年金・退職金の価値は「伝え方」次第
私はコンサルタントとして数多くの退職金や企業年金の導入、見直し、そして廃止のお手伝いをしてきました。その中でも、対応に気を遣うのが従業員や退職者に対して不利益や不便を伴うようなケースです。もちろん不利益や不便はないに越したことはないですし、経営者や人事としても、社員の反発を生むような制度改定はできれば避けたいところですが、様々な事情により、そうも言っていられない状況が時に発生します。
年金基金解散の受給者説明会で出席者から感謝される
これまでの経験で特に印象に残っているのが、手厚い終身年金のあるDB基金(企業年金基金)を解散し、DC(確定拠出年金)に移行したプロジェクトです。この制度改定の真の目的は、DCへの移行ではなく、終身年金を受給している受給者の債務を清算することにありました。
経営状況の悪化から人員削減が行われ、その結果DBの加入者よりも年金受給者のほうが多くなり、将来の経営改善の重しになっていたことから、経営者がDB基金の解散を決断しました。
DB基金を解散するには、加入者や受給者に、将来支給されるはずだった年金や一時金に代えて一定額の分配金(最低積立基準額)を確保する必要があります。もし、年金資産の積立てがその分配金を支払うのに足りていなければ、不足は会社が埋める必要があります。
ちょうどタイミングの悪いことにその年は株価が大きく下落し、年金資産の積立不足が拡大しました。銀行からの借り入れによりなんとか資金は確保できたようですが、経営者としては胃の痛む思いだったのではないかと思います。
また、資金が確保できたとしても、DB基金の解散には労働組合の同意、受給者への説明、行政当局の認可が必要となります。中でもこのとき気を遣ったのが、既に会社を退職していた受給者への説明です。
法令上、必要な分配金が確保できていれば、DB基金の解散に受給者の同意を得る必要はありません。しかし、受給者の納得を得られず大きなクレームや訴訟に発展すれば、その対応に追われ、会社の評判にも響き、結局経営の足かせとなってしまします。
受給者への説明にあたっては、本社会議室での説明会を複数日程用意し、説明資料や想定問答を念入りに準備して臨みました。当日は社長からお詫びを含めた経緯の説明があり、その後、解散後の具体的な取り扱いや手続きの説明、質疑応答という流れで進みました。
出席者からの反発もある程度覚悟の上でしたが、実際に会場に足を運ぶと、OB・OGが集まる同窓会のような雰囲気も感じられました。もちろん年金基金の解散に対しては厳しい意見もありましたが、説明会の終了後に1人の出席者が「こんなこと言うのもおかしいですが、このような機会を設けていただいてありがとうございました」とお礼を言いに来てくれたのが非常に印象的でした。
結局このプロジェクトは無事完了し、この会社は今でもその規模に見合った退職金制度を継続しています。
一方で、同じようにDB制度を終了・解散した他社の例では、受給者に対して文書や資料の送付で対応したところクレームに近い問い合わせの電話が鳴り響いたり、訴訟の一歩手前まで行ったケースもあったようです。これは、元々の社風や解散に至った経緯の違いもあるかもしれませんが、やはり説明の仕方は理解を得るための非常に重要な要素であることは間違いないと感じます。
現役社員に退職金の意義は伝わっているか?
上記のエピソードは受給者を巻き込んだDB基金解散のケースであり、実際に経験する会社や人事担当者の方は少ないと思います。しかし、現役社員に対しても退職金の伝え方というのはとても重要です。
まず、多くの社員は自分の退職金のことを知らないという事実があります。退職するとき、あるいはその直前になって初めて退職金の額を知るという人がほとんどです。せっかくコストをかけて退職金や企業年金を実施しているのに、それが社員に伝わっていないのは非常にもったいないことです。
社員のためによかれと思って導入した制度も、説明が不十分だとかえって不満の原因となることがあります。「退職金を増やすくらいなら給料を上げてくれよ」という社員の声にも、しっかりと答える必要があります。
もし伝え方にランク付けをするならば、例えば以下のようになるでしょう。
【レベル1】退職金規程や年金規約があるだけで、何も説明していない
【レベル2】説明資料を作って「これを見てください」で終わり
【レベル3】説明会や研修の機会を設けて、質疑応答にも対応
【レベル4】説明会や研修に加えて、希望者には個別の相談や質疑の機会も用意しておく
あなたの会社では、どのレベルの伝え方で、どれくらいの頻度で行っているでしょうか?もし「社員に退職金の意義が十分に伝わっていないのではないか?」という疑問があるようでしたら、一度アンケートやヒアリングを行い、伝え方の改善を考えてみてはいかがでしょうか。
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「出口から逆算して組み立てる人材マネジメント」をテーマに、人生100年時代にふさわしい人事・退職金制度の設計と運営を支援します。
大企業から中小企業まで業種を問わず高齢者雇用や退職金・企業年金に関する数多くのコンサルティングを手掛ける。著書に『確定拠出年金の基本と金融機関の対応』(経済法令研究会)ほか。その他「人事実務」「人事マネジメント」等の専門誌での執筆多数。
向井洋平(ムカイヨウヘイ) クミタテル株式会社 代表取締役社長
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