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従業員の健康は、企業経営を支える重要な基盤である。しかし、過重労働による心身の不調や生活習慣病の増加、それらに伴う医療費負担の増加など、その基盤を揺るがすリスクは年々高まっている。そうした中、健康増進への取り組みを経営上の「コスト」ではなく、戦略的な「投資」と位置付け、生産性向上や医療費負担の削減、さらには成長性ある企業として社会的価値の向上を目指す「健康経営」への動きが広がっている。「前編」では「健康経営」をめぐる背景と動向、その取り組みを進める上でのポイントを紹介する。
近年、大手企業を中心に、社員の健康増進を重要な経営課題と位置づけ、積極的に推進する動きが活発化している。その際の重要なキーワードが「健康経営」だ。NPO法人健康経営研究会では「健康経営」を商標登録し、以下のように定義している。
「企業が従業員の健康に配慮することによって、経営面においても大きな成果が期待できる」との基盤に立って、健康管理を経営的視点から考え、戦略的に実践すること
行政でも、従業員の健康のための投資に関して、力を入れている。経済産業省と東証では、「健康経営」が従業員の活力向上や生産性向上など、組織の活性化をもたらし、結果的に業績向上や株価向上につながるとして、「健康経営銘柄」を選定。企業の利益追求と働く人の心身の健康維持を両立できれば、従業員個人の生活の質の向上と、企業活力の向上にもつながり、経営者と従業員が “Win-Win”の関係を構築できるというわけだ。
(1)「健康経営」に取り組む目的
では、企業の「健康経営」に関する取り組みを見ていこう。経団連が2015年に発表した『「健康経営」への取り組み状況』によると、「健康経営」に取り組んでいると回答した企業は98.5% に上り、強い関心があることがうかがえる。また、「健康経営」に取り組む目的を聞いたところ、「業務効率化・労働生産性の向上」82.0%が最も多く、以下、「経営上のリスク管理」74.3%、「従業員満足度の向上」56.3%が上位を占めた。
一見して分かるのは、「企業イメージ向上」のような外部からの評価よりも、従業員が健康な状態で仕事をすることによって、業務効率化の実現や生産性の向上を期待している、ということ。また、安全配慮義務の履行など、経営上のリスク管理を重視する傾向も見られた。その背景には、近年の過重労働に起因する心身の不調をめぐる問題や、健康リスクと人出不足に拍車を掛ける少子高齢化の問題がある。企業にとって従業員が健康を保ち、より長く活躍できる仕組みと施策を整えることは、まさにいま、経営上の喫緊の課題なのだ。
【図表1:「健康経営」に取り組む目的】
業務効率化・労働生産性の向上 | 82.0% |
経営上のリスク管理(安全配慮義務の履行) | 74.3% |
従業員満足度の向上(定着率・離職率等の改善) | 56.3% |
健保財政の健全化を通じた健康保険料の負担軽減 | 31.1% |
企業価値・イメージの向上 | 19.9% |
優秀な人材の確保 | 13.6% |
その他 | 6.3% |
(2)「健康経営施策」の取り組み内容
次に、具体的な取り組み内容を見ると、「専門職(産業医・産業保健スタッフなど)との連携体制を整備」90.3%、「健保組合などの保健事業への協力」80.6%と、産業保健の実務に携わる専門職や健康保険組合との連携が上位となった。続いて、「健康保持・増進に資する情報を従業員に提供」76.2%、相談窓口の充実や社員食堂の刷新などの「就労環境の改善」75.2%といった取り組みが多く見られた。さらに、「従業員の健康保持・増進に向けた課題把握・分析」68.9%、「従業員の健康保持・増進にかかわる施策の評価指標の設定・効果検証」61.7%など、課題把握やデータ分析にかかわる取り組みが 6 割を超えたのが目を引く。
【図表2:「健康経営施策」の取り組み内容】
専門職(産業医・産業保健スタッフなど)との連携体制を整備 | 90.3% |
健保組合などの保健事業への協力(従業員への保健事業周知、保健指導の勤務時間内の実施など) | 80.6% |
健康保持・増進に資する情報を従業員に提供(研修教育など) | 76.2% |
就労環境の改善(相談窓口の充実、社員食堂の刷新など) | 75.2% |
従業員の健康保持・増進に向けた課題を把握・分析 | 68.9% |
従業員の健康保持・増進にかかわる施策の 評価指標の設定・効果検証 | 61.7% |
経営方針などに「従業員の健康保持・増進」を明示し、社内に提示 | 51.9% |
担当執行役員や専門部署(職員)を配置 | 49.0% |
従業員の健康意識を高めるインセンティブ施策の実施 (福利厚生プログラムのポイント付与など) | 32.0% |
その他 | 13.1% |
(3)「健康経営」の「評価指標」
では、「健康経営」に対して、どのような「評価指標」を設けているのか。「健康経営」への「評価指標」について、「従業員の健康保持・増進にかかわる施策の評価指標の設定・効果検証」を行っていると回答した企業に聞いたところ、「定期健康診断の受診率」91.3%、「総労働時間数・残業時間数」72.4%、「定期健康診断の有所見率」68.5%といった「評価指標」が上位となっている。定期健康診断や労働時間数など、健康管理・労務管理の基礎データをベースに取り組む企業が多数を占めるが、「従業員の健康状態の改善率」55.1%など、効果検証を行っている企業の半数以上で、BMI(肥満判定)、血圧、脂質代謝などの数値を抽出して、従業員の傾向や改善度のデータ分析を行っていることが分かった。
【図表3:「健康経営」の「評価指標」】
定期健康診断の受診率 | 91.3% |
総労働時間数・残業時間数 | 72.4% |
定期健康診断の有所見率 | 68.5% |
従業員の健康状態の改善率(BMI、血圧、脂質代謝などの各種数値) | 55.1% |
病気休暇等の取得日数 | 52.0% |
健康保持・増進プログラムの参加率 | 44.1% |
医療給付費の推移(1人当たり、年齢・階層別) | 38.6% |
従業員の生活習慣・意識調査結果(取り組み意欲、エンゲージメントなど) | 33.9% |
その他 | 22.8% |
(4)今後の課題
「健康経営」が求められる中、企業では今後の課題をどのように認識しているのか。結果を見ると、「従業員の関心・取り組み意欲の向上」が89.8%で、約9割の企業が挙げている。先に見た「健康経営施策」の取り組み内容(図表2)では、「従業員の健康意識を高めるインセンティブ施策の実施」は32.0%と相対的に低くなっているため、今後は、各企業で従業員それぞれの取り組み意欲を向上させるための工夫が求められている。
また現在、政府は個々人が健康増進に取り組むことを企図したインセンティブ措置(ヘルスケアポイントの付与や保険料軽減など)を検討しているが、「健康増進活動へのインセンティブ措置にかかわるガイドラインの早期提示」は20.9%にとどまり、政府の施策に関する認知度はまだ低い。政府においても、推進策の検討・周知が期待されるところだ。それに対して、「取り組み推進にかかわる連携体制の整備や役割分担」は54.4%と、半数超の企業が挙げている点が目立つ。専門職や保険者との連携は進む一方で、社内全体の体制づくりや部署間連携、職場・ラインの協力などが課題となっていると考えられる。
【図表4:今後の課題】
従業員の関心・取り組み意欲の向上 | 89.8% |
取り組み推進にかかわる連携体制の整備や役割分担 | 54.4% |
取り組み推進にかかわる予算・人員確保 | 50.5% |
取り組み推進にかかわる情報収集(実施手順や課題抽出に関わる助言) | 46.6% |
経営層のコミットメント・課題共有 | 44.7% |
高齢者医療費への拠出金負担の軽減(保健事業の予算確保) | 40.8% |
健康情報の取り扱いや個人情報保護にかかわる手続きの明確化 | 39.8% |
健康増進活動へのインセンティブ措置にかかわるガイドラインの早期提示 | 20.9% |
その他 | 6.3% |
*図表1~4:『「健康経営」への取り組み状況』(経団連・2015年)
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