HRデータの戦略的活用による人的資本経営 -前半-
企業を取り巻く環境変化
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)による影響が長期化するなか、企業を取り巻く環境は大きく変化しています。働き方改革やデジタル化の波に加え、ESG/SDGsに係る対応など、人事領域においても今まで以上に変革が求められています。特に、持続可能な社会に向けた取組みが世界全体のトレンドとなっており、国際標準化機構(ISO)が人的資本の情報開示に関するガイドラインを示すなど国際的な検討が進んでいます。日本でも改訂コーポレートガバナンス・コードなどを通じてその重要性が認識されるなか、企業が企業価値を向上させていくためには、人的資本の情報開示要請の強化に備えるべく、HRデータを蓄積・活用する必要があります。
なお、本文中の意見に関する部分については、筆者の私見であることをあらかじめお断りいたします。
企業価値は「財務諸表に表れる価値」と「財務諸表に表れない価値」の合計
では、企業価値向上につながる人的資本経営を実現するためには、具体的にどのようなことに取り組むべきでしょうか。今回は、HRデータの戦略的な活用の観点からみていきます。
まず「企業価値の向上」について考えます。企業価値の考え方は1つではありませんが、ここでは「財務諸表に表れる価値」と、「財務諸表に表れない価値」の合計と定義します。
「財務諸表に表れる価値」とは、資産や利益など、貸借対照表や損益計算書といった財務諸表に表れる金額のことです。これらの価値は、主に社内での企業活動によって生まれます。
一方で「財務諸表に表れない価値」は、時価総額から財務諸表に表れる価値を引いたもので、財務諸表には金額として掲載されていないけれども、時価総額には表れる価値です。このような価値は、一般的にインタンジブルズ(無形資産、非財務価値)と呼ばれ、投資家からの期待によって生まれます。
高まるインタンジブルズの価値
実際に企業価値に占めるインタンジブルズの割合の変化を見てみます。アメリカのS&P500において、インタンジブルズが企業価値に占める割合は1975年の17%から2020年には90%に向上しており、インタンジブルズの価値が急速に高まっています(図1)。これは、インタンジブルズの価値を高めなければ企業価値が向上していかない、ということです。
一方日経225で同じデータを見てみると、インタンジブルズの割合は2020年で32%となっています。現状、欧米に比べてインタンジブルズの割合が低い日本ですが、課題としては認識されており、コーポレートガバナンス・コードの改訂や、有価証券報告書における人的資本情報開示の義務化など、人的資本をはじめとする、インタンジブルズの価値を高めるための取組みが進められています。
人的資本経営で企業価値を高めるには
人的資本経営は、インタンジブルズの価値を高めるための重要な取組みであり、一般的に「人材を資産として捉え、投資することで企業価値を高めるもの」と言われます。では、具体的に、企業価値向上につながる2つの観点に着目し解説します。(図2)。
なお、2つの観点の関係性については、後半で説明します。
価値向上策① 社内の人事施策による生産性と利益率の向上
まず、社内の人材投資が企業価値にどうつながるのかについて考えます。具体的には、人材の採用、配置、育成、評価といった人事施策への投資が企業の生産性向上につながる可能性があります。例えば、効果的な育成施策により人材レベルが向上し、生産性が高まり、収益の向上につながるケースです。
そこで重要になるのが、適切なKPIを設定することです。外部環境や自社の状況を踏まえて、目標値としてのKPIをどの程度の水準で設定するかによって、努力の度合いが可視化され、どの領域にどれくらい投資するのかが決めやすくなります。
価値向上策② 社外への適切な情報開示による投資家からの期待値向上
続いて、社外への情報開示で生み出される価値について考えます。ここでポイントになるのは、人材価値向上に向けた取組みについて投資家に理解してもらうことで、自社の将来への期待値を向上させることです。必要な人材を明確にし、その人材の価値を高めるために投資(企業努力)していることを発信しなければ投資家には伝わらないからです。
ここで重要になるのが、企業価値向上につなげるための望ましい開示項目を特定することです。企業価値向上に向けて重要な開示項目は、企業の置かれている状況やビジネスモデル等によって異なります。ある企業で企業価値向上につながった開示項目が、業界も環境も全く異なる企業においてそのまま当てはまるとは限りません。「自社にとって重要な人的資本開示項目は何か」を特定し、それを開示することが、自社の企業価値向上につなげるためのポイントです。
では、社内で生まれる価値を高めるために重要な「効果的なKPIの設定」、そして社外で生まれる価値を高めるために重要な「望ましい開示項目の特定」を、どのように進めていけばよいのでしょうか。次回のコラムで解説します。
執筆:太田愛実
監修:KPMGコンサルティング
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