失敗しないエンゲージメントサーベイの選び方 その3
人的資本経営の流れで注目される「エンゲージメント」。多くの企業が自社のエンゲージメントの状態を測定し、その向上に向けて、エンゲージメントサーベイ導入の検討を行っています。現在日本には多くのエンゲージメントサーベイがあふれていますが、その多くが正確に「エンゲージメント」の測定ができていないのはご存知でしょうか?本コラムでは、人的資本経営のバロメータとして、正しくエンゲージメントを測定できるサーベイを見極めるポイントについて、数回にわたり解説します。
前回のコラムは、エンゲージメントサーベイに求められる要件について解説しました。その中で、エンゲージメントを測定するにあたって、すでに学術的に検証されたモデルが存在していることについてもお話しました。今回のコラムはそのモデルについて解説します。
エンゲージメントの要因からアウトカムまでを含む尺度の因果関係に関して、企業ごとに自社で検討するのは容易ではありませんが、既に学術的に検証されたモデルが存在しています。
その代表がワークエンゲージメントの研究に基づく、「仕事の要求度-資源モデル(J-DRモデル)」です(図2)。このモデルは上段の「健康障害プロセス」と下段の「動機付けプロセス」の2つのプロセスによって構成されていますが、エンゲージメントサーベイに主に関係するのは下段の「動機付けプロセス」です。
このモデルによるとワークエンゲージメントに影響を及ぼすのは、「個人の資源」と「仕事の資源」です。「資源」というのは少しわかりにくい言葉かもしれませんが、要するに「燃料」であり「エネルギー源」です。ワークエンゲージメントを高めるためのエネルギー源と捉えると理解しやすいと思います。
「個人の資源」というのは、個人の内的な心理状態であり、その代表が「自己効力感」です。自己効力感は、「自分ならできる」と自分の可能性を信じられる心理状態を指しています。たとえば1on1においては、リーダーの「承認」がメンバーの自己効力感を高めることに影響します。このように、「個人の資源」はリーダーによるサポートなどの「仕事の資源」によって影響されるため、エンゲージメントサーベイでは主に「仕事の資源」の方に焦点を当てます。
つまり、エンゲージメントサーベイにおける因果関係のモデルは、「仕事の資源⇒ワークエンゲージメント⇒アウトカム」とシンプルに表現することができるのです。
仕事の資源に含まれる尺度と設問は、一般に公開されている「新職業性ストレス簡易調査票*」に詳しく記載されています。この調査票は「仕事の要求度‐資源モデル」をベースに、日本国内で実施された調査研究に基づき、学術的に検証されたものです。
新職業性ストレス簡易調査票には、健康障害プロセスが含まれているため「ストレス」が強調された名称になっていますが、動機付けプロセスも含まれており、特に仕事の資源に関しては以下のように3分類されているので、要因分析が行いやすい構成になっています。
<仕事の資源の分類と尺度>
作業レベル:仕事のコントロール、仕事の意義、役割の明確さ、成長の機会
部署レベル:上司の支援、同僚の支援、経済地位/尊重/安定報酬、上司のリーダーシップ、上司の公正な態度、ほめてもらえる職場、失敗を認める職場
事業場レベル:経営層との信頼関係、変化への対応、個人の尊重、公正な人事評価、キャリア形成、ワーク・セルフ・バランス
「作業レベル」の資源は、仕事そのものによる動機付けです。「部署レベル」の資源は職場の上司や仲間、雰囲気などによる動機付けです。「事業場レベル」の資源は、会社の制度や風土による動機付けを意味しています。
新職業性ストレス簡易調査票は誰でも無料で利用できますが、ワークエンゲージメントが中心なので、組織コミットメントの尺度は含まれていません。また、もともと「健康いきいき職場」づくりをテーマに作られているため、ビジネス面でのアウトカムがやや不足している面もあります。
世の中には、様々なエンゲージメントサーベイが存在していますが、その多くが学術的な検証が十分に行われていない状態です。「エンゲージメントサーベイ」と銘打って、実際はエンゲージメントの定義が正確になされていない、従業員満足度調査をそのまま置き換えているなどというサービスも多くあります。
一方で、まだ数えるほどではありますが、このような学術的な検証が十分にされているモデルをベースにサーベイを開発したり、学術的な検証を十分に行ったモデルを利用したサーベイもあります。見極めポイントの1つとして「十分な学術的な検証がされているか」は大きなポイントになるのではないでしょうか。
次回のコラムでは、エンゲージメントサーベイを検討する際に、担当者が迷うポイントについて解説します。
【参考文献】
*「事業場におけるメンタルヘルスサポートページ」https://mental.m.u-tokyo.ac.jp/a/87
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日本において、1on1とOKRを含む、パフォーマンスマネジメントの重要性をいち早く唱え、多くの企業の経営者と共にマネジメント改革に携わる。
東京大学法学部卒業後、アクセンチュアにて、人と組織の変革を担当するチェンジマネジメントグループの立ち上げに参画。同社のヒューマンパフォーマンスサービスライン統括パートナー、エグゼクティブコミッティメンバーを歴任後、アジャイルHRを設立。
松丘啓司(マツオカケイジ) 株式会社アジャイルHR 代表取締役社長
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