「現場で使われないタレントマネジメントシステム」から考える
◆人材・タレントマネジメントシステムは、誰が使うシステムなのか。◆
【現場の従業員がほとんど使っていないケースが出てきている】
「タレントマネジメントシステム」というと、従業員全員にIDを配り、現場の人材・タレントマネジメントやコミュニケーションに活用してもらう、というイメージを持つ人は少なくありません。確かに、そうしたタイプのシステムを提供しているベンダーも多いのが事実です。実際に弊社でも、現場が使うための仕組みを提供しています。
しかし、タレントマネジメントシステム、即(=)現場展開というアプローチで、人材や組織のマネジメントに大きな付加価値を生み出していけるのか、一度しっかり考える必要があるのではないかと強く感じています。なぜなら、IDを全社員に配ったものの、評価や目標管理といった「必須参加」のイベントの時以外は、ほとんどの従業員がアクセスしていないという会社の話を、耳にすることが多くなったからです。
もちろん、評価や目標管理のためだけに入れたシステムなら、それでもまったく問題はないでしょう。しかし、多くの場合、「現場のマネジメントを強化したい」「上司部下間、従業員間のコミュニケーションを活性化させたい」といった目的も掲げています。そうであるにも関わらず、従業員がほとんどアクセスしていない、というのは、「失敗」と言わざるをえません。
そもそも、何故タレントマネジメントシステムを導入するのでしょうか。前回(「何故、「タレントマネジメントシステム」で成果を出せなかったのか?今、日本の人事が求めるべきシステムとは?」<リンク貼る>)のコラムでもお話しましたが、「タレントマネジメント」が必要とされる理由は、人事の本質的なタスクである、「短期・中期・長期のビジネス目標を、組織・人材の側面で支援する」ための有力な方法論の一つと考えられているからです。
ただ、多くの日本企業では、「自社にとって必要なタレントマネジメント」が確立している状態ではありません。そんな状況の下で「タレントマネジメントを考え、導入せよ」との指示が上から下りてきたとき、一般的に普及している「タレントマネジメントシステム」を導入することによって、まずはタレントマネジメントに踏み出そうと考えるケースがあります。そうした際に、
●現在、日本の市場に出ているタレントマネジメントシステムの多くは、従業員全員にIDを配布することを前提にしているものが多い。
●「人事が楽になるためのシステムではなく、従業員のためになる、従業員がメリットを感じるシステムにせよ」と言われた。
といった理由から、まずは従業員にIDを渡すことから始める、という結論に達するという状況を数多く見てきました。そして、まさにそうしたケースで、冒頭で言ったような「ほとんどの社員が使っていない」という状況に陥っていることが多いのです。
繰り返しになりますが、タレントマネジメントはビジネスに貢献していくために行うものであり、システムはそれをサポートするためのものです。今回は、このシンプルな本質に立ち返って、「人材・タレントマネジメントシステムは、誰が使うシステムなのか」を考えていきたいと思います。
【何故、見た目や使い易さにこだわったのに、現場で使われなくなってしまったのか】
そもそも、「タレントマネジメント」は誰が行うものなのでしょうか。
「タレントマネジメント」として「キャリアディベロップメント」や「パフォーマンスマネジメント(目標管理)」に取り組もうと考えた場合には、実際にそのプロセスにかかわるのは人事だけではなく、現場マネジャー・従業員も入ってきます。そのため、システムを選ぶ際に、「現場に受け入れられやすい見た目や使い勝手であること」への関心が高くなります。そのことを選定の最重要ポイントに置くケースも少なくありません。しかし、そこまで気を使って選択したはずなのに、実際には現場に使われていないシステムになってしまう、ということが起きてしまっているのです。
何故、当初しっかり考えたはずのことが、逆の結果を生み出してしまうのか。これまで見聞きしてきた状況を整理すると、以下に要約できます。
現場や従業員が、
「システムを使って何をしたらいいのかわからない。」
「システムを使うメリットを感じることができない」
からです。
現場に活用してもらうために、印象や見た目、使い易さに細心の注意を払ったにも関わらず、こうした結果になってしまった理由を紐解いていきたいと思います。
【システムを使って、何をしていいのかわからない。メリットを感じることができない】
まず、「キャリアディベロップメント」を例にとってみましょう。
そもそも、「キャリアディベロップメント」とは何をすることなのでしょうか。
概念としては、「本人が自律的に自分のキャリアについて考え行動し、現場のマネジャーはそれを理解した上で仕事の割り振りや現場での育成を考え、人事は各人のキャリアプランを活かしつつ、ビジネスにも貢献できる組織編成・配置プランを練っていく」といったあたりが、多くの会社が理想としている姿に近いのではないでしょうか。ただし、そのために実際に必要となること、現実的に”できること”は、各社各様です。そして、本人・現場マネジャー・人事の間で、「キャリア」についてしっかりと共通認識ができ、行動に繋げることができているという企業は、少ないのが現状ではないでしょうか。
そのように、もし共通認識が浸透していないとしたら、現場にいきなり“タレントマネジメントシステム”のIDを配布しても、現場のマネジャーの多くは、具体的に何をしていいかわからないはずです。おそらく、今までは見えなかったものがどういうものであれ手に入るようになれば、一度や二度は使ってみるとは思います。しかし、そこにあるデータを、自分の日々のマネジメントにどう活かせばいいかをイメージできなければ、継続したアクセスを期待することは難しいはずです。現場のマネジャーは、何のメリットが得られるか分からない情報を頻繁に見に行くほど暇ではないからです。
また、個々の会社が抱える課題、その環境や文化は、一社一社異なります。従って、自社の現場でキャリアディベロップメント支援を定着させていくために必要な情報の種類や提供方法、運用の仕組みなどは、各社の状況や目的に合ったものがあるはずです。そうしたベースを踏まえずに、「世の中で今注目されている、他社でも活用されているシステムなので、そこで提供されるテンプレートや機能をうまく活用してください」といって、後は現場にまかせてしまったら、「確かに、部下の異動歴やスキル調査の結果はわかったけれど、それで何をするんだっけ?」という状況に陥ってしまうでしょう。
次に、「パフォーマンスマネジメント(目標管理)」のシステム化についても考えてみます。
前述のように、「従業員全員にメリットを感じてもらう」ことを考えて、「まずは全員が使う目標管理システムを導入しよう」と考える企業は少なくありません。しかし、導入するシステムによっては、実は、「従業員のメリット」よりも、「人事のメリット」の方が大きいという結果になっていることがあります。単に、今の目標管理の内容をWebに置き換えるのであれば、現場から見れば、今まで人事から配布されていたファイルがWebの画面になり、上司へのメール送付がワークフローになるという手段の変更でしかないからです。多少の手間は省けるかもしれませんが、現場にとって「マネジメント上のメリット」は、実はほとんどありません。
「マネジメント上のメリット」を提供したいのであれば、例えば、「自分や部下の過去の目標内容と結果や上司コメントが確認できる」とか、「課や部、会社全体の目標との連鎖が把握できる」(システム以前に、そのこと自体がとても難しいですが)といった、実のある目標管理をしていくための情報提供や仕掛けが提供されて初めて、現場はメリットを感じることができるはずです。そしてそれらは、「キャリアディベロップメント」と同様、個社(現場)の状況とマッチしていなければ、結局は単にメールがワークローに代わっただけ、という結果に終わってしまいます。そうなってしまったら、現場にとっては、年に一回二回、義務でアクセスするシステムでしかなくなります。
こうして、全員にIDを配っても、ごく一部の人にしか使われなかったり、人事発のイベントのときに義務としてだけ使われるというシステムになってしまうことになります。
【人材・タレントマネジメントをデザインするのは誰なのか】
確かに、日々の人材・タレントマネジメントは、現場のマネジャーが担うものです。しかし、現代の日本企業で、現場のマネジャーが部下のマネジメントだけをやっていればよいというケースはとても稀になってきています。多くの場合、自らも何らかの目標や業務を持つプレイングマネジャーです。そうした彼ら一人一人に、マネジメント能力を上げてもらい、現場力を上げて行こうと考えるなら、そこには「プロ」からの、マネジメント方法に対するアドバイスやプロセスのデザインの支援が必要なのではないでしょうか。そうしたことが、人事が人材マネジメントのエキスパートとして力を発揮すべき一領域であるはずです。
現場が担う日々のマネジメントへの支援に加えて、
人事として現状を正しく把握して経営層と課題を共有し、意図をもって現場での人材・タレントマネジメントの方向性を打ち出し、その結果も含めた事実・エビデンス・データを管理し、会社としての人材・タレントマネジメントの質を上げていくことも、人事の重要なタスクです。
こうしたベースの支えなしに、ポンッと一般的な”タレントマネジメントシステム“だけを現場に提供しても、勝手な解釈で暴走するか、まったく使われないものになっていくことは、当然の帰結と言えるでしょう。
つまり、
●そもそも、何故、「タレントマネジメント」を導入するのか。経営・ビジネスの成功とのリンクが明確になっているか。(目的の明確化)
●その中で、現場のマネジャー(課長レベル以下)や本人が果たす(果たすことを期待される)役割は何か。(グランドデザインの作成)
●現場のマネジャーや従業員たちの現状はどうなっているのか。(現状把握)
●人材データをどのように活用して、部下の人材・タレントマネジメントや自身のキャリアマネジメントをしていってほしいのか。(ありたい姿の確認)
●それは自社の組織文化の下で実現できそうなことなのか。課題があるとしたら何か。その克服方法はあるのか。(ギャップを埋めていく方法論の立案)
といったことを、人事が整理し、マネジメントしていくことができて初めて、現場でシステムが使われるようになっていきますし、それによって現場のマネジメントの質を上げることができるのです。
つまり、「人材・タレントマネジメントシステム」は、最終的には現場・従業員が使うシステムとして機能することが期待されるわけですが、その前提として、まず、人事が自分たちの仕事の質を上げるために使うシステムでもあるべきだと言えるでしょう。
では具体的にはどのようなシステム(ツール)が必要なのでしょうか。大きく分けると2つの要素が必要になると考えています。
1.自社の人事のプロとして考えていくこと、経営に提言ができる環境づくりを支援してくれるものであること。
▸人材・タレントマネジメントに必要となるデータが徹底的に一元化・可視化できる。
▸人事が手作業レベルで行っているデータ「処理」の時間を極力省力化できる。
▸人事が頭を使い、経営や現場に提案や支援行為をしていくためのデータ活用ができる。
▸経営層・ビジネストップが「人材」「組織」を考えるときに使えるレベルのデータ提供ができる。
2.自社に合った人材・タレントマネジメントを実現し続けることができるものであること。
▸自社で解決したい課題解決、実現したいプロセスなどを実現できる。
※やみくもに独自性を追求する必要はないが、自社の文化や状況に合わせたものでなければ「絵に描いた餅」になります。最終的に既成のパッケージシステムを導入することになったとしても、やはり「自社の」という視点で全体を考えることが大前提となるでしょう。
▸従業員が使い易い、わかりやすいツールとなっている。
【何に対しての、良い見た目・使い勝手なのか】
ここまで整理したところで、最後にもう一度、「何故、見た目や使い易さにこだわったのに、現場で使われなくなってしまったのか」に立ち戻ってみたいと思います。
一般的に良いと言われる見た目や使い勝手にこだわっても、あくまでも従業員が「仕事」をするために使うものである以上、「何のためのシステムなのか」「どういうメリットがあるのか」という点について実感値をもって理解してもらえなければ、使われなくなるのは時間の問題です。なぜなら、こうした部分は、上記で挙げた「求められるツールの要素」の中では、あくまで最後の仕上げの部分を担う要素だからです。この構造を理解しないままに、最後の仕上げの部分を上位階層と考え、優先順位を他の要素の上に置いてしまうと、現場で使われないシステムになってしまう、ということです。
目的とメリットの重要さがわかる例を挙げてみましょう。例えば「経費精算システム」は、どんなに見た目がぱっとしていなくて使い勝手がとても悪くても、皆必ず使います。自分が立て替えた経費を返してもらうという、切実でわかりやすい目的とメリットがあるからです。一方で、見た目がスマートで、ユーザビリティが高いなと思っても、面白いニュースや最新の情報がアップデートされないニュースサイトは、すぐに見なくなるはずです。
誤解していただきたくないのですが、見た目が重要でないとか、使い勝手を考える必要がないと言っているのでは、まったくありません。「経費精算システム」などとは異なって、今までには存在しなかったシステム、メリット感が実感しにくいシステムを、従業員全員に使ってもらおうとする段階では、わかりやすい印象や気が効いた機能があるということがプラス要素であることには間違いがありません。ただ、その優先順をどこにおくのかを、間違えないことが重要だ、ということです。
そして、もう一点。システムが、実のあるメリット感をもって使われ始めると、そこで求められる「良い見た目」「使い易さ」は、デモ等で感じていた「良い見た目」「使い易さ」とは異なっている可能性があります。(例えば、現場のスピード感に合わせるために、できるだけシンプルであることが最優先されるかもしれない、など)その点も、想定しておけるとベストです。
人材・タレントマネジメントシステムを導入しても、すぐにビジネスの数字にインパクトを与えるレベルの劇的な効果が出ることは期待できません。人を育てる、組織文化を醸成させるという世界で、発展・定着というところまでみていくと、やはり一定以上の時間がかかるのが現実です。しかし、時間がかかるからこそ、今から正しく始めておかないと、人材や組織に関するシステムやデータを武器にできた企業と失敗した企業の間で、5年後10年後に大きな差となって現れるでしょう。そして、差をつけられたことに気がついたときには実質追いつくことは難しい、といった悲劇が起こりえます。できれば、5年後10年後の競争優位を生み出すために、少なくとも、投資したものが価値を生んでいないということにはならないために、本コラムを参考にしていただければ幸いです。
※インフォテクノスコンサルティング株式会社 Rosic人材マネジメントシステムサイトからの転載(オリジナル:2018年4月5日掲載)
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大島 由起子(オオシマ ユキコ) インフォテクノスコンサルティング株式会社 セールス・マーケティング事業部長
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