少子高齢化が進み、人材の採用が困難となっています。安定的な経済成長と労働生産性の向上を実現するには、「労働市場の見える化」は急務と言えるでしょう。こうした課題を解決するために、厚生労働省が構築したのが「職業情報提供サイト(日本版O-NET)」(愛称:job tag)。本サイトはどんな機能を備えていて、企業としていかに活用できるのでしょうか。「job tag」の担当者である、厚生労働省職業安定局の西浦 希氏にうかがいました。
企業と求職者とのミスマッチが続く採用市場
「労働市場の見える化」を目指して「job tag」をスタート
現在の採用市場の動向や課題についてお聞かせください。
採用市場は、サービス業界などを中心にコロナ禍で一時期落ち込みました。ところが最近は企業の採用意欲が回復基調にあり、有効求人倍率も上がっています。人手不足を感じている企業も多いでしょう。
課題は、求人企業と求職者とのミスマッチをいかに解消するのか。企業からは「求人を出しても応募がない」「せっかく採用したのにすぐに辞めてしまう」といった声が聞かれます。理由としては、企業側が職務内容や必要なスキル、求める人材像を明確化しないまま採用活動を行っていて、求職者もどんな仕事なのかを理解しないまま入社していることが考えられます。また、そもそも求人票に魅力がないため応募が来ない、というケースも見受けられます。
「job tag」ができた背景や目的を教えてください。
背景には、少子高齢化が進み、労働力人口がどんどん減っていることがあります。また、日本は労働生産性が低いといわれる中で、安定的な経済成長や労働生産性の向上を実現していくには、その職業に求められるタスクやスキル、求められる人材像などを明確にすることも重要です。企業と人材のミスマッチを減らし、一人ひとりが自分に合った仕事で能力を最大限に発揮するための労働市場のインフラとして、「job tag」を立ち上げました。
「job tag」のモデルとなったのは、米国労働省が公開している職業情報データベース「O*NET」(オーネット)です。外部労働市場が発達している米国では、20年以上前から「O*NET」が運用されていました。近年、日本においても、企業の中で必要な職務を明確化した上で、その職務に必要なスキルや経験を持った人を採用する企業も見られることもあり、2020年3月に「職業情報提供サイト(日本版O-NET)」として本サイトの運用を開始しました。
「job tag」の概要をお聞かせください。
「job tag」は職業について、その具体的な内容や就労する方法、求められる知識やスキル、どのような人が向いているかなどの情報を総合的に提供するサイトです。利用者としては、学生や求職者、企業の人事担当者はもちろん、キャリアコンサルタント、職業紹介事業者や労働者派遣事業者、学生のキャリア教育や進路指導を行う先生やキャリアセンターなどの支援者、研究機関の方など、求人・求職・人事・教育にかかわる幅広い方々を想定しています。
また、職業情報以外に、主な機能として、さまざまな方法で職業を検索する機能や適職を探索するための検査類、自分自身や社員の能力を分析する機能などがあります。企業向けには、職務要件整理の機能も備わっています。
具体的には、どのような機能があるのでしょうか。
まず、「職業情報詳細ページ」があります。500以上の職業について、一般的な仕事内容、入職経路、労働条件の特徴などを解説しています。また、職業についてわかりやすく紹介する動画や、その職業で求められるスキルや知識などの数値データを掲載しているため、求職者の方は自分が検討している職種を詳しく知ることができます。
これらの職業情報は、企業側でも有効に活用することができます。職業情報を活用すれば、どういう職種名が一般的なのかを知ることができます。また、求人票をつくる際に無意識に使ってしまいがちな専門用語も、わかりやすく解説しているので、それを参考にすれば求職者にとってわかりやすい求人票をつくることができます。求職者に募集している職種の仕事内容をイメージしてもらえるよう、採用ホームページから「job tag」の職業情報にリンク(※)している企業もあります。
※ 出典を明記していただければ本サイトの職業情報へのリンクはフリーです。
転載については、情報によって扱いが違いますので、本サイトの利用規約をご確認ください。
※「一般事務」の職業情報詳細ページにリンクします。
他の職業をご覧になる場合はjob tagトップページのフリーワード検索などから職業を検索してください。
労働条件の特徴の統計データなどには、学歴や労働時間、賃金、一般的な就業形態などを掲載しているため、実際に求人を出す際に、自社の提示する条件が労働市場の相場と大きく外れていないかどうかをチェックすることができます。
他にも、求人検索のボタンをクリックして、追加で就業場所などの条件を入力すると、ハローワークインターネットサービスに連携し、その職業の求人検索結果が一覧で表示されます。これは本来、求職者が求人を探すための機能ですが、他社の求人票を見ることで、自社の求人の給与水準、労働条件が他社と比較してどういうレベルにあるのかを把握したり、仕事の内容欄などの書き方を参考にしたりできます。そのため、企業の採用担当者からも便利だという声をいただいています。
※「一般事務」の職業情報詳細ページにリンクします。
他の職業をご覧になる場合はjob tagトップページのフリーワード検索などから職業を検索してください。
企業に向けて、人材採用や人材活用の際に役立つ機能が満載
企業向けに特にお勧めの機能をご紹介ください。
企業にぜひ活用してほしいのは、「人材採用支援・職務整理支援」のツールです。まず、人材採用支援は、人材採用にあたって仕事内容、関連資格、タスク、求める仕事能力(スキルや知識)などの職務要件を明確化する際に有効なツールです。
採用したい職種を選択すると、先ほどご紹介した職業情報をベースに必要なタスクや仕事能力などが設定された状態になります。これを自社に合わせて調整すれば、簡単に人材に求める要件を職務要件シートにまとめることができます。求める職種が二つ以上にまたがる場合は、複数の職業を選択し、それらの情報を編集して一つの職務に整理することも可能です。
求人要件を整理した上で効率的かつ的確に求人票が作成できるほか、複数の採用支援機関に求人要件を伝達する際の基本情報とすることもできます。
この機能のうち、タスクを整理できる「職務整理支援」は採用場面以外にも有効に活用することができます。タスクやその割合を整理することで、日頃から無意識のうちに行っている仕事を見える化し、業務に偏りや重複はないか、業務を切り出してほかの人に任せることができないかなどを確認できます。例えば、障がい者の方に任せられる業務、テレワークでも対応できる業務、システム化できる業務などを見つけることができれば、生産性の向上や業務効率化につながるでしょう。
そのほかにも企業向けのツールとして、「人材活用シミュレーション」や「求人ガイド」などがあります。
人材活用シミュレーションは、社員の現在のスキル・知識などと、将来的になってほしい人材に必要なスキル・知識などをグラフ化して比較することができる機能です。例えば総務の仕事をしている社員が、かなりスキルアップしてきて、そろそろ総務課長になれるのではないかという状況にあるとします。そこでまず、現在の人材に近い職業として「総務事務」を選択し、スキルなどの値を本人に合わせて調整します。次に将来あるべき人材に近い職業として「総務課長」を選択し、スキルなどの数値を自社に合わせて調整して両者を比較・分析すると、何が不足しているのかが明確になります。それに基づいて、その社員に必要な研修内容や人材育成の方針などを検討する、という流れです。
「便利な情報など」に掲載している「求人ガイド」には、採用活動のポイントごとに何を整理・確認すればいいのかがまとめられています。採用計画をどう策定するか、求人要件をどのように決めるかなどを、「job tag」の情報や機能の活用方法とあわせて解説しているので、新たに採用活動を予定している企業は、このガイドを利用し、ワークシートに沿って検討するとスムーズに進められると思います。
マネジメントや人材配置、自律的なキャリア形成に役立つ機能も
職業を検索する機能や適職を知る機能もあるのでしょうか。
いろいろな観点から職業を検索できる機能を備えています。例えば、自分が持っているスキルや知識、資格、働いてみたいエリアのイメージ、仕事の性質など、多様な調べ方ができるのは一つのポイントと言えます。
仕事に対する興味や価値観、能力などから自分に向いている職業を探索することができる適性検査なども用意されています。
また、ホワイトカラー系の職種については、担当する職務について、一般層から責任者や高度専門職まで、それぞれのレベルでどのような能力が求められていて、自分は今どこまでできているのかをチェックすることができます。これにより本人が現在の自身の能力を把握できるだけでなく、上司は部下のできること・できないことを理解し、マネジメントや人材配置に活かしていくこともできます。ちなみに、このツールは厚生労働省の職業能力評価基準を基に作られています。
さらには、業種や職種が変わっても通用する、持ち運び可能なスキル(ポータブルスキル)を測定する「ポータブルスキル見える化ツール」もあります。自分が実際にどういった仕事の仕方をしているのか、人とどう関わっているか、といったところを数値として入力すると、各項目のスコアがレーダーチャートで表示されるとともに、それを活かせる職務や職位を検索してくれる機能です。
社員にこのツールを活用してもらい、自己理解を深めた上で個別面談やキャリア研修を行うことで、社員のキャリア自律の促進や、適正な配置転換に効果を期待できます。ミドルシニア層のホワイトカラー職種の方に、キャリアチェンジの検討やキャリア形成を促す際、ぜひ活用していただきたいと思っています。
「job tag」を通じて職業情報の「見える化」と「共通言語化」を進めたい
「job tag」には、さまざまな機能があることがわかりました。あらためて、企業にはどのように活用してほしいとお考えですか。
「job tag」は、人材採用や能力開発、キャリア形成支援、業務の見える化など、多様な場面で活用することができます。人材採用の場面では、職業情報を使った業務内容の説明、求人要件の作成、外部労働市場に即した選考基準の作成など。能力開発やキャリア形成支援の場面では、不足スキルに基づく研修内容の検討、社員の自己理解の促進、部下と能力・スキルについて話し合う際の資料など。
実際に「job tag」を利用された企業の方からは、職業情報がさまざまな場面で活用できると評価いただいています。
具体的には「業務内容の説明の際に動画を見てもらうとイメージがつきやすい」というご意見をいただいています。例えば、お客さまのところで行う仕事はイメージしにくいですよね。求職者を現場に連れていくわけにはいきませんから。そういうときに動画があるとイメージをつかんでもらいやすいようです。
そもそも採用担当者の方も、現場の社員が日頃どういう仕事をしているのかが意外とわかっていないこともあるようで、「職業情報を閲覧することで、現場の仕事に対する理解を深めることができる」という声もありました。採用などの際に、人事と現場で円滑にコミュニケーションを図るための共通言語としても活用できそうです。
また、「ジョブ・ディスクリプション(職務記述書)を作るために職業情報が使える」という声もあります。特に近年は、ジョブ型雇用の考え方を取り入れる企業が増えてきており、「job tag」のタスク情報などをジョブ・ディスクリプションやスキルマップのベースとして活用できるメリットは大きいようです。職務を見える化しておくと採用だけでなく、配置変えなどの際の説明もスムーズです。
人材活用シミュ―レーションに関しては「現在のレベルと将来あるべきレベルとを定期的に比較し、どこが伸びているかがわかると本人のモチベーションがあがる」、ポータブルスキル見える化ツールに関しては「ずっと同じ仕事をしてきた40代~50代の社員が、セカンドキャリアでどういう仕事をするのか、自身のキャリアを見つめ直すきっかけになる」といった声も寄せられています。
「job tag」の利用状況はいかがでしょうか。
最近は、特に求職者や支援者の利用が進んでいます。運用開始直後は年間で200万ページビュー程度だったのが、最近は1ヵ月でその数値を超すこともあり、徐々に活用が広がってきていることを感じます。
企業の採用担当者の方へアドバイスやメッセージがあればお聞かせください。
職業情報の「見える化」と「共通言語化」は、重要なテーマとなってきています。求職者側の「job tag」の活用が進んでいる中、企業側でも「job tag」の職業名や仕事の内容、必要なスキルなどの情報を活用することで、適切なマッチングが可能になります。その実現のために「job tag」を使ってほしいですね。
今回ご説明した機能や使い方は、「job tag」のほんの一部でしかありません。他にも多くの機能が用意されています。またサイトを年に1回ぐらいのペースで改修しているので、情報や機能が今後も追加され、さらに便利なサイトになっていく予定です。適格な人材採用につながる採用活動、研修計画の作成、社内の業務整理など、工夫次第でいろいろと効果的な使い方ができるので、ぜひご活用ください。
厚生労働省が運営するjob tag(職業情報提供サイト(日本版O-NET))は、500以上の職業について、ジョブ、タスク、スキルなどの観点から職業情報を「見える化」し、求職者等の就職活動や企業の採用活動などを支援するWebサイト。適格な人材の採用につながる人材募集、社員の能力開発や自己理解の促進、社内の業務の見える化による業務改善など、さまざまな場面でご活用いただけます。