元キーエンス海外事業部部長が語る「海外事業拡大の鍵」
INSIGHT ACADEMY 講師インタビュー 藤田 孝氏
〔藤田 孝〕ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
キーエンスに国内営業の中途採用として入社。その後、アメリカ市場、ヨーロッパ市場開拓の担当を歴任。帰国後、海外事業部長として海外事業をゼロから立ち上げ、世界18か国に現地法人を設立し160を超える海外拠点の展開を指揮。また、100名を超える駐在員を選抜・育成指導した実績を持つ。現在はその経験を元に、各企業の社外取締役・顧問の立場で、経営全般、組織運営強化、海外進出など、多様な企業支援を行っている。
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アメリカからヨーロッパ、そして全世界にキーエンスの販売ネットワークを構築
―― まずはじめに、藤田さんのこれまでのキャリアについて教えていただけますか?
大学卒業後は海外の仕事をしたいと思い、商社希望で就職活動をしていました。
しかし、オイルショックの直後で就職難。結局商社はかなわず、アパレル企業に入社。その後、英語のセミナーや教材を販売する語学関係の会社を経て転職した先がキーエンスでした。
入社したのは1982年。その頃はリード電機という名前で、売上はまだ16億円ぐらいでした。その時に「海外の仕事をやりたい」と伝えたのですが、海外拠点ゼロの小さな会社だったので、正直どうなるかわかりませんでした。
3年営業を続けている中で、「アメリカに進出する」との話が持ち上がり、そこに手を挙げ、1985年にアメリカの現地法人をロサンゼルス郊外に立ち上げました。
その後、ヨーロッパにも行き、97年に日本に帰国。そこから全世界にキーエンスの販売ネットワークを作って欲しい、海外の売上を全社売上の5割を目指して頑張って欲しいと言われ、海外事業部長になりました。
60歳になる2015年まで海外の仕事をずっとやっていましたが、その間、海外の売上は1600億円へと伸びました。私が退任する時に、ちょうど海外の売上が全社売上の5割になり、ミッション完遂ということで60歳を節目に卒業しました。
2016年以降は、海外と日本でセールス&マーケティングを軸に会社経営全般の知見と経験を活かして企業の海外進出や組織営業の構築の支援をしています。支援した企業は60社を超えました。
―― 現在インサイトアカデミーで講師としてご活躍されていますが、インサイトアカデミーに参加されようと思ったのには、どのような思いがあるのでしょうか?
先程も触れましたが、これまでの知見を活かして人や企業を支援できたらという思いがあります。
私がアメリカへ行った頃は、ちょうど日本企業が海外へ出ていくステージだったんですね。その頃は日系企業が結構バッシングを受けていて――― 貿易ばかりして、国の地場の産業を食いつぶすということで“エコノミックアニマル”と言われていたんです。
だから、現地でモノ作りをして、現地の企業として市場に行かないと、なかなか理解を得られませんでした。
現地へ行ってからも、言葉や文化の壁や、商習慣や考え方の違い、時には差別的な扱いもあり、苦労もかなり多くありましたが、その分得難い経験もしました。その一方で、日本にいた頃には考えられなかった世界的な企業と取引できるチャンスがあったことは大きな喜びでした。
そうした海外での経験を伝えて、お役に立てればと思ったのが動機です。
―― インサイトアカデミーではどのような講座を担当されていますか?また、それをどのような視点で見ていただきたいですか?
「海外事業成功のコツ」と「高収益創出型営業組織」の2本の講座を担当しています。
両講座とも、自分が体験して成功したこと、あるいはうまくいかなかったことを中心に伝えています。そこに理論的な話を重ねていくという形でまとめています。
まず「海外事業成功のコツ」では、それぞれの市場の中で、どう考え、どう対応すれば良いのかを見ていただきたいです。
私はアメリカ、ヨーロッパ、中国、東アジア、ASEANと回って開拓してきましたが、ヨーロッパは成熟している社会なので、アメリカとは市場性が違いました。
中国はスピード感を持って対応する必要があり、アジアはビジネスの倫理観が未成熟でビジネス感覚が先進国とは違う為、会社運営のリスク管理のありかたが違いました。
こうした違う市場の中で、どういったことを考え、初期の立ち上げには何が大事かというところを見ていただければと思います。また、仕組化の構築に関する考え方や、異文化で考え方の違う人をどうやって同じような価値観を持った人たちに育てていくのか、という点も見ていただきたいです。
「高収益創出型営業組織」では、営業に特化した話をしています。
キーエンスの営業はすごいとよく言われますが、高収益に結びつくことを愚直にやっているだけなんですね。この講座は、お客さんに役に立ち続ける営業になるためにはどういったことが必要か、という視点で見ていただけたらと思います。
最後の一線を、踏みとどまって戦えるかどうか、それが大切
―― ご担当講座の「海外事業成功のコツ」の中で「駐在員に求められる9つの素質」について触れられていると思うのですが、特に必要だと思われる素質はどれでしょうか?
9つの素質の中で「洞察力」を挙げているのですが、まずはその前段階となる「観察力」が大事だと思います。
私はプライベート含め、35か国ほど行きましたが、いろいろな出来事に遭遇しました。そういう時に大事なのは、起こっている現象を1回受け止めて「観察する」ことです。
人であれば、人間そのものを見る。それが大事なのではないでしょうか。この人はなぜそういうことを言っているのか、なぜそういう風に振る舞うのかなどを自分なりに一旦受け止めて、わからなかったら対話をすることが必要だと思います。
これは私の失敗談なんですが、イギリスの現地法人を立ち上げた時に、アメリカのやり方がベースにあったので“イケイケ”でやっていたんです。
そしたらイギリス人から猛反発されまして。営業マンを10人ぐらい雇っていましたが、1人を除いて全員辞めてしまいました。
ヨーロッパへ行って本当に色々学びましたよ。ドイツ人、フランス人、イタリア人…みんな違うんです。
その時に、まずは歴史や文化を知りながら、関係を作っていくことが大事なんだと思いました。
必要な素質をもう1つ加えるとすれば、「逃げない」ということです。海外へ行くと頼るものがなくて、何かあると少し妥協してしまうことがあります。
例えば「アメリカ人はこう言っているから、しょうがないな」という風に。だから「譲れるところと譲れないところ」をしっかり持った上で、逃げたらダメなところを、最後の一線を、踏みとどまって戦えるかどうか。ここが大事かなと思います。
ここでいう「譲れるところ」というのは、会社にとってその人の言っていることが利益になるのか、ならないのかという判断です。その人が言っていることを許したらどういった影響が会社に出るのか。そういったことをしっかりと考えて、相対することが大事だと思います。
―― 冒頭、キャリアのお話しの中で「海外拠点ゼロの状態から、30年で海外の売上を1600億円へ、海外事業のシェアを全社売上の50%へ引き上げた」とおしゃっていましたが、そのプロセスの中で最も大切にされたリソースと、その理由についても教えていただけますか?
「ヒト」「モノ」「カネ」「情報」は経営資源で大事だとよく言われますが、それらをベースに私が大切にしたのは特に「人」そして「時間」「仕組み」です。
まず「ヒト」で一番重要なのが、「人が育つ環境」を整えられるかどうかです。ここが一番苦労した点ですね。
私が携わったのは販売なので、特に販売する人が大事なんですが。人は良くも悪くも環境によって変わる動物なので、どれだけきちんと成果に結びつく仕事をする環境が整えられるか、あるいはキーエンスの企業文化を現地で作る中で、いかに人を育成できるかという点が極めて重要でした。
キーエンスの考え方に沿ってマネジメントをしたり、仕事をしてくれる人が増えると、現地の人も変わっていくんですよね。よく言っていたのは「オセロゲームと一緒だ」と。
四隅を現地人のしっかりとしたマネジャーで揃えると、黒ばかりの画面が一気に白に変わります。そういった人を育てるのが大事だと伝えていました。
2つ目の「時間」ですが、時間は有限なので、時間の使い方によって生産性が決まります。
時間に対してどれだけのアウトプットが出せるかというのが勝負なんですね。時間当たりの生産性を見ることが大事なので、それをしっかりと運営の中に入れていました。
3つ目の「仕組み」ですが、継続して成長し続けることができるかどうかは、きちんとした理念と、それを実現する時に最適だと思う仕組みが整っているかどうかです。
その仕組み作りがプラットフォームの中で非常に重要な要素だと思います。
キーエンスは2008年から海外の売上が急激に上がりましたが、その要因の一つは、売上の結果だけではなく、営業のどのような動きが成果に結びついているか、営業施策が営業の動きとなって機能しているか、現地運営が効率的に進められているかなどをきちんと把握し、日本にいても各国での動きが手に取るように「見える化」する仕組みを入れたからなんです。そうしたことをしっかりやることが、日本本社の海外に対する理解と関与を深め、グローバル展開を推進する上で大事だと思います。
「グローバルな人材」とは「どの国に行っても結果が出せる」ということ
―― インサイトアカデミーではグローバル人材の育成要件(※)として6つ挙げていますが、藤田さんがキーエンスで海外事業を拡大することができたのは、どのようなスキルがあったからだと思いますか? また、特にどのようなスキルがあれば、海外で活躍できる人材になると思いますか?
「異文化マネジメント力」を持っていることが一番大きかったと思います。
国内と海外で働くことの一番大きな違いは、異文化の人に接しながら仕事をすることです。
「グローバル思考力」は定義が難しいのですが、グローバルでモノを考えるというのは、要は「どの国に行っても結果が出せる」ということだと思います。
海外で活躍できる人材になるには、「グローバル思考力」をベースとして「異文化マネジメント力」があるかどうかが非常に重要になってきます。
その基本要件として、①日本にいる時にちゃんと仕事ができる人、②人として周りの人からちゃんとリスペクトされる人、であることがものすごく重要だと思います。
仕事ができるというのは、文字通り仕事で結果が出せるという意味ですが、自分一人ではなく、チーム力で結果を出せることが大事です。人としてリスペクトされる人というのは、社内で仕事をしていて、周りの人から“人として”きちんと評価されている人かどうか、です。
もっと言えば、会社の考え方や文化を体現でき、仕事で結果を出せるような人材であることが大切です。
上記の基本要件を満たすことは日本でもできると思います。
例えば、日本にいる間は海外の人と接触する機会を持つとか。
しかし、そこから先は、海外へ行かないとわからないと思います。すでに海外進出している企業であれば、現地へ行って経験することが大切です。
座学で学んだことを現地で実践した後は、海外経験のある人たちにフィードバックしてもらうと良いのではないでしょうか。そういうメンターのような形で寄り添って聞いてくれるような人は、インサイトアカデミーにもたくさんいますよね。そうしたものを活用されると良いと思います。
―― 最後に、このインタビューをご覧になっている方に一言お願いします。
最近、海外赴任へ行きたくない人が多くなっているという話を聞きますが、これは非常にもったいないですね。
GDPなどを見ても分かるように、世界における日本の相対的な位置づけは低下傾向です。日本の平均所得は韓国より下というデータも出ています。
これから海外の人が日本に多数入ってきて、日本人が雇用されるというケースも出てくるのではないでしょうか。
そうなった時に、異文化としっかりと向き合って、自分の成長にもつなげて行くようなチャレンジを積極的にしていただければなと思います。
私も海外へ行っていなかったら、どうなっていたかわかりません。
今となっては、海外へ行くチャンスを与えてくれたキーエンスに感謝しています。
海外での仕事は世界中のいろいろな国の人とつながり、公私ともに楽しめるチャンスがあります。ぜひとも、特に若い人たちにはチャレンジしていただきたいと思います。
【出演動画】
海外事業成功のコツ
不確実性の高い海外市場において、現地の主体性を重視しつつも本社との考え方や運営の一体化はどのようにして得られるのでしょうか。仕組み化を通じて知識とリスクを管理し、現地のブラックボックス化を防ぐ方法について、グローバル展開で成功しているキーエンス式のメソッドを交えて解説します。
高収益創出型営業組織
顧客にとって役に立つ存在、経済的メリットを与え続ける存在であれば、継続取引は可能になります。その為に営業の仕組みづくりに努力を惜しまず、組織的に取り組むことが持続的な成長には必須となります。本コースでは、キーエンスの具体事例をもとに、顧客に役立ち、成果を出し続ける高収益営業組織のつくり方を学びます。
※インサイドアカデミー グローバル人材育成要件
インサイドアカデミーでは、約5,000名の専門家の「活きた知見」を集約し、グローバル人材の育成要件を研究、以下の6つの要件を定義しています。
- グローバルマインド
- 異文化マネジメント力
- 経営知識
- 海外ビジネス環境理解
- 実務言語力
- 実戦適用力(実戦の数)
- 経営戦略・経営管理
- グローバル
- マネジメント
- コーチング・ファシリテーション
- ロジカルシンキング・課題解決
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