変化が激しい現代社会において、リスキリングの重要性が語られる中、組織のボリュームゾーンとなるミドル・シニア層の活性化に向けた取り組みが注目されています。企業人事は、この世代の社員に向けてどのような支援を行っていけばよいのでしょうか。『日本の人事部』で「プロティアン・キャリア ゼミ」を連載しているタナケン教授こと法政大学 キャリアデザイン学部の田中 研之輔氏と、働き方改革、ミドル・シニア層の活性化、転職行動とキャリア選択など労働・組織・雇用に関する多様なテーマの調査・研究を行っているパーソル総合研究所の小林 祐児氏が、ミドル・シニア人材にまつわる課題と、活性化に向けた打ち手について議論しました。
- 田中 研之輔氏
- 法政大学 キャリアデザイン学部 教授/一般社団法人プロティアンキャリア協会 代表理事
(たなか けんのすけ)UC. Berkeley・University of Melbourne元客員研究員 日本学術振興会特別研究員SPD 東京大学/博士:社会学。一橋大学大学院社会学研究科博士課程修了。専門はキャリア論、組織論。社外取締役・社外顧問を33社歴任。個人投資家。著書29冊。新刊『CareerWorkout』
- 小林 祐児氏
- パーソル総合研究所 シンクタンク本部 上席主任研究員
(こばやし ゆうじ)NHK 放送文化研究所に勤務後、総合マーケティングリサーチファームを経て、2015年入社。労働・組織・雇用に関する多様なテーマについて調査・研究を行っている。専門分野は人的資源管理論・理論社会学。著書に『早期退職時代のサバイバル術』『働くみんなの必修講義 転職学』など。
ミドル・シニア活性化が急務な現代社会
なぜ今、ミドル・シニア人材のキャリア活性化が求められているのでしょうか。
田中:大きく三つの背景があります。一つ目は、「人生100年時代」と言われるようになった現代社会において、個人の働く期間が長くなったことです。健康寿命が延び、80代になっても働く人が増えていく中で、50~60代はまだ「若手」と言える時代が来ています。
二つ目は、変化の激しい情勢において、社会に適応し続ける姿勢が必要になってきたこと。そして三つ目が、そもそも日本の人口におけるミドル・シニア層のボリュームが大きいこと。企業の中で集団としての規模が最も大きい世代なんですね。この世代を多く抱える日系大企業では、すでに「ミドル・シニア人材の再活性化」が非常に関心の高いテーマになってきています。
テクノロジーで世の中に良い変化を起こすDX推進と並行して、今こそ、人々の働き方や生き方をより良いものへと変革させるCX(キャリアトランスフォーメーション)に取り組んでいくべきなのです。
小林:田中先生がおっしゃった企業の課題感に、深く共感します。2020年に「企業のシニア人材マネジメントに関する実態調査」を行ったところ、企業はミドル・シニア人材に対してモチベーションとパフォーマンスの低下を大きく感じています。ところが、年功序列の影響が根強く残っているこの世代は、給与などの処遇が高いまま。このアンバランスさが、企業内の停滞感や閉塞感に影響しています。
日本では昨今、終身雇用への期待感が薄れ、働く個人が自分のキャリア形成に責任感と主体性を持ち取り組む姿勢、つまり「キャリア自律」の重要性が叫ばれるようになりました。現代社会に生きるミドル・シニア層にとって「定年」はまだ先の話。ミドル・シニア層こそ、「キャリア自律」の考え方を取り入れる姿勢が必要なのです。
「若手偏重」の人材育成から、キャリア支援のあり方を見直さなければならない
ミドル・シニア人材の活用において、具体的にどのような課題があるのでしょうか。
田中:私は「組織内キャリア依存」と呼んでいますが、ミドル・シニア層の社員は、自分でキャリアを形成しようとせず、組織にキャリアを預けてどんどん自分の居場所を守ることに固執する傾向があります。「私は今まで〇〇をやってきたのだから、それしかできません」などと、キャリアに対して頑なになってしまうんです。
その課題に対して、ミドル・シニア活性化の施策を打てている企業と打ててない企業で、大きく二極化しているのが現状です。これからは、この世代の人材が生きがいを感じながら充実感を持って働けることが、業績や企業の経営状況にもひもづいてくる時代がやってくるでしょう。
小林:既存のビジネスが堅調な大企業も、DXや人的資本経営の流れのなかで、いよいよ変わらなければいけないフェーズに立たされていると思います。それなのに田中先生のおっしゃるように変化を拒む人材が多いと、社内に大きな温度差が生まれてしまうんです。
さらに言うと、国内企業の大半は、社内でのキャリア開発施策に根深い課題を抱えています。まず、人事の育成施策が新人研修や若手に偏重してしまっていることです。社会人になってからの数年間で精力的に育成施策を展開した後は、階層別研修に移行します。職業別・ジョブ別の専門的研修などはあまり用意されておらず、いわゆる幹部層候補だけが研修対象になっていきます。裏を返すと、幹部層候補になれなかった社員に対しては何も対策を講じていないんです。
育成対象から遠ざかって久しい社員が、定年退職の数年前に、急にキャリア研修に呼び出されるとどうなるか。彼らにとって必要なアドバイスを受け入れがたく、聞く耳を持たなくなってしまうわけです。これが、ゆがみを生む要因になります。企業側の個人に対するキャリア形成支援のあり方や仕組みを、今こそ見直さなければなりません。
企業側が、社員に対するキャリア支援の方法を変えていかなければならないと。
田中:私はさまざまな企業と、社員の方々のキャリア開発に取り組んでいますが、経営陣が人事部をどのような機能として見ているかが、施策推進のカギを握っていると感じます。企業の人事部門を単なる人員配置やリソースの調整機能としか見ていない場合、いわゆる「人的資本」の考えに基づく個人のキャリア開発施策をコストとして捉えてしまう可能性が高い。その状態では、人事部門に今本当に求められていることをなかなか実現できません。
小林:残念ながら、「なぜ会社が個人のキャリアを支援しなければならないのか?」とおっしゃる経営層の方もまだまだ多くいらっしゃいます。すると企業の人事部門も「今年度の研修計画をどうするか」という、紋切り型の議論や立案に留まってしまい、プロフェッショナリティを発揮しづらいのではないでしょうか。私から見ても、経営陣を巻き込まずに教育担当者・研修担当者だけが話し合っているようでは、この問題は解決できないと強く感じています。
経営陣を巻き込んだ人事戦略とともに、キャリア支援における長期的な視点を持つことが大切
ミドル・シニア層の活躍を推進するために、企業人事が行うべきこととは何でしょうか。
田中:まず取り組んでほしいのは、経営層を巻き込みながら組織の成長や競争力を高める「経営戦略」としての人事施策を打ち出していくこと。そして、長期的な視点を持って施策をやり切ることです。
私は、「人事部門とは『人的資本経営』を最大化させるグロースユニットである」とよく言っています。ミドル・シニア層の活性化において成果をあげている企業は、きちんと全社的な評価制度の改定やキャリア設計の仕組みを整えているんです。そういった企業では、優秀な人材の流出も起こりにくく、社員一人ひとりが社内において自律的なキャリアを歩めるようになっています。昨年度の施策の延長線上で物事を考えていては、決してうまくいきません。組織全体を改革する覚悟を持って、浸透するまで継続する姿勢が不可欠です。
小林:おっしゃる通りだと思います。人材育成は、すぐに狙った成果が表れるとは限りません。じっくりと時間をかけて社員一人ひとりのキャリア支援を継続していくと言い切れるかどうか。企業人事として、「何歳でも成長が可能だ」というビジョンをしっかりと掲げ、覚悟を持って臨むことが肝心です。結局最後は、そういった人事側の熱意が、経営陣を含めて周りの人たちを動かすエネルギーになると信じています。
田中:ただ、長期的なキャリア支援にあたって、社内のリソースだけで継続するには限界があると思います。社員も、社内にとどまって研修を受けるだけでは、なかなかキャリアの変容は起こせません。だからこそ、組織の外での学びや実践も取り入れていくことが必要なんです。最近では、企業間のレンタル移籍や副業推進などに積極的に取り組む企業も増えてきました。
そういう施策は若手層に向けて提供している企業が多いのですが、私は「ミドル・シニア層にこそ、部署や会社を越えたチャレンジの機会を」と提言しています。組織にいながら新しいチャンスをつかんでキャリアを広げていけるという実感を持てると、必ず良い方向へ進んでいくでしょう。具体的な行動変容に表れるまで、単発の施策でなく、継続的な伴走型の支援を行なうことが求められています。
キャリア自律を促す「対話」とキャリア資産の可視化で、建設的なフィードバックを
全社的な人材育成計画の見直しが企業にとって急がれますが、すぐに変革を起こすことはなかなか難しいとも思います。ミドル・シニア活性化に向けた第一歩として、どんなことを行うとよいのでしょうか。
小林:先ほどもお伝えした通り、キャリア研修を長らく受けてこなかったミドル・シニア層の社員に対して、いきなり「今後のキャリアを考えましょう」「“WILL”を持ちましょう」と伝えても、いきいきとキャリアを思い描くことはなかなか難しいのではないでしょうか。
そこで一つの手段としてお伝えしたいのが、社内で関わりの薄い社員同士を集めて、「3年後、5年後の自分たちのキャリア」について語り合うというピア・カウンセリングやキャリア・イベントの取り組みです。日本の企業では、業績について触れる評価面談を実施するパターンは多いけれど、個人のキャリアについて自己開示をするような対話の機会が圧倒的に少ないんです。自発的にキャリアを考えることは難しくても、他者との対話によって自らの思考が深まったり、周りの意見から良い影響を受けたりするといった効果が見込めます。
田中:私が注目しているのは、HRテクノロジーの活用を通じて、データとして「キャリア資産の可視化」をはかる取り組みです。いわば、キャリアの健康診断のようなものです。たとえば、社内健康診断で良くない結果が出たら、ミドル・シニア層の社員はきっと再検査に向かうと思います。客観的かつ明確なデータを示されると、正しい自己認知が生まれ、改善のための行動変容を起こすようになる。数字で見えると納得感があるんですね。それと同じで、自身が持つキャリア資産も数値化できると、何歳からでも、ビジネススキルを高めたり、キャリアに対して前向きに行動しようとしたりするのではないでしょうか。
小林:データでの可視化は、非常に良いアイデアですね。対話の場でお互いの本音をぶつけ合うと、どうしても感情的になってしまい、うまく自己開示できないといったケースが少なくありません。いわゆる組織に対するエンゲージメントサーベイなどでも、データとして客観的に見つめることで受け入れやすくなります。具体的な数値で示すことは、経営陣を説得する材料の一つにもなりそうですね。
田中:2022年は、「人的資本経営」元年でした。2023年は、あらためてHRテクノロジーが注目されるのではないかと思っています。今まで、キャリアは非常に主観的なものであると見られてきました。それゆえ、上司と相性が合わなかったり、良いフィードバックがもらえなかったりすると、キャリア支援がうまくいかなくなってしまう。また、育成施策や研修の効果を検証するにも、受講者の満足度や感想をヒアリングするにとどまっているのが現状です。しかし、個人のキャリア形成への取り組みを、こんなに偶発的、属人的なままにしていてよいのでしょうか。あらゆる人事施策が、もっとデータドリブンに、再現性のあるものとなっていくために、私もアセスメントの開発などに鋭意取り組んでいきたいと考えています。
最後に、ミドル・シニアの活性化に取り組む企業人事に向けて、メッセージをお願いします。
田中:ミドル・シニア層の社員がいかに個人の能力を発揮し、活躍してくれるかは、人事の皆さんの努力にかかっています。私は、そこであらためて「外部連携」と「テクノロジーの活用」が肝だとお伝えしたいですね。私もぜひ力になりたいと考えていますので、社内だけで悩まずに、組織をひらいていってください。
ミドル・シニアの活性化は、長期的な視点が求められるため、なかなか一筋縄ではいかないことも多いでしょう。ですが、嘆いているだけのフェ―ズは終わりました。日本に約800万人いる団塊世代が後期高齢者となる2025年問題は、すぐそこに迫っています。その中で、生涯寿命、健康寿命だけではなく「働く寿命」も持続的な形で延ばしていけると、国全体の活性化にもつながるはずです。
小林:ミドル・シニア人材の研究に携わっていて気になるのは、日本において、中高年男性の生活幸福度が著しく低いスコアになっていること。特に、孤独・孤立にまつわる問題は深刻です。そこで、自分の望むキャリアを考え、意志を表明することは、社会とつながる手段の一つにもなり得ると思います。まずは個人のウェルビーイングを高めることで、企業の競争力も生まれてくるし、いきいきと働けるミドル・シニア層も増えてくるのではないでしょうか。
その中で、企業人事が果たせる役割は非常に大きいと考えています。熱意とビジョンを持って、ミドル・シニア層のキャリア活性化に取り組んでいくことを期待しています。
パーソル総合研究所が選ぶ 人事トレンドワード2022-2023
人事のトレンドを客観的な形で残していくことで、「今、人事において本質的に注力すべきテーマ」をより確かな目で見極めていきたい。そのような思いからパーソル総合研究所は「人事トレンドワード特集」を企画。2022~2023年において注目される人事トレンドワードとして《テレワーク》《DX人材》《人的資本経営》の3つを選定しました。
そこで、選定したワードの定義や人事領域でどのように扱われているかを紹介する①「解説ページ」、ワード選考会にアドバイザーとして参加いただいた立教大学中原淳教授と、最終的なワード決定の責任者を務めた小林祐児が、選考会を振り返りつつ議論を深めた②「対談ページ」をご紹介します。
パーソル総合研究所「ミドル・シニア人材活躍支援ソリューション」のご案内
65歳以上の雇用延長・人生100年時代の課題となるミドル・シニアの躍進。パーソル総合研究所では、3つのシフトを基にした、40〜50代社員からの躍進支援ソリューションをご提供します。
パーソル総合研究所 シンクタンク本部 小林 祐児執筆コラムのご紹介
調査・研究をもとに、ミドル・シニア層の活性化・転職行動とキャリア選択・就業における主観的幸福感・アルバイト・パート領域のマネジメント・大卒者の就職活動・アンコンシャス・バイアスなど、人と組織・労働市場に関するテーマについて小林が執筆したコラムをご紹介します。
パーソル総合研究所は、あらゆる人がはたらくことを楽しめる社会の実現に向けて、主に人と組織、労働市場に関する調査・研究の成果を、WEBや機関誌、書籍、寄稿などを通して発信しています。そこで得た知見を活用しながら、組織・人事コンサルティング、人材開発・教育支援、タレントマネジメントシステムといったソリューション提供を通じて、お客様の人と組織の躍進を実現します。