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注目の記事人事システム・IT[ PR ]掲載日:2022/04/18

経済産業省が2020年9月に発表した「持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会 報告書 ~人材版伊藤レポート~」は、HR領域に関わる人々を中心に大きな話題となりました。研究会の座長を務めた一橋大学CFO教育研究センター長の伊藤邦雄さんは報告書の中で、多様な個人の活躍と、従業員エンゲージメントの重要性を説いています。従来の人材管理手法では組織が立ち行かなくなりつつある今、企業における人材マネジメントのあり方はどうあるべきなのでしょうか。伊藤さんと、タレントマネジメント/組織診断サーベイシステムを提供する株式会社HRBrainの吉田達揮さんが語り合いました。

Profile
伊藤 邦雄さん
伊藤 邦雄さん
一橋大学CFO教育研究センター長 商学博士

いとう・くにお/一橋大学教授、同大学院商学研究科長・商学部長、一橋大学副学長を歴任。商学博士。2014年に座長として「伊藤レポート」を公表し、コーポレートガバナンス、無形資産やESGに関する各種の政府委員会やプロジェクトの座長を務める。2020年9月に経産省の研究会の成果として「人材版伊藤レポート」を公表した。

吉田 達揮さん
吉田 達揮さん
株式会社HRBrain 執行役員 EX事業部 本部長/人的資本TIMES 編集長

よしだ・たつき/人事コンサルティング部門の立ち上げ、中小〜大手企業向けのクラウドサービスの営業を担当。その後、タレントマネジメントのユニット立ち上げ、事業企画にて戦略策定・推進。現在は国内初の従業員エクスペリエンスクラウド「EX Intelligence」を提供する事業部を管掌。「人的資本TIMES」編集長も兼務。

「従業員は大事」と言いながら個を無視し続けてきた日本の人材管理

人材版伊藤レポートでは全体を通じて、人的資本経営の重要性を訴えていますが、どのような問題意識に基づいていたのでしょうか。

伊藤邦雄さん(一橋大学CFO教育研究センター長 商学博士)

伊藤:日本の経営者たちは、従業員が大事だと言い続けてきましたが、私は「それって本当なの? 都市伝説じゃないの?」と思っています。確かに日本の会社は、一度雇った人をそう簡単には解雇しません。しかし平等であることを意識し過ぎたため、従業員一人ひとりの特性を目配りしてこなかったのではないでしょうか。

私はこれまで多くの経営幹部の育成に携わる中で、選抜型研修を企画するたびに「選抜」に対して難色を示す人事部の反応を何度も見てきました。会社は選ばれなかった従業員のモチベーションが下がってしまうことを強く恐れ、「全員に等しく」というマネジメントを徹底してきたのです。一見すると素晴らしいのですが、個のタレントには着目せず、従業員をひと固まりでしか見ていないとも言えます。すなわち人材を資源、要は「数」の発想で捉えてきたわけです。

資源とみなしているうちは、「管理」が必ずつきまといます。原材料を加工して商品にする考えと、根本は変わらないからです。人は置かれた環境によって、いかようにも変化します。能力を開花し、価値を大きく高める場合もあれば、組織の力学にのまれてシュリンクしてしまう場合もある。企業の価値は人のありようによって上下するため、人材は資源ではなく「資本」とみなすのが適当といえます。

米国証券取引委員会(SEC)では、上場企業に対して人的資本の情報開示を義務化しましたし、世界標準化機構(ISO)も人的資本に関する情報開示のガイドラインを発表しています。日本でも非財務情報開示に向けて政府は準備を進めていて、岸田首相は「人の価値を企業開示の中で可視化するため」と、2022年度に見える化のルールを策定すると発言しています。

企業の価値を測るにあたり、無形資産の占める割合は日に日に高まりを見せています。無形資産にはブランディングなども含まれますが、ど真ん中にあるのは人材です。組織の人的資本価値を高めれば無形資産が高まり、企業価値も高まっていくという考え方です。

しかし、日本は企業価値創造の国際競争ではこの20年間、負け組です。どうして負けてしまったのかというと、人という資本の扱いを誤ってしまったからです。戦後の経済成長の中で築き上げてきた、メンバーシップ型雇用の仕組みに安住し、脱却できなかったことが大きな要因ではないでしょうか。

従来の日本の雇用慣行は、新卒入社・終身雇用・年功序列が原則で、一度入社したら在籍中のみならず、定年後の生活も含めて丸ごと面倒を見てくれました。それと引き換えに、働き手は異動、転勤、単身赴任と、会社からの指示に従うことを求められてきました。希望や意思は聞いても、「(断れば出世はないと)わかっていますよね」という無言の同調圧力のもとでの確認でした。

「かわいそう文化」も厄介です。ITが発達し、産業構造は大きく変わったにもかかわらず、日本企業はいくつもの不採算事業を抱え続けてきました。この事業を他社に売却したら、そこで働く彼らがかわいそうじゃないか、だから売却しないというのです。効果に乏しい業務改善を繰り返し、人も事業も持て余してしまっています。

私はこのような課題意識をずっと感じていて、「持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会」では、投資家にも参画してもらう形で議論を重ねてきました。その集大成といえるのが、人材版伊藤レポートです。

VUCA時代のタレントマネジメントはポテンシャルの可視化がカギに

人的資本の成否は従業員の「個」に目を向ける、すなわちタレントマネジメントの推進にかかっているということでしょうか。

伊藤:経営の神様とも称されるジャック・ウェルチ氏(米国GE社の元・会長兼CEO)は、上級幹部候補となる300人(あるいはそれ以上)程度のタレントが頭の中に常にインプットされていたそうです。日本の大手企業の経営者は、従業員のことをどの程度把握しているでしょうか。

社長業は多忙ですから、一人ひとりを見るにも限界があります。しかし、人材版伊藤レポートでも述べている「経営戦略と連動した人材戦略の策定・実行」を進めることは、社内の人材が見える化できておらず抽象度が高いままでは難しいでしょう。策定・実行には、データの存在がカギを握るため、HRBrainのようなタレントマネジメントシステムの力を借りることも必要になるはずです。

タレントマネジメントシステムの活用例
吉田達揮さん(株式会社HRBrain EX事業本部 統括部長)

吉田:当社へのお問い合わせも多くいただいており、特に大手企業様のシステム導入が増加傾向にあります。その中でも業界全体の状況が変わり、人的資本へのテコ入れを課題と感じている場合、経営陣が主導となって組織開発・人材開発へ積極的に投資する、といった動きが見られます。

少し気になるのは、手段であるはずの人的資本の情報開示が目的になってはいないか、という点です。あくまでも企業の価値創造のために、人材に投資すべきではないでしょうか。

伊藤:おっしゃるとおりです。例えば、開示情報が乏しいのはまずいという理由で取り組むのは本質的ではありません。人の課題や望ましい人的資本のあり方は、組織によって異なるはず。他社の動きに合わせようとして横並び意識が芽生え、紋切り型の開示になってしまっては意味がありません。

本来であれば有価証券報告書や統合報告書を通じて、その会社の人的資本に対する姿勢や哲学がにじみ出てくるものです。「なぜ人へ投資をするのか」というところから議論を始め、独自のサクセッションプランを練り上げるべきです。

タレントマネジメントを取り入れることで、何が変わるのでしょうか。

伊藤:例えば、入社以来ある事業部ひとすじで、課長、部長を経て事業部長になったAさんがいたとします。極端なことを言えば、Aさんのことをほぼ所属や肩書のみで判断していたのが今までの人事です。この人はここで数字をつくった、この人はこの業界とのコネクションが強いといったことで、これまで適切な配置が行えていたのであれば、それは過去の延長線上に想定できる未来が存在したからです。

しかし現在は世の中の変化が激しく、不確実性が増しているのですから、自社を取り巻く環境は何かの弾みで一変するでしょうし、取引相手の業界だって変わっていくはずです。過去は通用しないことを前提に、理想とする組織状態から逆算して現在取り組むべき人事戦略を立てていく、バックキャスティング的な発想が必要になります。

前例がない中での判断になるのですから、配置を考える場合も、経歴以上にタレントのポテンシャルにフォーカスすることになるでしょう。このとき従業員の過去の経歴や実績、経験といったトラックレコードを丁寧にひもとくプロセスが生じますから、タレントマネジメントが必須になるのです。

吉田:伊藤先生は人材版伊藤レポートで、人的資本のAs IsとTo Beのギャップを定量的に把握することが重要と述べられています。タレントマネジメントシステムが貢献できる領域であると同時に、当社でも課題を感じていたところでした。

というのも、タレントマネジメントシステムの多くは、人事側の作業を早く、楽に、簡単に行えることに力点が置かれていて、過去から現在の可視化にとどまってしまっているからです。個人のポテンシャルにまで踏み込むことのできるサービスは少ないと思います。

伊藤:最近、経営者から「この従業員に、新しい事業を任せてみたい」と相談を受けることがあります。その多くはロジカルに判断しているのではなく、従業員の個性や潜在能力や行動様式やセンスなどの暗黙知的な要素から「あいつならやってくれそうだ」と期待しているケースです。経営者の頭の中には、本人も気づいていないアルゴリズムが存在していると言えます。

このことを踏まえると、時間軸を線で捉えることがポイントになるのではないでしょうか。「現在」というのは、過去のある時点から見たら「未来」にあたります。その時間の流れの中で、成功している人は何を学び、どのような経験を積み、周りに誰がいたのか。そうしたことを解析できれば、ポテンシャルの可視化の手がかりになると思います。

また経営に「やらせてみたい」と思わせる要素には、その人の気質も影響していると感じます。リーダーになるような人は、往々にしてマインドバリアが低い。未知のことに直面しても、すぐに「やってみよう!」「やれる!」という意欲を持ちます。

一方、「これは過去にこういう問題があった」などと課題やリスクが頭に浮かんでしまう人には、任せるのが難しい。こうしたメンタリティの部分も可視化できるようになれば、タレントマネジメントもさらに進化すると思います。

入社から退職まで従業員の体験価値をひとつなぎでデザインする

タレントマネジメントの範囲は、網の目状に広がっているのですね。

入社から退職まで従業員の体験価値をひとつなぎでデザインする

伊藤:近年、日本企業でも浸透しつつある従業員エンゲージメントは、職場での日々の体験である「従業員エクスペリエンス(Employee Experience、以下EX)」の積み重ねによって醸成されるものです。現状把握のためにエンゲージメントサーベイを行うところも増えていますが、結果に至った背景や原因までさかのぼることが大切です。EXの価値向上を図ることが、エンゲージメント強化につながります。

これまで日本企業では、EXについてほとんど言及してきませんでした。例えば自社の規模や手がける事業の話はあっても、一人ひとりの仕事のレベルでどのような体験が待っているのか、仕事が自分の手を離れた先でどのように社会とつながっているのかといったことを考える機会はほとんどありません。EXの概念が浸透していないため、上司も部下の想像力を刺激するような働きかけがなかなかできずにいます。

吉田:EXが良い状態であれば、タレントマネジメントも効果的に推進されます。しかし、管理者による一方向的な配置決定や研修の実施では、EX向上という視点が抜けているため、効果を得ることは難しいでしょう。

そこで当社では、採用からオンボーディング、評価・育成・配置、そして退職に至る過程をつなぎ、一人ひとりにどのような体験価値を提供できるのかという「エンプロイー・ジャーニー」の考え方を広めていきたいと思い、EX Intelligenceという組織診断サーベイを提供しています。

伊藤:エンプロイー・ジャーニーの捉え方は、年代によって違いがあるように感じます。主に50代以降のある程度年齢の高い層の価値観は、「Remembering Happiness」なんです。後で会社生活を振り返ったときに、「いやあ、頑張った。つつがなく勤め上げた」と自身を誇れることに幸せを感じる。

一方、若い人たちは「Experiencing Happiness」を求めています。今そのときの体験がどうあるかを重視するのです。自身の存在価値にとても敏感なので、2~3年刻みで考え、その間のジャーニーがエキサイティングだったら継続するし、そうでなかったら新天地を求めて転職する、という考えの人も少なくありません。企業側は、時間軸の世代による違いを正しく認識しておく必要があるでしょうね。

EXを設計する際にも、「個」を意識することが大切です。多様性の尊重ですね。国籍やジェンダーといった属性の観点も大切なのですが、もっと解像度を上げて一人ひとりにフォーカスする。女性管理職の比率を一律に上げようとしたら、離職率が高くなってしまったというのでは本末転倒です。

吉田:従業員一人ひとりの個性やライフスタイルに合わせて、働きがいと働きやすさの重視するバランスがその時々で変わることも考慮する必要があるでしょう。

伊藤:「日本の組織は同質的だ」と言われてきましたが、実際はそうではありません。従業員の大半が男性だったころでも一人ひとりをよく見れば、積み重ねてきた経験も、専門性も、価値観も違ったわけです。本当は、会社を休んで子育てしたいと思う人もいたことでしょう。そうした「個」に目を向けずにいたのが、日本のメンバーシップ型雇用だったのです。

しかし時代は変わりました。特にここ数年はコロナ禍の影響もあり、多くの人の働き方が変わったことに加え、生き方そのものを見直す動きが見られます。最近はキャリア自律もトレンドですが、そこには「選ぶ」という行為がついて回ります。しかし、これがなかなか難しい。自分自身と向き合わなければ、選ぶことはできないからです。現状をよく認識し、自分がやりたいことと向き合い、どういうプロセスをたどれば実現につながるのかを吟味しなければいけません。まさに自己洞察が問われるのです。

多くの人は従来の雇用慣行により、会社に身を委ねることに慣れきってしまっている状態ですから、自身で自己洞察を完結させるのは難しいでしょう。そのため、人事が従業員と向き合い、対話を重ねることが大事です。自分で選ぼうとする人たちに選択肢を丸投げするのではなく、話を聞きながら本人の望む方向性を示唆してあげる。私は人事部門の変革を常々訴えていますが、人事が対話のリーダーとなることもその一つです。

吉田:人的資本経営を進めるとなると、人事は従業員だけに限らず、経営者や投資家など、さまざまなステークホルダーと対話することになります。今までなら人事部内で話が通じていればよかったことも、客観的な説明が求められる場面が増えてくるでしょう。

そのためにも、人材データを活用できる状態にしておくことが重要です。集約された情報に基づき、適切な現状把握と課題抽出ができれば、意思決定の迅速化にもつながるでしょう。私たちのクラウドサービスがお役に立てるところでもあるので、人事のみなさんとともにEX価値の向上、理想とする組織の実現に取り組みたいと考えています。

伊藤:ぜひ開かれた人事であってほしいですね。従業員が人事部に気軽に足を運び、キャリアについて相談したくなるような関係になれれば、きっと今よりも強くしなやかな組織になるはずです。

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