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【後編】脳の警戒が解かれる仕組み | アイスブレイクの心理学

このコラムは、【前編】脳の警戒が解かれる仕組み | アイスブレイクの心理学の続きです。未読の方は、先に【前編】をご覧の上、本稿をお読みください。

 

「リラって誰だ?」が、空気を変えた瞬間

「昨日の夜ですね、地元でも有名だと聞いた……リラ、というお店に行きまして……」
言葉を口にした、その一瞬。
私は、自分の中に小さな違和感が立ち上がるのを感じました。
あれ?
今、なんて言った?

この“ほんの一拍のズレ”は、話している本人にだけ、はっきりと分かります。
周囲はまだ、意味を処理している途中。
けれど、話している側の脳は、すでに次の信号を受け取っている。
――違う。

この感覚は、長く人前で話していると、自然と身につきます。
言葉が、意図とズレた瞬間の、あの微妙な手触り。
私は、間を置きました。
ほんの一瞬、自分の言葉を、自分で聞き直すような沈黙。

そして、口をついて出たのが、あの一言でした。
「……リラ?リラって、誰だ?」
この瞬間、セミナールームの空気が、わずかに揺れました。
誰かが、こちらを見る。
誰かが、隣を見る。
そして、「ん?」という無言の問いが、場に浮かび上がる。

このとき、私は“講師”として、とても危うい場所に立っていました。
なぜなら、ここで空気を読み違えると、笑いは「不信」に変わるからです。
「え?どういう意味?」
「リラって、誰?」
そんな視線が集まる中で、言葉を誤れば、場は一気に硬直します。
けれど同時に、ここには大きなチャンスもありました。

人の脳は、予測が裏切られた瞬間に、強く反応します。
今まで、
・真面目な研修
・きちんとした講師
・研修の態度で評価される
・研修の成績で評価される
を予測していた参加者の脳に対して、「リラって誰だ?」という一言は、完全に想定外だったのです。

この予測エラーが起きたとき、脳は一斉に「意味探し」を始めます。
・冗談なのか
・本気なのか
・何かの仕掛けなのか
その探り合いの中で、私の次の反応が、空気の行方を決めることになります。

私は、取り繕いませんでした。
ごまかしもしませんでした。
むしろ、自分のズレを、そのまま差し出しました。
「いや……違いますね。りお、です。りお。……リラって、誰なんでしょうね」
この瞬間、どこかから、「クスッ」という小さな音が聞こえました。

笑いの最初は、とても小さく生まれます。
爆笑ではありません。
拍手もありません。
ただ、口元が緩む。
視線が下がる。
肩の力が抜ける。
この“微笑の連鎖”こそが、アイスブレイクの本質です。

科学的に見ると、笑いが生まれるとき、脳内では緊張を司る回路が一時的に抑制されます。
同時に、「この場は安全だ」という無意識の判断が、参加者の中で共有され始めます。
重要なのは、私が“間違えたこと”ではありません。
間違えた瞬間を、どう扱ったかここに、すべてがあります。

もし私が、「失礼しました」とだけ言って、すぐに話を戻していたら。
もし私が、言い間違いをなかったことにしていたら。
この空気は、生まれませんでした。

人は、完璧な人に、心を開きません。
むしろ、自分のズレに気づき、それをその場で扱える人に、安心を覚えます。
これは、心理学でいう自己開示の効果です。
しかもここでは、深刻な自己開示ではありません。
弱さを語るわけでもありません。
ただ、「今、ちょっとズレました」という事実を、笑いに変換しただけです。

その軽さが、場にとっては、ちょうどよかった。
セミナールームの中にあった、「先生と受講者」という見えない壁。
それは、この一言で、ほんの少し、低くなりました。
完全に壊れたわけではありません。
けれど、越えられる高さになった。

それだけで、その後の対話は、驚くほどスムーズになります。
私はこの瞬間、意図的に空気を操ったわけではありません。
あとから振り返れば、結果として“戦略的なアイスブレイク”になっていただけです。
(実際のところは、本当に、言い間違えただけなのですが・・・・・・。)

けれど、だからこそ。
人間らしさは、計算よりも、ずっと強く、場に伝わります。
この瞬間をきっかけに、セミナールームの中で何が変わっていったのか。
「先生と生徒」という関係性が、どうやってほどけ、“一緒に考える場”へと変わっていったのか。
その変化を、もう少し構造的に見ていきたいと思います。
立場が変わるのではなく、関係が変わる瞬間について、掘り下げていきます。

 

「先生」と「生徒」の関係がほどけるとき

「リラって誰だ?」
あの一言のあと、セミナールームの空気は、確実に変わりました。
劇的な変化ではありません。
誰かが立ち上がるわけでも、大きな笑い声が続くわけでもない。

けれど、
人の姿勢が、ほんの少し変わった。
視線の角度が、ほんの少し柔らいだ。
ノートを取る手が、ほんの少し早くなった。
こうした“微差”の積み重ねこそが、場の質を決めていきます。

研修やセミナーの場では、意図せずして「権威勾配」と呼ばれる構造が生まれます。
前に立つ人。
話す人。
評価される側と、評価する側。
この構造自体が悪いわけではありません。
秩序を保つためには、必要な場合もあります。

しかし、
「学ぶ」
「考える」
「試す」
というプロセスにおいては、この勾配が強すぎると、人は口を閉ざします。

正解を探し始め、失敗を避け、「当てにいく発言」しかしなくなる。
結果として、場は静かでも、思考は止まっている、という状態が生まれます。
この現象は、医療や航空機運航などに携わるチームで発生する構造で、ヒューマンエラーの原因ともされています。

私はこれまで、数え切れないほどの研修現場を見てきました。
うまくいく場と、うまくいかない場。
その違いは、内容でも、資料でもなく、関係性にあります。
あの「言い間違い」と「自己ツッコミ」は、この関係性に、小さな“ひび”を入れました。

もちろん、「講師である私」という立場は変わりません。
知識量も、経験も、役割も、そのままです。
けれど、完璧であろうとする存在から、一緒に場をつくる存在へと、立ち位置が、わずかに移動した。
この「わずか」が、とても大きい。

心理学では、これを【心理的安全性】の形成と呼びます。
「間違えても大丈夫」
「分からないと言ってもいい」
「変なことを言っても、否定されない」
こうした無言の了解は、言葉で説明されるよりも、体験として示されたとき一気に浸透します。

私が、自分の言い間違いを隠さず、その場で扱ったこと。
それ自体が、「この場では、ズレてもいい」というメッセージになっていました。

きっと受講者の中で、こんな無意識の変化が起きていたはずです。

「この人、完璧じゃないんだ」
「でも、ちゃんと前に進めている」
「だったら、自分も話してみようか」
人は、評価されないと分かった瞬間、思考を再開します。
そして、思考が再開した場には、必ず“問い”が生まれます。
ここには、学んで習うという動機がたかまります。

実際、その後の研修では、最初の問いかけに対する反応が、明らかに違っていました。
うなずきだけで終わらない。
目線が合う。
間が、自然に生まれる。
この「間」は、考えている証拠です。

私は、ここであえて、説明を急ぎませんでした。
沈黙を、埋めない。
沈黙は、怖いものではありません。
むしろ、場が安全になった証拠です。
権威勾配が強い場では、沈黙は「答えが分からない」「間違えたくない」という不安から生まれます。
けれど、【心理的安全性】がある場では、沈黙は「考えている」「整理している」という健全なプロセスになります。

この違いは、外から見ると分かりにくい。
しかし、中にいる人間には、はっきりと分かります。
私はその場で、確信しました。

「ああ、今日は大丈夫だな」
内容がどうこうではない。
進行がどうこうでもない。
この場は、もう“一緒に進める場”になっている。
そして、この変化は、決して大げさな演出や、巧妙なテクニックによって生まれたものではありません。

たった一つの、人間的なズレ。
それを、隠さず、否定せず、笑いに変えただけ。
それだけで、「先生」と「生徒」という固定された関係は、少しずつ溶け始めます。

ここまで見てきた出来事を、あらためて振り返りながら、なぜ「戦略的にやったように見えること」が、実は「人間性からにじみ出たもの」だったのか。
そして、それがなぜ研修という場で再現性を持ち得るのか。
最後に、その核心をまとめていきたいと思います。
計算では残らないものについて、静かに言葉を重ねていきます。

 

テクニックは、計算ではなく「人間性」から立ち上がる

ここまで読んでくださった方の中には、こう思っている方もいるかもしれません。
「なるほど、うまいやり方だ」
「計算されたアイスブレイクですね」
「場づくりのテクニックだな」

たしかに、後から振り返れば、今回の一連の流れは“戦略的”に見えるかもしれません。
言い間違い。
自己ツッコミ。
笑い。
心理的安全性。
関係性の変化。

教科書的に整理すれば、それらはすべて「使える技術」に分類できます。
けれど、ここで一つだけ、とても大事なことがあります。

私はあの瞬間、テクニックを使おうとしていませんでした。
本当に、ただ言い間違えただけです。
そして、そのズレに気づいた自分を、そのまま場に出しただけ。
ここに、私の研修の“核”があります。

テクニックとは、単体で使うものではありません。
ましてや、人を操作するためのものでもありません。
テクニックは、人間性や取り組む姿勢上にしか、正しく乗らない。
どれだけ高度な話法を学んでも、どれだけ心理学を理解していても、その奥にある「姿勢」が伴っていなければ、人の心は動きません。
むしろ、見透かされます。

セミナーや研修で、どんなにテクニックを学んでも、それを習い「どのシーンでも適用できるようにする」よう、日頃からの“習い・実践・試行錯誤”が必要です。
これは、まるで日々小さな経験を積み、その筋肉を強化するようなものです。
筋肉は、一回トレーニングで強化されないのと同じです。

研修の場にいる人たちは、想像以上に敏感です。
・この人は、安全か
・この人は、評価する側か
・この人は、こちらを人として見ているか
無意識のうちに、そうした問いを投げ続けています。

だから私は、完璧な講師であろうとしません。
間違えるときは、間違える。
噛むときは、噛む。
ズレたら、ズレたと言う。
その代わり、ズレたあとの扱い方だけは、決して雑にしない。

ここに、再現性のある技術が生まれます。
「間違えてもいい」ではありません。
「間違えたあと、どうするか」この視点を持つだけで、場の設計は、まったく変わります。

【心理的安全性】は、優しい言葉で作られるものではありません。
体験によってしか、成立しません。
自分自身が、その安全性の“最初のサンプル”になる。
それが、私のやり方です。

もしあなたが、
・研修や会議で、空気が重くなる
・問いかけても、反応が薄い
・参加者が「正解探し」から抜けられない
・場が静かなのに、手応えがない
そんな経験をしているとしたら、問題は「内容」ではありません。

スライドでも、資料でも、話し方でもない。
関係性の設計です。
そしてそれは、特別な才能がなくても、今日から磨けます。

なぜなら、必要なのは「上手に話すこと」ではなく、「人として立つこと」だからです。
私のセミナーでは、この考え方を、理論だけで終わらせません。
実際の場で、体感してもらいます。
・なぜ、その一言で空気が変わるのか
・なぜ、沈黙が怖くなくなるのか
・なぜ、人が話し始めるのか
その場で、自分の感覚で、確認してもらいます。

そして、多くの方が、こう言います。
「テクニックだと思って来たけれど、人の話だったんですね」と。

そうです。
これは、人の話です。
人が、人の前に立つときの話。
人が、人と向き合うときの話。
だからこそ、一度身につくと、研修だけでなく、会議でも、面談でも、日常のコミュニケーションでも、効き続けます。

もしあなたが、
「場を変えたい」
「人の反応を引き出したい」
「話す側として、もう一段深くなりたい」
そう感じているなら、一度、実際の場で体験してみてください。

言い間違い一つが、笑いに変わり、関係を変え、学びを動かす。
その瞬間を、頭ではなく、身体で知ることができます。

テクニックは、あとから、いくらでも整理できます。
けれど、人間性から立ち上がる技術は、試行錯誤を体験しなければ、分かりません。
今回のコラムが、その入口になれば、これ以上うれしいことはありません。

さて、次に笑うのは、読む側ではなく、同じ場にいるあなたかもしれません。
そのとき、どんな一言が、あなたの口から出るのか。
それを、一緒に確かめる日を、私は楽しみにしています。

このコラムを書いたプロフェッショナル

坂田 和則

坂田 和則
マネジメントコンサルティング2部 部長 改善ファシリテーター・マスタートレーナー

問題/課題解決を現場目線から見つめ、クライアントが気付いている原因はもちろん、その背景にある奥深い原因やメンタルモデルも意識させ、問題/課題改善モチベーションを高めます。
その先の未来には、改善レジリエンスの高い人材が活躍します。

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その先の未来には、改善レジリエンスの高い人材が活躍します。

得意分野 モチベーション・組織活性化、リーダーシップ、コーチング・ファシリテーション、コミュニケーション、ロジカルシンキング・課題解決
対応エリア 全国
所在地 港区

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