近年、人的資本経営の開示やリスキリングの重要性が増す中、多くの企業が従業員に対して自律的な学びの必要性を説いています。しかし、動画学習サービス「GLOBIS 学び放題」を提供する株式会社グロービスの調査によると、社会人の約6割が学習習慣を持たない現状が浮き彫りになっていて、従業員自身が感じる学びの課題と企業の期待との間には大きな隔たりがあることがわかります。このままでは、従業員個人の学びを組織の成長につなげることは難しいでしょう。どのようにしてそのギャップを埋め、従業員の自律的な学びを促進すればいいのでしょうか。「GLOBIS 学び放題」の国内事業統括ディレクター、越田愛佳さんにお話をうかがいました。
- 越田 愛佳さん
- 株式会社グロービス グロービス・デジタル・プラットフォーム 統括ディレクター 兼 GLOBIS 学び放題コンテンツ開発 編集長
こしだ・あいか/大学卒業後、一部上場総合人材系企業で営業、営業マネジメントを経験後、新規事業の推進、出版・WEBサイト企画、コンサルティング、代理店統括などを経験。 2017年より株式会社グロービスのデジタル系新規事業部門に参画。現在は動画学習サービス「GLOBIS 学び放題」の国内事業の責任者および動画コンテンツ開発の編集長、そのほかデジタル系プロダクトの事業開発・統括を兼務。思考、ベンチャー経営、テクノロジー系科目などの研修講師、科目開発も行う。
「つながりのある育成ストーリー」が求められている
2023年3月期から上場企業に義務化された人的資本情報開示の状況についてどのように感じていますか。
開示するためのノウハウが十分に浸透していないので、多くの企業が試行錯誤しているように感じます。開示する情報の範囲や基準が明確でないため、開示しているボリュームが少ない企業もあれば、独自のロジックを構築して広く開示している企業も見受けられます。さまざまな情報を開示してはいるものの、市場の反応をどう解釈すべきかに悩んでいる企業も多いようです。株式市場から「これで十分なのか」「もっとDX関連の情報が欲しかった」などの声を耳にすることもあります。
人的資本の情報開示項目の一つである「人材育成」については、どのように感じていますか。
私が最も課題だと感じているのは、効果の提示です。さまざまなファクトや外部要因が関係するため、育成が事業にどれぐらい影響を与えたかを示すのは難しい。効果を強調しすぎると、自社宣伝のように見られてしまう可能性もあります。エビデンスやロジックを駆使することが難しい分野だと感じています。
もう一つ別の課題もあります。当社の調査結果によると、企業が従業員に学ばせたいと考えているスキルと、従業員が学びたいと考えているスキルには大きなギャップがあることがわかりました。人事は「チームや部下のマネジメントなど、組織運営に関することを学んでほしい」と考えているのに対して、現場では「もっと実用的なスキルを学びたい」と考えています。
「DX」に関してはギャップが顕著です。当社の調査結果では、人事の49%が「DX・デジタル化と自社や自部門との関係性」を重視していますが、従業員の約38%は「特に課題はない」、13%は「自分に必要なスキルを理解する必要がある」と回答。52%の従業員はデジタルスキルに関心がないか、理解が不足している状況です。また、56%が「自社・自部門のDX・デジタル化の取り組みに無関心/取り組んでいない」と回答しています。
「GLOBIS 学び放題」の利用データを見ると、「DX」というキーワードを検索する人は多いものの、実際に学習を開始する割合は低くなっています。対照的に、「マーケティング」「クリティカルシンキング」「論理思考」などを検索する人は多く、実際に学ぶ人が多い。つまり、DXに興味はあっても、具体的に何をどう学べばいいのかわからないのです。
このような状況に対して、日本企業はどうすればいいのでしょうか。
従業員の自律的な学びを促進し、組織の成長に結びつけるためには、経営とつながりのある育成ストーリーを作ることが不可欠です。情報やデータだけでは投資家は判断しづらく、従業員も学ぶ必要性を感じることができません。従業員に対しては、ビジネスで成果を出すための育成の必要性をしっかりと伝えていく必要があります。そのためには、育成以外の領域にも踏み込んで、会社全体を見据えた制度を設計することが求められます。
従業員が学び続けるためにアセスメントの活用を
企業の人材育成を支援する「GLOBIS 学び放題」のサービスの概要・特徴をお聞かせください。
「GLOBIS 学び放題」は、当社が提供する定額制の動画学習サービスです。ただし、単に動画を視聴するだけではありません。学習者が自律的に学び続けられるように、学習者の理解度を確認するテスト機能や、AIによるフィードバック機能、さらには目標設定機能も備えています。
また、人事部門向けには学習管理機能が充実しています。「GLOBIS 学び放題」には約3700のコースがあり、当社が推奨するコースを従業員に提供することができます。各企業のコンピテンシーに合ったメニューを選び、「ラーニングパス」として独自のカリキュラムを組むことも可能です。
グロービスといえば、経営知識やビジネススキルのイメージが強いかもしれませんが、数年前からはITリテラシーの向上を目指すコースも増やしています。近年では英語の学習や資格の取得支援にも力を入れるなど、多様なコンテンツを取りそろえています。
強調したいのは、コンテンツの品質です。編集部にはMBAホルダーのメンバーが10人以上在籍し、社内の教材開発・研究機関と連携し、「何が学習の要点か」というラーニングポイントを緻密に設計し、それぞれの教材を作り上げています。
「GLOBIS 学び放題」はアセスメント機能も備えているそうですが、「学び」においてアセスメントが求められている背景をお聞かせください。
アセスメントが求められている背景には、「学習」に対する市場ニーズの高まりがあります。学習に関する研究結果では、テストを受けることで知識の定着率が向上することが証明されています。私たちが提供するテストの目的は、単に知識を測るだけではなく、学習後に内容を思い出す「記憶のサイクル」を回すことで、能力の向上を促進する点にあります。
「スコアが良かった」「悪かった」だけで終わるのではなく、テスト後に間違えた問題についてAIがフィードバックする機能を備えています。さらに、間違えた問題に関する知識を補強してもらうために、復習や学習のためのコンテンツをレコメンドする機能も搭載しています。このように、学び続けるサイクルを構築することを目的として、「GLOBIS 学び放題」ではアセスメントを導入しています。
「DXアセスメント」を活用し、従業員の学びを促す
「GLOBIS 学び放題」の新機能である「DXアセスメント」の概要・特徴をお聞かせください。
「DXアセスメント」は、DX領域におけるスキルや知識を測定するアセスメント機能で、2023年10月に法人向けにリリースしました。このアセスメントは、経済産業省が提示しているデジタルスキル標準に完全に準拠しています。
デジタルスキル標準は大きく二つに分類されます。一つは「DXリテラシー標準」で、企業の全社員が知っておくべきDXに関連するマインドセット、データや技術、DXの背景知識などを習得するためのものです。もう一つは「DX推進スキル標準」で、ビジネスアーキテクト、データサイエンティスト、サイバーセキュリティの専門家、ソフトウエアエンジニア、デザイナーといった、より専門的なスキルを必要とする方を対象としています。それぞれの分野に対応した40~50問のテストを受ける、という仕組みです。
さらに、間違えた問題があれば、「このコースを視聴して復習してください」と学習を促す機能も備えています。何を学ぶべきかがわかりやすく、基礎知識を着実に身につけていけるように設計されているのです。
「DXアセスメント」を活用した企業の事例があればお聞かせください。
3社の事例をご紹介します。1社目は、大手カード会社です。フィンテックやデジタル領域に強いエンジニアが多いのですが、非IT部門の社員も在籍しています。そこで、デジタルリテラシーやDXの理解を深めるために、「DXリテラシー標準」および「DX推進スキル標準」のテストを導入しています。学びの促進のために「GLOBIS 学び放題」のレコメンド機能を活用し、従業員のスキルアップを図っています。また、今後はテスト結果を人事評価や配置に活用することも検討しています。
2社目はファイナンス会社です。DXを活用して新規事業を創出することを目指し、管理職全員が基礎的なDX知識の学習を行っていました。ただし業務が多忙なため、一斉にテストを受けることが難しい状況でしたが、日頃から利用していた「GLOBIS 学び放題」に「DXアセスメント」の機能が加わったことで、忙しい管理職が手軽にテストを受けられるようになりました。これにより学習が促進され、今後は新入社員向けのアセスメント実施も検討しています。
3社目は商社です。この会社では、内定者・新入社員の育成に力を入れていて、指針が必要であるため、「DXアセスメント」を導入しました。現在のスキルや知識レベルを把握し、それに基づいて今後の育成計画を策定する意向を持っています。
アセスメントをうまく活用する秘訣はありますか。
まず、アセスメントを通じて個人と組織の「現在地」を把握することが大切です。組織全体や個々の受験者がどの位置にいるのかを把握し、目指すべき方向を明確にすることが第一歩です。
次に、学んだ内容をどのようにスキル向上につなげるかが重要です。社員が学ぶべき分野を特定し、それが経営計画や実務とどのように連動するかをシナリオとして描き、他の戦略的アクションと組み合わせて活用することが大切です。
さらに、人事部門が現場と密に連携し、学習プランをしっかりと設計・運用していくことが成功のカギです。人事部門の都合だけで学習を促すと、従業員に受け入れられないこともあります。そういった場合は、30年以上にわたり社会人教育を展開してきた当社が人事部門に寄り添い、第三者の視点から現場にアドバイスを提供することもあります。これこそが当社の強みです。
「GLOBIS 学び放題」に追加された八つのアセスメント
2024年10月に新しいアセスメントを追加された背景についてお聞かせください。
「GLOBIS 学び放題」では、近年、経済産業省のデジタルスキル標準に完全に準拠したコンテンツを充実させてきました。その中で、多くのお客さまから「デジタルリテラシーを測りたい」という要望をいただいたため、DX分野に特化したテストを作成しました。これが予想以上に好評を博したため、さらに「育成効果を測りたい」というニーズに応える形で、今回はビジネス全般の総合知識や職種ごとのスキルを測定できるアセスメントをリリースしました。人的資本開示の流れの中でも、このような育成効果の可視化が求められています。
追加されたアセスメントの内容をご紹介ください。
今回追加したアセスメントには、大きく分けて二つの種類があります。一つ目は、「階層別」のアセスメントで、三つのタイプに分かれています。まずは、新人から若手社員向けの基礎知識アセスメントで、マナーや名刺交換、コンプライアンスなどの基本的なビジネスマナーが対象です。次に、中堅社員や管理職向けのアセスメントで、論理思考や経営知識、現場での意思決定などを扱います。最後に、管理職向けのマネジメント基礎知識のアセスメントでは、特にプロジェクトマネジメントに重点を置いています。これら三つが階層別アセスメントです。
二つ目は「領域別」のアセスメントです。実際の実務で必要な知識を測定できるもので、以下の五つの領域に対応しています。
- 論理思考の基礎知識:論理的な思考や問題解決、仮説思考の知識を問う
- マーケティング・ブランディングの基礎知識:マーケティングのフレームワークなどの知識を問う
- 営業の基礎知識:ヒアリング、ファシリテーション、交渉などのスキルを問う
- 人事の基礎知識:採用、配置、評価、報酬、能力開発などの知識を問う
- 経営企画の基礎知識:経営戦略、ファイナンス、組織マネジメント、プロジェクトマネジメントに関する知識を問う
これらのアセスメントは、当社が蓄積してきた人材育成の知見を生かしていて、個人や組織の能力を多面的かつ客観的に評価することが可能です。
今回追加リリースされたアセスメントの機能的な特徴は何ですか。
今回のアセスメントでは、学習のサイクルを回しやすくする機能が充実しています。例えば、テストの結果をレーダーチャートで過去のデータと比較できるため、個人の成長が視覚的に確認しやすくなっています。さらに、AIによるフィードバックも細部まで対応していて、間違った問題については復習用のコンテンツをレコメンドする機能も搭載しています。これにより、簡単かつ効率的に復習ができます。
当社は「学び続けて成長する」ことを重視しています。そのため、テスト結果のデータを分析し、人事担当者が次に行うべき育成の設計がしやすくなっています。このような機能が、アセスメントの有効活用を後押しする大きなポイントです。
アセスメントの詳細はこちら今後も各種アセスメントを拡充。人事の方々を支援していきたい
「GLOBIS 学び放題」の今後の展望についてお聞かせください。
アセスメントの数は今後さらに増やしていく予定です。いずれも解釈を問うものではなく、知識を問うものに重点を置く予定です。具体的には、経営戦略、マーケティング、アカウンティング、ファイナンスなど当社が強みを持つ分野で、すでに教材として内容が整っている領域を中心に拡充していきます。また、データ分析やIT分野も大幅に増やしていく予定です。
今後の「GLOBIS 学び放題」では、コンテンツやアセスメントの領域を拡大し、学習の幅をさらに広げていく予定です。また、2025年1月には「eMBA2.0」(MBAの基礎が学べる深い学習を提供するeラーニング)のリニューアルを予定し、GLOBIS 学び放題とセットでの提供を予定しています(GLOBIS 学び放題プラス)。MBAの領域のより深い学習に加え、ハラスメントやコンプライアンス、セキュリティなどリーダーや管理職の方が必須で学ぶべき内容を提供する予定です。
従業員の「学び」を加速させたいと考えている人材育成担当者へのメッセージをお願いします。
人材育成担当者の皆さまから、「従業員自身に自律的に学んでほしい」という声をよくうかがいますが、放置していては誰も学びません。学びの先に何があるのかをしっかりと設計し、社内で説明していくことが重要です。学ぶことは自律的に行ってもらうにしても、そのきっかけ作りや心を動かすことは、人事の皆さまの役割です。当社も、プロダクトの提供や人的サポートを通じて、全力でお手伝いしていきたいと考えています。
「GLOBIS 学び放題」の詳細はこちら企業の経営課題に対し人材育成・組織開発の側面から解決をお手伝いします。累計受講者数約130万人、取引累計企業数約4300社の成長をサポートした経験から、「企業内集合研修(リアル/オンライン)」「通学型研修(リアル/オンライン)」「GLOBIS 学び放題」「GMAP(アセスメント・テスト)」など最適なプログラムを ご提案します。研修は日本語・英語・中国語のマルチ言語に対応し、国内外の希望地で実施が可能です。