人事データ活用がうまくいかない理由とは?(後編)

「人事データを有効活用して戦略的な配置を行いたい」
「人事データを使って退職予測を行い対策を打ちたい」
というお声をいただくことが、ここ数年増えてきました。
人事データを生かしたタレントマネジメントシステムやデータ可視化・分析を行うBIツールの市場は非常に活況であり、各企業が人材活性化の領域においてもデジタル化を進めており、タレントマネジメントシステムの市場もここ数年で急拡大しています。
人事データ分析・活用を前提とした、人材活性化、戦略配置を中期経営計画等の企業戦略における重点課題、施策に入れるケースも増えており、人事データの活用は人事部門だけではなくむしろ経営課題の一つとして考えられているように感じます。
一方で、タレントマネジメントシステムの導入や人事データの活用には多くの課題が存在し、当初の目的通りの効果を得られないケースも少なくありません。
また、一言で人事データといっても、その範囲は、個人情報、発令、給与、評価、勤怠、教育・研修、ストレスチェック…と多岐に及び、すべてがデータ化されているとはいえないでしょう。
いざデータ活用を始めようとしたら、管理されていると思っていたデータが存在しない、利用するに値しない、ということもよくあるケースです。
本記事では、人事データの活用が急激に求められている背景について整理したうえで、目的達成に向けて頓挫することなく、有効に活用するためのポイントについて記載します。
前編では、「人事データ活用が求められる背景」や「人事データ活用を頓挫させないためにー共通認識としたい3つの観点」についてご紹介しました。
後編では、「人事データ活用を進めるための5つのステップ」について解説します。
人事データ活用を進めるための5つのステップ
具体的には下記の5ステップを段階的に実現していくことを推奨します。
ここでは、各ステップの終了時に必ず効果測定を行い、課題の洗い出しと、より実施コストや難易度の高い次のステップに進むべきかどうか、検討と改善を繰り返しながら推進していくことがポイントとなります。
それぞれのステップの概略について順に説明します。
STEP1.<人事データを使って人事部門で必要な指標、運用に資するもの >
データを定義・収集し、出力するという人事データ活用サイクルの定着
まず、人事データを使って人事部門で必要な指標、運用に必要な出力・照会データの活用を行います。
年齢構成、男女比、勤続年数、管理職割合、休職率、離職率推移といった、基本的な情報がいつでも把握できるようにするとともに、健康経営(ホワイト500)や女性活躍推進指標(なでしこ、えるぼし、くるみん)等の公的開示指標を人事部門で確認可能な状態にすることが現実的な目標となるでしょう。
これは、単なる業務運用効率化だけではなく、人事部門のKPIとしても有用であり、その数値の進捗を誰もが把握できるようにしておくことは部門運営にとっても重要です。このステップにおいては、データを定義し収集し、出力するというデータ活用の型を定着することを最大の目的とします。
このステップをおろそかにすると、より価値の高いステップ2以降の実現につながりません。
ツールについてもまずは既存のツールを利用して、データの整備と収集を重点に置いて考えるのがよいでしょう。
STEP2.<人事データを使って経営・戦略部門で必要な指標、運用に資するもの>
経営戦略部門の指標開示方法と必要なデータ収集・照会の運用
次に人事データを使って経営・戦略部門で必要な指標や業務運用に必要となるデータの出力や照会を可能とします。
実施内容としては、ステップ1とほぼ同じようなものになると考えられますが、GOALとなる数値は何に準拠しているのか、それがなぜ経営戦略面で有用となるか、といったストーリーやメッセージを合わせて考える必要があるでしょう。
具体的には、コーポレートガバナンス・コードやサステナビリティレポート、統合報告書等で使われている人事指標や、レポート内のメッセージを定量的に補足する指標がターゲットとして考えられます。
このステップでは、経営戦略部門のメンバーが指標をどのように開示して、出力や照会を行うか、という運用を考える必要があります。
また、誰に何を開示するのかを検討していく中で、今後の展開も加味したBIツールの比較検討や導入判断の開始、部分的な導入も視野に入れたいタイミングです。
STEP3.<人事データを使って現場部門で必要な指標、運用に資するもの>
現場部門で活用可能なデータの可視化(ダッシュボード化)
ステップ3では、人事データを使って現場部門、特に部門長や現場管理職の業務に必要なデータの出力や照会を可能とすることを考えます。
ここでは、部門全体の状況や他部門との比較を実施するためのサマリー数値の把握を可能としたうえで、個別の状況をドリルダウンできる情報の提供を進めていくことになります。
どのような情報提供が部門のメリットにつながるのか、提供先の利用対象者と議論を行っていくことで、結果的に現場部門への理解を深めることにもなるでしょう。
したがって、いきなり全社展開するのではなく、協力が得られる、実施にメリットのあると考えられる部門から随時実践していくことが現実的な進め方となります。
また、提供形態については、ステップ1、2同様いきなりツールで展開するのではなく、Excelやスプレッドシートのような提供しやすい形でサンプル的に実施していくことも重要です。徐々にツール化、システム化していくことが現場との齟齬を生まない、動かないシステムとならない進め方であると考えます。
STEP4.<人事データ+αを使って人事部門、経営・戦略部門で必要な指標、運用に資するもの>
人事、経営戦略部門におけるデータ分析や予測モデルの実装
人事データの整備と活用が進んで運用が定着してきたら、活用するデータを拡大し、得られるメリットをより大きくすることを次のステップの目的とします。
具体的には
・人件費管理・適正化、およびシミュレーション
・要員計画の予実管理、調整
・新規事業への適正人員把握、不足人員に対する採用・配置転換計画
・ハイパフォーマー・ローパフォーマー分析
といった目標が考えられます。
いずれも、これまでどちらかといえば経験や勘、主観的な判断で実施していた業務の実施レベルを上げるとともに部門外、社外への発信に対して説得力を与えるものとなるでしょう。
重要なのは、上記1、2のステップを経てから実施すること、実施の目的が明確であることです。
人事データ活用を行う、となるといきなりこのステップから実施することもありますが、前のステップで消化されているべき「課題やデータを収集し活用する」というサイクルが定着していないため、効果が出るまでに時間がかかり、頓挫するリスクが高くなります。
STEP5.<人事データ+αを使って、現場部門で必要な指標、運用に資するもの>
現場部門に対する参考値の出力やアラート検出の自動化
ステップ4と同様に、人事データ+αで現場部門の運営に必要な情報提供を行います。
進め方としてはステップ3と同じく、まずは、部門全体の状況や他部門との比較が可能となるような、サマリー数値の把握が可能であることが望ましいでしょう。そのうえで、部下の育成、モチベーション管理、健康管理、業務や仕事のアサインといった業務観点で、個別の従業員に関する様々な情報を色々な角度から分析し、多種多様なサジェストを与えられるものであることが望ましいと考えます。
繰り返しになりますが、ステップ1から順に「データの活用レベル」×「データ活用のテーマ」の領域を徐々に広げることを意識して実施することが、途中で頓挫しない人事データ活用の肝となるでしょう。

データ活用目的の明確化と段階的な実施を
以上、人事データの活用が求められている背景と確実な実現のためのポイントについて記載しました。
VUCAと呼ばれる事業環境の変化が激しい時代において、経営課題と人事課題は緊密化し、企業の人事機能は、管理的なものからより戦略的なものへの変換を求められています。
さらに、DXに代表されるデジタル化によって、人事領域でも科学的なアプローチが重要視され、人事データ活用により戦略人事を実現することが、多くの企業で求められることになっています。
一方で人事データの活用を実現するにあたっては、一足飛びに高度な分析や大量データの収集、活用を目指すのではなく、まずは実施の目的を明確に。そのうえで、基礎的な人事データの収集活用を確実に行い、その過程で発生する様々な課題を消化しつつ、徐々に実現範囲を広げて行くことが、迂遠なようでも重要であることをお伝えして、本記事のまとめとさせていただきます。
- 経営戦略・経営管理
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WHI総研
大手企業の人事業務設計・運用に携わった経験と、約1200法人グループのユーザーから得られた事例・ノウハウを分析し、人事トピックに関する情報を発信。
伊藤 裕之(イトウ ヒロユキ) 株式会社Works Human Intelligence / WHI総研シニアマネージャー

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