どうしたら、人が育つ組織を再構築できるのか
ジェイフィール コンサルタント
片岡 裕司
山中 健司
1.はじめに
部下:「(上司が)自分のために時間を使ってくれて本当にありがたかった。今まで苦手意識を持って逃げていたことに一歩踏み出すことができました。自分に使ってくれた時間に見合うだけのことができているのか、正直不安ですが、これから結果を残していこうと思います」
上司:「あなたのこれからの成長や成果を考えると、使った時間は微々たるものです!」
これは、ある人材育成プログラムの最終発表会で交わされた上司、部下の会話です。皆さんの組織では、このような上司、部下の関係ができているでしょうか?
本稿では、改めて人が育つ組織づくり、現場での人材育成の問題を真正面からとらえて、解決の方法を考えたいと思います。人が育つ組織を再構築するために、未達の課題として10年後も同じ問題を聞かないために、今、我々が取り組むべき事を明確にしましょう。
2.なぜ、人が育たない組織になっているのか
突然ですが、皆さんが一番大きく成長したのは、いつ、どのような時でしょうか?
あたり前のことですが、人は経験を通じて成長します。「ちょっと無理かな・・・」と思うくらいハードルの高い仕事に挑戦し、試行錯誤しながら乗り越えたときに人は大きく成長します。ただし、一人だけではなく、そこには上司や周囲の関わりがあったはずです。挑戦する環境を作ってくれた。悩みを聞いてくれた。アドバイスや厳しいフィードバックをもらった。また、一緒になって喜んでくれ、達成感を味わった経験が皆さんにもあるのではないでしょうか。では今、組織はどのような状態になっているのでしょうか?
上司は人材育成の経験不足、プレイングマネジャー化による時間不足、職場で働くメンバーの多様化、業務の細分化・複雑化などにより、うまく部下と関わることができない状態となっています。その結果、部下に対して自分の思いや考えをうまく伝えられない。仕事のプロセスを見ながらアドバイスができない。一緒になって知恵を出し合えない。部下をきちんと評価することや成果や成長を一緒になって喜んだり、失敗を悔しがったりできない上司が増えています。
一方、部下はどうでしょうか。目の前のことに精一杯で、萎縮してチャレンジをしない。上司や同僚と相談できない。情報を共有できない、協力し合うことができない部下が増えています。これは行き過ぎた成果主義や上司・周囲からの支援不足によるもので、その結果、部下は成果や成長が感じられず、無力感や自己否定感が生まれなど、人との関わりに壁を作ってしまうという悪循環に陥っています。このように多くの組織で、縦、横のつながりの質が低下し、成長しにくい状態になっているのではないでしょうか。
これらのことから、我々の考える人が育つ組織を言葉に表すと下記のようになります。
「高い目標を掲げながら、そこに一人ひとりが責任感を持って主体的に取り組み、乗り越え、成長していく。ただし、目標の設定や乗り越える過程では、上司や同僚とお互いに知恵を出し合い、協力し合い、時には叱咤激励もする。乗り越えたらお互いの取り組みを認め、一緒に喜ぶ。人が育つ組織とは、このように縦、横のつながりの質が高く、一人ひとりが自己成長に高い意識を持っていること、お互いの成長に妥協しないことが当たり前になっている組織を指す」
3.人が育つ組織に変えるためのキードライバーとは
それでは、人が育つ組織をどのように作ればよいのでしょうか?
人が育つ組織に変わっていくためには、大きく2つのステップが必要です。ここでは、各ステップのポイントについて少し考えていきたいと思います。
ステップ1:変化の兆し(点の変化)をつくる
ステップ2:点の変化を、面に広げる
3-1)変化の兆し(点の変化)をつくる
人が育つ組織に変えていくための最初のキードライバーは、まず上司と部下の関係性を変えることです。特に現場に最も近い管理職レベル、具体的には課長レベルをキーマンとして関係性を変えていくことが重要です。なぜ最前線から変えていくのか?人材育成強化をしていく上で、多くの組織がぶつかる最大のボトルネックは、「成果と成長」をトレードオフで捉えるマインドセットです。本来、組織は人材の成長を通じ組織の力を高め、より良い成果を生みだしていくものです。しかし、多くのマネジャーが成果のことばかりを考え、部下の成長機会を奪ってしまっているのです。そんなマインドセットを転換するためにも、育成を通じ成果を出していく感覚と、その喜びを組織全体で共有する必要があります。このことから、人が育つ組織づくりにおいて、まずは最前線の課長レベルをキーマンとしていくのです。
では、上司と部下の関係性を変えるためにはどうしたらよいのでしょうか。ここ10数年、多くの企業はミドルマネジャーに課題があると考え、360度評価、目標管理制度などの仕組みをつくり、コーチングや評価研修など様々な取り組みを実施してきました。もちろん、仕組みづくりや個人の能力強化は大切なことですが、お互いに相手を受け入れる気持ちが欠けている状態において、それだけでは上手くいきません。大事なことは、仕事を通じてお互いが向き合うように上司や部下の背中を押してあげることと、そしてそのプロセスを支援することです。上司は部下のやる気を引き出し、目標に向かって背中を押し、フォローし、成果と成長をともに喜ぶという育成活動に本気で取り組むこと。部下は試行錯誤を繰り返し、上司に支えられながら目標に向かって一生懸命取り組むこと。このように2人が本気で一緒になって取り組むプロセスから信頼感や連帯感が生まれ、関係性が改善されていくのです。
3-2)点の変化を、面に広げる
課長レベルで部下との関係性に変化の兆しが作れれば、それを組織的に面へと広げていきます。次なるキーマンは組織づくりを主導する部長層になります。部下育成へのマインドが高まった課長層を通じ、人材育成が縦、横に連鎖するよう仕組みのデザインを行ないます。中長期視点での組織力強化を目指し、適切な育成目標設定や、中長期のキャリア形成のアドバイスを行なっていきます。
また部長層以外にも、経営トップの関わりや、人事部門の関わり。また育成を受けた一人ひとりの関与を通じ、人育ての活動を面に広げていきます。ここで特に重要になってくるのが経営トップの関わりです。人が育つ組織を作るという取り組みは、単なる自社課題の改善アプローチではなく、新たな企業風土創出に向けた重要な取り組みとして経営トップ自らがリードしていくことが重要です。
4.人が育つ組織づくりの実践事例
それでは、人が育つ組織の作り方について実践事例を通じて考えていきたいと思います。人が育つ組織を作っていくには、大きく分けると3つの動きを作っていくことが重要になっていきます。
・ 変化の兆しを作る
①:課長層がリーダー層に徹底的に向き合い、人を育てる経験をする
・ 点の変化を面に広げる
②:部長層が中心となり、人が育つ組織に向けた仕組み、取り組みを展開する
③:経営層、人事部が人を育てる風土作りに向けたムードを高めていく
上記3つの動きについて、とある企業の事例を参考に紐解いていきたいと思います。
4-1:変化の兆しをつくる
①:課長層がリーダー層に徹底的に向き合い、人を育てる経験をする
ジェイフィールでは、このような動きを作り出すツールとして、戦略的OJTというプログラムを準備しています。戦略的OJTとは通常業務ができるようになるための日常的なOJTと異なり、通常業務の枠を超えた成果と成長を求めるOJTのことを指します。ストレッチした目標の達成に向け、半年間、上司と部下がペアとなり必死に取り組むプログラムです。意図的に上司と部下が向き合う場をつくり、上司の人材育成力、部下の業務遂行能力を高めながらお互いの関係性を改善します。プログラムはキックオフ、中間発表会、最終発表会の3回の集合研修と、毎週1回のペアミーティング、毎月1回の上司同士のミーティングから構成されます。
この企業では課長層全員に対し戦略的OJTプログラムを展開しました。育成活動のプロセスで課長はリーダークラスの部下と本気で向き合い、傾聴する、我慢する、一緒に喜ぶ、悔しがることなど様々な経験をします。そしてこの経験を通じて人材育成の型を身につけます。型と言うのは端的に言うと相手に向き合う事です。ある課長はこの経験を通じ、「今までコーチングやティーチングなど色々スキルを身につけてきたが、今回の取り組みでやっとすべてがつながりました。相手に向き合うことが人材育成のスタートだという事が分かりました」と感想を述べていました。
4-2:点の変化を面に広げる
②:部長層が中心となり、人が育つ組織に向けた仕組み、取り組みを展開する
面展開を主導するのが部長層になります。ジェイフィールでは、このような動きを作り出すツールとして、人が育つ組織づくりワークショップというプログラムを準備しています。3つのS、Style(思い、価値観)、Skill(組織能力)、Sysytem(仕組み)という視点で自部門の組織をデザインしていくワークショップになります。
多くの組織で部長が“大課長化”しています。部長が部長としての明確な固有の役割を果たさず、課長の仕事に埋没してしまった結果、中長期での組織づくりが滞っている状況が多くの組織で起きています。部長層、課長層が組織づくりという観点で固有の役割を果たし、上手く連動する事が、人が育つ組織へと変わっていく面展開のキーポイントになります。
この企業では課長層の戦略的OJTに引き続き、部長層にこのワークショップを複数回に分けて半年間展開しました。まずは自部門の戦略的OJTの取り組みを把握しながら、その面展開について考えを深めます。まずは自分自身がどんな組織を作っていきたいかという思いや価値観を明確にしていきました。その上で、中長期の組織能力向上という観点で、どういう人材育成上の目標を持つべきかを具体化し、その上で、戦略的OJTという一つの仕組みを上手く活用し、その展開を考えていきました。各部署が将来像を明確化し、そこに向けて能力向上計画をデザインし、組織ルーティンに落とし込むことを、約半年間、実践していきました。
このワークショップは部長同士が各部で実践した内容を共有するスタイルで進めていきます。中長期の組織づくりの観点を持ってマネジメントしてきた部長と、大課長、つまりタスク思考の部長とは動き方に大きな違いがあることが明らかになってきます。この会社では、その差を、対話を通じ徐々に埋めながら、組織的変化を作っていきました。
ある営業部門の部長は、将来の営業がよりコンサルティング型になっていく事を中長期の課題と捉え、メンバーが様々な分野のプロフェッショナルになるためのロードマップを作成しました。そして全メンバーで戦略的OJTを展開しながら、お互いがプロフェッショナルになっていく事を支援するチームに変えることに成功しました。戦略的OJTの実践を、リーダー層から更に下の階層へ拡大し、定期的な横での情報交換を開催し縦、横、斜めの強い関係性の組織に変えることに成功しました。
またあるセンター部門の部長は、将来センターの実運用はアウトソーシングされるのではないかと考え、課題設定をしました。メンバーに問題解決力、企画力、部門間調整力の何れかを高めていくかを宣言させ、そのテーマで戦略的OJTを縦、横展開し、成果と成長という果実の獲得に成功しました。
4-3:点の変化を面に広げる
③:経営層、人事部が人を育てる風土作りに向けたムードを高めていく
人が育つ組織に変わると言うことは風土改革そのものであり、経営トップのコミット無しには実現できないものだと言えます。最初から経営トップのコミットを得られる場合もありますが、経営を巻き込むという観点でも、点の成功事例を作っていくことが重要になってきます。
この企業では、部長層のワークショップの第1回目と最終回に経営トップ自ら参加いただき、組織づくりの方向性を明確化しました。そして経営からのメッセージを受け、各部署がどんな組織になっていくかを真剣に議論していきました。また、全社員向けのメッセージDVDを作成し、そのDVDの視聴とオフサイトミーティングをセットにして全職場で展開をしました。全社的な気運を高めるためる点において、オフサイトミーティングは極めて重要な取り組みになります。ただ、オフサイトミーティングを風土改革の中心に据える企業もありますが、風土は日々の行動の結果として変わっていくのであり、マネジメントそのもの、組織ルーティンを変えていくことが重要になります。
この企業では、3年間の取り組みを経て、組織風土調査の結果や360度評価の内容は劇的に変化しました。人事担当者の方が、「わが社では最近、音を立てて風土が変わっています」と言われていたことが印象的に記憶に残っています。特に面展開のマネジメント改革、部長層を巻き込んでのワークショップをスタートした時点から大きな変化が生まれ始めました。人事部門が主導し、経営を巻き込み、計画的に組織全体に働きかけていくことの重要性を感じた取り組みでした。
5.おわりに
人が育つ組織を作っていくキーポイントは、1対1のペアの取り組みを通じ人材育成の成功事例を作り出すこと。そして本来、中長期の組織づくりの責任を担っている部長層に対し、その取り組みの横展開を実践させていくところにあります。繰り返しになりますが、人材育成を強化するときに、多くの組織で成長をとるか成果をとるかといったトレードオフの議論が噴出します。そもそも成長と成果はトレードオフの関係ではないのですが、この思考を防止するためにも、初期の成功事例は大きな成果をあげることを通じ成長を実現する取り組みにする必要があります。その上で大課長化している部長を、本来の固有の役割発揮をしてもらう点に変革のポイントがあります。
しかし、やらされ感では本当の意味で組織づくりを達成する事はできません。大切な点は、自分の壁を破って本当に喜んでいる部下の笑顔や、育成を組織の中心的活動にすることによってメンバー間の関係性やコミュニケーションの質が変化していくことをマネジャー層が知ることにあります。
人が育つ組織づくりとは、成果を出し、成長し、イキイキとメンバーが働く組織風土を作り上げていくことなのです。
- モチベーション・組織活性化
- 人事考課・目標管理
- キャリア開発
- マネジメント
- チームビルディング
どうしたら「人が育つ組織」をつくれるのか。
このテーマを中心に、様々な組織変革の支援を行っています。
人は仕事や人との関わり合いを通じて現場で成長する。アサヒビール(株)の営業経験などから得たこの考えの元、現場で一人ひとりが成長し続けることができる「場」を創り出し、企業変革を実現することをテーマとして取り組んでいる。
山中 健司(ヤマナカ ケンジ) 株式会社ジェイフィール コンサルタント
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