【第三回】業務分析手法方式の落とし穴
ホワイトカラーの生産性向上と要員計画を両立させる、といった取り組みは各社各様で取り組んでおられるかと思う。
その取り組み効果を十分に回収できないまさに「落とし穴」がある。その落とし穴について紹介したい(第三回)。
ホワイトカラーの生産性向上、要員計画の両立をわれわれはPOP(ポップ)(peak organizational performance)とネーミングし、取り組んでいる(POPは、(株)エイチ・ピィ・ピィ・ティと、EYアドバイザリー㈱の共同で開発された、「ホワイトカラーの高いエンゲージメントを実現する要員計画・運用技術」)
今回の第三回では、適正人員を算出するための分析データという観点に言及した内容となっている。
※今回は(株)エイチ・ピィ・ピィ・ティの坂本代表に執筆いただいた。
1.人事部門が扱う適正人員数分析データは科学的根拠が欠如していないか
企業の人事部門が扱う適正人員分析データのインプットとして、主に財務指標が使用されていることを本シリーズの第1回(タイトル;財務会計指標に基づいて策定する要員計画の落とし穴)で述べさせていただきました。具体的には、過去の売上高、売上総利益、付加価値額、営業利益額、そして、人員数と人件費額、などです。ここで留意しておきたいことは、これらのインプットを元に算出されるアウトプット(=適正人員)には、現場での運用上限界が生じる可能性が高いことです。
では、なぜ限界が生じると言えるのでしょうか。ここに科学的根拠の欠如が指摘されます。本稿では「事実を数字で観ること」を科学の定義とします。筆者は人員数を算出する事実の回収対象は「現場」であると考えておりますが、実際に人事部門が扱っている人員数を算出する数値の事実は先に列挙した通り「財務指標」を扱っていることが多く、管理会計における現場の正しい事実を論理的に把握できていないことを棚に上げて、財務会計における財務指標で代替しているならば「財務指標(インプット)から導かれる適正人員数(アウトプット)」の関係に限界が生じると言えないでしょうか[1]。
2.業務分析方式的手法の限界
では、これまで人事部門が現場の正しい事実の回収を怠ってきたのでしょうか。実際には、手間はかかりますが業務分析方式的手法(以下、全数調査)で取り組んでこられたと思います。全数調査とは文字通り、全ての業務と投入時間を現場から正しく報告させて事実を回収する方法です。しかし、この調査に躊躇した経験を持つ読者も多数おられるのではないでしょうか。その理由を3つにまとめてみましょう。
まず一つは、「余計な仕事を増やさないで」という現場担当者からのクレームです。確かに、全数調査となると細かく業務実態を記録する必要があることから、記録作業そのものが負荷作業となり、現場担当者から不満が続出することは予想される通りです。二つ目に、都度記録することが面倒になり記憶を遡りながら週の最終日にまとめて記録したものが提出されるというケースも考えられ、現場の管理職からは「どこまで信憑性の高い事実が集められているかどうかはわからない」という指摘を受けた読者も多いのではないでしょうか。最後に、全数調査を実施する期間にも問題が潜んでいます。上記に述べたように人事部門としても現場にオーバーワークを強要するつもりはございませんので、暫定的に1週間、もしくは2週間、時には1ヶ月という期間で全数調査を実施するわけですが、この実施期間に対して、適正人員数を算出するために最適な全数調査期間の根拠が備わっていないことに気づいている読者もおられることでしょう。
以上のような理由から、なかなか全数調査に踏み切ることができず、結果的に適正人員数算出のために財務指標を代替することで根拠の乏しい納得を得ていないでしょうか。
3.サンプル調査とは
全数調査に対して「サンプル調査」という事実回収手法があります。全数調査は現場担当者が人事部門に自らの行動を「線(=09:00~18:00の活動全て)」で報告する手法に対して、サンプル調査は人事部門が現場担当者の行動を「点(=09:00~18:00の活動の部分)」を回収する手法です。
ここに一杯の拉麺があります。そのスープを一口啜れば拉麺全体のスープの味は「ほぼ」把握できると思います。この一口がサンプル調査であり完全に飲み干すことではありません。
ここで留意しておきたい内容は、サンプル調査は「ほぼ間違いのない事実」が把握できるのであって、「絶対間違いのない事実」が把握できているのではありません。一方で、全数調査の落とし穴として、何をもって「絶対間違いのない事実」と言えるのでしょうか。仮に100%間違いのない事実をとらえるならば、最低でも1年間全数調査し続ける必要があります。なぜなら企業経営はOne year ruleで評価されるからです。しかし、調査で1年間という時間を投入することに価値を感じないことは大多数の読者が納得されることでしょう。むしろ、調査期間は早々に切り上げて、改革に着手するべきです。
では、どのくらいの期間を投入して全数調査するべきなのでしょうか。敢えて区分するならば繁忙期や閑散期を考慮して1年間を四半期に分解することが望ましいでしょう。では、ある四半期の実態を把握するために3ヶ月間を全数調査期間とするべきなのでしょうか。
つまり、One yearや3ヶ月という調査期間は理屈上正しくても実際的ではありません。従って、「とにかく、数週間全数調査を実施してみましょう」という根拠はないが運用上は実際的な仮の期間が適当に設定されているだけなのです。
4.サンプル調査のメリット
全数調査を実施することで現場から負荷作業に関するクレームを受けながら、回収した事実に確かな信憑性が約束されておらず、根拠のない回収期間で調査を終えてしまうことと、例えサンプル調査であっても現場からの負荷作業に関するクレームは少なく、回収した事実に対して100%とは言えないかもしれないが確かな信憑性が約束されており、その事実の信憑性と投入期間に誤差が発生していない統計的手法の方が、「絶対間違いのない事実」を追いかけるよりも「ほぼ間違いのない事実でも十分活用できる事実」ではないでしょうか。
以上から、サンプル調査を実施することで現場の正しい事実に科学的根拠が備わると言えるでしょう[2]。
5.サンプル調査の運用方法
サンプル調査は全数調査ではありませんので信頼度は100%ではありません。従って、どの信頼度で全数調査と同じ結果と見なすのかを決める必要があります。GEのCEOがジャック・ウェルチであった当時、6σ経営が取り上げられましたが、6σの信頼度は99.999・・・%です。ホワイトカラーのサンプル調査を実施する場合、6σより信頼度の低い2σでも良いと考えられます[3]。なぜなら、ホワイトカラーはブルーカラーと比較して定型業務以外の業務も含まれているだけでなく、サンプル調査対象人数(=集団)がブルーカラーのケースよりも少ないことが一般的です。信頼度を高めることで必要サンプル数が多くなり、結果、回収期間が延びることよりも、許容される信頼度で最適な回収期間を想定する方が現実的かと考えられます。その許容される信頼度が2σです。
図 1;2σと相対誤差
測定を開始した結果、2σの相対誤差と実際に回収したデータの相対誤差に乖離が見られなくなれば、現場の正しい事実に2σにおける科学的根拠が備わった状態と言えます。
6.まとめ
要員計画に関するテーマとして、現場から追加人員要請を受けるだけでなく経営者からは出来るだけ人員を増やさない指示が下され、サンドバック状態で悩んでいる人事部門も多いことでしょう。このような状態から早く抜け出すためにも、客観的に証明できる数値を把握するべく現場に対して色々と事実回収を試行されてきたことと思われます。従って、もっと現場と人事部門は密な関係になり、経営者には緊張感の高い現場の事実を元に諫言していきたいと考えている人事部門は多いはずです。
しかし、会社のためと思って現場に介入することを現場の方からはポジティブに理解されず、なかなか思うように立ち振る舞いが出来なくて苦い経験をされた人事部門も多々おられることと思います。
時代は進化しております。これからの企業競争優位性は「IoT×Big data×Cloud(以下、新3種の神器)」を活かして経営を熟考ことです。これは組織機能に特化された考え方ではなく、人事部も含めてどの組織機能にも該当します。
調査技術に優位性はありません。調査方法にも優位性はありません。それらは全てこの新3種の神器の中に納まっております[4]。従って、今回紹介した2σで実施するサンプリング調査も基礎から統計学を学習する必要はなく、そういうツールが組み込まれたCloud serviceやBig dataを活用すればよいのです。
人間は考える葦である(ブレーズ・パスカル)。機械に任すところは任せて、人間にしかできない創造的な仕事により経営資源を投入し、期待される人事部門の存在感をより鮮明に出していくことを切望致します[5]。
以上、読者からの御叱正を乞う所存であります。
[1] 財務指標を活用して適正人員を算出することが間違いであると指摘しているのではありません。むしろ、株主に報告する説明では財務会計がベースですのでこれらの数値を活用するべきです。しかし、社内を運用する際に財務会計の数値で管理することに違和感を覚えるべきです。管理会計という考え方が存在しているにもかかわらず、管理会計の視点が欠如した要員計画数値にも違和感を覚えます。
[2] 経営者の号令の元、全社員が価値観を共有し同じ方向を向いて全社改革に取り組むべく全数調査を実施するならば、むしろ、サンプル調査は不要です。
[3] 1σの信頼度(68%)は2σの信頼度(95%)よりも極端に低くなるのでお勧めはしませんが、1σを全数調査の結果と見なすという仮定の下サンプル調査対象信頼度にすることは可能です。
[4] 本詳細説明(図解付き)は、http://jinjibu.jp/service/detl/11714/からダウンロード(無料)してください。
[5] 本詳細説明(図解付き)は、http://jinjibu.jp/service/detl/11079/ からダウンロード(無料)してください。
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事業会社人事の経験も踏まえ、表面的な仕組みではなく、機能する仕組みの導入、定着をご支援します。
大手総合電機メーカーの人事業務に従事した後、シンクタンク系コンサルティングファームを経て現職。
人事制度の設計・運用支援を専門とし、タレントマネジメント、チェンジマネジメント等人事領域全般におけるコンサルティングに従事している。
上野 晃(ウエノ アキラ) EYアドバイザリー株式会社 マネージャー
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