Case_4 「バカ野郎!」はパワハラか?
社内に設置しているハラスメント相談窓口に、研修中の新入社員のAさんからパワハラの訴えがありました。
当社の新人研修では、建設現場を見学することにしています。大型クレーンなどを使った作業を間近で見学できる機会はそう多くはないので、なかには職場見学を楽しみにしている新人もいると聞きます。その日も、当然現場は作業中でした。新入社員男女十数名がスーツにヘルメット姿で現場の説明を受けているとき、危険箇所に近づいたAさんが、現場の作業員から「危ねぇだろ!バカ野郎、どけ!」と怒鳴られたそうです。見上げると頭上には鉄骨がクレーンで吊られていました。その場は特にそれ以外のお咎めはなかったということで、引率の人事担当者も「現場は作業中で危険をなので気を引き締めて移動してください」と注意を促すだけにとどめたそうです。
ところが、その翌日、Aさんは新人研修のオリエンテーションで聞いた社内のハラスメント相談窓口に「バカ野郎って怒鳴られました。これってパワハラですよね?」と訴えてきました。
確かに日常生活において「バカ野郎」と怒鳴るのは乱暴ですが、危険が伴う現場で安全を確保するために、時には荒っぽい注意喚起になってしまうのも理解できると、人事部では考えています。
実際、うちの現場の作業員は皆、相応の緊張感をもって体を張って働いていますから、少々乱暴な短い言葉のやりとりは珍しくありません。そのあたりをAさんに理解を求めたいところですが、「バカ野郎」という言葉に対する捉え方の違いだとすると、どう言ったらいいものか困ってしまいます。上の者が下の者に「バカ野郎」と言うと、それだけでパワハラということになるのでしょうか。
■こころの声■
- 世間的にもパワハラには敏感になってるからなぁ。でも、これはさすがにパワハラではないのでは?
- なんでもかんでもパワハラと言われたら指導もできなくなってしまいますね。
【対応の考え方】
<今回の「バカ野郎」はパワハラではありません>
セクシュアルハラスメント、パワーハラスメント(以下セクハラ、パワハラ)、いずれもその判断基準にはグレーゾーンがあることも事実です。パワハラは、2020年に労働施策総合推進法の改正で、企業に防止が義務付けられました。(中小企業は2020年4月)その定義は、『職場において行われる①優越的な関係を背景とした言動であって、②業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより、③労働者の就業環境が害されるものであり、①から③までの3つの要素を全て満たすもの』と定義されています。*厚生労働省 「明るい職場応援団」より
この事例では、新入社員のAさんに危機が迫っており、安全が優先される場面であることは明確です。ともすれば命にかかわるだけに、速やかにその場から離れさせることを目的としていますので、言葉は少々乱暴かもしれませんが、「業務上必要かつ相当な範囲を超え」ていないと一般的には考えられます。したがって、今回の「バカ野郎」はパワハラには当たらないことをAさんに説明し、理解してもらう必要があるでしょう。
仮にAさんが生まれてから一度も「バカ野郎」と言われたことがなかったとしたら、今回のことで「精神的苦痛を与えられ、就業環境が害された」と捉えてしまう可能性はあります。しかし今回のように、例えば本人がハラスメントだと捉えたとしても、ハラスメントは先のような定義を軸に判断するため、すべてが処罰の対象になるわけではありません。しかし、「自分の経験、職場、会社、業界では当たり前」だとしても、訴訟が起きたら言い訳にならないことを認識しておく必要があります。
<全社的なハラスメント知識教育が必要>
セクハラは男女雇用機会均等法(1997年改正による法制化)で、多くの企業が対策に取り組むようになりました。パワハラは有識者会議を経て2020年6月に対策が義務化(中小企業は2022年4月)されたことにより、対策を講じる必要があります。
具体的には、意識啓発としての教育研修やパンフレット配布、相談窓口の設置、情報提供などが考えられます。本事例の会社には、社内にハラスメント相談窓口がありますので、ここでは教育研修についてお知らせします。
ハラスメント研修は先の背景もあり、昨今は実施する企業が増えています。その際、職場のキーマンである管理職を対象に研修実施を検討される会社が多いようです。しかし、この事例のように、一般従業員がハラスメントについて誤解していたり、知識が曖昧だったりすると、ハラスメントではない相談が増え、窓口業務が煩雑になってしまうことがあります。こうした事例を予防するには、一般従業員に対して知識教育をすることをおすすめします。ハラスメントの定義、相談の仕方等、研修により部下の意識が高まることで、上司が自らの襟を正す、といった効果も期待できます。
また、こうした研修は経営層を含めた実施が効果的です。いわゆる「叩き上げ」の方々には馴染みにくい考え方かもしれませんが、トップがハラスメント問題のリスクを認識し、意識を高めることで、組織全体の方針と受け止められ、予防意識が浸透しやすくなります。
文責:保健同人社EAPコンサルタント
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