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自分の人生を選ぶということ

――人事はその「選択」にどう向き合うか

※本稿は人事部門の経験5年以上で、「経営判断だから」という言葉に沈黙しながらも、心のどこかで違和感を抱き続けている方々を想定読者としています。

 

スナフキンの問いと、死線で下した「決意」

ムーミン物語に登場する旅人スナフキンは、こう語ります。

 

大切なのは、自分のしたいことを自分で知っていることだよ」 (1950年『ムーミンパパの思い出』より)

 

この言葉の重みを、私は昨年、病床で噛み締めていました。思わぬ病での入院・手術。刻一刻と過ぎる時間の中で、これまでのキャリアとこれからの時間を天秤にかけたとき、浮き彫りになったのは「私は本当に、自分の人生を自分で選んできただろうか」という静かな、けれど逃れられない問いでした。

 

そのとき、私は心に決めました。「残されたこの先の人生は、他の誰のためでもない、自分のために生きる。自分の人生を自分で選ぶのだ」と。年齢を重ねた今になっての決意ではありますが、この問いは本来、年齢を問わず、人生のあらゆる節目で私たちが直面する本質的な課題なのだと思います。

 

副業制限と退職のジレンマ

人事専門職という仕事は、他者の「人生の選択」に関わります。しかし、その現場ではしばしば、個人の決意と組織の論理が衝突します。

 

象徴的なのが「副業」を巡る問題です。制度は存在していても、内容が「企業イメージにそぐわない」として認められないケース。従業員は自らの可能性をかけて両立を模索しますが、組織の判断が変わらず、最終的に「退職」という選択に至る――。

 

ある人事担当者は、退職面談で「あなたの人生を本当に考えたとき、自分のやりたいことに向き合ってほしい」と伝えたといいます。しかし、その言葉を口にする彼自身も、葛藤の中にありました。経営層からは「リスク管理・企業防衛」を厳命され、一方で現場からは「個人の尊重」を期待される。そうした板挟みの中にあったからです。組織の論理を代弁して制限をかけざるを得ない自分に、無力感を抱いていました。

 

企業にとって社会的信用の維持は経営上の重要課題です。しかし同時に、企業は「人」が集う場所でもあります。個人が抱く「自分のしたいこと」は、単なるわがままではありません。それは私が病床で悟ったように、その人の生命力そのものであり、切実な生きる目的そのものなのです。

 

専門家として「問い」を深める

人事が「経営判断だから」という言葉で思考を停止させないためには、人事専門職にプロとしての視座が必要です。

 

「イメージを損なう」という曖昧な主観だけで、憲法が保障する個人の人格権や職業選択の自由にどこまで介入できるのか。裁判例においても、勤務時間外の活動は原則自由であり、実害が生じる客観的な恐れがない限り、制限は慎重であるべきとされています。

 

この判断の底流にあるのは、就業時間外の個人の選択は、その人の内面的自由、人格の核心部分に属するという思想です。組織がそこに介入できる境界線は、慎重に引かれなければなりません。

 

今の時代の「信用」とは、統制によって守られるものなのか。あるいは、多様な生き方を認める組織の柔軟性によって育まれるものなのか。制度の運用にとどまらず、その妥当性自体を問い直すことも、人事の重要な役割です。

 

また人事の仕事には、ある種の本質的な矛盾が潜んでいます。制度は本来、人を守るためにある。しかし、その制度が自己目的化したとき、今度は人が制度に従属し始める。『この規則に合わないあなたが悪い』という論理が、いつの間にか支配的になる。この転倒にどう抗うか——それこそが、人事という仕事の根源的な難題ではないでしょうか。

 

人事に求められる「三つの姿勢」

組織の論理と個人の尊厳の間で引き裂かれそうなとき、人事がよって立つべきは次の三つの姿勢ではないかと私は考えます。

 

  1. 対話の質――「誠実な説明」というコストを払う

規則を盾に「できない」と切り捨てるのではなく、本人が何を大切にし、なぜそれをしたいのかを丁寧に聴くこと。

 

たとえ結論が希望に沿わぬものであっても、組織の懸念を率直に伝え、一人の人間として向き合うプロセスそのものが、信頼の礎となります。

 

  1. 選択肢の提示――「0か1か」を超えた代替案を探る

「現時点では難しいが、こういう条件なら可能か」「配置転換でその欲求を昇華できないか」。「制限する側」に終始するのではなく、可能性を1パーセントでも広げる「パートナー」としての姿勢こそが、人事の専門性です。

 

  1. 組織への提言――経営言語への「翻訳」

人事は現場の葛藤を「経営の持続可能性」という言葉に翻訳して経営層へ届ける使命があります。

 

「厳格な制限は短期的にはリスクを回避しますが、長期的には優秀な人材の流出と組織の硬直化を招きます。従業員の自律を認めることが、企業の魅力を高める投資になるのではないか」という問いを、組織に投げかけ続けるべきです。

 

難題から逃げない「人事の矜持」

「自分のしたいことが何かを分かっていること」。

この問いに向き合う従業員に対し、人事はどのような言葉をかけるのでしょうか。私自身は、「自分のために生きる」と決めたとき、そこに一筋の光が見えました。

 

同じように、目の前の従業員が自分の人生を選ぼうとするとき、皆さまはその重みを等身大で受け止めているでしょうか。美しい言葉で退職を促すのではなく、人事専門職としてできる限りの手を尽くしたと言い切れるでしょうか。

 

人事は制度の番人であると同時に、一人ひとりの人生の節目に立ち会う存在です。「組織の未来を守りながら、個人の未来を尊重していく。」この難題から逃げずに、誠実に対話を重ね、ときには組織の在り方そのものを問い直していく。

 

その姿勢こそが、人事という専門職の矜持であり、皆さまがこの仕事を選ぶ理由なのだと、私には思われます。

 

完璧な答えは出せなくても、真摯に向き合い続けることはできます。その積み重ねが、組織と個人がともに成長できる良質な文化を育てていくのでしょう。

 

【完】

このコラムを書いたプロフェッショナル

及川 勝洋

及川 勝洋
一般社団法人地域連携プラットフォーム シニアリサーチャー

制度や理論を現場で機能させることを一貫して追究。学術研究と実務の知見を架橋し、人材育成・キャリア形成を横断的に探究。人事施策を実装可能な形に翻訳し、個人の納得感と組織の持続的成長を支える伴走者。

制度や理論を現場で機能させることを一貫して追究。学術研究と実務の知見を架橋し、人材育成・キャリア形成を横断的に探究。人事施策を実装可能な形に翻訳し、個人の納得感と組織の持続的成長を支える伴走者。

得意分野 法改正対策・助成金、労務・賃金、キャリア開発、資格取得、法務・品質管理・ISO
対応エリア 全国
所在地 志木市
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