人的資本経営を加速させる人事KPI
人的資本経営を加速させる人事KPI
人事KPIが必要とされる理由
企業経営における人的資本経営の重要性が高まっている中、人的資本経営推進のためには、人事KPI設計が必須と言える。また、人的資本経営が注目される背景には、次の3つがある。
①企業競争力強化の源泉としての人材強化
常に新たな商品・サービスを生み出す人材基盤、新たなビジネスへ対応できる人材基盤を構築しなければ、企業が持続的に成長できない。
②ステークホルダーの変化と人材情報の開示要求の高まり
ステークホルダーの関心が最も高いのは、「企業の中長期戦略の実現」であり、そのために必要となる「人的資本」をどのように確保していくのかが求められている。
③人的資本情報開示の義務化と開示基準の整備の進行
上場企業における人的資本の情報開示の義務化と開示基準の整備が進んでいる。人的資本経営のポイントは、経営戦略と人事・人材戦略をつなげることにある。人的資本の情報開示を進めることで、従業員のスキルや能力の向上が企業の業績や持続的成長につながるとステークホルダーに認識されれば、企業価値を向上させることができる。
人的資本の情報開示においては、人事KGI(Key Goal Indicator:重要目標達成指標)を人事KPI(Key Performance Indicators:重要業績評価指標)に落とし込み、数値化する必要がある。分かりやすく示すことでステークホルダーの理解を深め、期待を高めるためだ。ただ、この見える化(可視化)は、目的ではなく手段であることを忘れてはいけない。
人事KPI策定のコンセプト
人事KPIの設計のためには、人的資本経営の考え方をまず、理解する必要がある。人的資本経営の基本となる考え方として、「人材版伊藤レポート※」「ISO30414(人的資本に関する情報開示のガイドライン)」「コーポレートガバナンス・コード」の3つがある。
※経済産業省「持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会報告書」(人材版伊藤レポート、2020年9月)より抜粋・編集
1.人材版伊藤レポート
レポートに記載された、人材戦略に求められる3つの視点と5つの共通要素を次に要約する。
【3つの視点】
①人材戦略と経営戦略の連動
持続的に企業価値を向上させるためには、経営戦略やビジネスモデルの実現を支える、自社独自の人材戦略を策定・実行することが必要不可欠。経営戦略とのつながりを意識しながら、人材に関する戦略・アクション・KPIを考えることが有効である。
②目指す姿と現時点のギャップの定量把握
人材戦略がビジネスモデルや経営戦略と連動しているかを判断するため、目指すべき姿(To be)の設定と現在の姿(As is)の把握を行い、そのギャップをKPIで定量的に把握することが求められる。
③企業文化の定着
人材戦略の実行プロセスを通じて醸成される、自社の企業理念や存在意義(パーパス)の実現につながる企業文化の定着に取り組む必要がある。定着化に向けて、経営トップが粘り強く発信するとともに、企業文化に関しても適切なKPIの設定・検証が求められる。
【5つの共通要素】
①動的な人材ポートフォリオ
目指すビジネスモデルや経営戦略の実現に向けて、多様な個人が活躍する人材ポートフォリオを構築できているか。
②知・経験のD&I
D&Iとは「ダイバーシティー(多様性)」と「インクルージョン(包括性)」。非連続的なイノベーションを生み出す原動力となる個人の知と経験の多様性(感性・価値観・専門性など)が、事業のアウトプット・アウトカムにつながる環境にあるか。
③リスキル・学び直し
目指すビジネスモデルや経営戦略の実現に必要なリテラシーやスキルと、現在のリテラシーやスキルの間にあるギャップを埋めるための学び直しの機会や仕組み、企業文化があるか。
④従業員エンゲージメント
多様な個人が、主体的・意欲的に業務へ取り組める環境をつくっているか。企業理念や存在意義(パーパス)、経営戦略、ビジネスモデルについて従業員へ積極的に発信・対話し、共感や納得感を得る取り組みを進め、定期的に状況を把握しているか。
⑤時間や場所にとらわれない働き方
どこでも、安全・安心に働くことができる環境を整えているか。同じ時間や空間で働いていない多様な個人を束ねるマネジメントに対応できるマネジャーの育成や支援が鍵となる。
2.ISO30414
ISO規格とはISO(国際標準化機構)が定めた製品やサービスに関する国際的な基準で、ISO30414は2018年に公表された人的資本に関する情報開示のガイドラインである。
このガイドラインには、情報開示の項目として11領域58項目(【図表1】)が記載されており、内容は多岐にわたる。各社の戦略と経営課題に応じて、現状と親和性の高い項目を選択し、数値化していくことが求められる。
3.コーポレートガバナンス・コード
人材版伊藤レポートの公表後、2021年6月に改訂されたコーポレートガバナンス・コードには、人的資本に関する記載が次のように盛り込まれている。
上場会社は、女性・外国人・中途採用者の管理職への登用など、中核人材の登用における多様性の確保についての考え方と自主的かつ測定可能な目標を示すとともに、その状況を開示すべきである。
中長期的な企業価値の向上に向けた人材戦略の重要性に鑑み、多様性の確保に向けた人材育成方針と社内環境整備方針を、その実施状況と併せて開示すべきである。
上場会社は、経営戦略の開示に当たって、自社のサステナビリティについての取り組みを適切に開示すべきである。また、人的資本や知的財産への投資などについても、自社の経営戦略・経営課題との整合性を意識しつつ、分かりやすく具体的に情報を開示・提供すべきである。
以上の人的資本経営の基本的な考えを押さえた上で、人事KPIの設計を行う必要がある。
デジタルを活用した人事KPI設計
人的資本経営を推進すべく「取締役会・経営会議などのトップマネジメントの改革」や「CHRO(最高人事責任者)の設置・人事部門の機能強化」を行っても、これらの機能が適正な意思決定をするには正しい情報、つまり人事KPIが必要となる。
経営におけるKGI・KPIと同様に、人事KPIも日常の経営活動の中でタイムリーに進捗や結果が分かる状態でなければならない。人事KPIにおいて、従業員エンゲージメント、タレントマネジメント、教育システムなどの「人事DX(HRDX)」が基本といえる。
従来、人事の意思決定は、どちらかというと感覚的に行われていたが、近年の技術革新によって、客観的なデータに基づく意思決定ができるツールが数多く世に出ている。デジタルツールを活用すれば、人事における意思決定の精度を上げていくことが可能になっている。
1.従業員エンゲージメント
経営戦略の実現に向けて、人材が能力を十分に発揮するためには、社員がやりがいや働きがいを感じ、主体的に業務に取り組める環境の整備が必要となる。やりがいや働きがいのある会社は、従業員エンゲージメントのスコアが高い。
タナベコンサルティングの「TCGエンゲージメントサーベイ」は、「仕事エンゲージメント(熱量)」「組織エンゲージメント(愛着)」「カルチャー(信頼)」の3つからなるエンゲージメントスコアと、成果を示すパフォーマンススコアを掛け合わせ、自立・自走する組織になっているかを客観的に判断できる。
仕事エンゲージメントは仕事と社員の関わり方(働きがい)を表す指標であり、組織エンゲージメントは組織・仕事と社員の関わり方(働きやすさ)を表す指標で、この2つをカルチャー(企業文化・風土)が支えている。
例えば、戦略を理解しているものの、戦略に基づいて行動できていない企業は、自立・自走する組織とはいえず、エンゲージメントが低いと判断される。事業所別・部門別、階層別、勤続年数別などでエンゲージメントスコアを定期的に把握し、組織・個人に対して対策を検討する必要がある。
2.タレントマネジメントシステム ~ピープルアナリティクス~
従業員の属性データ(年齢・性別など)、行動データ(位置情報など)を収集・分析し、採用・配置・異動・育成といった人事管理や、エンゲージメント向上などの施策や意思決定、課題解決に生かす手法を「ピープルアナリティクス」という。
マーケティング領域で、すでにデータドリブンな取り組みが加速しているように、HR領域においても、勘や経験だけに依存しない、データを活用した精度の高い意思決定を行えるツールが数多く開発されている。
例えば、新規事業開発部門の立ち上げに際して、自社内でクリエイティブ人材を探すとき、多くの企業は、学歴・経験・性格特性・資格といった属性を頼りに選抜していく。しかし、クリエイティブ人材は、他部門の情報や異業種の情報を統合し、新しいアイデアを生み出していることが多い。つまり、クリエイティビティーを発揮する人材の発掘には、社内外に人脈・ネットワークを持ち、実際に活用しているかといった、実務におけるコミュニケーション行動などの情報も必要となる。ピープルアナリティクスはこうした行動データも収集できる。
ピープルアナリティクスを実装するには、自社が保有する人材情報を収集しなければならないが、多くの企業はどういった情報を集めたらよいのか分からず、情報も一元管理されていないのが実情である。例えば、コンサルティングの現場では、人事に関する基礎的な情報は人事部門で管理され、各従業員のパフォーマンスに関する情報は事業部しかつかんでいないという状況をよく目にする。
タレントマネジメントシステムなどを活用しながら情報の一元化を進めることが、ピープルアナリティクスの第一歩である。ピープルアナリティクスは、サクセッションプラン(後継者育成計画)、人材ポートフォリオの設計、プロフェッショナル人材の育成、人材育成投資など、人事戦略のKPI設計に活用できる。
3.教育システム
人材育成投資の在り方については、次の2つの観点で抜本的に見直す必要がある。
1つ目は、プロフェッショナル人材など専門人材の育成投資である。人材が成長し、変革が起き、事業革新が起き、企業価値が向上する。事業戦略推進のため、組織・人材戦略からの人材育成投資のアプローチが求められる。
2つ目は、つぎはぎ型の教育でなく、戦略課題・経営課題をしっかりと押さえた上で、体系的な教育を展開していかなければならない。体系的に展開するには、在るべき姿や習得しなければいけないスキルを明確にし、全体設計する必要がある。最近では、リアル(対面型研修)にプラスして育成の仕組みにデジタルを活用して、早期戦力化・学びの標準化を実現している企業も増えている。
※本コラムは竹内が、タナベコンサルティングの経営者・人事部門のためのHR情報サイト、TCG reviewにて連載している記事を転載したものです。
【コンサルタント紹介】
株式会社タナベコンサルティング
取締役
竹内 建一郎
大手メーカーにて、設計・開発業務を中心とする商品開発に携わり、その後、当社へ入社。企業再建から成長戦略策定まで、200社以上のコンサルティングに携わり、企業の成長発展に向け多くの実績を挙げている。経営的視点による中期~長期ビジョン実現に向けた幅広いコンサルティングを展開。企業再建から、成長戦略策定まで、戦略を現場に落とし込む実践的なコンサルティングで高い評価を得ている。
主な実績
・中堅建設業・製造業(上場企業)/中期ビジョン策定
・製造業(鉄鋼業)/人事制度再構築コンサルティング
・中堅建設業・製造業(上場企業)/ジュニアボードコンサルティング
・中堅・大手・上場企業/次世代経営幹部研修
- 経営戦略・経営管理
- モチベーション・組織活性化
- 人材採用
- 人事考課・目標管理
- キャリア開発
創業60年以上 約200業種 15,000社のコンサルティング実績
企業を救い、元気にする。皆様に提供する価値と貫き通す流儀をお伝えします。
強い組織を実現する最適な人づくりを。
企業において最も大切な人的資源。どのように育て、どのように活性化させていくべきなのか。
企業の特色や風土、文化に合わせ、組織における人材育成、人材活躍に関わる課題をトータルで解決します。
タナベコンサルティング HRコンサルティング事業部(タナベコンサルティング コンサルティングジギョウブ) コンサルタント
対応エリア | 全国 |
---|---|
所在地 | 大阪市淀川区 |
このプロフェッショナルのコラム(テーマ)
このプロフェッショナルの関連情報
- お役立ちツール
- 資格等級・賃金制度
- 評価・目標管理制度
- 配置・異動・昇進管理