〈人材版伊藤レポート〉
(3)「コーポレートガバナンス・コード」
の3つの視点を紹介する。
2.ISO30414
ISO30414とは、2018年に国際標準化機構(ISO)が発表した、人的資本に関する情報開示のガイドラインである。各国がそれぞれ独自に開示基準を制定する中、ISO30414は最も網羅的な国際規格であるといえる。ISO30414で定められた人的資本の測定基準は11領域58項目で構成され、内容は多岐にわたる(【図表1】)。まずはこれら全ての項目を自社の戦略と経営課題に照らし合わせて分析するため、数値化していくことが求められる。
3.〈人材版伊藤レポート〉
より日本企業の事情に即した考え方として、経済産業省が2020年に発表した〈人材版伊藤レポート〉(持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会報告書)も参考になる。同レポートによると、人材戦略は「3つの視点と5つの共通要素」で構成される。
ここで述べられている3つの視点とは、
(1)人材戦略と経営戦略の連動
(2)As is-To beギャップの定量把握
(3)企業文化への定着
である。パーパス・MVVや経営戦略と連動した人材戦略の下、目指す姿(ビジネスモデル・経営戦略)と現状とのギャップを把握し、人材戦略の実行プロセスを通じて組織や個人の行動変容と企業文化への定着を図るということだ。
これらを支える各種制度や着眼点として、5つの共通要素がまとめられている。
(1)動的な人材ポートフォリオ構築
目指すべきビジネスモデルや経営戦略の実現に向けて、多様な個人が活躍する人材ポートフォリオが構築できているか。
(2)知・経験のDE&I
DE&I とはダイバーシティー(多様性)、エクイティ(公平性)、インクルージョン(包括性)のこと。多様な個人が対話し、イノベーションや事業のアウトプット・アウトカムを生む環境にあるか。
(3)リスキル・学び直し
目指すべき将来と現在との間にあるスキルギャップを埋めるための学び直しの機会や仕組みがあるか。
(4)従業員エンゲージメント
多様な個人が主体的かつ意欲的に仕事に取り組めているか。一人一人が活躍できる企業文化となっているか。
(5)働く環境整備
ワーク・ライフ・バランスに配慮した働き方や、時間や場所にとらわれない柔軟な働き方などの環境整備ができているか。
4.コーポレートガバナンス・コード
2021年6月に改訂された「コーポレートガバナンス・コード」では、上場企業に対して人的資本の情報開示が求められた。改訂により盛り込まれた人的資本関連のポイントは次の2つである。
(1)中核人材における多様性の確保
企業の中核人材の確保に向けた、管理職の多様性(女性・外国人・中途採用者)確保に対する考え方と測定可能な自主目標の設定。ならびに多様性の確保に向けた、人材育成方針や社内環境整備方針とその実施状況の開示。
(2)サステナビリティ
サステナビリティを巡る課題への取り組みとして、人的資本の投資等について自社の経営戦略・経営課題との整合性を意識した具体的な情報の開示。
人事KPI設計のポイント
人事KPIの基本コンセプトをもとに、具体的な設計ポイントを「エンゲージメント」「組織・ジョブ変革」「採用・育成と後継者育成」の3つのテーマごとに整理していく。
人事KPI の設計は、設定・展開・効果検証の3段階に分けられる。まず人事KPIの設定に当たっては、自社のパーパス・MVV や成長戦略に合致したものを選択することが必要だ。それを展開する段階では、必要な人的投資を行いながら推進状況を可視化し、マネジメントしていく必要がある。そしてその結果をしっかりと確認・評価する段階を設計しておくことで、投資効果を検証する取り組みも必須だ。
1.エンゲージメント
エンゲージメントは、人事KPIにおいて必ず押さえるべき重要な指標である。エンゲージメントとは「社員の会社に対する愛着心や思い入れ」のことであり、社員がやりがいや働きがいを感じている会社はエンゲージメントスコアが高い傾向にある。
エンゲージメントスコアは「指数」として推移を確認することに意味がある。例えば初回の測定スコアを基準とし、それと比べて数値がどのように変化したかを評価するのだ。そのため、定期的に測定することが望ましい。測定に当たっては事業所・部門別、階層別、勤続年数別など区分ごとに行い、スコアの推移をもとに組織・個人に対する施策の効果を評価したり、新たな対策を検討したりしていく。
スコアを向上させていくためには、マネジメントの変革や、社員がやりがいや働きがいを感じて主体的に業務へ取り組める環境整備が必要となる。
2.組織・ジョブ変革
組織・ジョブ変革を促す人事KPIには、大きく分けて組織・ジョブ・DE&I の3つがある。
組織変革KPIでは、総人件費のコントロールや中長期人員計画の達成を基本とし、人事戦略の実現に向けた組織づくりを目指す。
ジョブ変革KPIは、プロフェッショナル人材数や中途採用比率など、人材ビジョンの実現に向けた目標数値である。自社の求める人材が充足しているか、新たに採用・育成できているかを定量化し、目標達成に向けて取り組むことで人材ビジョンを実現するのである。
また、多様な人材が集まる組織の展開においては、その基盤としてDE&Iの推進が不可欠である。代表的なKPIは女性の管理職比率や新卒・キャリア比率などであるが、外国人比率や海外での現地採用管理職者数などグローバルな視点も取り入れていきたいポイントである。
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組織変革KPI
総人件費、労働分配率、中長期人員計画、人的資本ROI、労働生産性
ジョブ変革KPI
プロフェッショナル人材数、プロフェッショナル人材の充足率、ラインポストの充足率、中途採用比率、社外取締役比率、平均年収、男女間の給与の差
DE&I KPI
属性別の社員・経営層の比率(女性役員・管理職比率)、外国人技術者比率、海外現地採用管理職者数、内部異動数、新卒・キャリア比率、男性育児休業取得率、出産・育児休暇後復職率
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3.採用・育成と後継者育成
(1)採用・育成
採用においては、ワークフォースプランニングで将来の組織図を描き、人材ポートフォリオに基づいて進めていく。ここでは具体的に採用したい人材と数が決まるので、採用人数やそれにかかるコストなどがKPIとして設定される。
また、採用をゴールとせず、将来の組織を支える人材として活躍・定着へとつなげる視点も重要である。月間の応募数や採用人数の獲得に注力するあまり、入社後のミスマッチを引き起こしては意味がない。人材を採用する目的はその人に活躍してもらうことにあり、育成・定着におけるKPIも設定して進捗を管理すべきだろう。継ぎはぎ型の教育でなく、戦略課題や経営課題をしっかりと押さえた上で、体系的な教育を展開していくことが求められている。
特に今後はプロフェッショナル人材や専門人材、事業戦略推進の要となる戦略リーダー人材の獲得・育成に対する投資が重要になる。これらの投資効果を検証するためにも、育成・定着におけるKPIを設定するのが望ましい。
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採用におけるKPI
プロフェッショナル人材採用数(デジタル人材・専門家など)、1人当たり採用コスト、採用計画達成率、各採用フローにおける達成率(母集団、書類選考通過率、面接通過率、内定率など)
育成におけるKPI
リーダー育成人数、社員1 人当たりの研修平均時間、年間教育予算、テーマ別研修受講人数、階層別研修受講人数、定着率
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(2)後継者育成
後継者育成計画(サクセッションプラン)には、大きくポイントが2点ある。
1点目は、社長やCEOなど重要なポジションの交代を見据えて後継者候補を育成し、必要な資質を備えさせること。
2点目は、後継者として最も適切な人材を選出するために中長期的な取り組みを行うことだ。等級別に後継者候補となる人材をプールして、それぞれの段階に合った研修やプロジェクトへのアサインを通じて育成し、適性を見極めていく。
後継者育成計画に関するKPIでは、この等級別プール人材が充足しているか、重要ポジションに関して次の後継者がいるかどうかなどを数値目標として定める。企業のサステナビリティの点から見ても大きな経営課題であり、コーポレートガバナンス・コードでもKPIの設定と開示が求められる項目である。
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後継者育成におけるKPI
等級別プール人材数、等級別候補者割合、後継者カバー率、後継者準備率、後継者有効率
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※本コラムは竹内が、タナベコンサルティングの経営者・人事部門のためのHR情報サイトにて連載している記事を転載したものです。
【コンサルタント紹介】
株式会社タナベコンサルティング
取締役 HRコンサルティング事業部担当
竹内 建一郎
大手メーカーにて、設計・開発業務を中心とする商品開発に携わり、その後、当社へ入社。企業再建から成長戦略策定まで、200社以上のコンサルティングに携わり、企業の成長発展に向け多くの実績を挙げている。経営的視点による中期~長期ビジョン実現に向けた幅広いコンサルティングを展開。企業再建から、成長戦略策定まで、戦略を現場に落とし込む実践的なコンサルティングで高い評価を得ている。
主な実績
・中堅建設業・製造業(上場企業)/中期ビジョン策定
・製造業(鉄鋼業)/人事制度再構築コンサルティング
・中堅建設業・製造業(上場企業)/ジュニアボードコンサルティング
・中堅・大手・上場企業/次世代経営幹部研修
・サクセッションプラン策定
- 経営戦略・経営管理
- モチベーション・組織活性化
- 人材採用
- 人事考課・目標管理
- キャリア開発
創業60年以上 約200業種 15,000社のコンサルティング実績
企業を救い、元気にする。皆様に提供する価値と貫き通す流儀をお伝えします。
強い組織を実現する最適な人づくりを。
企業において最も大切な人的資源。どのように育て、どのように活性化させていくべきなのか。
企業の特色や風土、文化に合わせ、組織における人材育成、人材活躍に関わる課題をトータルで解決します。
タナベコンサルティング HRコンサルティング事業部(タナベコンサルティング コンサルティングジギョウブ) コンサルタント
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