揺さぶりのファシリテーション
細谷です。社内講師の方たちのトレーニングに携わっていると、その立ち居振る舞いや場の取り回し方など、いくつかの観点からアドバイスをすることがあります。最近は社内講師の方たちのプログラムデザインやファシリテーションのスキルが上がっていて、単なる解説の仕方や演習の回し方にとどまらない、人間の学習心理を突いたファシリテーションになってきているのを感じます。
人間の学習心理を活用した展開手法には例えばARCSモデルなどがあり、テーマへの喚起から入り、関連付けによる講義、演習を通じた自己効力感を経て、振り返りや転移につなげていく流れが有名です。このモデルでは学習者側から見た4段階の感情の流れを意識することで学習意欲に働きかけるファシリテーションが期待できます。
また、講師と受講者が1対Nの関係になって対話を重ねていくようなファシリテーションにおいては、講師が受講者の発言をもとに広げたり、深めたり、立ち止まったりしながら、研修のゴールに向けてガイドをおこなっていきます。この時、講師が事前に用意したまとめを伝えるファシリテーション(予定調和のファシリテーション)にならないように、講師は受講者の考えを引き出しながら、どのように着地させるかを瞬時にデザインしていくことが求められます。
最近では、社内講師の方たちのファシリテーションを見ていて、受講者を巻き込みながら、しゃべりすぎず、誘導しすぎず、フラットなスタンスでまさにファシリテーターとしての役割を全うする講師の方たちが増えてきていると感じています。
しかし一方で、受講者に発言はさせているものの、深く考えさせていない場面や意見の相違を無意識に避けてしまう展開、いわゆる無難なファシリテーションをおこなう社内講師の方たちも増えてきたように感じています。
もちろん、衝突を煽るとか、異論を引き出すということではなく、受講者の思考が受講者自身の想定内でとどまってしまう展開になっている場面が時折見られ、このようなときは往々にして、悪い意味で「講師と受講者との居心地の良い着地点(結論)」になっているといえます。受講者にとって居心地の良い結論は、当たり障りなく、講師にとってみれば安全運転なのかもしれませんが、その後の行動変容に繋がる個々の気づきには至りにくいと言えます。
では、受講者の気づきに繋がる再現性の高いファシリテーションにするために講師が心がけるとよいものとは、1つには「本当にそれでよいのか」「それで問題の解決に向かうのか」という視点で受講者と向き合うという方法があります。これを私は「揺さぶり」と呼んでいるのですが、この揺さぶりは、多くの人が正論と感じていることや一般的な結論、あいまいで抽象的な結論に着地しようとしているときに投げかけてみると効果を発揮します。また、対話が膠着しているときにも効果的です。講師としては、この揺さぶりを投げかけるのはなかなか勇気が要りますが、敢えて居心地の悪さを共有しながら、問題解決の中心に迫っていく一手にもなります。
最近は、企業の組織開発において、エージェントの役割を社内講師の方が担うケースも出てきています。組織のパーパスやビジョンについて集団で対話をするとき、1対Nの環境において良質な対話を生成したいときには、この揺さぶりの手法は、その場にいる参加者の思考を一段深める手立てになることでしょう。
もちろん、大前提として心理的安全性が担保された場であることは言うまでもありません。
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細谷幸裕(ホソヤユキヒロ) 株式会社 市進コンサルティング 代表取締役
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