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【後半】レジリエンス─感情統制フレームワークによる心の回復

本記事は前後編の後編となっております。
前編となる「【前編】レジリエンス─感情統制フレームワークによる心の回復」は、
以下のコラム一覧からお読みください。
https://jinjibu.jp/spcl/wcl-nagamine/cl/

0.本記事のまとめ

  • ※前編では、レジリエンスやマインドフルネスの定義を紹介し、自分の感情に「気づき」、それを客観的に「理解する」ことの重要性を見てきました。

  • レジリエンスを高める感情統制には、**「活用・調整・受容」**という3つの方略があります。

    • 活用: ネガティブ感情を生存のための重要な「シグナル」として捉え直す。

    • 調整: ABC理論を用いて出来事への解釈(認知)をしなやかに変える。

    • 受容: 変えられない感情と戦わず、ありのまま認めて本来の目的にエネルギーを向ける。

  • これらをワークシートで日常的に実践することで、困難をしなやかに乗り越える力を養うことができます。

 

1.感情統制の後段「感情の活用・調整・受容」

前章では、マインドフルネスを通じて、自分の感情に「気づき」、それを客観的に「理解する」ことの重要性を見てきました。この「気づく力」は、感情に飲み込まれないための揺るぎない土台となります。
しかし、ただ自分の状態を理解するだけでは、具体的な行動を変えるには至りません。その土台の上で、次に必要となるのが、「感情の活用・調整・受容」です。

ここでは、その中核となる方略を一つずつ見ていきましょう。

 

1-1. 感情の活用 ーネガティブ感情を活かすー

私たちは、不安や怒りといったネガティブな感情を「悪いもの」「なくすべきもの」と考えがちです。しかし、心理学の研究は、感情が持つ重要な役割を明らかにしています。

感情研究の第一人者であるポール・エクマンの研究はその代表例です。EkmanとFriesen (1971) は、外部文化から隔離された部族にも、他文化と共通の表情が認識されることを示し、感情が生まれつき備わった普遍的なものであることの証拠を提示しました。つまり、どんな人にも感情は備わっていることこそが自然であると言えます。
さらに Ekman (2003) は、これらの感情が人類の進化の過程で形成された、生存と適応のための自動的なプログラムであると論じています。
この考え方に基づけば、感情は本来、私たちの生存を助けるための重要な機能を持っていると言えます。レジリエンスの高い人は、この感情の本来の役割を理解し、それらを単に「悪いもの」として排除するのではなく、自分に何かを知らせる「重要なシグナル」として捉え直すのです。

  • 恐れは、「未来に危険があるかもしれないから、準備して回避しなさい」というサイン。

  • 怒りは、「あなたが大切にしているものが、脅かされているから、自分の権利を守りなさい」というサイン。

  • 悲しみは、「無理をせず、助けを求めたり反省したりしなさい」というサイン。

といった形です。
つまり、これらの感情を無理に消そうとするのではなく、「この感情は自分に何をさせようとしているのだろう?」と耳を傾け、次の行動に活かすこと。これが「感情の活用」です。感情をうまく活用することで、感情の本来の機能をうまく活かし、好ましく作用させることが可能になります。つまり、感情を「敵」から「味方」へと変化させることができるのです。

 

1-2. 感情の調整 ーネガティブ感情を変容させるー

前の項でご紹介した「感情の活用」によって感情の重要なシグナルを捉えようとしても、その感情自体が過剰に強く、難しく感じてしまう場合もあるかと思います。そのような場合に使ってほしいのが、「感情の調整」です。この「感情の調整」という方略では、その捉え方に働きかけることで、感情そのものをしなやかに変容させることを目指します。
私たちの感情は、起きた出来事そのものではなく、その出来事をどう捉えるか(認知)によって大きく左右されます。レジリエンスにおける「感情の調整」とは、一つの見方に固執せず、解釈の選択肢を増やすスキルです。
このメカニズムを説明する代表的なアプローチに、心理療法の「ABC理論」があります。

  • A (Activating event):出来事

  • B (Belief):信念、ものの見方・捉え方

  • C (Consequence):結果(感情や行動)

例えば、「上司に資料の修正を指示された(A)」という出来事があったとします。

  • もし、あなたの認知(B1)が「自分は仕事ができないダメな人間だ」であれば… → 結果(C1)として、落ち込み、自己嫌悪に陥るでしょう。

  • もし、あなたの認知(B2)が「より良いものを作るためのフィードバックをもらえた」であれば… → 結果(C2)として、改善への意欲が湧き、前向きな気持ちになるでしょう。

出来事(A)は変えられなくても、自分の捉え方(B)に働きかけることで、感情や行動(C)は変えることができるのです。

目指すのは「ポジティブ思考」ではなく「しなやかな思考」
ここで重要なのは、必ずしも何事もポジティブに捉えようするポジティブ思考が良いわけではないということです。無理に「これは素晴らしい機会だ!」と思い込もうとしても、心がついてこないとかえって苦しくなってしまいます。
心理学で重要視されるのは、一つの否定的な考えに囚われず、少しでも心が楽になるような、現実的でバランスの取れた「複数の考え方」を持つことです。白か黒かだけではなく、多様なグレーゾーンの考え方も見つけることが、心のしなやかさに繋がります。
また、自己肯定感を高めることで、逆境を脅威として感じにくくなると考えて、とにかく自己肯定感を高めることが重要と考える方もいるかもしれません。しかし、成功体験などに支えられた自己肯定感は、一度の失敗や批判によって大きく揺らぐ、もろい側面も持っています。したがって重要なのは、自己肯定感の高さに依存するのではなく、状況に応じて自らのものの見方を点検し、調整できること(=感情の調整)なのです。
では、どうすれば自分の捉え方(B)に、より柔軟な選択肢を増やせるのでしょうか。その第一歩は、人間が陥りがちな思考のクセ(認知バイアス)に気づくことです。 私たちはストレス下にある時、下記のように無意識に偏った見方をしてしまうことがあります。

大切なのは、「あ、今自分は『全か無か思考』に陥っているな」と、まずはその思考のクセに気づくことです。そして、その上で「本当にそうだろうか?」「別の見方はないだろうか?」と、その見方を客観的に修正することを試みてみましょう。

行き詰まった時のヒント:友人への声かけを、自分自身へ
そうは言っても、気分が落ち込んでいる時に、一人で別の見方を探すのは難しいと感じることもあるでしょう。
そのような時には、他者への思いやり(コンパッション)を自分自身に向けてみるという視点が助けになります。
具体的には、こう自問してみてください。 「もし、親しい友人が自分と全く同じ状況で、『自分はダメな人間だ』と落ち込んでいたら、自分はどんな言葉をかけるだろうか?」
不思議なことに、私たちは他人に対しては、より客観的で、優しく、建設的なアドバイスができるものです。「一度の失敗で評価は決まらないよ」「むしろ、この経験から学べることがあるんじゃない?」といった言葉が自然に浮かんでくるのではないでしょうか。
その友人にかけるのと同じ優しい言葉を、自分自身にかけてあげること。この視点を持つことで、私たちは硬直した自己批判から抜け出し、よりしなやかなものの見方を取り戻しやすくなるかもしれません。
これらの考え方をうまく使いながら、感情の調整をぜひ1つの方略として取り入れてみてください。

 

1-3. 感情の受容 ーネガティブ感情を無効化するー

これまで見てきたように、「感情の活用」でネガティブ感情を活かし、「感情の調整」でネガティブ感情を変容することは、レジリエンスにおいて重要な方略です。
しかし、そうした方略を尽くしても、どうしても消し去ることのできない思考や、心を離れない不快な感情が残ることもあります。「ものの見方」を変えようと試みても、変えられない。そんなとき、私たちはどうすれば良いのでしょうか。
ここで重要となるのが、3つ目の方略である「感情の受容」です。これは、内なる反応と「戦う」ことをやめ、あるがままに「受け入れる」ことで心のエネルギー消耗を防ぎ、次の一歩を踏み出すためのアプローチです。

私たちが仕事と向き合う際には、どうしても変えられない思考や、消し去ることのできない不快な感情が出てくることもあります。そんなとき、それらと無理に戦おうとすると、かえってエネルギーを消耗し、疲弊してしまいます。
しかし、上の図のように、「しょうがない」「当然のこと」というふうにとらえ、やるべきことをやろうと行動を進めているうちに、気になっていた感情が気にならなくなっていたというような経験はないでしょうか。
このように、「しょうがない」「当然のこと」と今ある感情を受け入れることを、心理療法の「ACT(アクセプタンス & コミットメント・セラピー)」で重視されるアクセプタンス(受容)と呼びます。また、やるべきことをやろうと、行動を進めていくことを「価値コミット」と呼びます。
「アクセプタンス」とは、自分の中で起きている思考や感情と格闘するのをやめ、それらが自分の一部として存在することを、ありのままに認める姿勢を指します。
例えば、不安や悲しみといった不快な感情が湧いてきたときに、「こんなことを感じてはいけない」と追い払うのではなく、「今、自分は不安を感じているんだな」と、その存在を優しく認め、スペースを明け渡すように受け入れます。また、「自分はダメな人間だ」という思考が浮かんでも、それを絶対的な事実と一体化させる(フュージョンする)のではなく、「“自分はダメな人間だ”という思考が、今ここに浮かんでいるな」と、一歩引いて観察し、思考は事実ではなく、心に浮かぶ言葉やイメージに過ぎないと理解することで、思考と自分との間に距離を作り、囚われから解放されることで、受け入れることができるようになることもあります("脱フュージョン"と呼びます)。
このような「戦わない」という選択によって、私たちは不毛な内的な争いから解放され、浮いたエネルギーを「自分が本当に大切にしたい価値(Value)」に基づいた行動に集中させることができるのです。
「価値」とは何かや、自分自身の「価値」とやらなければならないこと(Must)をすり合わせる方法(Will Can Must)についての詳細はこちらにありますので、ご参照ください。

 

2. 日常で実践する3つのレジリエンス・トレーニング

 

前章では、レジリエンスを支える「感情の活用」「感情の調整」「感情の受容」という3つの心理的スキルを解説しました。しかし、知識は実践して初めて力となります。
この章では、それらのスキルを統合し、日常の困難な場面で「しなやかな心」を働かせるための具体的なトレーニング方法をご紹介します。

心理的困難を乗り越えるワークシート
ここでは、一つのワークシートを使って、自分の思考と感情を整理し、次の一歩を見出すための方法を見ていきましょう。仕事やプライベートで困難を感じた時に、以下の質問を順に自分へ問いかけ、考えを書き出してみてください。

 

 

ワークシート活用のポイント

このワークシートは、第3章で学んだスキルを段階的に実践できるよう設計されています。

  • 質問1, 2:感情の理解(「気づき」の段階) まずは、何に困っていて、どんな感情があるのかを客観的に認識します。これは、第2章で解説したマインドフルネスの第一歩でもあります。

  • 質問3:感情のシグナルを読み解く(「感情の活用」の実践) ここで「感情の活用」を使います。感情を「悪いもの」と決めつけず、その感情が本来伝えようとしているメッセージ(機能)は何かを探ります。また、その感情を過剰にしている「ものの見方」を特定することで、次のステップへの橋渡しをします。

  • 質問4, 5:ものの見方を点検・調整する(「感情の調整」の実践) 「感情の調整」の実践です。特定した「ものの見方」が、本当に唯一の事実なのか、極端な思い込み(バイアス)ではないかを問い直します。ABC理論でいうところの「B (Belief)」に意識的に働きかけるステップです。

  • 質問6, 7, 8:感情を受容し、次の一歩を決める(「感情の受容」と行動) 最後に「感情の受容」を活用します。見方を変えても完全には消えない感情をありのままに認め、受け入れます。その上で、感情を活用したり調整したりすることだけにエネルギーを費やすのではなく、「では、今できることは何か?」と、自分の価値観に沿った建設的な行動に意識を向けていきます。

このトレーニングは、一度で完璧にできる必要はありません。繰り返し実践することで、心のしなやかさは着実に育っていきます。まずは日常の小さな悩みから、ぜひ試してみてください。

<参考文献>
Ekman, P. (2003). Emotions revealed: Recognizing faces and feelings to improve communication and emotional life. Times Books.
Ekman, P., & Friesen, W. V. (1971). Constants across cultures in the face and emotion. Journal of Personality and Social Psychology, 17(2), 124–129. 

 

本記事は前後編の後編となっております。
前編となる「【前編】レジリエンス─感情統制フレームワークによる心の回復」は、
以下のコラム一覧からお読みください。
https://jinjibu.jp/spcl/wcl-nagamine/cl/

このコラムを書いたプロフェッショナル

長峰 悠介

長峰 悠介
株式会社働きごこち研究所 代表取締役

日本電気株式会社を経て、株式会社プレセナ・ストラテジック・パートナーズやメンタルヘルス関連サービス企業でのマインドフルネス講師、法人研修開発に従事。
現職でも、大手メーカーなどに向けたレジリエンス/アサーション研修に多く登壇。

日本電気株式会社を経て、株式会社プレセナ・ストラテジック・パートナーズやメンタルヘルス関連サービス企業でのマインドフルネス講師、法人研修開発に従事。
現職でも、大手メーカーなどに向けたレジリエンス/アサーション研修に多く登壇。

得意分野 モチベーション・組織活性化、安全衛生・メンタルヘルス、コーチング・ファシリテーション、コミュニケーション、ロジカルシンキング・課題解決
対応エリア 全国
所在地 千代田区

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