人的資本の情報開示、なぜ必要?
1.はじめに
前回のコラムで、人的資本経営について基礎的な理解に必要な情報を提供しました。人的資本経営に関する取り組みを行い、人的資本への投資が必要なことはご理解いただいたと思いますが、もう一つ、重要なポイントがあります。それは、情報開示です。
本稿では、BBS HCM Insight シリーズの第2回として、人的資本の開示の重要性や各国の動向など、「開示」に焦点を当て、人的資本経営における開示の重要性を皆さんと一緒に紐解いていきたいと思います。
では、早速始めましょう。
2.開示はなぜ必要?
まず、人的資本経営の目的を再確認しましょう。人的資本経営は、個人の持つスキルや能力、知識、健康といった総合的な生産能力を引き上げ、企業の収益力を高める経営手法です。
これだけ聞くと、「取り組んで結果が出ればそれで良いではないか」と思うかもしれません。確かに、取り組みを行い、例えば従業員のスキルレベルが飛躍的に向上し、収益力が上がったとすると、それは人的資本経営の目的を充足しています。
ここで、開示を行わない場合と、行った場合、どのような影響が出るのかを考えてみましょう。
開示しない場合、その取り組みの効果は、いったんそこで終了します。収益力向上につながった取り組みを継続すれば、持続的に成長することも可能です。
一方で、開示した場合、取り組みの直接的な収益力への影響以外に、得られるものがあります。それは、社内外のステークホルダーに開示を行い、自社の取り組みに対する賛同が得られた場合、より大きな成長のための機会が提供される可能性があるということです。その機会とは、労働力、資金、ビジネスチャンスなど、多岐にわたります。それらの機会を活かし、さらなる成長のためのアクションを行えば、取り組みの効果は直接的な収益力への影響よりもはるかに大きくなります。
この、取り組みの効果が拡大していくことが、人的資本経営の取り組みと開示を行うと、その相乗効果によって、取り組みの成果以上の効果を得ることができる、ということです。では、この、取り組みと開示の相乗効果について、2つの市場(投資市場、採用市場)からより具体的に考えてみましょう。
3.どんな情報を求めているのか?
投資市場、つまりは投資家の視点で考えると、個人の人的資本を高め、組織の収益力を向上させる道筋が整っている企業は、投資先としての魅力が高くなります。投資が呼び込みやすくなると、資金確保がしやすくなり、事業拡大や、人員追加、待遇の改善にリソースを割くことができ、より収益性を高めるための好循環が生まれます。
続いて、採用市場、つまり、新卒や中途で就職先を探している求職者の視点で考えてみましょう。適切な開示を行っている企業とそうでない企業を比較すると、開示している企業の方が、入社後のキャリアパスがより鮮明にイメージでき、入社したい、という意欲が強くなるでしょう。すると、入社を希望する人財の質・量どちらも向上し、人数の増加に加えて、従業員のパフォーマンスレベルの向上が期待できます。
どちらも、立場は違えど、ステークホルダーが知りたいことは、投資/就職先の企業が、中長期的な成長のために、どのように人的資本を確保するのか、ということです。
このように整理すると、ステークホルダーは、現在の開示だけではなく、将来の開示も求めていることがわかります。企業の将来性を投影する、というのは、経営戦略も同じです。つまり、人的資本の開示では、将来に向けた人的資本経営のロードマップを、経営戦略などに沿って示すことが求められているのです。
このようなステークホルダーからの要求に応えるように、現在、各国で開示におけるさまざまな動きが見られています。
4.開示における動向
例えば米国では、投資助言委員会による提案が2023年9月に提出されました。この提案では、米国SECに対し、企業は自社の労働力の価値を説明するために、関連性の高く、タイムリーで、比較可能なデータを投資家に提供するように求めています。人的資本の重要性が高まるなか、標準化された情報がないと、投資家が投資判断に利用できる情報が限られてしまうことに呼応した提案となっています。
欧州でもサステナビリティ報告基準が2023年7月に発表されました。この基準は、環境(E)、社会(S)、ガバナンス(G)すべてを網羅し、投資家が、投資先企業が持続可能性へどのような影響を及ぼすかを測ることを目的としています。人的資本の分野では、従業員の待遇や、ワークライフバランス、健康と安全、研修開発など、幅広い分野で情報開示が求められています。
日本では、2023年3月期から、有価証券報告書に人的資本の項目を開示することが義務化され、女性管理職比率と男性の育児休暇取得率、男女間賃金格差の開示が必要になりました。
これらの開示は、先述の、人的資本経営の取り組みと開示による相乗効果をねらったものでしょうか。必ずしも、そうとは言い切れません。例えば、有価証券報告書に人的資本の項目を開示することで、収益力が向上するか、といわれると、納得感がないのが現実です。
ここから、一つの結論が出せます。それは、開示には複数種類があり、相乗効果を得るための開示(攻めの開示)と、そうでない開示(守りの開示)がある、ということです。
5.最後に
人的資本の国際的なガイドラインである、ISO30414を取得する企業も増えています。最近だと、新たに3社の日本企業が認証を取得しています。
このようなガイドラインも活用し、開示が加速度的に進むなかで、攻めの開示をするか、守りの開示にとどまるかで、人的資本経営の今後を大きく左右すると考えています。
第3回では、企業価値の向上のため、「攻め」の開示が必要だということを説明します。
それでは、次回の投稿でまたお会いしましょう。
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企業価値向上につながる「攻めの人的資本経営」を実現します
経営管理コンサルタントとして、管理会計システムの導入や、人的資本経営のサービス開発に従事。その後、現職にて、人事戦略の運用やシステムの導入、新サービスの開発、セミナー講師など、人的資本経営の領域を幅広く担当。
石山 寛(イシヤマ カン) 株式会社ビジネスブレイン太田昭和 人事部 HCX推進室
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