【研究結果】男性向け育休研修が家庭の役割分担に与える影響
父親の「育休研修」が家庭を変える
父の育児増、母も長く働けるように
―4 組織 1,200 名超の男性従業員を対象に大規模実験―
発表のポイント
- 父親が職場で受けた2時間の研修で、父親の週末育児時間が約1時間増加。家庭内で役割分担が変わり、母親の労働時間も週3.6時間伸びた。
- 男性の育児・家事参画を促す職場介入の効果を大規模実験で検証した研究は、世界的にもほとんど例がない。
- 育児休業制度の拡充だけでは不十分な場合でも、職場での研修が、家庭内の性別役割分担の改善に寄与しうることが示された。
概要
東京大学の山口慎太郎教授・田中万理准教授、同志社大学の奥平寛子准教授、筑波大学の目麻里子准教授らの研究グループは、一般社団法人 EVIDENCE STUDIOとの共同研究として、日本の4組織で1,200名超の男性従業員を対象にランダム化比較試験(注1) を実施しました。その結果、父親が職場で受けた2時間の研修が、父親自身の育児参画だけでなく、研修を受けていない母親の労働時間の増加にもつながることが明らかになりました。
一方、同僚が実は育児休業に好意的であるという情報を提供する介入も試みましたが、認識の修正にとどまり行動の変化にはつながりませんでした。「職場の雰囲気」が育児休業取得の障壁とされる中、情報提供だけでは不十分であり、職場の意識改革を伴う研修が有効であることを示す成果です。
発表内容
研究の背景と目的
日本は最大12か月の育児休業を父親に認めるなど、世界で最も手厚い制度を有しています。しかし、2023年時点で育児休業を取得した父親は約30%にとどまっています。取得しない理由として多くの父親が「職場の雰囲気」を挙げており、制度面の整備だけでは行動変容に十分でないことがうかがえます。
こうした背景から、本研究では、制度の拡充だけでなく職場の意識や規範に直接アプローチする介入の効果を実験的に検証しました。ワークライフバランス改善を目指す既存研究の多くは女性を対象としてきましたが、男性の育児・家事参画を促す職場介入の効果を大規模実験で検証した研究は、世界的にもほとんど例がありません。
研究の方法
日本国内の民間企業 2 社と地方自治体 2 団体の計 4 組織に所属する 1,200 名超の男性従業員を対象に、2023 年 8 月から 2024 年 3 月にかけて実験を実施しました。80 の職場をランダムに2 群に分け、研修の効果を比較しました。研修では、男性講師が育児参画とキャリアの両立について講義し、管理職には部下の育児休業取得を支援する方法も伝えました。
研修とは別に、もう一つの介入として情報提供も行いました。一般社員(管理職を除く従業
員)に対して、自組織の同僚や上司が育児休業について実際にどう考えているかを示すデータを提示し、「周囲は育児休業に否定的だろう」という思い込みの修正を試みました。
研修プログラムは NPO 法人ファザーリング・ジャパンが開発・実施し、実験の運営・管理は、研究グループと一般社団法人 EVIDENCE STUDIO が共同で行いました。
主要な結果
研修には育児時間や母親の労働時間に大きな効果が確認された一方、情報提供だけでは行動の変化は見られませんでした。
研修を受けた父親は、週末の育児時間が1日あたり約1時間増加しました。効果は特に5歳以下の幼い子どもを持つ家庭で大きく、これらの家庭では1日あたり2.3時間の増加が見られました。重要なのは、父親の育児時間が増えても母親の育児時間は減らなかった点です。つまり、家庭全体で子どもに親がかかわる時間が増えていました。
研修を受けていない母親にも変化が現れました。労働時間が週3.6時間増加し、家事時間は減少しました。父親の意識や行動が変わったことで、家庭内の役割分担が見直されたと考えられます。
さらに、研修後に育児休業制度を自ら調べた参加者の割合が16 ポイント増加しました。管理職においても同様の傾向が見られ、部下の育児休業取得を支援するための情報収集が促された可能性があります。研修が具体的な行動の契機となったことがうかがえます。
一方、もう一つの介入である情報提供は、職場に広がる「思い込みのずれ」に着目したものです。多くの従業員は、自分自身は男性の育児休業に好意的でありながら、同僚や上司は否定的だろうと実際以上に低く見積もっていました。情報提供によってこの認識を高めることには成功しましたが、「今後育児休業を取りたいか」という意向や、実際に育児休業制度を調べる行動には変化が見られませんでした。「周囲も実は賛成している」と知るだけでは行動は変わらず、研修のように態度や意識そのものに働きかける、より積極的なアプローチが必要であることが分かりました。
政策的な示唆
本研究の結果は、男性の育児参画を促進するための政策に対して、以下の示唆を与えます。
第一に、育児休業制度の法的整備や経済的支援に加えて、職場の意識改革を組み合わせることの重要性です。日本では近年、育児休業取得の働きかけが企業に義務付けられるなど制度面の整備が進いますが、本研究は、たった2時間の研修であっても、職場の規範に働きかけることで実際の行動変容を生み出せることを示しました。
第二に、父親の育児参画が増えると、母親がより長く働けるようになるという波及効果が確認されました。この恩恵は研修を実施した企業ではなく、主に家庭に生じます。そのため、企業だけに任せていては研修の普及が十分に進まない可能性があり、企業の取り組みに対する公的な支援の根拠となりえます。
第三に、「情報提供だけでは不十分」という知見です。職場の同僚が実は育児休業に好意的であると伝えるだけでは行動は変わりませんでした。態度の変容や組織としての後押しを伴う、より包括的な取り組みが求められます。
少子化対策が喫緊の課題である日本において、男性の育児参画の促進は、母親の就業継続を支え、子育て世帯の暮らしの充実にもつながります。本研究は、低コストかつ実施しやすい職場研修がその有効な一手段となりうることを示しました。
なお、本研究は一般社団法人 EVIDENCE STUDIOの倫理審査委員会の承認のもと実施され、AEA RCT レジストリ (AEARCTR-0012315) に事前登録されています。
研究グループ構成員
東京大学 大学院経済学研究科
田中 万理(たなか まり) 准教授、
山口 慎太郎(やまぐち しんたろう) 教授
同志社大学 ビジネス研究科
奥平 寛子(おくだいら ひろこ) 准教授
筑波大学 医学医療系
目 麻里子(さっか まりこ) 准教授
論文情報
雑誌名:東京大学大学院経済学研究科附属政策評価研究教育センター (CREPE) ディスカッションペーパー (CREPEDP-202)
題名:Workplace Norms and Paternal Involvement in Childcare
著者名:Mari Tanaka, Hiroko Okudaira, Mariko Sakka, Shintaro Yamaguchi
研究助成
本研究は、科研費「基盤研究(A)(課題番号: JP23H00045)」の助成を受けるとともに、一般社団法人 EVIDENCE STUDIOの支援を受けました。
用語解説
(注1) ランダム化比較試験 (RCT)
参加者をランダム (無作為)に介入を行うグループ (介入群)と行わないグループ (統制群)に分け、介入の効果を統計的に検証する研究手法。医学分野で広く用いられており、社会科学でも近年普及が進んでいます。本研究では、研修介入はオフィス単位で、情報提供介入は個人単位でランダムに割り当てました。
◆本研究の詳細は、こちらをご覧ください。
(東京大学政策評価研究教育センター/6月18日発表・同センタープレスリリースより)
(参考)
一般社団法人 EVIDENCE STUDIOの同内容のプレスリリースはこちらをご覧ください。
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