“しんどい仕事”の意味を変える「ジョブ・クラフティング」
0.本記事のまとめ
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ストレスマネジメントとジョブ・クラフティングは、共に「環境や仕事への関わり方を主体的に変える」ことで、心身の健康とやりがいを両立させる手法である。
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ストレスは、自身の「認知的評価(受け止め方)」次第で、自分を成長させる「挑戦」へと変えることができる。
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以下の3方向から仕事を再構成し、自分らしさを取り入れることができる。
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業務:仕事の進め方や内容を、自分の強みに合わせて工夫する。
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関係性:周囲との関わり方や距離感を、心地よい形に調整する。
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認知的:作業の目的や価値を捉え直し、仕事に新たな意味を見出す。
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ストレスを単に排除するのではなく、自ら働き方をデザイン(クラフト)することで、困難を乗り越える力(レジリエンス)と自分らしい納得感を育んでいく。
はじめに
「ジョブ・クラフティング」と「ストレスマネジメント」。一見すると異なる領域のように見えますが、どちらも「自分の仕事や環境への関わり方を主体的に変える」点で共通していると言えるかもしれません。
ストレスマネジメントは、ストレスの仕組みを理解し、“しんどい仕事”や職場環境との関わり方を意識的に変えながら、心身への悪影響を軽減するアプローチです。一方、ジョブ・クラフティングは、与えられた業務の中に自分なりの意味や工夫を見出し、“しんどさ”を乗り越える力ややりがいを育てるプロセスです。
本記事では、まずストレスマネジメントの基本的な構造を押さえたうえで、ジョブ・クラフティングがその構造とどのように呼応し、私たちの「働く」をどう変えてくれるのかを探っていきます。
「しんどい」と感じる日々の仕事に少しでも光を当てたい方、自分らしさを取り戻しながら働きたい方にとって、新たな視点となれば幸いです。
1. ストレスマネジメントとは何か
1-1 ストレスとストレスモデルの基本
心理学におけるストレスとは、「個人と環境との関係において、個人にとって重要なものが脅かされる、または自分の能力を超えていると評価されたときに生じるプロセス」と定義されます。つまり、ストレスは出来事(ストレッサー)そのものではなく、それに対する「認知的評価」や「対処(コーピング)」を通じて生じる心理的・身体的な反応です。
このストレスの仕組みを理解することは、効果的なストレスマネジメントの第一歩です。
1-2 各プロセスの理解
ストレスは上の図のように「ストレッサー(出来事)」があるから自動的に生じるわけではなく、そこに介在する私たちの「受け止め方(認知的評価)」や「対処の仕方(コーピング)」、そして最終的に現れる「心身の反応」までが一連のプロセスとして流れています。
このストレスモデルを分解して理解することは、自分がどの段階でつまずいているのか、どこにアプローチすればストレスが和らぐのかを見極めるうえで重要です。たとえば、同じ出来事に直面しても、ある人は「挑戦」として受け取り、行動を起こせるのに対し、別の人は「脅威」としてとらえ、動けなくなってしまう――この違いの背景には、認知的評価の違いがあるのです。
2. ストレスに対する考え方を見直す ― 認知的評価の土台を整える
2-1 “ストレス観”が大きなカギになるのはなぜ?
ここまで、ストレスの仕組みやその4つのプロセスについて概観してきましたが、この章では、特にその中でも「認知的評価ーーストレスをどう受け止めるか」に焦点を当てて、もう少し丁寧に掘り下げていきたいと思います。
なぜなら、私たちがストレスをどのように「意味づけ」ているかによって、その後の感情や行動、さらにはストレスそのものの影響の強さが大きく変わってくるからです。
ストレスをどう認識しているか――いわゆる「ストレス観」は、ストレスモデルにおける「認知的評価」の質を大きく左右します。たとえば、「ストレスは避けるべきもの」「ストレスは悪い影響しかない」といった固定的な考え方を持っている場合、出来事に直面したとき、その多くを「脅威(Threat)」として捉えやすくなります。
これは認知的評価の段階において、「この出来事は自分にとって危険である」と反応しやすくなることを意味します。結果として、感情的な緊張や不安が高まり、対処行動の選択肢が狭まってしまうことが少なくありません。
一方で、「ストレスには自分を成長させる面もある」「困難には意味がある」という柔軟な考え方を持っている人は、同じ出来事でも「挑戦(Challenge)」として受け止めやすくなります。このようにポジティブな意味づけがなされると、必要なリソースを動員しやすくなり、コーピング(対処行動)にも前向きに取り組める可能性が高まります。
つまり、ストレス観の違いは、ストレスモデルにおける初期段階――「認知的評価」――に直接影響し、その後の「コーピング」「ストレス反応」にまで波及するのです。
この観点から考えると、「ストレスはどういうものか」という私たちの基本的な捉え方を見直すことは、単なる考え方の問題ではなく、ストレスマネジメント全体の質を左右する重要なステップだといえます。
2-2 ストレスの良い面に目を向ける
スタンフォード大学の心理学者ケリー・マクゴニガルは、著書『ストレスを友だちにする方法』の中で、「ストレスにどういう意味を与えるか」が実際の影響に大きく関わっていると述べています。
彼女の研究によれば、「ストレスは有害だ」と信じている人ほど、ストレスによる健康リスクが高くなる傾向がある一方で、「ストレスは成長や目的意識を促すもの」と捉える人は、同じような状況でもより良いパフォーマンスを発揮しやすく、心身の健康も保ちやすいという結果が得られています。
このことは、「ストレスという出来事」そのものよりも、「それにどう意味づけをするか」が、私たちの反応を決定づけていることを示しています。
2-3 ストレスが「悪者」とされてきた背景
現代において「ストレス=悪」という認識が広まった背景には、20世紀中盤に行われた動物実験の影響があります。
たとえば、回避できないストレス状況(電気ショックなど)に晒されたラットが無反応・無気力になる「学習性無力感」の研究は、ストレスが心身に深刻な害を与えるものとして語られる契機となりました。
しかし、これらの実験は極端な環境下での反応を観察したものであり、現代の職場や日常生活におけるストレス体験とは大きく性質が異なります。私たちが直面するストレスの多くは、対処可能なものであり、認知的評価の仕方によっては適応的な反応も引き出せるのです。
そのため、過去の一面的な「ストレス=害」という見方から離れ、より柔軟で多面的な理解が必要とされています。
2-4 肯定的なストレス反応の理解
ストレス反応と聞くと、「闘争・逃走反応(fight or flight)」のようなネガティブな生理反応がまず思い浮かびますが、実はストレスには前向きな反応パターンも存在します。
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チャレンジ反応(Challenge Response)
→ 心拍数やアドレナリンは上がりますが、それは逃げるためではなく、集中力や判断力を発揮するための準備です。パフォーマンス向上を目的とした身体の活性化といえます。
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思いやり・絆反応(Tend and Befriend)
→ 他者と協力・支援し合う方向へと向かう反応で、オキシトシンの分泌を通じて関係性を深める行動が促されます。これは社会的なつながりを築くうえでも有効です。
このように、ストレス反応は一律に悪いものではなく、意味のある適応反応として私たちに備わっているものです。これらの反応の背景には「これは乗り越えられる」「この状況に価値がある」という認知的評価があるため、やはり土台となるストレス観の柔軟性がカギとなります。そして、ストレスに対する認知的な意味づけの柔軟さは、その後の行動や感情にも連鎖的に影響を与えます。そしてこの“意味の再構成”こそが、第4章以降で紹介する「ジョブ・クラフティング」においても、極めて重要な土台となるのです。
自分の仕事にどのような価値を見出すか。目の前の業務を「ただの作業」と捉えるのか、それとも「誰かへの貢献」として意味づけ直すのか。この評価の出発点にあるのは、ストレスや困難に対する自分自身の“見方”なのです。
3. ストレスモデルに対応した介入
第1章・第2章では、「ストレスとは何か」「どう捉えるか」という認知的な側面を中心に見てきました。
ここでは、ストレスマネジメントの全体像も把握しておくために、ストレスモデルの各プロセスに対して、どのような介入が可能なのかを整理します。
この枠組みは、第4章以降で紹介するジョブ・クラフティングが、どこにどう働きかけているのかを理解するための“中継地点”となるでしょう。
そして、次章からは、この介入フレームを「働き方」へ応用したジョブ・クラフティングの視点を紹介していきます。
特に、「認知的評価の変容」「環境の調整」「感情への働きかけ」は、クラフティングの実践においても中心となる要素です。ストレス対処の視点を踏まえた上で、自分らしい働き方を見つけていきましょう。
3. ジョブ・クラフティングとは何か?
第2章では、ストレスをどう捉えるかという“ストレス観”が、私たちの反応や行動に大きく影響することを見てきました。
そこで大切になるのが、「この状況に意味がある」「この仕事に価値がある」といった前向きな再解釈=認知的評価の柔軟性です。
本章では、そのような評価の転換を日々の仕事の中でどう活かしていくか――すなわち、“意味づけを再構成し、働き方そのものを調整する”というアプローチであるジョブ・クラフティングを紹介します。
3-1 ジョブ・クラフティングの基本概念
「ジョブ・クラフティング(Job Crafting)」とは、与えられた仕事をただ受動的にこなすのではなく、
自らの視点や価値観を持ち込みながら、その仕事を“自分にとって意味あるもの”として再構成していくプロセスを指します。
決して大がかりな改革を行う必要はありません。むしろ日々の仕事の中で、
「このタスクにどんな工夫を加えられるだろう?」「この役割をどう捉え直したら、もっと前向きになれるだろう?」
と問い直し、小さな調整や解釈の変化を積み重ねていくことがポイントです。
つまり、「この仕事に、私は何を持ち込めるか?」「どうすれば“自分らしさ”を注ぎ込めるか?」という問いが、ジョブ・クラフティングの起点になります。「自分の仕事に“自分”をひと匙加える」ことは、やりがいや自律性の感覚を高め、日々の仕事を“ただこなすもの”から“意味ある営み”へと変えていきます。
3-2 ジョブ・クラフティングの3つの側面
ジョブ・クラフティングには、主に以下の3つの側面があります。
いずれも「自分の仕事に、自分なりの調整や意味づけを加える」という共通の目的をもちながら、焦点の当たる領域が異なります。
これらは、ストレスマネジメントにおける「環境調整」「認知的評価」「コーピング」のアプローチとも対応しています。
1. 業務クラフティング(仕事内容や進め方の調整)
仕事の内容や手順そのものに、自分らしい工夫や得意を持ち込むクラフティングです。
これは、ストレス要因そのものである「ストレッサー」への直接的な介入=環境調整と重なります。これを実施することで「主体的に関わっている」という感覚が生まれ、やらされ感や負担感が軽減されやすくなります。
例:
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単調なルーチン業務に工夫を加えて、楽しさやこだわりを生み出す(例:資料のデザインに個性を出す)
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集中力の波に合わせて業務順を調整する(例:難しい仕事を午前中に)
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自分の強みを活かせる業務を引き受ける(例:得意な資料作成を担当)
2. 関係性クラフティング(人との関わり方の見直し)
誰とどのように関わるかを意識的に調整するクラフティングです。これは、対人ストレッサーへの対応や「情動焦点型コーピング」とも親和性があります。これを実施することで 関係性のストレスが和らぐだけでなく、安心できるつながりが「支え」となり、心理的な負荷が軽減されます。
例:
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苦手な相手との接触を減らし、メールなどの間接的な手段を使う
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つながりを感じられる同僚と、雑談やランチの時間を持つ
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チーム内で補い合える関係性を築く(例:相談しやすいポジションを自らつくる)
3. 認知的クラフティング(仕事の意味づけを再構成する)
仕事の本質的な意味や、自分とのつながりを見直すクラフティングです。
これはまさに「認知的評価」そのものへの働きかけであり、ストレスの受け止め方を根本から変えることができます。 意味の再構成によって、やりがいや貢献感が高まり、「なぜこの仕事をするのか」という動機づけが強化されます。これは、ストレスへの耐性だけでなく、モチベーションや自己肯定感の向上にもつながります。
例:
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「単なる事務作業」ではなく、「誰かが円滑に働くための土台づくり」と再定義する
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「細かいミスチェック」ではなく、「大きな事故を未然に防ぐ目」と捉える
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「自分の時間を奪う会議」ではなく、「相手の考えを整理する手助け」として意味づけ直す
バランスと組み合わせがカギ
これら3つのクラフティングは、いずれか1つに偏るのではなく、状況に応じて柔軟に組み合わせることが大切です。
例:
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苦手な仕事がある → 認知的クラフティングで意味づけを見直す
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それでも気が進まない → 業務手順を工夫して調整する(業務クラフティング)
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加えて → 周囲と協力しやすい関係性を築く(関係性クラフティング)
このように三方向から働きかけることで、
「ストレスの軽減」と「やりがいの創出」という二重の効果が期待できるのではないでしょうか。
おわりに:働き方を、自らデザインする
ストレスマネジメントというと、多くの場合「ストレスを減らす」「発散する」といった対処的な発想にとどまりがちです。
しかし、現代の働く環境において重要なのは、ストレスのない状態を目指すことではなく、ストレスを抱えながらも、自分らしく前に進める土台をつくることです。
ジョブ・クラフティングは、そのための有効なアプローチのひとつです。
「何を」「どう」行うか、「誰と」「どう関わるか」、そして「その仕事をどう意味づけるか」。 これらを自ら調整する行為は、ストレスマネジメントにおける「環境調整〉〈認知的評価の変容〉〈コーピングの選択〉と本質的に重なります。
つまりジョブ・クラフティングとは、仕事の構造そのものを通してストレスに働きかける、構造的かつ能動的なストレスマネジメントでもあるのです。
日々の業務の中で、「自分らしさ」を少し加えてみる。その小さな調整が、やりがいや納得感を生み出し、結果的にストレスへのレジリエンスを高めていきます。働き方を自らの手でデザインしていくこと――それが、これからの時代の「心を守る力」のひとつとなるはずです。
このコラムを書いたプロフェッショナル
長峰 悠介
株式会社働きごこち研究所 代表取締役
日本電気株式会社を経て、株式会社プレセナ・ストラテジック・パートナーズやメンタルヘルス関連サービス企業でのマインドフルネス講師、法人研修開発に従事。
現職でも、大手メーカーなどに向けたレジリエンス/アサーション研修に多く登壇。
長峰 悠介
株式会社働きごこち研究所 代表取締役
日本電気株式会社を経て、株式会社プレセナ・ストラテジック・パートナーズやメンタルヘルス関連サービス企業でのマインドフルネス講師、法人研修開発に従事。
現職でも、大手メーカーなどに向けたレジリエンス/アサーション研修に多く登壇。
日本電気株式会社を経て、株式会社プレセナ・ストラテジック・パートナーズやメンタルヘルス関連サービス企業でのマインドフルネス講師、法人研修開発に従事。
現職でも、大手メーカーなどに向けたレジリエンス/アサーション研修に多く登壇。
| 得意分野 | モチベーション・組織活性化、安全衛生・メンタルヘルス、コーチング・ファシリテーション、コミュニケーション、ロジカルシンキング・課題解決 |
|---|---|
| 対応エリア | 全国 |
| 所在地 | 千代田区 |
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