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人事の解説と実例Q&A 掲載日:2026/07/22

直行直帰や出張にともなう「長時間の移動」は労働時間に含まれるか

営業社員の直行直帰や、遠方への出張に伴う長時間の移動。これらの移動時間は労働時間に含まれるのでしょうか。「移動中も顧客のメールに対応している」「休日に移動して前泊している」など、現場では判断に迷うケースが頻発しています。本記事では、移動時間が労働時間として認められる法的な判断基準から、直行直帰・出張時の具体的な勤怠管理の方法、労使トラブルを未然に防ぐための実務上のポイントまで、実践的なノウハウを詳しく解説します。

直行直帰や出張にともなう「長時間の移動」は労働時間に含まれるか

移動時間は「労働時間」になるのか? 基本的な考え方と法的根拠

労働時間の定義と「指揮命令下」の有無

移動時間が労働時間に含まれるかどうかを判断する大前提として、まずは労働基準法における「労働時間」の定義を理解しておく必要があります。労働基準法上の労働時間とは、「使用者の指揮命令下に置かれている時間」を指します。労働時間に該当するかどうかは、労働契約や就業規則の定めによって決まるのではなく、客観的に見て労働者が使用者の指揮命令下に置かれているか否かによって実態に即して判断されるべきです。

したがって、出張や直行直帰に伴う移動時間も、「指揮命令下に置かれているか」が最大の焦点となります。単に目的地へ向かって移動しているだけで、業務から離れて自由に過ごすことができる状態であれば、原則として労働時間には該当しません。

通勤や出張への移動は原則として労働時間外

自宅から職場までの通常の通勤時間は、労働者が労働力を提供するために赴く過程にすぎず、使用者の直接的な指揮命令下にあるとは言えないため、労働時間には含まれません。同様の理由から、出張先へ向かうための移動時間も、交通機関を利用して目的地へ向かっているだけであれば、自由に過ごすことができるため、労働時間には該当しないというのが法的な原則です。

現場の人事担当者を悩ませているのは、純粋に「自由な移動」とは言い切れないケースが多々発生することです。例えば、「移動中も常に連絡が取れる状態を維持するよう指示されている」「高価で機密性の高い機材を一人で運搬している」といった状況では、従業員の自由利用が保障されているとは言えず、実質的に業務に従事している、あるいは、「手待ち時間(いつでも業務に対応できるよう待機している時間)」として、労働時間とみなされるリスクが生じます。

【ケース別】現場で迷う「移動時間」の判断基準

直行直帰の移動と「事業場外みなし労働時間制」

営業担当者やメンテナンス要員などが自宅から直接顧客先へ赴き、業務終了後にそのまま帰宅する「直行直帰」。この場合、自宅と最初の訪問先、および最後の訪問先と自宅との間の移動は、通常の通勤と同様の性質を持つものと考えられ、原則として労働時間には含まれません。ただし、顧客先から別の顧客先へと移動する時間は、業務の遂行に不可欠な移動であるため、労働時間として扱う必要があります。

直行直帰が常態化している部署において、人事担当者が検討しがちなのが「事業場外みなし労働時間制」の適用です。事業場外で労働し、労働時間を算定し難い場合に、所定労働時間(または通常必要とされる時間)労働したものとみなす制度です。

近年はスマートフォンやノートパソコンの普及により、移動中でも上司と容易に連絡が取れ、随時指示を受けられる状態にあるケースが増えています。このような場合は「労働時間を算定し難いとき」という適用要件を満たさず、みなし労働時間制が否認される(実労働時間での管理を求められる)リスクがあるため、現場の実態を慎重に見極める必要があります。

物品の運搬や上司同行を伴う出張移動

出張の際、身の回りの荷物を持つだけでなく、会社が指定した高価な機材や、紛失が許されない顧客の個人情報データなどを運搬するように命じられることがあります。このような場合、移動中であっても当該物品の厳重な管理・監視義務が生じており、自由な行動が制限されるため、使用者の指揮命令下に置かれていると判断され、移動時間全体が労働時間となる可能性が高くなります。会社から明確な「運搬指示」があったかどうかが重要な分岐点となります。

また、上司と同行して出張するケースもよく寄せられる疑問です。若手社員から「上司と一緒の新幹線移動で気が休まらず、疲れ果てたので労働時間にしてほしい」といった声が上がることがあります。単に「気を遣う」「気疲れする」という心理的な負担だけでは、法的に労働時間と認められることはありません。ただし、移動中の車内で上司からプレゼン資料の修正を命じられたり、詳細な業務の打ち合わせを求められたりした場合は、明確に指揮命令下にあると言えるため、その時間は労働時間としてカウントし、必要に応じて割増賃金を支払う義務が生じます。

移動中のメール・電話対応や資料作成は?

新幹線や飛行機での長時間の移動中、従業員が自発的にノートパソコンを開いて会議資料を作成したり、溜まっていた顧客からのメールに返信したりしている姿は、ビジネスシーンでよく見られる光景です。会社や上司から明確な業務指示がなく、従業員本人が「あとで楽になるから」と自主的に行っている場合は、原則として労働時間に含まれません。

ただし、現場の運用においては注意が必要です。上司が「出張の移動時間を使って、報告書を完成させておくように」と指示していた場合や、「トラブル対応中なので、移動中も着信があったらすぐに出るように」と命じていた場合は、指揮命令下に置かれている、あるいは「手待ち時間」であると解釈され、労働時間となります。また、明確な指示がなくても、今日中に提出しなければならない膨大な業務を与えられていて、物理的に移動時間を利用せざるを得ない「黙示の指示」があったと判断されるケースでは、労働時間と認定されるリスクがあります。

休日の出張移動における取り扱い

月曜日の朝一番から遠方で重要な商談があるため、日曜日の午後に自宅を出発し、現地に前泊するような「休日の移動」も、人事担当者を悩ませるケースです。この場合も基本的な考え方は同じで、移動時間は自由に過ごすことができるため労働時間には該当せず、法定休日に労働したことにはなりません。したがって、休日出勤としての割増賃金を支払う法的な義務はありません。

とはいえ、従業員の心情としては「本来休めるはずの日曜日が、会社の業務の都合で半分になってしまった」という不満を抱きやすいのが現実です。法的義務がないからといって何も手当をしないままでは、モチベーションの低下や離職につながりかねません。そのため、多くの企業では、就業規則や出張旅費規程において「休日に移動を伴う出張をした場合は、一律〇〇円の移動手当(日当)を支給する」といったルールを設けたり、移動に要した時間を考慮して後日半日の代休を付与したりするなど、現場の不満を和らげるための実務的な配慮を行っています。

トラブルを防ぐ! 人事が取り組むべき具体的な対応プロセス

事前準備:就業規則や出張旅費規程の整備・見直し

移動時間の解釈をめぐる労使間のトラブルを未然に防ぐため、人事が最初に取り組むべきことは、会社のルールを明文化し、従業員に周知することです。「直行直帰時の移動時間の扱いはどうなるのか」「出張中の移動は原則として労働時間とみなさない」といった基準を、就業規則や出張旅費規程に明確に記載します。

ルールが曖昧なままでは、上司の恣意的な判断が横行したり、従業員ごとに認識のズレが生じたりして、未払い残業代請求などのトラブルの温床となります。前述した休日の移動に対する手当や代休の付与基準についても、規程内で明確に定めておくことで、現場の従業員が納得感を持って働くことができる制度設計を目指す必要があります。

現場管理職への周知とコミュニケーション戦略

規程の整備とセットで行うべきなのが、現場の管理職に対する教育・啓発です。人事からの発信として、「移動中に安易な業務指示を出すと、その時間が労働時間とみなされ、時間外労働の対象となる可能性があること」をしっかりと伝えます。管理職の「ちょっとやっておいて」という無意識の行動が、法務リスク・財務リスクに直結しているという危機感を持ってもらうことが重要です。

同時に、該当する従業員に対しても、上司から出張命令を出すタイミングで「移動中は労働時間にはならないので、ゆっくり体を休めてください。パソコンを開いて業務を行う必要はありません」と明確に伝えるコミュニケーションを推奨する必要があります。事前に期待値をコントロールし、会社の方針をクリアに示しておくことが、後々の「言った・言わない」のトラブルを防ぐ強力な防波堤となります。

事象発生時の対応:事実確認と現実的な対処法

万が一、従業員から「今回の出張は移動中もずっとパソコンで仕事をしていたので、残業代を申請したい」といった申し出があった場合、人事は迅速かつ客観的な初動対応をとる必要があります。頭ごなしに「移動時間は労働時間ではない」と否定するのではなく、まずは丁寧なヒアリングを実施します。「具体的にどのような業務を行っていたのか」「それは誰からの指示だったのか(明示的か、黙示的か)」「作業にどの程度の時間を要したのか」を確認します。

調査の結果、上司からの明確な業務指示や、納期がひっ迫して移動中に行わざるを得ない状況(黙示の指示)が確認できた場合は、労働時間として認め、適切に賃金(割増賃金)を支払うのがコンプライアンス上の正しい対応です。一方、完全に自発的な業務であったと確認できた場合は労働時間には該当しませんが、「今後は労務管理の観点から、移動中の業務は控えるように」と指導するとともに、なぜ自発的に業務を持ち込まざるを得なかったのか(業務量の偏りはないか、特定の個人に負担が集中していないか)という根本的な原因にアプローチする姿勢が求められます。

実務上のポイントと陥りやすい罠

移動中の「ながら業務」をどう管理するか

テレワークやモバイルワークのインフラが整った現代において、移動中の「ながら業務」を完全にゼロにすることは困難です。「自発的な業務は労働時間ではない」と現場を突っぱねることは可能ですが、実態として会社が移動中に作成された資料やメールの成果物を享受している場合、労働基準監督署の調査などが入った際に「黙示の業務指示があった」とみなされるグレーゾーンとなり得ます。

この問題に対する現実的な対策として、会社が貸与しているパソコンやスマートフォンにログ管理システム(操作履歴の記録ツール)を導入し、出張中の実労働時間を客観的かつ正確に把握する仕組みを整える企業が増えています。基本方針として「移動中の業務は原則禁止」としつつも、どうしても必要な場合は「事前申請・承認制」にするなど、自社の実態に即した柔軟かつコントロール可能なルール作りが求められます。

過重労働防止の観点からの配慮

人事担当者が陥りやすい最大の罠は、「移動時間は労働時間ではない」という法的な判断だけで思考停止に陥ってしまうことです。法的には労働時間としてカウントされなくても、長時間の移動や、早朝の出発、深夜の帰着が従業員の心身に大きな疲労とストレスを与えていることは紛れもない事実です。「労働基準法に違反していないから問題ない」という態度は、従業員のエンゲージメントを著しく低下させます。

人事としては、法的リスクの回避だけでなく、従業員の健康を守る「安全配慮義務」の観点からのケアを忘れてはなりません。例えば、「深夜に帰着する出張の翌日は、始業時間を数時間遅らせて十分な休息をとらせる(勤務間インターバル制度の活用)」「長距離の直行直帰が特定の従業員に連日集中しないよう、部門長に業務分担の見直しを促す」といった具体的なアクションを起こすことが重要です。法令遵守をベースにしつつ、現場で働く「人」に寄り添った配慮を仕組みとして組み込むことが、経営層からも従業員からも信頼される人事の真骨頂と言えます。

この記事の監修

井上 久

井上 久
井上久社会保険労務士・行政書士事務所 代表

井上 久 昭和30年11月25日の69歳です。2021年4月1日に開業しました。得意な業務は、交通事故相談とクレーマ一・ヘビークレーマ一対応です。「本気・本音・本物」のアドバイスをさせていただきます。お気軽にご相談ください。

井上 久 昭和30年11月25日の69歳です。2021年4月1日に開業しました。得意な業務は、交通事故相談とクレーマ一・ヘビークレーマ一対応です。「本気・本音・本物」のアドバイスをさせていただきます。お気軽にご相談ください。

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