【前編】人材育成は「設計」ではなく「考え続けるプロセス」
人材育成をしているのに、人が育っていないと感じる理由
人材育成に力を入れていない企業は、今ではほとんどありません。
階層別研修、次世代リーダー研修、管理職研修、OJT制度、評価制度との連動。
人事や教育部門の方とお話をすると、「やるべきことは一通りやっています」そう言われることが増えました。
確かに、制度も研修も整っています。
外から見れば、人材育成にしっかり取り組んでいる会社に見えるでしょう。
しかし・・・・
その一方で、こんな声も同時に聞こえてきます。
- 若手が指示を待つようになった
- 管理職が自分で判断しなくなった
- 問題が起きても、なかなか表に出てこない
- 改善活動が形だけになっている
研修はやっている。制度もある。それなのに、人が育っている実感が持てない。
では、なぜこのような違和感が生まれるのでしょうか。
少し、視点を変えて考えてみてください。
人材育成とは、本来、「人を思い通りに動かすための仕組み」ではないはずです。
ところが現実には、
- 管理しやすい人
- 失敗しない人
- 波風を立てない人
を育てる方向に、私たちは無意識のうちに引き寄せられていきます。
なぜなら、失敗はリスクに見え、立ち止まる時間はムダに見え、考えさせることは非効率に映るからです。
その結果、何が起きるか。
現場では、
「正解が分からないこと」は口にされなくなり、
「うまくいっていないこと」は報告されなくなり、
「本当は危ないと感じていること」は、心の奥にしまわれていきます。
問題は解決されているように見えます。
しかし実際には、問題そのものが見えなくなっているだけなのです。
最近では、「人的資本経営」という言葉を耳にする機会も増えました。人をコストではなく、資本として捉える。その考え方自体は、とても大切だと思います。
ところが、ここで一つ、静かな問いが浮かびます。
人的資本を「可視化」しようとした瞬間、私たちは何を見て、何を見落としているのだろうか。
スキルマップ、エンゲージメントスコア、研修受講時間。確かに、測れるものは増えました。しかし・・・・
失敗を語れるようになったこと。
仲間の話を最後まで聴けるようになったこと。
緊張しながらも、自分の言葉で語ろうとする姿。
こうした変化は、いったいどの指標に表れるのでしょうか。
数値化できる成長と、数値化できない成長。人的資本経営が進めば進むほど、この二つの間にある溝が、かえって見えにくくなってはいないでしょうか。
ここで、一つ問いを投げかけたいと思います。
人材育成とは、人に「正解を教えること」なのでしょうか。
それとも、人が自分で考え、失敗し、立ち直る力を育てることなのでしょうか。
この問いに、即答できる組織は多くありません。
なぜなら、人材育成の成果は、売上や生産性のように、短期間で数字として表れにくいからです。するとどうなるか。 分かりやすい成果が求められ、管理できる指標が重視され、いつの間にか、人を育てるはずの仕組みが、人を縛る仕組みに変わっていく。
多くの場合、それは善意から始まります。
失敗させたくない。早く一人前になってほしい。現場を混乱させたくない。
しかし、その善意が積み重なった先で、人は挑戦しなくなり、考えなくなり、やがて「判断を他人に預ける」ようになっていきます。
そんな中で、私はある企業の人材育成に、長く関わる機会を得ました。
最初から、明確な正解があったわけではありません。 むしろその企業は、「真の人材育成とは何なのか、正直よく分からない」というところからスタートしていました。
ISOを取得して、マネジメントシステムの運用も上手くいっている。審査での指摘も軽微な内容になってきた。でも、現場の解決すべき課題は無くならない。
そのとき私は、VUCAの時代に突入した現代では、次から次へと経験と知識だけでは解決できない課題が増える。どんなにマネジメントシステムが成熟しても、そのシステムを動かす人が育たなければ成果は得られないと話したことを覚えています。
だからこそ、その組織では、制度を整える前に、完成された研修体系をつくる前に、まず実践してみるという選択をしました。 やってみる。振り返る。うまくいかなければ、やり直す。
迷いは常にありました。「これで本当にいいのか」「人は育っているのか」その問いが消えたことは、一度もありません。
それでも、歩みは止まりませんでした。
教えるよりも、問いを投げる。
評価するよりも、話を聴く。
結論を急ぐよりも、考える時間を残す。
すると、少しずつ変化が現れ始めました。
「それって、本当に問題ですか?」
「なぜ、そうなっていると思いますか?」
「失敗しました。でも、次はこうしてみます」
こうした言葉が、現場や会議の中で、自然に交わされるようになっていったのです。
人材育成が”ズレる”瞬間
人材育成が“ズレる”瞬間があります。それは、人を育てようとするあまり、人が育つプロセスそのものを奪ってしまうときです。
- 失敗しないように先回りする
- 答えをすぐに教える
- 時間がないから、考える前に指示を出す
どれも間違いではありません。
しかし、それが積み重なると、人は自分の言葉を使わなくなります。
それでも、もし今、「うちの人材育成、もしかしたら少し的が外れているかもしれない」そんな感覚が、ほんの一瞬でもよぎったとしたら。それは、失敗のサインではありません。
むしろ、本当の人材育成に向き合い始めた証なのかもしれません。
では、人が育ったと感じられる瞬間とは、いったいどんな光景なのでしょうか。
制度でも、評価でもなく、数字でもなく、「人の姿」を通して、それを実感した場が、確かに存在しました。
人材育成の成果を「数字ではなく、人の姿」で実感した瞬間
その修了式は、特別な演出があったわけではありません。
派手な舞台装置もなく、ごく普通の会議室でした。
並んでいたのは、これまで約一年にわたり人材育成プログラムに参加してきた研修生たち。ただし、発表は一人ずつではありません。
彼らは、ともに学び、悩み、現場で試行錯誤してきたチームごとに前に立ち、グループプレゼンテーションを行いました。その光景を見たとき、私の頭には、どうしても重なって見える場面がありました。
それは、この研修の第一回目のことです。
開校式の日。
研修に向けた想いや自己紹介を、一人ひとりが言葉にしようとした、あの時間。
経営者を目の前にして、多くの研修生が、後でこう口にしました。
「頭が、真っ白になりました」
言葉が出てこない。
何を話したのか覚えていない。
とにかく、その場を終えることで精一杯だった。
- 評価される
- 見られている
- 失敗できない
その空気の中で、人は自分の言葉を失っていきます。
そして迎えた、修了式。
チームごとに前へ出た研修生たちは、成果だけでなく、現場での失敗や迷い、衝突、そして立て直しのプロセスを語りました。
誰かが言葉に詰まると、別の誰かが、自然に言葉を引き継ぐ。
資料をめくる手が震えている仲間を、横に立つ誰かが、視線やうなずきで支える。
そこには、「発表の役割分担」以上のものがありました。
この一年間を、一緒にやり切ってきたチームの関係性が、そのまま表れていたのです。
一見すると、彼らは落ち着いているように見えました。しかし、私は気づいていました。
誰かの声が少し上ずる瞬間。一瞬、間が空く場面。
そして、それを埋めるように、仲間がそっと言葉を足す姿。 緊張は、確かにありました。
経営層を前にすれば、当然です。
それでも彼らは、一人で抱え込むことなく、チームとして、その場に立ち続けていました。第一回目のときのように、緊張で固まってしまうのではなく、緊張を抱えたまま、支え合って語る。私はそこに、問題解決力とリーダーシップの“芽”を見ました。
さらに印象的だったのは、発表している側だけではありません。
経営層や管理職層が、腕を組んで評価するように聞くのではなく、身を乗り出し、うなずき、時に笑い、時に目頭を押さえながら、チームの話に耳を傾けていました。
発表するチームと、聴く側。その境界が、静かに溶けていくような時間でした。
そこにあったのは、「評価する側」と「評価される側」ではなく、同じ組織の一員として、経験を共有する人と人の関係でした。
人材育成の成果は、テストの点数や研修時間では測れません。
ましてや、個人のスキル評価だけで捉えられるものでもありません。
チームで失敗を共有できること。
誰かの弱さを、別の誰かが補えること。
問題を「個人の責任」にせず、「チームの課題」として扱えること
これらは、人的資本の指標には表れにくいかもしれません。しかし、組織が本当に問題解決力を持ち始めたサインとして、これほど分かりやすいものはないと、私は思います。
修了式が終わった後、私は改めて考えていました。
- なぜ、このチームプレゼンテーションは成立したのか。
- なぜ、失敗が語れたのか。
- なぜ、経営層は評価よりも「聴く」姿勢を選んだのか。
それは、偶然生まれた光景ではありませんでした。
そこには、人材育成の設計思想として、「あえてやらなかったこと」がありました。
この企業が、あえて「やらなかった」人材育成
~失敗を許し、促し、立ち直る時間を与えるという選択~
先に伝えした修了式の光景は、偶然生まれたものではありません。
あのチームごとのグループプレゼンテーション。
失敗を語り、仲間を語り、緊張を抱えたまま支え合って立ち続ける姿。
それは、プレゼンテーション技術の成果ではなく、人材育成の「設計思想」そのものが表に出た瞬間でした。
では、その企業は、人材育成において何をしていたのか。
実は、「やっていたこと」以上に、「あえて、やらなかったこと」のほうが重要でした。
多くの企業で人材育成というと、まず考えられるのは次のようなことです。
- 失敗しない進め方を教える
- 正解ルートを示す
- できるだけ早く成果を出させる
- つまずかないように先回りする
これらは一見、合理的で親切なやり方に見えます。
特に、来年度の人材育成計画を考える立場にある人ほど、「失敗を減らす設計」をしたくなるのは自然なことです。しかし、この企業は違いました。
彼らが選んだのは、失敗を前提にした人材育成でした。この企業の人材育成には、はっきりとした共通認識がありました。
- 失敗を許す
- 失敗を促す
- 立ち直るチャンスを与える
- 立ち直る時間に余裕を与える
言葉にすれば、簡単です。しかし、実際にやるとなると、これは相当な覚悟がいります。
なぜなら、失敗を許すということは、一時的に成果が出ないことを受け入れるということだからです。失敗を促すということは、リスクをゼロにしないという選択だからです。立ち直る時間を与えるということは、「すぐに結果を出せ」というプレッシャーを、一度手放すということでもあります。
ここで、よく聞かれる反論があります。
「それでは甘やかしになるのではないか?」
「競争力が落ちるのではないか?」
確かに、失敗を放置すれば、成長は止まります。しかし、この企業がやっていたのは、失敗を放置することではありません。失敗を“扱う”ことでした。
- なぜうまくいかなかったのか?
- どこに判断のズレがあったのか?
- 次にどう試すのか?
- チームとして何を学んだのか?
失敗は、責める対象でも、隠す対象でもなく、学習の材料として扱われていました。
この姿勢が、先ほどお伝えした「チームで語るプレゼンテーション」につながっています。
- 個人で失敗を背負わせない
- 成功も失敗も、チームの経験として共有する
- 誰かが転んだら、誰かが支える
だからこそ、グループプレゼンの場で、失敗談が自然に語られ、仲間の名前が次々と出てきたのです。 ここで重要なのは、この企業が「失敗を評価対象」にしなかった点です。
多くの組織では、失敗をした瞬間に、評価が下がる。
あるいは、次のチャンスが与えられなくなる。
それを恐れて、人は無難な選択しかしなくなります。
この企業は、その構造を、意図的に外しました。
評価の軸を、「結果」だけに置かなかったのです。
- どんな仮説を立てたのか?
- どう考えたのか?
- チームでどう対話したのか?
- 次にどうつなげたのか?
こうしたプロセスが、丁寧に扱われていました。
結果として何が起きたか。問題は、隠されなくなりました。
- 「これは、うまくいっていません」
- 「ここに違和感があります」
- 「失敗しましたが、次はこう考えています」
こうした言葉が、現場で普通に出てくるようになりました。
これは、問題解決力が育ち始めたサインです。
問題解決力とは、頭の良さや、分析スキルの高さだけではありません。
問題を、問題として出せることです。それを、一人で抱え込まないことです。
そして、立ち直るプロセスを、チームで共有できることです。
この企業は、人材育成を通じて、その土台をつくっていました。
ここまで読んで、こう感じている方もいるかもしれません。
「理想論ではないか」「うちの会社では、そこまで余裕がない」
その感覚は、とても現実的です。だからこそ、次に向き合うべき問いがあります。
この企業は、なぜそのような人材育成ができたのか。
どんな考え方で、どんな順序で、人材育成を設計していったのか。
それを理解しないまま、「失敗を許そう」と言葉だけ真似しても、同じ結果は生まれません。
人材育成とは、制度を整えることではありません。研修メニューを増やすことでもありません。人が転び、立ち上がるプロセスを、組織としてどう扱うかを決めることです。
では、この企業は、どんな順序で、人材育成を組み立てていったのでしょうか。
その答えは・・・・
続きは【後編】へ
このコラムを書いたプロフェッショナル
坂田 和則
マネジメントコンサルティング2部 部長 改善ファシリテーター・マスタートレーナー
問題/課題解決を現場目線から見つめ、クライアントが気付いている原因はもちろん、その背景にある奥深い原因やメンタルモデルも意識させ、問題/課題改善モチベーションを高めます。
その先の未来には、改善レジリエンスの高い人材が活躍します。
坂田 和則
マネジメントコンサルティング2部 部長 改善ファシリテーター・マスタートレーナー
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その先の未来には、改善レジリエンスの高い人材が活躍します。
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| 得意分野 | モチベーション・組織活性化、リーダーシップ、コーチング・ファシリテーション、コミュニケーション、ロジカルシンキング・課題解決 |
|---|---|
| 対応エリア | 全国 |
| 所在地 | 港区 |
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