【前編】なぜエンゲージメント向上にこそレジリエンスなのか?
本記事は前後編の前編となっております。
後編となる「【後編】なぜエンゲージメント向上にこそレジリエンスなのか?」は、
以下のコラム一覧からお読みください。
https://jinjibu.jp/spcl/wcl-nagamine/cl/
0.本記事のまとめ
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エンゲージメントには「組織への貢献意欲」と「仕事への没頭(ワーク・エンゲイジメント)」の2側面があり、受動的な「満足度」とは異なる主体的な相互貢献の状態を指す。
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エンゲージメントは、収益性や生産性を高めるだけでなく、現代の人的資本経営において企業価値を左右する投資家からも重視される指標である。
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JD-Rモデルに拠ると、エンゲージメントは、仕事の負担(要求度)を管理しつつ、職場環境(仕事の資源)と本人のマインド(個人の資源)を充実させることで育まれる。
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したがって、会社による環境整備(裁量権や支援)だけでなく、個人が主体的に仕事の意義を見出す**「ジョブ・クラフティング」**のような姿勢が不可欠である。
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※後編では、そんなジョブクラフティングの詳細と、そこでなぜレジリエンスが必要になるかについてお伝えします。
1. はじめに
「やりがいを感じづらい」ーーこれは、今や多くの職場で聞かれる声ではないでしょうか。
単なる個人の気持ちの問題として片づけるのではなく、これは企業にとっても、そして人的資本経営にも関わるテーマです。経済産業省の「人材版伊藤レポート」でも示されているように、従業員のエンゲージメントは、企業価値や投資家からの評価にも直結する重要な指標とされています。
エンゲージメントは外部からの施策によってのみ与えられるものではありません。困難な状況でも自ら意味や意義、そしてやりがいを見出す力――すなわち「レジリエンス」が土台となって初めて、持続的にエンゲージメントは育まれるのです。
本稿では、まずエンゲージメントの定義と周辺概念を整理し、その経営的な意義を確認します。そして、その上昇・低下を説明する理論的枠組みに基づき言える介入ポイントを明らかにします。そして最後に、企業として何を分析し、どのように介入できるのかについても考えていきます。
2. エンゲージメントとは何か?
2-1. 定義と背景:「エンゲージメント」の2つの側面
エンゲージメントには大きく分けて 「組織へのエンゲージメント」 と 「仕事へのエンゲージメント」 の2つの側面があります。
前者は「この会社に貢献したい」という気持ち、後者は「この仕事が面白い・やりがいがある」という感覚を示すものです。それぞれ焦点は異なりますが、どちらも働く人の前向きで主体的な仕事への関わりを支える重要な要素といえるでしょう。最初にこの2つの側面についてまず整理していきます。
従業員エンゲージメント(=組織へのエンゲージメント)
従業員エンゲージメントとは、従業員が所属する組織のビジョンや目標に共感し、その成功のために自発的に貢献しようとする意欲、そして組織との心理的な結びつきの強さを指します。すなわち、組織へのエンゲージメントを指します。ビジネスや経営、人事の領域で広く使われる概念であり、以下の3つの要素で構成されるといわれています。
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理解度:自社のビジョンや目標を理解しているか
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帰属意識:組織への愛着や誇りを持っているか
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行動意欲:組織の成功に向けて自発的に動こうとしているか
Gallup社の調査によると、従業員エンゲージメントの高い従業員はそうでない従業員に比べて21%生産性が高いとされており(Harter et al., 2002)1)、世界的にも注目されている概念です。
ワーク・エンゲイジメント(=仕事へのエンゲージメント)
一方で、ワーク・エンゲイジメントは、働く人が「仕事そのもの」に対して抱く、ポジティブで充実した心理状態を指す学術的な概念です。Schaufeliら(2002)2)によって定義され、以下の3要素から成り立ちます。
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活力:仕事にエネルギーを注ぐ力強さ
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熱意:仕事に誇りや意義を感じる気持ち
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没頭:仕事に深く集中して取り組める状態
2-2. 両者の関係性と本稿における位置づけ
上述の通り、従業員エンゲージメントとワーク・エンゲイジメントは、焦点は異なりますが、いずれも「働く人が前向きに組織や仕事へ関わる姿勢」を表す概念です。
従業員エンゲージメントは、組織への愛着や貢献意欲といったマクロな視点を含み、帰属意識や行動意欲など幅広い要素を取り扱います。一方、ワーク・エンゲイジメントは、仕事そのものに没頭し、活力や熱意を伴って取り組むというミクロな心理状態を強調します。
両者は独立した概念ではあるものの、相互に密接に関連していると考えられます。従業員エンゲージメントが高い環境では、従業員は主体的に仕事へ取り組み、その結果としてワーク・エンゲイジメントも高まることが示されています(Bakker & Demerouti, 2008)3) 。一方で、仕事に強い没入感や充実感を覚える体験は、組織への貢献意欲や忠誠心を強める契機となるとも考えられます。
以上を踏まえ、本稿では両者を区別しつつも、包括的な枠組みとして「エンゲージメント」という統合的概念を軸に整理していきます。
2-3. 類似概念(従業員満足度・ロイヤルティ)との比較
「エンゲージメント」という言葉は、「従業員満足度」や「ロイヤルティ」と混同されやすい概念でもあります。そこで、ここでは似ているようで異なる用語と比べながら、概念を整理し、エンゲージメントの特徴をさらに明らかにしていきます。
従業員満足度との違い
従業員満足度は、会社から与えられた条件に対して「満足しているか」を問う受動的な指標です。実際、研究によれば「満足度が高くても、必ずしも生産性や定着率が高いわけではない」(Locke, 1976)4)ことが示されており、エンゲージメントのように「能動的な貢献意欲」とは異なります。
ロイヤルティとの違い
ロイヤルティ(忠誠心)は、従業員が組織に対して「離れずにとどまり続ける」意識や態度を指す概念です。伝統的には、組織に対する忠実さや従属的な関係性が強調される傾向がありました。一方、エンゲージメントは、単に組織にとどまることではなく、従業員が主体的に組織や仕事に関わり、成長や価値創造に貢献しようとする能動的な心理状態を意味します。つまり、ロイヤルティが「組織への忠誠」を示すのに対し、エンゲージメントは「相互に価値を高め合う」ことを示していると言えます。
2-4. なぜエンゲージメントは重視されるのか
さて、ここまでエンゲージメントの定義や他の概念との違いを整理してきました。では、なぜ今これほどまでにエンゲージメントが注目されているのでしょうか。背景には、人的資本経営の推進や企業業績との明確な関連性といった重要な要因があります。
人的資本経営における重要性
近年、従業員を「コスト」ではなく「価値を生み出す資本」として捉える「人的資本経営」 が注目されています。これは企業の中長期的な成長戦略の中核であり、世界的にも投資家など、ステークホルダーが強い関心を寄せる領域です。その流れを牽引したのが、経済産業省が2020年に公表した 「人材版伊藤レポート」 です。同レポートは、企業が持続的に価値を創造していくためには、財務情報だけでなく「人的資本」に関する非財務情報を積極的に開示すべきであると提言しています。特にエンゲージメントは、従業員の主体性や成長意欲を可視化する中核指標として位置づけられ、投資家からも企業価値を見極める重要な材料とされています。
企業業績への影響
エンゲージメントは単なる概念に止まらず、企業の業績とも強く結びついています。Gallup社の調査(2016)5) は、エンゲージメントの高い組織は低い組織と比べて 欠勤率が41%低下し、収益性が22%向上することを報告しています。また、Harterら(2009)6) によると、エンゲージメントは 顧客満足度・生産性・利益率の上昇、さらには 離職率・事故率・欠勤の低下と強く関連していることが示されています。つまり、従業員が「やりがい」や「誇り」を持てるかどうかは、単に個人の満足にとどまらず、組織全体の業績や持続的な競争力に直結する要素なのです。
以上のように、エンゲージメントは「人的資本経営」の中核指標として投資家などから注目されると同時に、企業の業績や持続的成長に直結する要素であることが実証的に示されています。言い換えれば、エンゲージメントを高める取り組みは、単なる人事施策や職場環境改善にとどまらず、経営戦略そのものの根幹に位置づけられるべき課題であると言えるのです。
3. エンゲージメント向上の鍵となる「JD-Rモデル」
ここまで、エンゲージメントの定義や関連概念を整理し、その重要性を確認してきました。
では、このエンゲージメントは具体的にどのような要因によって高まり、どのような要因によって低下してしまうのでしょうか。この問いに対して理論的枠組みを提供するのが、JD-Rモデル(Job Demands-Resources model=仕事の要求度–資源モデル)です。
3-1. JD-Rモデルの基本概念
JD-Rモデルの定義
JD-Rモデルは、ワーク・エンゲイジメントやバーンアウトの発生メカニズムを説明する、現代の産業・組織心理学における主要な理論的枠組みです。従業員のウェルビーイングとパフォーマンスが、仕事の特性によってどのように影響を受けるかを体系的に示しています(Bakker & Demerouti, 2007)7)。
モデルを構成する3つの主要要素とメカニズム
このモデルを理解するうえで鍵となるのが、「仕事の要求度」「仕事の資源」「個人の資源」という3つの要素です。それぞれがどのように働き、エンゲージメントに影響するのかを整理していきます。
1. 仕事の要求度(Job Demands)
「仕事の要求度」とは、業務において従業員に課される心理的・身体的な負担を意味します。
例:時間的プレッシャー、過剰な仕事量、仕事における責任、肉体的な負担、高いノルマや目標
これらが過剰になるとエネルギーが枯渇し、バーンアウトにつながります。このように要求が過大となり健康や業務成果にネガティブな影響を与える経路は「健康阻害プロセス」と呼ばれています(Demerouti et al., 2001)8)。
2. 仕事の資源(Job Resources)
「仕事の資源」とは、業務に伴う心理的・身体的負担を軽減し、目標の達成や個人の成長を促進する要素を指します。裁量権や就業条件、職場の人間関係といった環境的な要因が含まれています。
例:成長機会、職場での裁量権、情報の共有、上司や同僚からの支援、パフォーマンスに対するフィードバック
こうした資源が豊富である場合、従業員のワーク・エンゲイジメントは高まり、パフォーマンスの向上につながると言われており、この経路は「動機づけプロセス」と呼ばれています(Bakker & Demerouti, 2007)7)。
3. 個人の資源(Personal Resources)
「個人の資源」とは、ポジティブな心理状態や動機づけを高めるために従業員が持つ内的要因を指します。困難や逆境に直面しても粘り強く取り組み、目標達成に向けて主体的に行動する力を支える基盤となります。
例:自己効力感、楽観性、希望、自己肯定感
個人の資源は仕事の資源と同様に、要求度への対処能力を高めると同時に、エンゲージメントを直接促進する役割を担っています(Xanthopoulou et al., 2007)9)。
このようにJD-Rモデルは、仕事の要求度が過剰なときには「健康阻害プロセス」を通じてエンゲージメントを低下させ、一方で仕事の資源や個人の資源が充実していると「動機づけプロセス」を通じてエンゲージメントを高めることを示しています。つまり、エンゲージメントは一方的に決まるのではなく、職場環境と個人の内的要因の相互作用によって左右されるのです。そのため、エンゲージメントを高めていくには、組織が提供する「仕事の資源」と、個人が培う「個人の資源」の両面からの取り組みが欠かせません。したがって次の項では、このアプローチとして組織と個人それぞれに求められる役割を整理していきます。
3-2. 組織と個人の双方に求められる役割
エンゲージメント育成におけるアプローチ
JD-Rモデルが示す通り、エンゲージメントは一方向的に与えられるものではなく、組織と個人が双方向に働きかけることで初めて育まれるものです。したがって、両者がどのように役割を担うかを理解することが実務においてはポイントとなってきます。
1.組織の役割
組織には、従業員が高いエンゲージメントを発揮できるよう、「仕事の資源」を戦略的に整備し提供する責任があります。資源の整備は、従業員が安心して挑戦し、成長を実感できる土台となるからです。
例:裁量権の委譲、フィードバック文化の醸成、支援的な職場風土づくり、キャリア開発機会の提供など。
2. 個人の役割
従業員自身もエンゲージメントを「受け取るだけ」ではなく、自らの内的資源を高める努力と、仕事の資源を積極的に活用する姿勢が求められます。個人の主体性が伴わなければ、組織が提供する資源も十分に活かされないからです。
例:個人の資源の育成、仕事の資源への働きかけ、主体的な環境調整など。
特にこの「個人の役割」の中で注目されるのが、自分から仕事の環境や認知に働きかけていくアプローチです。この主体的な取り組みこそが、次章で解説する「ジョブ・クラフティング」という考え方につながっていきます。
後編では、そんなジョブクラフティングの詳細と、そこでなぜレジリエンスが必要になるかについてお伝えします。
後編となる「【後編】なぜエンゲージメント向上にこそレジリエンスなのか?」は、
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https://jinjibu.jp/spcl/wcl-nagamine/cl/
このコラムを書いたプロフェッショナル
長峰 悠介
株式会社働きごこち研究所 代表取締役
日本電気株式会社を経て、株式会社プレセナ・ストラテジック・パートナーズやメンタルヘルス関連サービス企業でのマインドフルネス講師、法人研修開発に従事。
現職でも、大手メーカーなどに向けたレジリエンス/アサーション研修に多く登壇。
長峰 悠介
株式会社働きごこち研究所 代表取締役
日本電気株式会社を経て、株式会社プレセナ・ストラテジック・パートナーズやメンタルヘルス関連サービス企業でのマインドフルネス講師、法人研修開発に従事。
現職でも、大手メーカーなどに向けたレジリエンス/アサーション研修に多く登壇。
日本電気株式会社を経て、株式会社プレセナ・ストラテジック・パートナーズやメンタルヘルス関連サービス企業でのマインドフルネス講師、法人研修開発に従事。
現職でも、大手メーカーなどに向けたレジリエンス/アサーション研修に多く登壇。
| 得意分野 | モチベーション・組織活性化、安全衛生・メンタルヘルス、コーチング・ファシリテーション、コミュニケーション、ロジカルシンキング・課題解決 |
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