過労死リスクコントロールしていますか
「多くの人事部は不本意ながらも長時間労働を是正できない。」
人事のタブーの一つである長時間労働の真の実態は、一握りの企業や
限られた業種以外、どこもあまり変わらないのではないだろうか。
ある日人事部に営業所から「社員の○○さんが倒れました。」と連絡が入って、
「過労死」ではないと自信をもって言える会社は、どれだけあるだろう。
「株式会社●●事件 和解額2億4千万」
「過労死発生が「みんなの就職活動日記」に記載された」
その他新聞などで他社の過労死事故の訴訟や判例をチェックしている
人事担当者は、多いだろう。
今の時代、人事部は過労死事故の発生によるリスクや生産性の低下について十分に認識している。
また、残業時間数の短縮のための基本的な取り組みについても同じである。
(トップが率先して時短に取り組む、業務の効率化や業務の適正配分や派遣社員・パートの活用、
ノー残業デー導入、ワークライフバランス教育など)
それでも人事部は、長時間労働を無くすことができない。
理由は、どの企業も同じである。
理由① 今月の成果(売上)に直結する。
理由② 成果を落とさずにやれること(効率化・パート化)は、既にやっている。
この問題。実に人事部は孤独である。
人事部は長時間労働について勉強すればするほど、労働時間が長くなるほど生産性が下がる事実
を理解し、企業リスクとしての「過労死事故」がもたらす、多大な企業損失を理解する。
その対策として一般的なものは、
三六協定による1ケ月30時間までの残業時間制限ではないだろうか。
しかし、実態として1ケ月30時間以内の残業を1年通して守れる企業は、そう多くはない。
実際の職場では、忙しい人も部署も時期もさまざまである。
社員全員一律の残業時間数の上限設定はあまりにも現実的ではない。
現実的でないため、全員一律の残業時間数の上限を設定している企業の人事部が
集計している毎月の残業時間数は、どうしても実際の残業時間数ではなくなってしまう。
これには、もちろん人件費(残業代)の問題もある。
ご存じのとおり、1ケ月45時間以上の残業は、脳・心疾患に自然経過以上の悪影響を及ぼす。
また、労働基準法の三六協定もあり、「全員一律」での残業時間数削減を目指す会社が多いが、
この「全員一律」の取り組みは、費用削減効果こそあれ、「過労死リスク」の低減にはつながって
いない。
「全員一律」の対策をしている多くの企業では、この問題の発生は「運」次第である。
人事部は「社員の○○さんが倒れました」という連絡が無い事を、
また、その従業員が長時間労働をしていない事を願うばかりである。
そこで時短が進まない多くの企業に、
生産性を下げずに、過労死リスクを低減する有効な取組み
を紹介したい。
その取組とは
①社員全員の長時間労働の短縮をあきらめる。
②その代わりに「過労死予備軍」だけを徹底的に労務管理する。
※過労死予備軍は健康状態と労働時間数で決定する。
というものだ。
正社員100名の会社で100名全員の時短は実現不可能でも、仮に「過労死予備軍」となる社員を
特定でき、その危険性が高い10名だけに限って実労働時間数を短くし、その10名の時短による
業務の負担増を残りの90名でフォローするのであれば、生産性の観点からも実現は不可能では
ない。
既に実際にこの取組みに成功している企業はある。
また、多くの企業が実施している上限時間数を超過した社員に産業医との面談を義務付けるという
施策は、偽りのない実労働時間を把握していれば効果が大きいが、そうでない場合は御承知の通り、
まったく機能しない。(そもそも残業を申請してこない)
もちろん、前述で提案した施策でさえ導入には営業部門を筆頭に抵抗があるだろう。
しかし、今現在、労働時間が短縮できていない企業が、生産性を低下させずに
「過労死リスクを軽減」する現実的方法は、これ以外にはない。
ご承知の通り、過労死を発生させてしまった企業が被る長期的な損失は計り知れない。
特に優秀な人材確保については致命的である。
先日発表の
〈2012年度新入社員「会社や社会に対する意識調査」日本能率協会〉
今後、日本が進むべき道についての考えを二者択一で聞いた設問では、
「経済的豊かさを求める」(35.0%)よりも
「心の豊かさを求める」(63.9%)が大きく上回った。
としている。
この回答によりわかる従業員の価値観の変化からも、
過労死問題の発生は、今まで以上に企業価値を大幅に下げるリスクになっている。
また、昨年11月に大阪地裁は労働局に過労死認定を受けた「企業名の公表」
を命じる判決をした事は、御存じの方も多いであろう。
今後益々過労死発生による企業リスクが高まることは、疑いの余地が無い。
労働時間の短縮は、
● 企業にとって人件費(残業代)や今月の売り上げなどの現実的な問題
● そもそも「報酬とは何か」という「成果」に対する社員の執着心に関わる
重大なテーマが絡む難しい問題である。(※)
(※)残業手当により下位の職位のものが、上席者の報酬を上回ることは、望ましい事ではない。
また、能力が低いがゆえに作業時間が長く、残業手当が増え、能力が高い者より低い者が
高い報酬を得ることも望ましい事ではない。
しかし、だから「過労死リスク対策」にも手が出せない。というジレンマからそろそろ脱出しなければ、
優秀な人材の確保や社員のモチベーションの低下の面から他社との競争優位性の確保を「運」に
ゆだねている状態であることを認識する必要があるだろう。
今こそ、理想的な施策(ノー残業デー・ワークライフバランス教育)の提案よりも
「現実的な一歩」が重要ではないだろうか。
リーダーも会社も経営陣も、決して過労死する社員を出したいわけではない。
出来れば長時間労働は短くしていきたい と誰もが思っている。
しかし、組織となるとそれは積極的には口に出せない。
この障壁だけが理由で、一緒に働く仲間が死んでしまったり、障害が残るような
重篤な状態となったり、その影響により生産性や企業価値が低下するのは、
皆やるせない想いのはずだ。
今回提案した過労死予備軍の徹底管理は、あくまでも全社員の労働時間短縮
の達成までの間に行うべき施策であるが、全社員の長時間労働短縮には、
あと何年もかかる。あるいは、短くなるとは思えないと感じているのであれば、
第一歩としては大変現実的な施策である。
また、この施策は、二次的な効果も大きい。
① 過労死予備軍とされた従業員のいるチームの強いチームワークの醸成になる。
(一人の従業員を皆でフォローする「利他的行動」は、コミュニケーションや
チームワークの研修などでは到底得られない真のチームワークの形成を実現する。)
② 時短を命じられる従業員が出れば、そのチームのリーダーには仕事の分担を
組み替える必要が生じることから、日頃から部下の健康への関心が高まる。
③ 自然と健康の話題が多くなり、従業員同士、または上司部下のコミュニケーション
が盛んになる。
④ 健康でない人の労働時間を会社全体で短くするこの取組みは、「時短」に対する
とても良い社内啓蒙になる。
上記のとおり、この施策には、以下の5つの効果がある。
●生産性を極力落とさない。
●過労死の発生確率を格段に低下させる。
●長時間労働の是正についての社内啓蒙となる。
●強いチームワークの形成に効果がある。
●上司部下のコミュニケーションが活発化する。
労働時間を短縮できないのは、なにも人事部の力が弱いからではない。
一度でも人事部に所属し、この問題に取り組んだ経験があれば、この問題がとても
人事部だけで解決しきれない難しい問題であることが分かるはずだ。
だからと言って過労死事故を発生させてしまえば、多大な損失やネガティブな
空気を社内にもたらすことは、避けられない。
一度過労死事故を発生させてしまった後で、会社がどんなに労働時間短縮に
取り組んでも社会に再び評価されるには長い時間を要する。
ネット上には、その会社のネガティブな情報が永く残るだろう。
今まで重大な過労死事故が発生していないのは、「運」が良かった
と思うべきかどうかは人事部が良く分かっているはずだ。
企業によって事情は違う。どの企業も自社のペースで時短を達成したい と考えているはずだ。
過労死事故を出さない事は、自社のペースで時短を行う条件でもある。
だからこそ、重大な過重労働事故が発生する前に、理想論では無く、
現実的で有効的な一策を投じる事が、今の人事部の本当の使命ではないだろうか。
この問題に悩み続けている人事部と成長を続けなければならない日本企業と
働くすべての人々とその家族のためにこの一策を真摯に提案したい。
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労働問題を企業人事で活かすことのできる日本でも数少ない労務人事の専門家。
従業員30,000人規模の企業の人事部長を務めた人事のプロ。
1,000件を超える労働問題・訴訟・外部労働組合との団体交渉、100件を超える労働基準行政対応などを責任者として直接対応し、企業負担を最小限に抑え解決に導いた実績を持つ。
今溝 敏彦(イマミゾ トシヒコ) 株式会社Human&Society 代表取締役
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