【後編】有価証券報告書から読み解く男性育休の開示傾向と未来像
2023年3月期決算より、有価証券報告書を発行する約4,000の大手企業を対象に、「女性管理職比率」「男性育児休業取得率」「男女間賃金格差」の3つの人的資本情報の開示が義務付けられました。
人的資本開示は単なる成果指標ではなく、企業価値を社内外に発信する一つの手段です。
自社の魅力や成長ストーリーを効果的に発信できるよう、本記事では、男性育休取得状況の開示の実態を踏まえつつ、次年度以降の開示に向けたポイントについて前後編でご紹介している記事の後編です。
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前編目次
・「男性育児休業取得率」の開示意義
・男性育休に関する開示の実態
後編目次
・男性育休の開示において必要な4つの要素
・次年度以降の開示に向けた準備を
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男性育休の開示において必要な4つの要素
前編では、2023年度3月期における183社の開示実態を説明しました。
さて、ここで人的資本開示の原点に立ち返ると、人的資本開示とは「経営戦略を実現するための実行力を評価することによって、現在から将来にわたる企業価値評価を明らかにすること」です。
つまり、投資家等のステークホルダーへの開示には、現状だけでなく将来への成長・発展への期待が見て取れる「ストーリー性」が求められます。
この「ストーリー性」を男性育休に関する開示において考えてみるとどのようになるでしょうか。
後編では、前編で解説した2023年3月期の開示内容を踏まえ、次年度以降の開示において重要な4つの要素を考察します。
1.男性育休取得率の計算は「育児休業等」と「育児休業等+育児目的休暇」を併記する
「男性育休に関する開示の実態」の章で紹介した計算方式1,2を併記することで、育児休業等をどの程度取得できているかといった実態がより詳細に伝えられるようになります。
現在では、育児休業の取得といっても数日〜1週間が約4割と言われており、これでは育児目的休暇を利用しているのとあまり変わりません。
また、株式会社クリエイティブバンクが実施した「男性の育休取得とITツール」に関するアンケート調査※によると、男性が希望する育児休業の期間は「1か月〜3か月未満」という回答が最も多いという結果でした。
筆者も子育て世代ですが、新生児を家庭に迎えてからの睡眠不足も原因の一つとされている「産後うつ」の防止や、出産後回復に1ヶ月以上はかかるとされる産褥期の配偶者のケアを含めた家庭維持の観点から「1か月~3か月未満」は必要だと感じます。
※転載:『デジタル化の窓口』(運営元:株式会社クリエイティブバンク),「男性の育休取得とITツール」に関するアンケート調査 https://digi-mado.jp/article/42335/
男性の従業員がどの程度育児に参画しているかを考える際に、1か月以上の「育児休業等の取得」と数日程度の「育児目的休暇の取得」では取得日数に大きな差が生まれやすくなります。
そこで「育児休業等の取得率」が高い企業が「育児休業等または育児目的休暇の取得率」も併記すると、育児休業等の取得促進が進んでいることが明確にわかります。
さらに、次に紹介する「平均取得日数」や「取得期間の分布」でよいデータを記載することで、育児と配偶者のケアのために休める企業であることの大きなアピールに繋がります。
2.平均取得日数/取得日数の分布を示すグラフの掲載
平均取得日数、あるいは取得期間の分布がわかるグラフ(図3)を明示することで、取得率だけでは不明瞭な「実際にどのくらい育児に参加しようとしたのか」を示せます。
言い換えると、これらのデータは業務運営や企業文化において、その企業が「男性の育児参加がどの程度可能な組織であるか」を表しており、人的資本開示の主旨に沿って、当該企業の事業実行力の一部を開示できているといえます。
3.経年変化がわかるグラフの掲載
経年変化を示すグラフによって、取得率の変遷や平均取得日数の増加を掲載できると、企業として労働環境の改善が実行できていることを社内外に示せます。
2023年は開示元年であったため当該年度のみの記載となりますが、次年度以降は、取得率が増加していることを示すグラフや、おおむね100%に近い状態を維持できていることを示す折れ線グラフがあるとよいでしょう。(図4)
4.取得率計算の元である従業員数の記載
男性育休取得率は当該年度内の「取得した男性の人数÷配偶者が出産した男性の人数」を計算します。そのため、「昨年度は5人中5人の取得で100%だったが、今年は20人中16人の取得で75%に下がった」といったことが起こる可能性があります。
従業員の都合により、
- 親世代と同居しているので当年度中には休業/休暇を取得しなかった
- 業務調整等により取得開始が遅くなり当年度中には取得しなかった
- 里帰り出産した配偶者が帰ってきてから取得予定のため当年度中は取得しなかった
といったことが発生するためです。
個々の従業員の事情を開示する必要はありませんが、このような性質を知らないステークホルダーもいます。
人数による変化がわかるように下図(図5)のようなグラフの作成や、おおよそ希望者のすべてが取得できているのであれば「期中に本人の都合により取得しない従業員もおりますが、実態として1歳を迎えるまでにほぼすべての従業員が休業・休暇を取得しております」といった注記文を付けるとよいでしょう。
次年度以降の開示に向けた準備を
前章までの内容を踏まえ、次年度以降の開示に向けた準備のポイントを紹介します。
■まずはデータを保存できるようにすること
前述の通り、現在は1週間程度の取得が多く、育児休業等と育児目的休暇での取得日数の差があまり見られない状況です。しかし、ここ数年の育児介護休業法の改正や昨今の風潮から、男性育休の取得期間が延びていくことは確実であり、いずれ差がつくことでしょう。
育児休業等と育児目的休暇のそれぞれで取得率や取得日数を数えられるしくみが必要です。
■収集したデータから自社の課題や目標を設定する
現状として育休取得率が低い企業は、目標設定と改善案を記載することから始めましょう。
今回の開示でも目標値に関しては「2025年度で取得率30%」という企業もあり、現状とかけ離れた数値や100%を目指す必要はありません。
対策と合わせて、現実的な目標を立てて改善を進めることが非常に重要です。
改善案に関しては、今回の開示において、文化の醸成方法のほかに「〇日以上の取得を義務化」といった制度を定める企業もありました。同業他社や同規模の異業種企業の開示結果と比較することで、自社にも取り入れられるものを発見できる可能性があります。
現在すでに育休取得率が高い企業は、より開示内容を充実させることで差別化を図れます。その際には上記に記載した内容を参考にしていただければ幸いです。平均取得日数の目標設定をしてその達成度合いを測るのもよい方法です。
また、有価証券報告書に男性育休施策を記載している企業が複数見受けられました。簡易的な記載を行うか、あるいは施策や風土を案内しているウェブページへのリンクを貼る等小さな工夫があるとよいでしょう。
■ステークホルダーに将来性を感じさせるストーリーを開示する
2023年は人的資本開示元年であったため、大半の企業が当年度のみの数値を開示していましたが、2024年以降は「成長し続ける企業」として前年度との比較や経年変化を記載する必要があると考えます。
人的資本開示の元には人的資本経営があることを踏まえ、中期経営計画や統合報告書で公開している内容との整合性が取れていること、また、数年後の目標に向かっていることが読み取れるようにできるとよいでしょう。
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WHI総研
入社後、通勤手当や寮社宅等福利厚生を専門に大手法人の制度コンサルやシステム導入を担当。子会社の人事給与BPOベンダーにて、複数顧客に対し人事関連業務のBPRを実施。顧客教育部門であるWorks Business Collegeを経て現職。
眞柴 亮(マシバ リョウ) 株式会社Works Human Intelligence / WHI総研
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