2023年3月期決算から、上場企業などを対象として「人的資本の情報開示」が義務化されました。企業にとって人的資本経営に向けた取り組みは喫緊の課題といえます。田中氏は「2023年は、人的資本経営元年と言われた2022年に立てた計画を実行していく一年」といいますが、「人的資本の最大化」を実現するため、人事パーソンは具体的に何をすべきなのでしょうか――。タナケン教授の解説記事のほか、より理解を深めるための記事やセミナー、お役立ち資料もご用意しています。この機会にぜひご確認ください。
人的資本経営とは
「人的資本経営」とは、従業員を資本と捉えて積極的に投資し、その価値を最大限に生かすことで、企業価値を高めていく経営手法。ビジネス環境が急激に変化する中、経営戦略と連動した人材戦略を構築することで、企業の持続的成長につなげていくことを狙いとしています。
2020年に経済産業省が「人材版伊藤レポート」を公開したこと、2021年にコーポレートガバナンス・コードが改訂されて人的資本に関する内容が追加されたことなどを受け、関心を集めています。
タナケン教授に聞く、いま、何をするべきか
2023年は、人的資本経営元年と言われた2022年に立てた計画を実行していく一年です。
業界・業種を問わず、人事の皆さんが取り組むべき課題は、共通しています。「人的資本の最大化」を実現することです。社員一人ひとりのポテンシャルを最大化していくのです。
その上で課題が三つあります。(1)人材の慢性的な不足、(2)労働人口の高齢化、そして(3)テクロジカルシフトへの迅速な対応です。具体的な施策を戦略的に展開していかなければなりません。
そのためには、今いる人材を最大限に活かし、高齢化したミドルシニア社員のキャリア成長に伴走し、テクロノジーを適宜導入しながら、組織の生産性と競争力の向上につなげていく必要があります。これらを実現するのは、他ならぬ人事の皆さんです。人事部が、人的資本の最大化を実現していくのです。
そのために求められることを、以下に三つ挙げます。
人事に求められること・その1
「人的資本の最大化」の効果検証
一つ目は、「人的資本の最大化」の効果検証です。経営者は「人的資本の最大化」に取り組むことでの「変化」に関心があります。具体的には、社内公募制、社内副業・兼業などのキャリア自律施策を実施して、人的資本がどう変化するのかを知りたいと考えています。
継続的な取り組みにしていくには、「人的資本の最大化」へのプロセスを可視化させ、その結果を検証する必要があります。有効な施策は、定性的・定量的分析です。これまで取り組んできた組織内エンゲージメントスコアがあるなら、施策によってどんな変化が生まれるのか、スコアの細部まで丁寧に分析してください。
人事に求められること・その2
組織をつなぎ、グロースさせる司令塔的役割
二つ目は、組織をつなぎ、グロースさせる司令塔的役割です。しかし、苦手意識を持つ方も少なくないでしょう。これまで人事は、組織の調整役的役割がメインだったからです。人的資本の最大化を実現するには、人事と他組織とを接続させ、それぞれの組織文化にまで働きかけていく必要があります。例えば、「仕事は組織から任されるもの」という働き方を長年続けている社員に対して「仕事は自ら発見し、創造していくもの」であると、これからの働き方を伝達していくなど。
人事がリーダーシップをとり、部署を越えた全社的な取り組みの中で、キャリアリテラシーを伝達していくのです。時には部門長から反発があるなど、痛みを伴うことがあるかもしれません。覚悟をして、意識変革に臨むことが求められます。
人事に求められること・その3
大胆かつ戦略的な総合型のキャリア開発施策
三つ目は、大胆かつ戦略的な総合型のキャリア開発施策です。昨年度と同じ予算、同じ内容の社内研修を実施し、満足しているようではいけません。本質に向き合うことが大事です。組織に今、どんな問題があるのか。「当社のミドルシニア層にリスキリングは無理」と考えているようなら、人事として失格です。どうすればリスキリングに打ち込むようになるのかを、考えることが重要です。
また、労働集約的な発想からも脱却しなければなりません。「全員に社内研修」「全員に1on1」といった施策を疑うことから始めましょう。
とにかく、アクションプランを考え抜くのです。制度を用意するだけでは、組織は変わりません。組織のパーパスと個人のパーパスをつなぎあわせながら、マネジメント層の意識や行動を変革していく。各種制度を有機的に連携させていく。
人の成長をプロデュースすることで、組織も着実にグロースしていきます。人事の皆さんのチャレンジに、これからの日本社会の未来がかかっています。
- 田中 研之輔さん
- 法政大学 キャリアデザイン学部 教授 / 一般社団法人プロティアン・キャリア協会 代表理事
たなか・けんのすけ/法政大学 キャリアデザイン学部 教授 専門:キャリア論 一橋大学大学院社会学研究科博士課程を経て、メルボルン大学、カリフォルニア大学バークレー校で客員研究員をつとめる。博士(社会学)。大学と企業をつなぐ連携プロジェクトを数多く手がける。著書31冊。企業の取締役、社外顧問を35社歴任。