企業にとって従業員は費用?資産?資本?
1. はじめに
TIS株式会社の中田誠です。弊社が提供する 「人的資本経営実践サービス」 の企画推進のオーナーを務めております。
本コラムでは、「個人と組織のより良い関係」 を軸に、人的資本経営の理想のあり方について全5回に渡ってお伝えします。個人的見解に基づく内容も多くなりますが、最後までお読みいただけますと幸いです。
~ 個人と組織のより良い関係 (全5回) ~
第1回 : 企業にとって従業員は費用?資産?資本?
第2回 : 経営戦略と人材戦略とキャリア戦略の連動
第3回 : マネージャーとメンバーの最高の関係性
第4回 : 個人の多様な体験がイノベーションを創出する
第5回 : 人的資本経営の未来予想図
2. 「企業にとって従業員は費用?資産?資本?」
会計学のエッセンスを含めて人的資本について考察してみます。今回のタイトルとなっている 「企業にとって従業員は、費用?資産?資本?」 という問いに対して、皆さまはどのように捉えていますでしょうか。
- 従業員は人件費を計上するから費用である
- 人材は無形資産とも言われているから資産である
- 人的”資本”と表現されているから資本である
等、様々な見解があると思いますが、私はいずれも 「No」 と捉えています。
私の回答は後ほどお伝えするとして、先に費用でも資産でも資本でもないという見解を述べてみます。
まず、「人的資本」 というコトバの定義について紹介します。経済学者であるゲーリー・ベッカー教授の1964年の著書 「Human Capital」 が、人的資本の考え方を広く普及するきっかけとなりました。ここで、人的資本とは 「人間の知識、技能、健康など」 と記されています。
また、2001年にOECDが発表した 「The Well-being of Nations」 では、人的資本を 「個々が持つ知識、スキル、能力、属性」 と記されています。
いずれにおいても、人的資本とは人(従業員)そのものではないことが分かります。
3. 高橋俊介氏が提唱された 「知的資本経営」
人的資本経営の本質を語られた理論で私が最も共感している考え方は、高橋俊介氏が提唱された 「知的資本経営の人材マネジメント」 です。「一橋ビジネスレビュー 49巻1号(2001年SUM)」 の特集記事において、人材マネジメントのモデルを3つに分類されています。
- Laborモデル
労働力は必要な時だけ購入する。肝心なのはその質よりも、タイムリーにかつコスト効率高く必要量を確保する。財務諸表との関係でいえば、損益計算書の経費。 - Human Resourceモデル
入り口で質の高いポテンシャル人材を囲い込み、人材への投資を重視し、終身雇用を保証する。重要資産だからこそ教育という追加投資も積極的に行う。しかし、資産としてバランスシートに乗せられるのは、企業の所有物であり、企業が支配可能な場合に限られる。 - 知的資本経営モデル
人材を知的資本の投資家として扱う。人材にはその人固有の値段があるという考え方は古い。値段は人材そのものではなく、その人が投資する知恵につく。従業員は、職場環境や風土、将来の自分のキャリアへのインパクトなどを判断し、現時点での給与が最高値でない企業や部門、仕事への投資を決めるかもしれない。
つまり、私は 「企業にとって従業員は、会計上の費用でも資産でも資本でもなくステークホルダーである。人的資本とは個々の従業員が保有する知識やスキルや能力である。それらの人的資本に企業は投資をして最大化を目指すことが人的資本経営であり、その成果として企業業績および企業価値の向上が期待できる」 と捉えています。
4. 個人と組織のより良い関係
個々の働き方や仕事への価値観の多様性が増した現在の日本において、かつては日本的経営の強みとも言われていた終身雇用や年功序列に代表される 「旧来の日本型経営(Human Resourceモデル)」 は、これから起こり得る環境変化に対して最適な経営手法とは言えないでしょう。
国内の労働人口の減少の一途を辿ることで労働力不足が顕著となり、これからは個々の様々な働き方や考え方や価値観などの多様性を認めて活かすことが企業の成長戦略のエンジンとなることから、経営方針/経営手法の舵を切らざるを得ない企業や業界も多いことでしょう。
また、政府は様々な政策によって雇用の流動性を高めることを促進しており、「自律的なキャリアの形成」 を経営課題として掲げる企業が年々増えていることから、働く個人としては自らの働き方、学び方、キャリアパスなどあらゆる側面において、以前と比べて 「自己選択・自己決定・自己実現」 の機会が大きく増えたと言えるでしょう。
自己選択・自己決定・自己実現が人々の幸福度(Well-being)を向上させるという点については、すでに様々な研究等でその効果が証明されています。つまり、個人(従業員)と組織(企業)の関係は、かつてのように従業員が企業に従属する 「囲い込み型」から、より対等な関係性としての 「パートナーシップ型」 にシフトしています。
「パートナーシップ型」 における個人(従業員)と組織(企業)の関係を端的に表現すると以下となります。
- 企業は 「将来の収益の源泉として従業員が生み出す知的資産」 に期待して従業員が保有する人的資本に投資する(従業員が退職しても、残された知的資産が将来の収益の源泉となる)
- 従業員は自身の人的資本(スキルや知識)の蓄積を通じて自己実現や社会貢献ができる企業に投資(就職)し、そのリターンとして満足度の高い従業員体験を得る。
高橋俊介氏の2000年の著書 「キャリアショック」 では、「旧来の日本型経営(Human Resourceモデル)」 と 「これからの知的資本経営」 の人材マネジメントモデルの相違点が描かれています。
図1. 知的資本経営の考え方(高橋俊介氏の著書 「キャリアショック」 をもとに筆者が加筆・修正)
個人(従業員)と組織(企業)が相互に投資してお互いの価値を高め合える信頼関係こそが「エンゲージメント」であり、これからの人的資本経営のあるべき姿と言えるのではないでしょうか。
次回は、人的資本経営の要諦のひとつでもある 「経営戦略と人材戦略の連動」 に、 「(従業員の)キャリア戦略の連動」 を加えた3つの戦略の連動がもたらす効果についてお伝えしたいと思います。
参考文献
- Gary S. Becker 『Human Capital: A Theoretical and Empirical Analysis, with Special Reference to Education』
- OECD 『The Well-being of Nations』
- 一橋大学イノベーション研究センター 『一橋ビジネスレビュー 49巻1号(2001年SUM)』
- 高橋 俊介 『キャリアショック: どうすればアナタは自分でキャリアを切り開けるのか』
- 経営戦略・経営管理
- モチベーション・組織活性化
- キャリア開発
- リーダーシップ
- 情報システム・IT関連
事業戦略と人材戦略とキャリア戦略の連動によって従業員の持続的な成長を支える経営をITの側面からサポート
人的資本経営の実践を検討中の企業様向けに、TISインテックグループの取り組みから得たナレッジをもとに人的資本経営のマネジメントサイクルをサポートいたします。
中田 誠(ナカタマコト) エンタープライズサービス事業部 エンタープライズDXサービス企画部 エキスパート
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