人事制度は世につれ、人につれ「精神的な充足をも考慮した制度」
本連載は、みのり経営研究所のホームページで2007年10月から2008年7月まで全10回掲載したものです。15年以上前の提言が今もまだ、確実に該当していることが驚きです。今回が最後の転載です。これからの日本に必要とされている人事制度の基本要素のうちの最後の一つを述べたうえで、その全体像を再度、俯瞰し明らかにしています。この連載が皆様に少しでもお役に立てば幸いです。
「人事制度は世につれ、人につれ」
~これからの日本に必要な人事制度とは~
第9回「精神的な充足をも考慮した制度」
前回は生き生きと働くためには安定的な経済基盤が必要であり、それを提供できる制度とはどのようなものかを考察しました。そこでは、給与と言う金銭的な報酬に絞ってみてきました。今回は、金銭以上に社員のやる気に影響を与える、非金銭的な報酬を考察することで、社員が生き生きと働くことのできる、精神的な充足をも考慮した制度とはどのようなものかを見てゆきます。
会社が社員に提供するもの全てを報酬と定義すると、報酬には金銭報酬と非金銭報酬の2種類があることになります。金銭報酬の代表的なものは、前回のテーマであった給与を筆頭に賞与や手当、そして、金銭換算が可能と言う意味で福利厚生制度や退職金制度です。一方、非金銭報酬とは、報酬のうちの金銭報酬以外のすべてを含みます。これを大きく分類すると、[1]学習・能力開発の機会の提供、[2]昇進・昇格[3]賞賛、[4]仕事、[5]就労環境/企業風土などとなります。
[1]学習・能力開発の機会の提供とは、研修制度やキャリア形成に関する制度、たとえば第6回でご説明したキャリアプラン制度などを提供することです。[2]昇進・昇格も、社員の貢献にきちんと報いて精神的な充足を与える報酬の一つと考えることができます。[3]賞賛は、会社の制度としてなんらかの表彰制度を通して社員に賞賛を与えることもありますし、また、上司からの直接の賞賛も、部下の側からすると大きな報酬の一つとなります。[4]仕事を報酬と見るのに違和感の有る人がいるかもしれませんが、実はこれも大きな報酬の一つです。責任の有る仕事を任される、チャレンジングな仕事をする機会を提供される、自分のやりたい仕事をやらせてもらえる等々、社員のやる気に金銭よりも大きな影響を与えることが各種調査で明らかになっています。最後の[5]就労環境/企業風土は大きな概念でかなりたくさんのことが入ってきます。例えば、意見を自由に交換することができるオープンな企業風土、同僚との良い人間関係など、会社の状況によって色々ですが、本連載のキーワードである少子高齢化時代に向けて、社員が生き生きと働いている会社として選ばれるために避けて通れないのが、ワークライフハーモニー(仕事と私生活の調和)とダイバーシティ・マネジメント(多様な人材の受容)です。このどちらもが、精神的な充足と言う点で非常に重要な考え方です。
ワークライフハーモニーやダイバーシティ・マネジメントを考慮して制度を組み立てる場合、福利厚生的なハード面の充実から入る会社が多いのが現状です。例えば、託児所の建設や妊婦特別休暇制度などといった子育て支援施策を提供する、ノー残業デイや勤務時間短縮等の就労時間の自由度の拡大等が代表的です。これらハード面の充実はもちろん非常に重要ですが、それと共に、これから組み込んでいかなくてはならないのは、ソフト面の充実です。つまり、ハードを使う人の側の意識転換が大きな鍵を握ってくるということです。
会社として、ハード面の整備をいくら進めても、それを使う人の考え方が変わっていない限り、それらのハードは使用されない可能性が大きいのです。例えば、男性社員が子育て休暇の申請をしたら、上司から査定に響く、将来の出世に響くよといわれて、申請を取りやめたなどといった事例が新聞等で報告されています。これでは、とても社員が生き生きと働いている会社など望めません。社員の意識転換はすぐに実現するものではなく、長期的な視点で取り組んでゆかなければならない大きな人事課題です。したがって、いまからすぐにでも、取り掛かることが必要な部分と言えるでしょう。
これらの非金銭報酬のどれをどのように自社の人事制度に組み込んでゆくかは、第4回にお話した人事制度構築の出発点である人事戦略を練り上げてゆく際に、考慮しなくてはならない事項となります。社員が経営戦略実現に向けて、生き生きと元気に働くには、金銭報酬と非金銭報酬をどのようなバランスで、何が必要なのかを人事戦略として明確にしておくことで、精神的な充足をも考慮した人事制度を構築してゆくことができます。
今回は「お金のみならず、精神的な充足をも考慮している」制度を見てきました。以上で、2つのキーワードとそれらが要求する人事制度の6つの基本要素、そして、その基本要素を備えた人事制度の全てを考察しました。次回は最終回として、これまでお話してきたことを統合して、これからの日本に必要な人事制度をまとめてみたいと思います。
最終回「これからの日本に必要な人事制度」
これまで9回にわたって、これからの安定低成長経済と少子高齢化社会の中で、日本の企業にとって必要な人事制度とはどのようなものなのかを考察してきました。今回は最終回として、これまでの内容を纏めてみたいと思います。
これからの日本に必要な人事制度とはどのようなものか、一言でまとめれば、それは「経営に直結し、かつ、社員が生き生きと気持ちよく働くことのできる」人事制度です。なぜかと言うと、これからの安定低成長経済の中では、厳しい競争の中で会社の目標達成に向かって社員一人ひとりが知恵を出し、ベクトルを合わせて働くことが必要となるからです。そしてまた、少子高齢化の社会になりますから、会社に必要な人材を採用して引きとめておけるような魅力ある会社でなければならないからです。
それでは、そのような人事制度とは、具体的にはどのようなものでしょうか。それは、企業理念/経営戦略から導き出された人事戦略と組織構造、そしてその組織構造の中味である一人ひとりに期待される役割に根ざした人事制度です。これらに根ざすことによってのみ、人事制度が経営と直結し、経営戦略の実現を支えることが可能となります。そして、個々の制度は、社員一人ひとりが生き生きと働けるように、長期的なキャリアを見通すことが出来るキャリアプラン制度、期待されている役割をどれだけやったかをきちんと評価する評価制度、人間らしく生きてゆけるための経済基盤を提供できる給与制度、そして価値観の違う人々が一緒に集い、仕事も私生活も調和をとって生きてゆける施策を提供できる、統合的な人事制度です。人事制度は、会社で働いてくれる全ての「人」に関わるものですから、ビジネス、組織、処遇の全てに関連したものでなければなりません。これまでのように人事は「ヒト」のこと、ビジネスは「カネ」のことと切れてしまっていてはだめなのです。経営戦略、その戦略実現のための一人ひとりの社員の役割、その役割に見合った責任と処遇の全体の連動が重要です。だからこそ、「統合的な」人事制度でなければならないのです。そして、その統合を完成するのが、一人ひとりに期待されている役割そのものです。これが、経営戦略と人事制度の連結ピンとなって、全体を統合してゆきます。
これからの日本に必要な人事制度、それは、一人ひとりの役割が経営戦略と人事制度を結びつける連結ピンとなって、経営と直結し、かつ社員が生き生きと気持ちよく働くことができる人事諸施策を統合する、一大システムと言うことができるでしょう。
これまで10回にわたり、辛抱強くお読みくださった読者の方々にここで深くお礼を申し上げます。次回の連載まで、しばしの休憩とさせていただきます。
皆様どうもありがとうございました。
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職務・役割を軸とした人事制度設計を中心に、25年以上のコンサルティング経験
齋藤 英子(サイトウ エイコ) 株式会社 みのり経営研究所 取締役
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