マインドチェンジの実現法~精神的引越の内的変化を促す心身基盤
1.はじめに ~日本人のマインドの現状
組織の活性化において、社員一人一人がどの程度主体的に動くタイプなのかというのは大きな問題です。多くの社員にイキイキと主体的に働いてほしいと願う方は多いのではないでしょうか。
ここでは現状を把握するため、いくつか日本と世界を比べた統計データを見てみましょう。
上記の統計データからは、まず日本人は会社に対する貢献意欲・愛社精神が低く、今の会社で働き続けたいという勤務意向が低い半面、他の会社に転職する気があるわけでもないことが分かります。そして成長のための自己研鑽・自己啓発は特にせず、また「うまくいくか分からないこと」へ取り組む意欲も小さい傾向にあるということも分かるでしょう。
なかなか厳しい結果ですが、このようなマインドが蔓延している現状を良しとしている人はいないと思います。しかしどうしたら社員個々人のマインドチェンジを行い、より主体的な行動を引き出していけるでしょうか。
今回はマインドチェンジをテーマとして考えていきましょう。
2.人のマインドが変わるのは自己俯瞰ができたとき
そもそも人はどのようなときに自分のあり方を見直し、自分を変えていこうと思うのでしょうか。上司や先輩に「こうした方がいい」と指摘されて直すのでしょうか。
もちろん、若手の頃に上司に言われたことや会社のバリュー(行動規範)が染み付いて自分の行動原理になることはあります。ただ、それはマインドセットの「形成」であって、「マインドチェンジ」というわけではありません。一度出来上がった考え方を変えることは難しいものです。
ここで面白い例を使って人の変化を考えてみましょう。
カウンターのバー(酒場)で上司や顧客の愚痴を言っている人を想像してみてください。
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客:「今日も上司にこっぴどく叱られちゃってさー。本当もう嫌になっちゃうよ」
お酒を飲みながら愚痴を言い続けるシチュエーション、皆さんもこういう状況に遭遇したことがあるかもしれません。バーテンダーは何も言わずにお酒を作りながら話を聞いています。
客:「そもそも上司の指示の出し方が悪いんだよ。あんな漠然とした言い方されて分かるわけないじゃん」
客:「客も客で無理なことばっかり言ってくるし。こっちの立場にもなってくれってんだよ」
客:「・・・」
お客さんの愚痴は続きます。ただ、30分もしてくると徐々に変化が現れます。
客:「・・・まあ、僕の方に悪いところがあるってのも分かってるんだけどさ」
客:「こういうところを直していかないとなーとは思ってるんだ」
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さて、このように、誰に言われるわけでもないのに、自然と自分に目が向いて、お客さんが勝手に反省を始めるというケースはあるものです。さっきまで愚痴を言っていたのに、自分で反省して、自分で納得して、「さて、愚痴を言っていても始まらないから、明日からまた気持ちを入れ替えて頑張るか」などと言って帰っていくことになります。バーテンダーの方は何かをアドバイスするわけでもなく、話を聞いているだけです。
ここでは何が起こっているのでしょうか。
ポイントは、人は自分が話した言葉を自分で聞いて、そこで初めて自分の考えや思考を客観的に見ることができるということです。コーチングなどではこのことをオートクラインと言っています(もともと「オートクライン」という言葉は「分泌された物質が、分泌した細胞自身に作用すること」を意味する生物学の用語です)。重要なことは2つ、まず自分の思っていることを率直に全て吐き出すこと、そしてその際、周りの人間(ここではバーテンダー)は口を出さずにひたすら聞くことに集中することです。
他人からの言葉に対して人は反発しがちです。今回の例でも、もしバーテンダーが「そういう時は○○した方がいいんじゃないですか?」と言ったところでお客さんは反発するだけでしょう。逆に言えば、言いたいことを全て言ったとき、あるいは言ってよいと思ったとき、初めて自己防衛する必要がなくなって、自分の言葉を客観視することができるようになります。この時、「今まで話していたことは結局、全部今の自分を守るための言い訳に過ぎないんじゃないか」「本当は自分が悪いということも理解しているんじゃないか」と自分の内面への問いかけが始まるのです。
ここでの聞き手は聞き役に徹することで、話し手が自ら心情や意見を整理していくことを促しています。言い換えるとオートクラインを引き起こさせる役割を果たしており、意見や提案をいうことは求められていません。それを「傾聴」と言いますが、内省を促す非常に強力な手法(技術)であるため、コーチングだけでなくカウンセリングやセラピーなど様々な分野で必ず取り入れられていると言ってよいでしょう。単に「話をよく聞く」というわけではなく、相手に内的変化を生み出せることが目的であることを理解できると、ぐっとレベルが上がっていきます。
個人にマインドチェンジを促す場合、他人が「あなたにはこういう風に変わってほしい」というのではなく、まずは本人が自己俯瞰できるように手助けしてあげると良いでしょう。
3.マインドチェンジは精神的引越し
自己俯瞰することで今の自分の思考プロセスや心情を整理し、客観視できたとすると、本来期待されているマインドセットへの移行がしやすくなります。それは自己依存であったり、イノベーター志向であったり様々ですが、大体の場合は自分に求められているものやありたい姿というものは分かっているように思います。
ただ、重要なことは、マインドチェンジというものは大幅に考え方をチェンジするものであって、現状の延長線上にあるわけではないということです。ここでも例え話で考えてみましょう。
皆さん、沖縄は好きでしょうか。日本の中ではリゾートのイメージが強いと思います。では、以下の2つのパターンで沖縄への移動についてどう感じるか考えてみましょう。
- 会社から「沖縄に旅行に行ってください」と言われた。
- 会社から「沖縄に引っ越してください」と言われた。
1の場合は「嬉しい」「楽しみ」という印象を持つかもしれません。一方、2の場合は「え、ちょっと困る」「引っ越しというとワクワクというよりも不安の方が大きい」などの意見がでるのではないでしょうか。そう、旅行と引っ越しでは全く話が違うということです。そして、マインドチェンジというのは精神的な引っ越しのようなもので、2を求められているということです。
沖縄への旅行ではなく引っ越しするとなって初めて、「冬着はもういらないかな」であったり「水着を新しく買おうかな」など断捨離と新しい必需品が決まってきます。旅行では現状から大きく変わるわけではないので、このような発想にはなりません。
自分のマインドをチェンジするというのは、要するに自分が住む場所、住む世界を移動するということです。新しい世界に住むには何が必要で何が不要なのか、その取捨選択・断捨離が発生するということを理解すると、よりスムーズにマインドを変えていくことができるようになるでしょう。自己俯瞰が成功したとき、「自分はそっち側の(新しいマインドの)住人になるんだ」というひらめき、あるいは衝撃を受けるような体験になるはずです。
4.自己効力感を生み出す4つの源 ~心身の安定させることの重要性
このように精神的に大きな変化を伴うマインドチェンジですが、それをしっかり行動変化や実践につなげていくにはどうすればよいでしょうか。
まず必要なことは「自分ならできる」と思えること。これを自己効力感といいます。
ではこの自己効力感を高めるにはどうすればよいでしょうか。
自己効力感の概念を提唱したスタンフォード大学のアルバート・バンデューラ(1925-2021)は、自己効力感は以下の4種類によって変化すると指摘しました。
1. 制御体験(mastery experience)
自分の行動をコントロールすることで物事を成功に導いたという体験(成功体験)
2. 代理体験(vicarious experience)
身近な他者の事例・モデル
3. 社会的説得(social persuasion)
「あなたならできる」などの他者からの励ましや説得
4.生理的・感情的状態(psychological and mood status)
身体状態や気分
この中で最も大きな影響を持つものは制御体験、要するに自分で物事を完遂したという成功体験を積み上げることですが、その他にもロールモデルの存在や他者からの励まし、あるいはその時々の気分や身体状態が影響するというのは面白いことです。
特に、企業の中で看過されがちなのは4番目の「生理的・感情的状態」ということかもしれません。人は体調がよいと「何かできるかも」と思いますし、体調が悪ければ「ちょっと取り組む元気がない」となるものです。これは単純な体調でもそうですし、精神的な調子の良さでも同様です。
つまり、その人が身体的にも精神的にも健康で前向きでいられているということがマインドチェンジには大きな影響を持つということで、例えば社員の健康を維持するということはマインドチェンジにとっても重要な意味を持ちます。あるいは、以下のようなサポートも重要になるでしょう。
- 毎日きちんと朝食をとる
- 筋肉トレーニングやヨガを行って体力をつける
- お気に入りの服装や髪型、文房具を使っている
- 家の中はきちんと整理されている
- 家族との人間関係は解決している、会ってまずい人間はいない
- 収入が安定しており、経済的に将来不安がない 等
確かに小さな成功体験を積み重ねることや他者のロールモデルを紹介すること、また君ならできると励ましたりするような直接的な応援というものは重要ですが、よりマインドチェンジに必要な基盤としては、そもそも身心ともに安定し健康であることです。そしてそういった広い意味でのサポートをしっかり行っていくことが冒頭にもあった会社への帰属意識・貢献意識や自己啓発にも通じていき、全体としてのマインドチェンジを可能にしていくように思います。
前述の部分で「他人からの言葉に対して人は反発しがち」であると指摘しましたが、同じ意味でロールモデルの提示や言葉での励まし・説得はマインドチェンジへの反発を生む可能性も高いものです。それに比べ、社員の心身の基盤を整えていくことはじんわりと効く漢方薬のように、組織全体の雰囲気を変えることにもつながっていくでしょう。
5. おわりに ~持続的なマインドチェンジを起こしていくために
今の日本が内向き、後ろ向きになってしまっていることは冒頭の統計データでも見て取ることができます。しかし、主体的なマインドチェンジを起こすことは簡単なことではありません。
今回のコラムでは、そもそも人が変わるのは自分で自分を客観視(自己俯瞰)できたときだと指摘しました。人に「変われ」と言われれば言われるほど、逆に自己防衛しようとして今の自分の殻に閉じこもってしまいます。急がば回れ、と言いますが、まず自分はどうしたいのか、自分自身を見つめ直すためのサポートをすること、そして何事にも前向きになれるように心身両面の健康をサポートすること、そのうえで精神的な引っ越しを促すこと、これが重要ではないでしょうか。
人間は誰しも本来的に成長していきたいと思うものです。その主体性を発揮させるために何ができるか、是非皆さんも考えてみてほしいと思います。
※本コラムは、NTT HumanEX公式サイトにて掲載している記事を転載したものです。
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