ウクライナ危機で高まる「駐在員が対応すべき役割とリスク」
■ポスト・コロナの経営と現地従業員の待遇改善要求など雇用・労働問題
1989年のベルリンの壁崩壊・東西冷戦の終結による企業活動のグローバル化・サプライチェーンの拡大は2001年中国のWTO加盟により一段と進み、過去20年間で世界貿易額(輸出入額)は1990年の6.9兆ドルに対し、2018年には38.8兆ドルにまで増加しました。
しかしながら、2020年に発生した新型コロナウイルス感染症の世界的な拡大により、ヒト・モノの順で停滞がはじまり、更には2月、ロシアのウクライナ侵攻により、ウクライナはもちろんのこと、資源価格の上昇など世界経済に甚大な影響を与えつつあります。これら混乱は物価上昇を招き進出先各国社会の不安定化要因となります。調達コストの上昇のみならず、現地従業員の待遇改善要求など雇用・労働問題や社会・政治的な圧力が高まる可能性もあります。そして、これは複数の国で同時多発的に発生する可能性があるのです。
また、国連におけるロシア軍のウクライナ即時撤退を求める決議案に中国、インド、ベトナム、南アフリカなど日系企業の主要進出国が反対・棄権したことにも注目をしたいとおもいます。2022年3月3日、国連総会 緊急特別会合はロシア軍のウクライナからの即時撤退などを求める決議案が採択されましたが 、賛成141か国に対し反対・棄権40か国(反対5か国 棄権35か国)でした。2000年以降、BRICSと総称された成長国のうち、ブラジル以外の4か国すべてが 反対・棄権に回っています。
■社内に蓄積されていない冷戦時代のノウハウと危機感の欠如
コロナ禍以降、まずはヒトで、その後モノで進んでいたグローバル化の反転は、ウクライナ危機で決定的になりつつあるように見えますが、その流れの変化の中で、留意すべきが危機管理です。かつての冷戦時代には共産主義諸国への軍事技術・戦略物資の輸出規制を目的にCOCOM 対共産圏輸出統制委員会(Coordinating Committee for Multilateral Export Controls。多国間輸出統制調整委員会)があり、日本の大企業でも無許可輸出を行い大問題となったことがありましたが、冷戦の終結・ソ連崩壊後、COCOMは1994年に解散しています。我が国では最近になって経済安全保障が議論されはじめていますが、多くの企業では当時従事されていた方々はすでに引退しています。第二次世界大戦以降の国際秩序の枠組自体が地殻変動をおこしつつある中、社内にそのようなノウハウがないまま、過去30年間と同じ感覚で(危機感・知識ともに、いわば「丸腰で」)、従来の延長線上でグローバルビジネスを継続しているとなると、これは大変危険なことだと思います。
「危機感の欠如」の背景には経験バイアス(今までの経験に当てはめてものを見る)や正常性バイアス(自分にとって都合の悪い情報を無視したりリスクを過小評価したりする)、もしくは進出先国でのビジネスへの今までの投資額や労力を踏まえた損失回避バイアス(プロスペクト理論。同じ金額や労力でも、失う時は、それを得る時よりも倍の心理的痛みを感じる。損切できない心理の背景)などあるかもしれませんが、実際にロシアでは撤退する外資系企業が接収されるとも言われています。バイアス(予断とも言っていいでしょう)を排し、一人ひとりが適切な危機意識をもつために必要な「スイッチ」はまずもってして情報収集であり、外国語や異文化への知識、歴史や宗教、哲学、人間観などリベラルアーツはその土台となります(リベラルアーツは昼行灯のようなもので、特に平時には見えないものです)。また、組織として「スイッチ」を入れるためには、ざっくばらんに問題意識を共有できる、心理的安全性の高い組織風土が必要となります(ダイバーシティでは性別や年齢・国籍といった属性のみならず、いろいろなものの見方、いわゆる認知的多様性が重視されます。先程のリベラルアーツ同様、危機に際して、いろいろな観点から検討していく点でもダイバーシティは重要だと思います)。
■海外駐在員を取り巻く、心身の健康リスクと拡大する役割
コロナ禍で増加する駐在員の負荷「5重苦」では、以下をあげました。
1.国境を超えた自由な移動の制約があり、本人・家族とも不安が増す中
2.アウェイである海外において
3.日本よりも高いポジション・権限(または部下の人数)をもち
4.(人によっては日本でマネジメント経験のないまま)マネジメント(含む部下育成・評価)を執行し
5.今後は経済安全保障や人権等、ガバナンス機能への意識・理解(場合によっては担い手としての役割)も期待される
上記のように、海外駐在員を取り巻く、心身の健康リスクはコロナ禍以降、急激に高まりましたが、ウクライナ危機は、我が国企業が過去経験のないレベルにまでリスクが高まり、しばらくの間は予断を許さない時期が続くと思われます。
グローバル人材戦略研究所の実施する公開講座などでは従来のグローバルマネジメント、リモートでのミーティング進行、チームワーク、海外での部下育成の内容に加え、「駐在員が対応すべき役割とリスク」についても新たに追加してご紹介をしていますが、各社におかれましても今まで以上に駐在員のバックアップをしていただきたいと思います。
リスク発生の懸念が高まる中、目の前のことに対応している駐在員に対して、本社にはより高い視点から俯瞰し、従業員の安全と事業継続のバランスを図ることが求められます。現場と距離のある本社が正常性バイアスに浸ってしまう、当事者ではなく傍観者化してしまうことは避けるべきですし、あえて強いことばで言うのであれば、それは不作為の罪ともなりかねません。リスク管理では「空振り三振」は許されても、「見逃し三振」は決して許されないと言われています。ぜひ「空振り三振」を恐れない対応をしていただければと思います。
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次世代リーダー育成をはじめ世界で通用する人づくり、組織づくりをテーマに活動。グローバル経営、外国籍社員の活用/ダイバーシティマネジメント等。
「企業と人材」「賃金事情」「人事実務」「労政時報」「人事マネジメント」「グローバル経営」寄稿、「外国人社員の証言 日本の会社40の弱点」(文藝春秋)。政府会議有識者、大学講師、防災士、富士スピードウェイ走行ライセンス所持、グリーフケア勉強中
小平達也(コダイラタツヤ) 株式会社グローバル人材戦略研究所
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