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成長と適応力を高めるリスキリング実践法(前編)

昨今、多くの企業で注目されているテーマの一つが「リスキリング(学び直し)」です。DXの推進や人的資本経営の潮流の中で、その重要性はますます高まっています。

本記事では、リスキリングの定義や注目される背景を整理し、企業が取り組む際の推進フレームワークを解説します。

前編では、リスキリングの概要と、施策を成功させるための土台づくりについて紹介します。
後編では、施策を実践するための「6つの具体的施策」と、それらを人事制度全体に組み込む際の「制度設計・運用のポイント」を詳しく解説します。


目次
<前編>

リスキリングとは
リスキリングに注目が集まる背景
リスキリング・学び直しの推進を支えるフレームワーク

<後編>
‐リスキリングを定着させる6つの具体的施策と制度設計
‐リスキリングの具体的な実施施策
‐リスキリング実施にあたり企業は各種制度・施策との連動を


リスキリングとは

リスキリング(リスキル、学び直し)とは、「企業が従業員に対して新しいスキル、技術を身に付けさせることで、新たな価値、サービスの創出や生産性の向上、ひいては従業員の市場価値の向上につなげること」と一般的に定義づけられています。

リスキリングという言葉が世界的に認知、流行したきっかけは、2020年1月のダボス会議(世界経済フォーラムの年次総会)で、『リスキリング革命(Reskilling Revolution)』が提唱されたことにあります。

『リスキリング革命』とは、第4次産業革命に伴う技術の変化に対応した新たなスキルを獲得するために、2030年までに世界の10億人によりよい教育、スキル、仕事を提供するという戦略です。
 
この実現に向けて、ブラジル、フランス、インド、パキスタン、ロシア連邦、アラブ首長国連邦、米国といった各国政府が人材育成に関する政策を実施しています。賛同したグローバル企業はパートナーとして参画し、資金や教育プログラムを提供します。
 
日本においては、経済産業省が「第四次産業革命スキル習得講座認定制度」を立ちあげました。これは、IT・データを中心とした将来の成長が強く見込まれ、雇用創出に貢献する分野において、社会人が高度な専門性を身に付けてキャリアアップを図る、専門的・実践的な教育訓練講座という位置づけになります。

また、厚生労働省の「教育訓練給付制度(専門実践教育訓練)」と連携し、従業員に専門実践教育訓練を受講、または受講を支援する場合に、人材開発支援助成金により、訓練経費や訓練期間中の賃金の一部について助成を受けることも可能です。



リスキリングに注目が集まる背景
さて、このような形でリスキリングがクローズアップされている背景には大きく分けて以下の3つの理由があります。

 

 



1.DX(デジタルトランスフォーメーション)に象徴される、サービスや業務のデジタル化
ここ数年、日本の各企業において、デジタル化への対応が必須となっています。ビジネスでの新しい製品/サービスの開発、販売において、より競争力のある製品を開発したり、より広く製品を販売したりするためには、新しいテクノロジーやITサービスの活用が必要不可欠です。

また、普段の業務においても、これまで紙や対面で当然のように行われていた手続きが、新しいクラウドサービスやRPA、AIの導入によって自動化・オンライン化され、生産性が向上することは、ビジネス上だけでなく社会的にも認知されています。

人事領域においても、人事データを活用して、育成、要員配置、エンゲージメント等に活かそうとしている企業も多いのではないでしょうか。

その象徴となるキーワードがDXであり、推進役として「DX人材」といわれる役割が必要となり、採用や育成が急務とされています。

ただし、企業が求める「DX人材」といわれる人間をすぐに外部から確保してくることは容易ではありません。
 
そのため、既存の従業員に対して、デジタル化、あるいは新しいテクノロジー、スキル、トレンドに対する教育を行い、組織的な底上げをした方が速く、効率的である(というよりも他に選択肢がない)と考える企業の方が多いのではないでしょうか。


2.リスキリングに対する企業の取り組みに対する、市場・投資家からの目
 

以前の記事「人的資本の情報開示が求められる背景と日本企業に必要な対策とは」において言及した、「人材版伊藤レポート」でも、リスキリングは重要な視点の1つとして取り上げられています。
従業員を人的資源(現在の労働力、コスト)としてとらえるのではなく、投資し価値を高める対象である人的資本として考えてみましょう。そうすると、従業員が新しいスキルや技術を身に付けるため(リスキリング)に投資することは、生産性や価値創造、ひいては、企業としての資産、リターンにつながるという重要な視点になります。

また、そういった環境で働くという経験は、従業員のビジネス市場価値や処遇を高め、結果的に企業へのエンゲージメントを高める効果もある、と結論づけられており、市場・投資家からも注目されています。
 

3.大手企業を中心にコア年齢層となる、40代・50代社員の活性化の必要性
元々日本企業において教育やスキルアップはOJTと個人の自己研鑽が中心であり、企業として明確な資本投資が行われているとは(少なくとも諸外国と比較して)いえない状況です。

 
また、OJTの対象外となる中堅層以降では完全に自主的な学びの量にゆだねられているのが現実です。さらに意欲があったとしても、公私とも最も繁忙である時期に、自発的に十分な時間や費用をかけることは現実的には難しい状況にあるといえるでしょう。
 
十分な学びを得ることなく現業に追われることは、40代後半や50代になるころ、あるいは管理職を外れたときにパフォーマンスを上げられなくなっている中高年社員を生み出す原因になりかねません。

各企業においては、従業員の平均年齢が40歳を超えつつあり、40代、50代が企業の労働力の中心です。

このコア世代が、デジタル化・グローバル化・コロナ禍等による市場環境の変化に対応し、事業の変化や新しいサービスや業務へのキャッチアップ、関連するスキルや知識の習得に努めて、パフォーマンスや生産性が維持・向上しなければ、企業の業績や価値の低減につながる可能性があります。
 
逆に、今後経験と学びが融合されれば、より大きな成果が生まれる余地が大きい、とも考えられます。
リスキリング自体はDXの文脈の中で語られることが多いですが、DXを抜きにしても、特に中高年社員を中心に学びなおしを行うことは企業の業績、生産性、価値創造に必須であるでしょう。


リスキリング・学び直しの推進を支えるフレームワーク
ここでは、DXの観点だけではなく、業務や成果に必要なリスキリングを推進するにあたり、企業や組織が共通認識として持っておくべきフレームワークを提示します。

単純にリスキリングを支援する、あるいは自己研鑽を積むことを奨励する、だけでは効果が薄く、定着にはつながらないと考えられます。そのため、制度と業務の連動によって浸透を図り、学びを組織文化として定着させる必要があるでしょう。

そのフレームワークは大きく分けて以下の3つです。
1.企業として、学びの重要性を明確に発信する
2.管理職のパラダイムシフト
3.学びを後押しする、制度と施策の実施

 

1.企業として、学びの重要性を明確に発信する
まず大前提として、学びの重要性、リスキリングへの投資や支援についての方向性を、企業として社内外に明確に打ち出すことが必要です。

社外向けには、企業のコーポレートサイトやサスティナビリティレポートで、階層別の研修内容や1年間の平均研修時間について開示されることが多くなっています。

そこから、企業の重要課題や中期計画で提示されている、戦略や方針の実現を担う人材の育成にどのような形で寄与することを想定しているのか、と具体的な人材のスキルやマインド例を示します。

そして、何年後に何人を新規事業に配置する、といった目標および完了後のエビデンスを示したうえで、組織としての学びの文化を形成する過程を示す、ストーリー立てが必要になるでしょう。

また、社外だけでなく社内向けにも同様に発信する必要があります。そうしなければ(そうであっても)、個々の現場においては、中長期的なスキルアップや研鑽よりも、短期的な業務への工数投下が優先されてしまいがちだからです。

・学びたい、スキルアップが必要となる、と判断したシーンで、自信を持ってその時間を費やすことを企業として制度面、運用面で支援していること
・企業の目標値として必要なKPIが公開されていること
・従業員が学びの重要性を認識していること
 
が、各施策を実施するにあたっての大前提となります。

 

2.管理職のパラダイムシフト
どんな施策も現場の部門長、管理職の協力と理解がなければ、実現も定着も難しいと思われますが、人材育成はまさにその代表例でしょう。

まず、管理職は組織のリーダーであり、部下の育成にコミットする必要があります。そのうえで、企業が人的資本である彼らに対する投資を行い、組織や企業の成長をリードする存在に導くための主担当であることを再度定義し、お互いの共通認識としなければなりません。
 
さらに管理職には、

・部門で必要なビジネススキルや経験を言語化して定義し、メンバーの特性に合わせて必要な育成計画やキャリアをデザインする
・自組織に限らず、社内外にアンテナを立てて、トレンドや最新情報をインプットし、メンバーの学びに対する好奇心を喚起する
・今後増えるであろう「年上のチームメンバー」「自分よりもスキルのあるスペシャリスト」等にも、学び直しやスキルアップの必要性を理解(納得)してもらう
 
等、学びの組織文化を構築していくことが求められます。

そのためには、管理職を選出、配置する際にこれまでのような「プレイヤーとして優秀」という要素だけでなく、チームとして成果を出すことができるか、部下や後輩の成長を共に喜ぶようなメンタリティを持っているか等、重要となるコンピテンシーの見直しが求められる可能性が高くなります。

管理職自身も管理職となる前に適切なマインドセットが必要です。そのタイミングで必要となるコンピテンシーや職務に違和感があれば、管理職ではなくスペシャリストやエキスパートを選択することを尊重し、処遇することも必要となるのではないでしょうか


3.学びを後押しする、制度と施策の実施
そのうえで、人事制度や施策の中で、現場の学びの促進を後押しし、管理職をサポートしなければなりません。

たとえば、2で掲げた学びの組織文化を構築するプロセスは、現場管理職や部門長1人が行うことは極めて困難です。人事メンバーが間に入りながら部門横断的に実施して至った方が効率的であり、多くの賛同を得られるでしょう。

 


前編では、リスキリングの基本概念から、今企業が取り組むべき背景、そして推進のための土台となるフレームワークについて解説しました。特に「管理職のパラダイムシフト」や「企業としての明確な発信」は、制度を作る以前の重要なステップとなります。 続く後編では、このフレームワークをもとにした具体的な「6つの実施施策」と、それらを既存の人事制度とどのように連動させていくべきかについて詳しくご紹介します

 

 

 

このコラムを書いたプロフェッショナル

伊藤 裕之

伊藤 裕之
株式会社Works Human Intelligence / WHI総研シニアマネージャー

大手企業の人事業務設計・運用に携わった経験と、約1200法人グループのユーザーから得られた事例・ノウハウを分析し、人事トピックに関する情報を発信。

大手企業の人事業務設計・運用に携わった経験と、約1200法人グループのユーザーから得られた事例・ノウハウを分析し、人事トピックに関する情報を発信。

得意分野 経営戦略・経営管理、モチベーション・組織活性化、労務・賃金、人事考課・目標管理、キャリア開発
対応エリア 全国
所在地 港区
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