物流業におけるインセンティブを中心とした人事制度
物流業におけるインセンティブを中心とした人事制度
2024年問題を踏まえた、物流業界におけるインセンティブ制度の導入手法
物流業界に関する現状と課題
「物流業界の2024年問題」という言葉に象徴される、産業全体を揺るがすともいわれる危機が目前に迫っている。
2024年4月より、トラックドライバーの時間外労働に960時間の上限規制が設けられることにより引き起こされうる様々な問題の影響力の大きさが表れている。
物流業界の推定市場規模は22.5兆円とされ、業界全体では過去10年で+3.8兆円の成長をしている成長業界である。EC市場拡大に伴って輸送量が増加するだけでなく、消費者のニーズの多様化による配送方法や配達時間など、サービスの柔軟性も求められる。
その中で、人材不足や高齢化、労働時間抑制による運送能力の低下によって、「物が運べなくなる」事態が生じることが懸念されているのである。
また、個々の企業からの観点で見ても、物流事業者においては自社の固有技術(他社との差別化要因)を確立させにくく、競争力を保持することが難しい。価格競争に巻き込まれ、上昇するコストを価格転嫁させることができずに利益が縮小していくことで、結果的に従業員の給料も上がらず、離職やドライバーへの成り手不足に繋がるという悪循環が発生しやすい構造となっている。
物流業界における人事制度のポイント
上記を踏まえていくと、物流業における人事制度においては、より従業員にとって魅力を感じやすく、かつ企業の業績向上にも結びつく「両取り」を意識した制度設計が求められる。そのためにも、これまでの職能的観点から、より「生産性」への評価・処遇にフォーカスすることが必要となる。
特にドライバー職においては、これまでの一般的な企業のように「年功」や「能力」を重視した制度で生産性を維持することは難しく、よりインセンティブ(=目標の達成度合いに応じて報酬を支払う)の視点を入れていくことを検討すべきである。
具体的には、入社最初期には職能給とし、基本的な業務を習得していくことを求める。1~2年経過して独り立ちができるようになれば等級や職群を変え、インセンティブの側面を強め、会社への貢献に報いる処遇へと転換していく。
従業員からしても「何を・どれだけ成果として上げれば給与として返ってくるのか」がわかりやすく、モチベーションの喚起だけでなく、時短で働く従業員に対する対応など働き方の柔軟性を高め、採用力の向上にも寄与すると考えられる。
インセンティブ制度の設計における着眼点
ここからは、ドライバー職においてインセンティブ制度を設けていく場合の着眼点と内容を紹介する。
インセンティブ制度の設計においては、「公平性」(等級、業態、組織規模などにより不公平感がないか)、「動機付け」(自身の成果が反映される指標か、従業員のコントロールの範疇か、受け取る報酬が魅力的か)、「業績影響」(指標の向上・改善が会社・組織への業績貢献に直接的かつ大きく影響するか)の3点が前提として重要となる。その上で、活用する指標としては下記のようなものが検討される。
(1)生産性
物流業では、どれだけ物を効率的に運べるかが要である。そこで、「配送量(個数)」「運送効率(運送時間・走行距離・燃費効率)」などを生産性指標とし、生産性向上に貢献した従業員に対してインセンティブの支給を検討する。
(2)安全・品質
事故の発生は、事業停止などの企業存続に直結する危機にもなり得る。そこで、安全や品質を高めていくための「違反・事故の発生率」「納品遵守率」「顧客満足度」「荷物の損傷率」なども指標となる。これらを遵守したり向上させた従業員に報酬を提供することで、労働災害の減少や品質向上が期待される。
(3)スキル習得
よりジョブ型的な思想を強めると、同じドライバー職であっても、対応できる業務の幅によってインセンティブを決定することも考えられる。例えば運転業務だけでなく、車両整備まで担える従業員であれば、その難易度に応じてインセンティブが支給される制度とすると、従業員の成長意欲を促進することに繋がる。
「公平性」「動機づけ」「業績影響」の観点から自社に合う指標を選択・組み合わせいくとともに、それらの指標をどのように測るかも検討すべき事項となる。個人実績に報いるのか、チームや部門全体の実績に報いるのか。もしくは、単年度実績を見るのか、昨対比での改善率を見るのかは、従業員に求める役割や成果によって調整を行う必要がある。
処遇反映における着眼点
上記のように「何を・どのように評価されるのか」を定めた後は、その評価結果の還元方法についても検討を行う。
インセンティブを給与の軸とするのであれば、月例給与の支給項目とし、「成果給(年度で洗替)の支給」・「業績給(前月の実績)の支給」等として支給を行う。賞与の軸とする場合には、賞与の支給率に組み込んだり、通常賞与に追加支給するといった手法が考えられる。
もしくは、給与にダイレクトに反映させることは風土を鑑みて難しいという場合には、社内表彰での支給というパターンも存在する。ランキング順位により表賞金を支給、定性を含めた総合評価による支給、あるいは表賞金ではなく休暇という形で付与することで、相対的にインセンティブとしての働きは弱まるものの、非金銭的報酬の役割を持たせることができる。
さいごに
ここまで述べたインセンティブ制度は、従業員のモチベーションとパフォーマンス向上を促進する手段として積極的に検討すべきである。ただし、制度設計には公平性・透明性が肝要であり、従業員にとって「何をすればどの程度の処遇を得られるか」の納得感を持たせられるかがポイントとなる。
また、大前提には、そもそもの企業ビジョンや事業戦略を軸に、どのような組織・社風にしていきたいのかという戦略がか確立されているべきであり、制度にも個々の企業特性が色濃く反映されるべきである。現制度にインセンティブ制度をアドオンすれば良いという訳ではなく、自社が目指す姿や人事ポリシーを明確にした上で、適切な指標を設け、自社の競争力向上に繋げていただきたい。
※本コラムは山口が、タナベコンサルティングの経営者・人事部門のためのHR情報サイトにて連載している記事を転載したものです。
【コンサルタント紹介】
タナベコンサルティング
HRコンサルティング事業部 チーフマネジャー
山口 莉乃
企業の持続的成長を支えるコンサルタントとして、業界・企業特性に即した次世代幹部育成、SDGs実装、組織風土改革支援などを多面的にサポート。特に、SDGsに共感する中堅・中小企業の輪を広げるため、SDGsビジネスモデル研究会の企画・立上げを担い、多くの企業のSDGs実装支援に携わっている。また、製造業・建設業・サービス業を中心に研修・講演を数多く手掛け、次世代幹部・若手リーダーのキャリア開発・モチベーションアップに繋げる実績に、高い評価を受けている。
主な実績
・医療品製造業のSDGs実装支援
・建設業、製造業のジュニアボード運営支援
・建設業の次世代経営幹部育成支援
・情報サービス業の新規事業構想研修
・上場ホテル業のアカデミー構築支援
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