高校野球 「カット打法問題が提起したコンプライアンス問題」
秋も深まり、もうかなり昔のことのような気がしますが、今年も高校野球では、球児たちの奮闘が見る者の心を熱くしました。
夏の甲子園では、花巻東高校の選手のいわゆる カット打法問題 に関しての議論が巻き起こりました。企業のコンプライアンスを支援する者として、ここから多くの学びを得ることができます。とくに、ネット上で展開された、かならずしも野球に詳しくない人たちのさまざまな意見や感情の発露は、コンプライアンス問題の発生時に、社内外でどんな疑念や不満が発生するかについての格好のシミュレーションの素材を提供してくれたのです。
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まず、カット打法問題について要約しておきましょう。花巻東高校のA選手がフォアボールで出塁することを主要な目的にして(積極的に打つときもあるのですが)、手首を返さずにバットにボールを当て、意図的にファウルをたくさん打ついわゆる カット打法 を行っていたことに対し、大会審判部は準々決勝が終わった段階で、この打法が高校野球特別規則* に抵触しスリーバント失敗(すなわち三振)とみなされる恐れがあることを監督らに伝えました。その結果、事実上A選手のカット打法が封印されたこと、を言います。
この件に関し、多くの人達が異議あり!と指摘していたのは主に以下の5つの点でした。
一つ目は、ルールの正当性についての問題です。そもそも、この規則は一般の野球ルールにはなく、高校野球独自のものです。ルールの背景にある目的と手段の関係から見て、この高校野球規則は果たして正当性があるのか?ということへの問題提起がたくさんなされました。体格に恵まれないA選手が生き残りのために必死で編み出した技術を、目的のはっきりしないルールで禁止することのほうがおかしいと。
会社においても、法令や社内規程に違反する行為があった場合に、そもそもこのルールこそがおかしいのだ、存在していることが間違いだ、という風に開き直られることがあります。実際におかしいルールもかなりあるから困ったものです(とくに社内ルール)。ルールを作り、維持するべき人間にとっては、その存在理由が明確で、目的の達成にむかってきっちりと運用され、きちんと答えられるようにしておくことはとても重要なことです。また、正当性のない不要なルールは捨てることも重要です。
二つ目は、高校球児たちがこのルールを知る状態にあったかどうかの問題です。本ルールの場合、とくに高校野球特有ということなので、よほど周知しておかないと、監督やコーチ、球児たちが見逃す可能性があります。要するに、しっかりと告知しない方が悪いのであって、球児に瑕疵はないのではないか、という意見です。私自身は高校野球ファンで、以前このルールが適用されたTV中継を見ていたことから、この特別規則は誰でも知っていると思っていたのですが、すでに20年も前の話であり、報道によれば監督やコーチ、当人もルールの存在を知らなかったとのことでした。
企業においても「そんなルールがあったなんて一度も聞いていないし、知っている人のほうが少ないのに、処罰するのはおかしい」などと言われることがあります。普及していないルールの適用には当然ながら、なんらかのネガティブな反応が返ってきます。ルールの普及活動はしっかりしておかなければなりません。
三つ目は、ルール違反になるかどうかの解釈の問題です。
打つ前後にバットに添えた両手がはなれているから違反なのか? 2ストライク以降のファールカットは全部アウトなのか? など、ルールが適用される具体的な基準の問題です。ある時はファールで逃げることを巧打者の技術として賞賛することすらあるのに、いったい何がNGで何がセーフなのか・・・こういった基準は、様々な事例の積み重ねのなかで、だんだん安定してくるもので、稀にしか起こらない場合、とくに初期のルール運用はとても難しいものです。これらのルール解釈は、あえて言うまでもなく、我々コンプライアンス担当者を常に悩ませる難しい問題ですが、やはり、ある一定以上の明確性を確保しておかなければなりません。
四つ目は、判断の一貫性の問題です。
県予選から準々決勝まではOKだったのに、なんで準決勝から突然NGになるんだ。ということについては多くの人が憤慨しながら指摘していました。またこの関連で想起されるのは、別の審判だったらOKなのに、なんでこの審判はNGなのか、といったような、人や場所の違いによる判断基準の揺れの問題もあります。
これらもまた、我々が普段から悩まされている問題です。ルール適用の一貫性がないと社内は混乱します。もともとNGだったのにそれを知らずに許容していたことを、やっぱりNGだからという風にルールの適用を変更することは実務上大変難しい問題です。区切りの良いところまではOKにし、その後NGにすれば良いのではないかという意見は出ますが、一方でNGであると認識しつつ、それを許容することに対する問題もあります。また、人や場所によるルール適用の違いは、確実につぶしていかなければ、大きな不公平感に繋がります。
五つ目は、ルール違反であることを決定する機関(決定者)と伝達方法についての問題です。
プレーに関しての決定をするのは、高野連審判部なのか?個々の審判なのか?判断をする機関(人か会議)は誰かという問題です。本来そのプレーの可否を判断すべきは、個々の審判のはずですが、高野連の審判部が事前にウォーニングを出したことに批判が出たのです。当時の状況を考えれば、いろいろな観点から総合的に判断した審判部が、審判個人による現行犯的なルールの適用ではなく、教育的指導の形式で事前に伝達したことの事情は理解できます。しかし、その方法がそれで良かったのか、ということです。ネット上では、高野連の圧力だ!と強い非難が展開されていました。
私たちの実務においても、明らかな違法行為などをさばく懲罰委員会は別にして、小さなNG行為に対しは、それを誰がNGと認定しどのように伝達するかについては、かなり状況依存的に動くことが多いように思われます。これらの実施にも細心の注意をしておかないと、会社や経営層の横暴と取られる可能性があることをこの事例が明らかにしてくれています。
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このように、カット打法について世論的に湧きあがった5つの問題提起は、私たちがコンプライアンス問題を目の前にしたときに、その処置が適切に行われなければ(行われたとしても)、社内に湧きおこるであろう不平や不満の類の内容の予測を可能にしてくれます。
コンプライアンス運用体制の構築においては、どちらかというと、ルールの設定や、違反かどうかの解釈に大きなパワーが掛っており、相対的に他の観点への対応が後回しになる傾向があるのですが、今回のカット打法問題の事例を通して、あらためて、あらゆる点に目配りをして設計運営していかなければならないということを強く認識させられることになりました。
以上
*高校野球特別規則17項 バントの定義
「バントとは、バットをスイングしないで、内野をゆるく転がるように意識的にミートした打球である。自分の好む投球を待つために、打者が意識的にファウルするような、いわゆる“カット打法”はそのときの打者の動作(バットをスイングしたか否か)により、審判員がバントと判断する場合もある」
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秋山 進(アキヤマ ススム) プリンシプル・コンサルティング・グループ代表取締役
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