5.「古くて新しい問題」をどう扱うのか考える
<5>「古くて新しい問題」をどう扱うのか考える
今,「タレントマネジメントシステム」を語るとき,「グローバル化」をどう扱うのかについて避けて通ることは難しくなっています。ただ,今回は,その点にあまりに引きずられてしまうことで,大きな落とし穴に陥る危険性があることについて,考えてみたいと思います。
◆あるグローバル企業の人事担当者の苦悩
伝統ある日本企業であり,急速にグローバル化を進めている会社の人事部での話です。日本国内市場が縮小していくことが明らかとなっているなか,海外売上比率を上げていくために,海外現地法人を強化することが経営層の最大関心事の一つとなっていました。そこで,「人材マネジメントのグローバル化」が人事のミッションとして降りてきたといいます。
ときを同じくして,人事情報システムの入れ替えの時期に来ていました。その選考では,グローバル企業のためのシステムを選ぶこと,すなわち海外のグローバル企業が使って実績を出しているシステムを使うように,トップダウンで決定が下されたそうです。
私がその企業の人事の方と話をしたのは,システム導入が終わって少し経ったときのことです。その方は国内人事の企画を担当していたのですが,新しいシステムになってから,国内の人材データの質が大幅に低下し,マネジメントのための情報を取得するのに大変な苦労をしていました。しかも,データの移行がうまくいかず,過去のデータに至っては取り出すのが困難になっているとのこと。
グローバル化を目指すといっても,海外売上比率はまだ半分に満たず,従業員数の8 割以上は国内にいる日本人という状態。それに対して「グローバル共通」という概念だけが先行してしまい,現在の足元が見えなくなってしまったことに,非常に大きな危機感を持っていました。
海外のグローバル企業が使っているシステムを日本企業は使えない,と言っているわけではありません。ただ,目指すべき姿を持ちつつも,そこに至るまでの間の現実的なマネジメントをどうするのかを地に足をつけて考えないと,上記のような悲劇が起こりうる,ということを頭に入れておく必要があるでしょう。
◆「タレントマネジメントシステム」ブーム以前からあった課題
給与・勤怠システムを持たない「人材マネジメントシステム」を営業・マーケティングしていくなかで,お客様の対応が「門前払い」から「注目」へと,大きく風向きが変わったのは,2009年の初め頃でした。リーマンショック後,正社員を潤沢に採用することに慎重にならざるをえないなか,今いる人材を活用していかに生産性を上げられるかについて,真剣に考える企業が急激に増えたからです。
その後,2011年頃から「タレントマネジメント」「タレントマネジメントシステム」という考え方が海外から入ってきて,日本企業でも注目されるようになります。その頃には「日本企業のグローバル化は待ったなし」という風潮が強くなってきましたから,「グローバル化のためのタレントマネジメント」といった文脈で捉えられることも一般的になって,今に至ります。
ここでのポイントは,「タレントマネジメント」という言葉が一般的になる前からすでに,多くの日本企業が「人材マネジメント」を事実ベースに行う必要があるのではないか,そのためには何らかのシステム導入が必要なのではないか,と感じる状況に置かれていた,ということです。そしてその状況は,決して好転しているわけではありません。
私自身,2010 ~ 2011年にかけて,複数のメディアで記事を書いていました。そのなかで,経営層が知りたいと思っていることについて挙げてみたことがあります。
● 会社が今後の戦略を実行していくために,必要な人材が揃っているのか?
● 社員一人ひとりが,持てる力を十分に発揮できているか?
● 辞めさせてはいけない人が,知らないうちに辞めていないか?
● 社員それぞれに,必要な教育が提供されているか?
● 自社で活躍する人材のプロファイリングがなく「一般的に見て優秀な人」ばかりを採用していないか?
● 人事考課項目は妥当であるか?
● 目標管理制度は,本当に全社の目標達成のためのマネジメント・プロセスとして機能しているか?
● 報酬分配のルールは,本当に社員のモチベーションの向上に寄与しているのか?
● その異動・配置は成功だったのか?
● 現場のマネジメントは健全に行われているか?
◆「古くて新しい問題」が消えてしまったわけではない
これらの質問に,どれだけ事実をベースに答えることができるでしょうか? はっきりとした答えがないまでも,これらを検証するためのデータが取り出せるような状況が整っているでしょうか? 実はこれらについて,日本国内の社員に限ったとしても,「自信があります」と言い切れる企業は,まだまだ少ないと思っています。
では,不十分であった国内日本人社員の管理・マネジメントと,手探りで始める海外現地法人の社員の管理・マネジメントを,一度に統一した形で取り組んで,十分な成果を上げることができるのか,冷静に考える必要があります。
冒頭の例は,「古くて新しい問題」の解決をシステムとしてどう対応するのかという議論を置き去りにしたまま,全く新しい問題だけを中心に置いてシステムを選定・構築してしまったことが原因だったといえるでしょう。
多くの企業にとって,日々発生し続ける人件費は,大きなコストであり,同時に重要な投資でもあります。こうした「古くて新しい問題」に対するコミットメントが不十分なままに,何か新しいことをしようとしても,どちらつかずの中途半端な状態になってしまう危険性があることに自覚的である必要があります。
◆グローバル企業A社が最初に取り組んだこと
A社は,海外売上比率が7 割を超す企業です。ここ数年で海外比率が急激に伸びたのですが,このトレンドを堅固なものにするために,海外現地法人のマネジメントの強化を図っています。
A社が初めに行ったことは,現地法人が持っている人材データを,とにかく定期的に入手すること。そして,まずは本社で全体をタイムリーに把握できるベースを整えることに集中しました。そこでは,国内社員を管理・分析・マネジメントしている現行の人材マネジメントシステムを最大限に活用。管理している項目も無理に日本国内での管理に合わせることなく,緩やかな統合でよしとする一方,大まかでも全体を把握できる状態を一刻も早く作り上げることを目指しました。その結果,100%完全ではないにしても,現地法人の様子が事実ベースで見えてきたといいます。同時に,国内での人材マネジメントでも成果を出し始めることができました。
A社ではここから,何からどのような順番で手をつけていくのか,優先順位を付けて取り組んでいくといいます。もしかすると,そのなかに,海外のグローバル企業が活用しているようなシステムの導入も検討の俎上に上がるかもしれません。しかし,まずは足元(国内・短期)の問題から目をそらさないこと,中長期の新しい課題に対して大きく間違った方向に舵を切らないために最大限の努力をすることから取り組んだ,ということです。
A社の例が,すべての企業に当てはまるわけではないかもしれません。しかし,その考え方については参考にする価値があるのではないでしょうか。
(このコラムは、「月刊 人事マネジメント 11月号」に掲載された、「失敗例に学ぶ タレントマネジメントシステム」の内容を転載したものです。)
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大島 由起子(オオシマ ユキコ) インフォテクノスコンサルティング株式会社 セールス・マーケティング事業部長
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