エンゲージメントの考え方と効果的なサーベイの運用方法
こんにちは。株式会社SmartHRでプロダクトマーケティングマネージャーを務めている重松です。
「従業員が突然辞めてしまう」「リモートワークが進み、従業員の様子がわからない」
こういったことはさまざまな企業さまで日々起こっていることかと思います。
本稿では、このような課題に対して「エンゲージメント」がどのように効果を発揮するかについてご紹介したいと思います。
エンゲージメントが注目される背景
まずはじめに、労働環境を取り巻く社会の変化を見ていきたいと思います。
少子高齢化により、40年後には、日本の労働力人口は4割減となる見込みとなっています(※1)。労働力人口と労働力率の低下により、これまでの企業の生産力を維持するためには、1人あたりの生産性の向上が必要となっています。このため、いまいる人材に自社で働き続けてもらうことや、人材の獲得がますます重要になっていくことがわかります。
人材獲得競争に勝つために、働きたいと思う環境の整備や選ばれる組織づくりが必要であると考える企業が増える中、従業員満足度の向上やリテンションを目的に働き方改革に取り組む企業も現れています。エンゲージメントはそのような背景を受けて注目されています。
しかし、エンゲージメントという言葉は多様な意味や定義で用いられています。
本稿では、エンゲージメントの定義から、エンゲージメントの調査手法であるエンゲージメントサーベイの活用方法まで、エンゲージメントの概観を解説します。
エンゲージメントの定義
エンゲージメントには、大きく分けて「ワークエンゲージメント」と「従業員エンゲージメント」の2つの概念があります。
ワークエンゲージメントは「仕事に対する活力にあふれ、仕事に打ち込んでいる状態」を指し、従業員エンゲージメントは「組織に対する愛着や一体感、現在の仕事に対する満足など多様な内容を含む」といわれています。
ワークエンゲージメントの方が、明確に定義されていて、学術的な研究でもよく使用されています。
厚生労働省「令和元年版 労働経済の分析」によると、「ワーク・エンゲイジメントは、仕事に関連するポジティブで充実した心理状態として、「仕事から活力を得ていきいきとしている」(活力)、「仕事に誇りとやりがいを感じている」(熱意)、「仕事に熱心に取り組んでいる」(没頭)の3つが揃った状態として定義される」とされています(※2)。
ワークエンゲージメントは、オランダ・ユトレヒト大学のSchaufeli 教授らが提唱した概念で、ユトレヒト・ワーク・エンゲイジメント尺度(Utrecht WorkEngagement Scale:UWES)という尺度で測定できるため、世界中でUWESを用いた研究が行われています(※3)。
一方、従業員エンゲージメントについては共通の定義がなく、「組織への愛着や一体感」や「仕事への満足度」など、さまざまな定義が存在しています。
ここからは、明確な定義のある「ワークエンゲージメント」についてより詳しく見ていきます。
ワークエンゲージメントの向上により期待されること
「労働経済の分析」によると、ワークエンゲイジメント・スコアと組織コミットメントや従業員の離職率の低下には、正の相関があることが示されています(※4)。
同様に、仕事のパフォーマンスについても正の相関があるとされており、働きたいと思う環境の整備や選ばれる組織づくりに加え、生産性の向上まで期待できます。
さらには、ワークエンゲージメントの向上は、仕事中の過度なストレスや疲労を感じる度合いを低下させる可能性も示されており、従業員の健康増進にも一定の効果があると考えられています。
ワークエンゲージメント向上により得られる効果は会社にとっても個人にとっても重要なのです。
ワークエンゲージメントに影響を及ぼすもの
ワークエンゲージメントは、
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仕事から受けるプレッシャーや精神的・肉体的負担である「仕事の要求度」
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就業条件や対人関係や社会関係、組織での仕事の進め方などである「仕事の資源」
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個人の自己効力感、楽観性、レジリエンスである「個人の資源(心理的資本)」
に影響を受けるとされています。
この包括的な考え方を「仕事の要求度 ‐ 資源モデル(Job Demands-Resources model:JD-Rモデル)」といいます。
また、「仕事の資源」は、下記3つの水準に分類することができます(※5)。
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作業・課題レベル:自身の仕事自体に関することで、仕事のコントロールや仕事の意義、成長の機会など
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部署レベル:チームや人間関係に関連したもので、上司や同僚の支援、上司のリーダーシップや公正な態度、失敗を認める職場環境など
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事業場レベル:組織全体に関連したもので、経営層との信頼関係や個人の尊重、公正な人事評価やキャリア形成など
このように、仕事の性質、周囲からの支援や上司のマネジメント、会社からの支援を工夫することで、ワークエンゲージメントは向上していくと考えられています。
エンゲージメントサーベイの実施
先程紹介したエンゲージメントに影響を及ぼす可能性のある要因を含め、社内の状況を可視化するために実施するのがエンゲージメントサーベイです。エンゲージメントサーベイは自社で独自に設計することもできますし、パッケージとして販売されているツールもあります。
「エンゲージメント」という言葉には多様な考え方が含まれていることはご説明しましたが、エンゲージメントサーベイの設計やツール選定においては、自社が大事にしたいことに合わせて検討いただくのが良いと思います。
例えば、JD-Rモデルの考え方に基づき、仕事の資源や仕事の要求度の状況を可視化できる質問項目が含まれていると、包括的で信頼性のあるサーベイが実施できると思われます。
また、似た言葉として「従業員満足度調査」があります。
従業員満足度は「従業員の仕事内容や職場環境などへの満足感」を指すのに対し、広義のエンゲージメントは、「従業員の仕事に前向きに取り組む姿勢や、組織への愛着」などを指します。そのためこれらは別物と考えると良いでしょう。
エンゲージメントサーベイの分析
エンゲージメントサーベイの実施にあたっては、人事データの整理、運用方法の決定、アンケート作成、分析、アクションなどやるべきことが非常に多いです。しかし一連のプロセスが多く、分析読み取りやアクションに至らないケースが多い、というのが実情です。
「アンケートに回答したけど結局なにも変わってない」という状況では、逆に従業員の不満が募る可能性もありますので、正しく分析し、結果を読み取り、具体的な改善に繋げることが重要です。
分析のポイント1:注力する課題を決めておく
エンゲージメントサーベイで大事にしたいのが、「どの課題を解決したいか」を明確に決めることです。パッケージのエンゲージメントサーベイを使った場合、多様な観点での質問項目が含まれています。回答結果を集計すると、良い点悪い点がたくさん見えてきます。このとき、悪い点をすべて改善しようとすると、工数がかかりすぎてしまいますし、いずれも中途半端なアクションで終わってしまう可能性があります。
「会社の理念への共感を大事にしたい」、「上司のマネジメントがきちんと機能しているか知りたい」など、会社として大事にしたい・注目したい項目を明確にした上で、どの課題から解決していくのか、と検討を進めていくのが正しいステップだと考えます。
分析のポイント2:クロス集計で課題課題をあぶりだす
また、回答結果を分析をする上で、クロス集計は必ず実施すると良いでしょう。部署ごとや役職ごと、雇用形態ごとの分析がよくある手法の1つです。
部署ごとにみていくことで、マネジメントがうまく機能しているか、仕事の負担に偏りがないか、部署内の雰囲気などを把握できます。
たとえば、「会社の理念への共感」という項目について部署別に確認し、特定の部門ではスコアが相対的に低かったとします。ここから、「マネジメント層からメンバーへの情報伝達がうまくなされていないのでは?」という仮説を立てます。さらに役職を含めて分析すると、「会社の理念への共感」のスコアは経営層〜部長までは高いが、課長や係長、メンバーでは低くなってしまっていた、というようなことがわかります。
そのほかにも等級や評価結果なども掛け合わせることで、今まで気づけなかった課題が見つかるかもしれません。このように、多角的に回答結果を分析することで、具体的なアクションにつなげられる課題の特定が可能になります。
エンゲージメント向上のための施策検討・実施
分析でわかった課題に対して、施策を検討します。課題に対してどのような施策が合っているかは企業によって異なるため、ここはじっくり考える必要があります。
一例として、事例をいくつかご紹介します。
事例1. 組織拡大を見据えて部門長のマネジメントへの意識を醸成
課題:サーベイ結果で、一般社員やアルバイトの上司に対するスコアが低く出ており、縦の関係性が悪化していた。その原因は、マネージャーのプレイング比率が高く、本来やるべきマネジメント業務に時間を割けていないことではないかと考えられる。
改善施策:上司と部下のコミュニケーションを取るための1on1ミーティングを定期的に実施。メンバーの育成に関する質問のスコア改善を目標に掲げることでマネージャーの部下育成への意識を高める、といった施策を実行。
事例2. 特定の店舗のマネジメントと3年目社員への報酬設計を改善
課題:入社3年目の社員のエンゲージメントが全体的に低下していた。責任が増えてきた3年目の社員について、職務内容と報酬の設計に乖離があった。
改善施策:3年目を迎える社員へ、自己成長やモチベーションなどの意味報酬を設計し実施。加えて、責任増加が成長機会となるように教育制度を整備。
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これらの事例に見られるように、サーベイ結果を分析することで、解像度高く課題を認識でき、打ち手もクリアになります。
施策は実施して終わり、というわけにはいきません。定期的にサーベイを実施し、推移をみることが重要です。
改善施策を実施し、注視すべきと決めた事項について質問を2〜3問程度に絞って効果測定のためのサーベイを実施するのも良いでしょう。従業員の負担を減らしつつ、施策の効果を測定できるので、施策実施のPDCAサイクルを回しやすくなります。
このように、組織状態の可視化のためのサーベイと効果測定のためのサーベイを組み合わせながら定期的に実行していくことで、良い組織づくりにつながるエンゲージメントサーベイが可能になります。
エンゲージメントサーベイを成功させるポイント
エンゲージメントサーベイを効果的に実施するためのポイントをいくつかご紹介します。
1. 意思決定者やマネージャーを巻き込み、施策を実行できる体制をつくる
せっかくサーベイを実施しても、施策の実行ができなければ意味がありません。経営層など全社的な施策の意思決定ができる方や、部署ごとでの施策を実行に移せるマネージャーなどをしっかり巻き込み、当事者意識を持っていただくことが重要です。
2. 個人の特定ではなく関係性に目を向ける
サーベイ結果を分析すると、ある部署や個人に関する課題が明確になります。しかし、その部署や個人に問題があると考えるのではなく、問題は組織や人の「間」にあると捉えると受け入れやすく解決に繋がります。
3. サーベイは透明性が大事
サーベイ結果はしっかりと従業員に開示することが望ましいです。サーベイ結果が開示されず、施策の効果も実感できない状態では、逆に不信感につながる可能性もあります。
「なぜサーベイに回答しなければならないのか」という背景を伝えるためにも、サーベイ結果や取り組み状況を開示するようにしましょう。
4. 結果に一喜一憂しない
施策を実施しても回答結果に変化がなかった、ということはよくあります。「回答結果が改善しなかったから失敗だ」と考えるのではなく、「なぜ変化がなかったのか」を分析し、次につなげましょう。
さいごに
エンゲージメントについて考えるとき、まずはワークエンゲージメントの定義や「仕事の要求度 ‐ 資源モデル(JD-Rモデル)」を理解すると、着目すべき観点が明確になると思います。
そして、エンゲージメントサーベイを通して組織の状態を可視化し、会社が大事にしたいことと照らし合わせながら、従業員が気持ちよく働ける環境を作っていただければと思います。
参考資料:
※1:みずほ総合研究所「少子高齢化で労働力人口は4割減 労働力率引き上げの鍵を握る働き方改革」
https://www.mizuho-ir.co.jp/publication/mhri/research/pdf/insight/pl170531.pdf
※2,4:厚生労働省「令和元年版 労働経済の分析 -人手不足の下での「働き方」をめぐる課題について-」
https://www.mhlw.go.jp/stf/wp/hakusyo/roudou/19/19-1.html
※3,5:Wilmar Schaufeli & Arnold Bakker「UTRECHT WORK ENGAGEMENT SCALE 」
https://www.wilmarschaufeli.nl/publications/Schaufeli/Test%20Manuals/Test_manual_UWES_English.pdf
※5:島津 明人「ワーク・エンゲイジメント ポジティブ・メンタルヘルスで活力ある毎日を」
https://www.chosakai.co.jp/publications/11722/
※その他
https://mag.smarthr.jp/guide/case-study/detail/survey_03/
https://www.rosei.jp/common/data/backnumber/pdf/3997.pdf
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