【前編】脳の警戒が解かれる仕組み | アイスブレイクの心理学
アイスブレイクの心理学
研修講師を選ぶとき、資料の完成度や実績より「当日の空気を作れるか」が、一番の不安ではないでしょうか。
現場が黙る、反応が薄い、質問が出ない。
そのとき起きているのは、内容不足ではなく“脳の警戒”です。
私がセミナー冒頭でやらかした言い間違いは、なぜ安心と対話を生んだのか。
再現できる構造としてお話しします。
アイスブレイクの舞台は、ひらがなの「りお」
出張先の町に着いたのは、まだ日が落ちきらない夕方でした。
三泊四日の重い荷物を背負いながら歩くその町は、星空が美しそうな雰囲気をまとっていて、「ああ、明日はいい研修になりそうだな」と、理由もなくそんな予感がしたのを覚えています。
今回訪問する企業の方から、事前にこんな話を聞いていました。
「この町には、おでんと焼き鳥が美味しいお店があるんですよ」
しかも、その店は、訪問先企業の方々がよく使われているお店だそうです。
仕事終わりに立ち寄り、一日の疲れをほどき、明日の段取りを自然に語り合う場所。
いわば、その会社の人たちにとっての“生活圏の一部”のような店でした。
私はその夜、教えてもらった居酒屋を探して歩きました。
看板は派手でもなく、どこか控えめ。
ひらがなで、ぽつんと書かれた店名──「りお」
その瞬間、なぜか少しだけ肩の力が抜けたのを覚えています。
カタカナでも漢字でもなく、ひらがな。
この「ひらがな」には、不思議な安心感があります。
角が取れていて、誰かにそっと声をかけられたような感覚。
暖簾をくぐると、店内にはすでに地元の方らしき人たちがいて、カウンター越しに、自然な会話が流れていました。
おでんの湯気が、まるでこの店の呼吸のように、ゆらゆらと立ち上っています。
その夜は、私ひとりではありませんでした。
私の仕事を、常に最善の形で支えてくれている仕事のパートナーも同行していました。
セミナー全体を記録し、私が前に立つことに集中できるよう、準備から進行、細かな段取りまでを、静かに整えてくれる存在です。
役職でも、上下関係でもなく、現場では「対等な専門性」でつながっている関係。
私が安心して話せるのは、背後にその支えがあると分かっているからなのかもしれません。
その居酒屋「りお」のカウンターでは、翌日のセミナーの流れを軽く確認しました。
仕事の話と雑談が、自然に混じり合っていました。
「今日のセミナーのペースを考慮すると冒頭は、少しテンポを作りたいですね」
「最初の空気感、大事だよねぇ」
そんな会話の合間に、話題は今日一日の出来事へと流れていきます。
前の研修会場を出てから、この町に着くまで、二時間半。
電車を乗り継ぎ、時間を気にし、気づけば身体の芯に、じわっと疲れが溜まっていました。
「今日は、さすがに長かったですね」
その一言に、「本当だね」と、どちらともなく苦笑いがこぼれます。
こういう何気ない会話の中で、人はようやく“仕事の鎧”を脱ぎ始めます。
講師としての私。
記録を担うパートナー。
役割を背負った存在ではなく、同じ一日を走り切った人間同士として、同じ湯気を見て、同じ味を噛みしめる時間。
この時間があるかどうかで、翌日の空気感は、驚くほど変わります。
心理学的に言えば、これは情動のクールダウンであり、神経系が「緊張モード」から「交流モード」へ静かに切り替わっていく瞬間でもあります。
しかし、私はまだ、この時点では知りませんでした。
この夜の会話も、この店の空気も、そして、このひらがなの店名も――
すべてが、翌日のセミナーへとつながっていることを・・・・・・・。
その夜の私は、ただ静かに箸を進めながら、「いい夜だな」と思っていただけでした。
しかし、物語というものは、いつも静かなところから、そっと動き始めるものです。
──さて、ここから話は、翌日のセミナーへと移っていきます。
実は翌日のセミナーで、私は言い間違いをしてしまいます。
その言い間違いは、この時点ですでに、この居酒屋「りお」で、ひっそりと仕込まれていたのかもしれません。
なぜその言い間違いが起きたのか。
その背景で、記憶と連想がどのようにつながっていたのかを、少し科学の視点から見ていきたいと思います。
言い間違えた!~記憶は、音と感情でつながっている~
翌朝、セミナールームに立った私は、まだ前夜の余韻を、ほんの少しだけ身体の奥に残していました。
睡眠は取っている。
頭も回る。
資料も揃っている。
けれど、どこかに残る、あの移動の疲れ。
二時間半の道のり。
環境の切り替え。
人と会い、話し、考え続けた一日。
こうした状態は、決して珍しいものではありません。
むしろ、出張を伴う研修では「いつものこと」です。
そして、この「いつものこと」こそが、人の脳に、思いがけない“いたずら”を仕込む舞台になります。
人はよく、言い間違いを
「注意不足」
「うっかり」
「歳のせい」
と片づけてしまいます。
けれど、脳科学の視点で見ると、言い間違いはエラーではなく、むしろ脳が一生懸命働いた痕跡とも言える現象です。
私の頭の中には、その朝、すでにいくつかの「素材」が揃っていました。
・前夜に行った居酒屋の名前
・訪問先企業の人たちがよく使う店だという情報
・仕事の打ち合わせ
・移動の疲労
・そして、出張前に見た、一本のテレビコマーシャル
そのコマーシャルには、知り合いの娘さんが出演していました。
画面の中で、一生懸命に言葉を届ける姿。
「頑張っているな」
その感情と一緒に、名前も、自然と記憶に残っていました。
里緒(Rio)
もうおわかりですね?
私は、りおと里緒が頭の中で混同してしまい、墓穴を掘ることになるのです。
ここで大切なのは、記憶が「単語」だけで保存されていない、という点です。
私たちの脳は、
音、意味、感情、状況
をひとかたまりのネットワークとして保存します。「里緒」という音には、
・ 人の名前
・ 努力している姿
・ 応援したい気持ち
といった“感情のタグ”が、すでに結びついていました。
一方で、前夜の居酒屋も、「りお」という、同じ音を持っています。
ひらがなで書けば別物。
意味も違う。
理屈で考えれば、混同する理由はありません。
けれど、脳は理屈だけで動いていません。
特に、
・疲労がある
・環境が変わっている
・初対面の人が多い
・場を和ませようとしている
こうした状況では、脳は省エネモードに入ります。
細かく区別するよりも、「似ているものを、まとめて扱う」ほうが、圧倒的に効率がいいからです。
心理学では、これをカテゴリー化と呼びます。
音が似ている。
響きが近い。
どちらも「名前」。
すると、脳内では「りお(店)」「里緒(人)」が、同じ引き出しの中に入れられてしまう。
さらに厄介なのは、人名、とくに親しみや感情を伴った名前は、他の情報よりも強く活性化されやすいという点です。
脳の中では、「よく知らない居酒屋の名前」よりも、「誰かの努力や感情と結びついた名前」のほうが、前に出てきやすい。
おじいちゃんとおばあちゃんが、自分の子供と孫の名前を混同するのと同じです。
これは、脳にとってはとても合理的な判断です。
その結果、口を開いた瞬間、脳が差し出してきた“候補”が、ほんの少しズレただけ。
現場の私の脳内では、“それ”が起きていたのです。
さらに墓穴を深めたのが、「りお」と言うつもりが、CMに出演して頑張っている「里緒」になってしまったこと。
朝一の挨拶での緊張から、口の動きと発生が上手くいかず「リラ」となり、「リア」となり、そして、あの言葉へと滑っていく。
結果的に私は、「昨夜は、リラというお店に行って、おでんと焼き鳥を食べたんです。」と話していました。
ここで重要なのは、このプロセスが無意識で起きているということです。
考えて、選んで、間違えたわけではない。
むしろ、「自然に出てきた言葉」が、たまたまズレていただけ。
だからこそ、本人にとっては、言った瞬間に「ん?」という違和感が生まれます。
そして、その違和感を、私はその場で、思わず口にしてしまいました。
「……リラ?リラって、誰だ?」
この一言が、次の展開を決定づけることになります。
人は、自分の中のズレを、正そうとした瞬間に、一番“人間らしさ”を見せます。
完璧に話そうとするよりも、ズレに気づき、それをそのまま差し出したとき。
そこに、セミナー会場内で笑いの種が生まれる。
爆笑ではなく、楽しそうな笑いでなく、「リラって誰なのか?」
セミナー会場の方も、私と同じく「それ誰?」といった疑問から来る、脳内の混乱が起こす冷ややかな笑いでした。
ところが、この言い間違い+自己ツッコミが、「失敗」ではなく「笑い」と「安心」に変わっていったのです。
セミナールームの空気が、どうやって一瞬で緩んだのか。
その瞬間に起きていた心理と脳の動きを、さらに掘り下げていきたいと思います。
言い間違いは、偶然ではありませんでした。
そして、笑いもまた、偶然ではなかったのです。
その「一瞬」を、丁寧にほどいていきます。
この続きは、【後編】をご覧ください。
このコラムを書いたプロフェッショナル
坂田 和則
マネジメントコンサルティング2部 部長 改善ファシリテーター・マスタートレーナー
問題/課題解決を現場目線から見つめ、クライアントが気付いている原因はもちろん、その背景にある奥深い原因やメンタルモデルも意識させ、問題/課題改善モチベーションを高めます。
その先の未来には、改善レジリエンスの高い人材が活躍します。
坂田 和則
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| 得意分野 | モチベーション・組織活性化、リーダーシップ、コーチング・ファシリテーション、コミュニケーション、ロジカルシンキング・課題解決 |
|---|---|
| 対応エリア | 全国 |
| 所在地 | 港区 |
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