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成長と適応力を高めるリスキリング実践法(後編)

昨今、多くの企業で注目されているテーマの一つが「リスキリング(学び直し)」です。DXの推進や人的資本経営の潮流の中で、その重要性はますます高まっています。

本記事では、リスキリングの定義や注目される背景を整理し、企業が取り組む際の推進フレームワークを解説します。

前編では、リスキリングの概要と、施策を成功させるための土台づくりについて紹介しました。
後編では、施策を実践するための「6つの具体的施策」と、それらを人事制度全体に組み込む際の「制度設計・運用のポイント」を詳しく解説します。


目次
<前編>
‐リスキリングとは
‐リスキリングに注目が集まる背景
‐リスキリング・学び直しの推進を支えるフレームワーク

<後編>
‐リスキリングを定着させる6つの具体的施策と制度設計
‐リスキリングの具体的な実施施策
‐リスキリング実施にあたり企業は各種制度・施策との連動を



リスキリングの具体的な実施施策
フレームワークをもとにして、リスキリングに関する6つの実施案をまとめます。

1.スキルアップを実感する、社内外へ発信できる場の提供
2.学びに対する取り組みや成果を評価やインセンティブにして表す
3.ベテラン社員の定期的な仕事に対する変化の創出
4.「上り」「現状維持」のコースを明確にして、自分のコースを自分で選択する
5.「下り」を認めることで結果的にスキルアップを促す
6.すべては管理職の評価へ還元する


1.スキルアップを実感する、社内外へ発信できる場の提供
まず、学び、成長する文化を定着させていくためには、従業員がその効果を実感し、周囲から認められ、褒められ、評価される機会が必要となるでしょう。

若手であっても、自らの知見や専門性、さらにはそこから導き出される事業や製品のあり方等を整理し、社内の自部門・他部門に対して定期的に発信を行うことは、本人にとって成長を実感するよい機会です。同時に組織としてはナレッジの蓄積であり、結果的に新たな製品・サービス等を生み出すうえでのヒントとなります。
 
また、専門性のあるベテランの価値ある発信は、若手社員にとっての学びであり、さらにはロールモデルやお手本として、今後のキャリアを考えるうえでのモチベーションにもなるでしょう。
 
発信する側のベテランにとっても、定期的な発信を行うためには否応なく学び直しが必要です。その一方でアウトプットに対する周囲の評価や感謝は大きなモチベーションにもつながるのではないでしょうか。
 
特に、若手の成長に寄与すること、頼られる存在として認知されることは、モチベーションの基礎となる承認欲求を満たし、自らの存在価値を再び実感することになるでしょう。

また、社外への発信であれば、本人の市場価値への向上につながり、さらには会社としてのブランディングに貢献できる可能性もあります。

近年のITテクノロジーの進化、およびテレワーク化の促進によって、社内のポータルサイトやWeb会議・ウェビナーシステム、社内SNS等の活用が進んだことで、これまで以上に自らの考えを発信し、双方向に評価、ディスカッションできる環境は作りやすくなっています。

人事部門や教育部門がその後押しを行うことで、全社的な発信を行うための環境を用意し、従業員同士が学び合い、承認し合う環境を作ることが何よりも重要であるでしょう。


2.学びに対する取り組みや成果を評価やインセンティブにして表す
職務や職責に対して、活かしてほしい具体的な資格やビジネススキル、知識等を定義しておき、学びの方向性をある程度組織的にデザインすることが、効果的な学習と上長のサポートにつながると考えます。

そのうえで、単に資格を取る、スキルを取得することに対してではなく、それを活かした具体的な業務の成果や目標達成に対して、インセンティブを支給する制度も、学びを定着することへの一案となるのではないでしょうか。

特に、管理職と比較して、職務ごとの比較が難しい非管理職社員の処遇は、全般的に管理職よりも低い水準に留まるケースも多いでしょう。
 
そのため、結果的に処遇への不満やキャリアへの不安、ひいてはモチベーション低下による、スキルアップや変化へのチャレンジへの意欲減退、といった負のプロセスへ追いやられるリスクがあります。

そこで、学びから得られた成果に対して、賞与やインセンティブ等でメリハリをつけて報いることは、そのリスクを軽減することになるのではないでしょうか。

また、目標管理を実施するのであれば、上記と連動して進捗を上長がサポートし、成果を出した本人だけではなく、それをサポートした上長も評価される評価制度設計にすることで、チームとして、学びへの意識を高めることもできるのではないかと考えます。
 

3.ベテラン社員の定期的な仕事に対する変化の創出
若手時代と比較すると、中高年になるにつれてローテーションや未知なる職務への異動は少なくなることが一般的です。

本来、専門性が高まる中で、新しい職務を経験することが必ずしもプラスになるとは限りません。しかし、同一の職務に留まることで、学びへの姿勢が失われ、仕事もルーチン化して、新しい価値を生み出しづらくなるとも考えられます。
 
それを防ぐためには、一定期間で新しい職務や事業に向き合う時間を提供することも必要となるでしょう。

企業によっては、10年単位で2回、あるいは50歳までは5年周期で、部レベルで異動というようなローテーションプランを取っているところも多いでしょう。ですが、実現できていない、機能していなくても人事が介入できていない、というケースが少なからずあります。
 
部門としては、ルーチン業務であっても一定の成果が上がっているため、外部に出しづらい/出したくないと思っている社員の場合、社員本人にとっては学びの場を奪われていたり、可能性の芽を摘まれていたりするかもしれません。

こういった観点でも、経営が学びや成長にコミットすることや、管理職が個人の育成やキャリアに関わる前提が成立していなければ、制度や運用は機能しません。

この場合、
・人事部門が一定期間以上、同一職務や部門で滞留している従業員をピックアップし、本人および上長や部門長とキャリアについて対話を行い、今後の配置計画を共に考える
・異動やローテーションに至らずとも、社内的なプロジェクトや新規事業等に積極的に関与させる
・社内公募を「一定の成果を生み出した社員の長年の功績に報いる権利」として、短期的な成果や現在の業務を度外視して、本人がキャリアを自律的に選択するために実施する
というようなしくみも考えられます。


4.「上り」「現状維持」のコースを明確にして、自分のコースを自分で選択する
ただし、「学び続ける」ことがすべての従業員に可能かと問われれば、決してそうではないと思われます。

通常の制度に当てはめた場合、学び続けることが難しい社員はひたすら評価されず、処遇が下がり続ける可能性が高いでしょう。そうすると当然、モチベーションも低下し、周囲の社員への悪影響も懸念されます。

一方で、そういった従業員も一定のパフォーマンスが発揮できているのであれば、安易に低評価をつけることでモチベーションを下げるのではなく、適切な処遇でパフォーマンスを出してもらうような制度を検討する必要があるのではないか、と考えます。
具体的には下記のようなコース設計を提案します。
※管理職一歩手前(30代半ば~40代前半)で下記を選択するイメージ

<マネジメントライン>
高いマネジメントスキルを要する管理職ライン。高処遇だが、職責や成果に合わせて処遇やポストは変動する。

<スペシャリストライン>
高い社内外への発信力や巻き込み力、自他ともに高い専門性を持ったスペシャリストライン。マネジメントよりも高処遇だが、職責や成果に合わせて処遇やポストは変動する。

<エキスパートライン>
高処遇ではないが、一定のパフォーマンスを生み出すことを前提に安定した処遇と、ストレスなく自分の仕事に打ち込むことを保障したスペシャリスト用のライン
 

ここで重要なのは、
「自らコース選択すること」
「一度選んだコースは数年後に再選択できること」
ということです。


評価結果や上長判断で自動的にコースが決定される制度が多いですが、本人が選択しなければ、覚悟付けや納得感は得られません。

また、高いパフォーマンスを出すことができる自負があればマネジメントやスペシャリストを選択することもあると考えます。ですが、「もうちょっと無理」となったときに、辞める、処遇ミスマッチで居座る以外の選択肢を準備しておく必要があるのではないでしょうか。

従業員が自らのライフプランの中で、様々な選択肢を持てることは、キャリアについて自律的に考え、必要な学びを得ることにつながるのではないかと考えます。


5.「下り」を認めることで結果的にスキルアップを促す
あわせて、上記のエキスパートラインや、所定の年齢以上の社員は、一定の時間(たとえば週1日)を自らの時間として使うことを許可するのも一考ではないでしょうか。

その時間は自己研鑽に使うもよし、副業に使うもよし、はたまた転職活動を行うもよしとする、というものです。
 
副業や転職活動については、ネガティブにとらえられる可能性もありますが、
・ビジネスにおける自分の市場価値を知る
・スキルアップの必要性や不足している経験について知る
・活動の結果として自社のよさに気付く
・無理やりな退職への誘導はエンゲージメントの低下や現場への負担につながるが、
スムーズかつ計画的な退職は自然な世代交代につながる
等が、結果的に従業員の質を高め、学びやパフォーマンス向上につながる可能性もあります。

こういった自己裁量の幅を持たせることは、社員のエンゲージメントにつながるでしょう。
 
生まれた工数的な余白については、逆に外部からの副業やスキルシェア等、多様性をもって埋めることができれば、組織に変化が生まれる可能性があります。


6.すべては管理職の評価へ還元する
このような施策は、現場の管理職の協力や理解なしでは実現できません。そのために、人材育成や学びの組織文化形成に努めた管理職は評価や処遇によって還元される制度にすることが必要です。

考えられる案としては、前項までの施策に対する協力状況、人材輩出状況、1on1の実施状況やパルスサーベイ、部下からの評価等から、組織的な学びと成長に寄与しているかどうかを昇格時の要素に含むこと、等が挙げられます。



リスキリング実施にあたり企業は各種制度・施策との連動を
リスキリングは、従業員個人の資質や意思にかかわらず、企業全体、組織全体で推進することによって、個人のスキルアップや努力・研鑽を、組織としての成長やエンゲージメント、最終的には企業価値の向上にまで連動させるものです。変化の大きい時代においては欠かすことができないファクターといえるでしょう。

そのためには、リスキリングや学び直しは単なる教育施策ではなく、「戦略人事と経路依存性から考える、企業経営で成功する人事施策とは」でも触れられているように、経路依存性を意識しながら、等級制度、評価、処遇、配置といった様々な制度や運用の中で組み込まなければ、具体的な成果にはつながらないと考えます。
DXを推進するのであれば、一部の「DX人材」を高く処遇し採用したり、適性のある一部の社員を選抜して教育したりするだけでは不十分です。

すべての従業員、部門がデジタル化や変革のあり方について学び直し、そのメリットや必要性、何より自分の成果や業務に役立ち、処遇や評価につながるという体感がなければ、その効果は限定的なものとなるでしょう。

また、特に学び直しが必要とされる中高年社員に対しては、様々なライフスタイルや価値観がある中で、学び直しができない、成長ができない層も一定する存在することを理解・尊重する必要があるでしょう。

そのうえで、従業員自らがキャリアを選択すること、さらにはいつでも選び直しを可能とするしくみが必要になると考えられます。

自分たちの先輩がどのようにキャリアを積み、どのように処遇されるか、若手社員は必ず見ています。「自分はああはなりたくない」と思わせた瞬間に、会社に対するエンゲージメントは一気に低下します。

特に企業、組織、上司としての論理を個人のキャリアや成長よりも優先したタイミングで、本人以上に周囲が敏感に反応します。

そのためには、人事部門だけではなく企業として、個人のキャリアを尊重することこそが、最終的には企業の持続的な成長につながるということを、まずは明確に社内外に発信してほしいと願っています。

 

 

このコラムを書いたプロフェッショナル

伊藤 裕之

伊藤 裕之
株式会社Works Human Intelligence / WHI総研シニアマネージャー

大手企業の人事業務設計・運用に携わった経験と、約1200法人グループのユーザーから得られた事例・ノウハウを分析し、人事トピックに関する情報を発信。

大手企業の人事業務設計・運用に携わった経験と、約1200法人グループのユーザーから得られた事例・ノウハウを分析し、人事トピックに関する情報を発信。

得意分野 経営戦略・経営管理、モチベーション・組織活性化、労務・賃金、人事考課・目標管理、キャリア開発
対応エリア 全国
所在地 港区
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