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キャリア支援は「順番」がずれている

はじめに:「詰まり」の正体

転職すべきか相談に来るが、比較対象が現職と退職の二択しかない。強みが分からないと言うが、参照枠が社内に閉じている。何がしたいか分からないという状態が、長く続いている。

キャリア支援の現場で、こうした「詰まり」に繰り返し向き合ってきた。そして厚生労働省が2026年1月に公表した「経済社会情勢の変化に対応したキャリアコンサルティングの実現に関する研究会報告書」を読んで、この詰まりの正体が見えてきた。

https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_68886.html

※本記事は、同報告書を起点に、現場で人と向き合ってきた実感を踏まえ、補足的な視点を整理したものである。

書かれている問題意識や方向性——解決型から開発型へ、個人が主体的にキャリアを形成し、その判断や意思決定を支える存在としてキャリアコンサルタントの役割を整理していく——に、大きな違和感はなかった。いまの日本社会を考えれば、きちんと向き合うべき論点だと思う。

一方で、読み進めるうちに、少しずつ別の感覚が強くなっていった。論点が間違っているというよりも、議論が始まる前段に、まだ置かれていないものがあるのではないか、という感覚だ。

現場で人と向き合ってきた実感として、ここは一度立ち止まって補足しておきたい。キャリア支援で本当に問われているのは、能力や意欲そのものではなく、「どこから支援を始めるのか」という順番なのではないかと思っている。

いまキャリア支援で詰まりが生じているのは、考え方の問題ではない。考え始められる状態に入る前段が、十分に設計されていないことに原因があるように見える。

■ キャリア形成はどのようなプロセスをたどっているのか

議論を進める前に、前提となる全体像を整理しておきたい。

現場で見えているキャリア形成のプロセスは、概ね次のような流れをたどっている。

まず、触れている世界や価値観が限られている状態がある。そこから外の世界を知り、比較対象が増える。すると一時的に考えがまとまらなくなり、混乱が生まれる。その混乱を経て、ようやく経験や思考が言葉として整理され始める。整理が進むと、主体性が再び使われ始め、最終的に意思決定に至る。

この流れ自体は、厚労省の報告書とも、現場のキャリアコンサルタントの実感とも、大きく食い違うものではないはずだ。

■ ずれているのは「能力」ではなく「支援を始める地点」

ずれているのは能力ではなく順番だ。

報告書で主に扱われているのは、経験を言語化し、整理し、意思決定を支えるフェーズである。つまり、すでに「考え始められる状態」に入っている人を前提に、議論が組み立てられているように読める。

一方で、現場で向き合ってきた実感としては、そこに至る前の段階で足踏みしている人のほうが、むしろ多い。能力が足りないからでも、意欲が低いからでもない。順番が合っていないだけだと思っている。

◇ 初回面談で確認すべき三つのポイント

実務的には、初回から数回の面談で、次の三点を確認すると、「いまこの人がどこで立ち止まっているか」の当たりがつけやすい。

一つ目は比較対象の有無だ。
この一年で、社外の仕事や価値観にどれくらい触れてきたか。

二つ目は言語化の前提があるかどうか。
職種・業界・役割・働き方など、具体名で三つ以上の選択肢を挙げられるか。

三つ目は混乱の質だ。
材料が増えた結果としての混乱なのか、それとも材料がないまま停滞している状態なのか。

ここで一つ目と二つ目が薄い場合、言語化や意思決定を急ぐほど苦しくなる。先に世界を知る工程を設計し、未整理や混乱を通れる状態をつくる必要がある。

私が言う順番とは、この見立ての順番のことだ。

■ キャリアコンサルタントの専門性が発揮される領域

誤解のないように書いておくと、これはキャリアコンサルタントの専門性を否定する話ではない。むしろ逆で、その専門性は特定の工程において非常に強く発揮される。

混乱を整理し、考えを言葉にし、意思決定まで伴走する。それは人を動かす仕事ではなく、**「決めるところまで支える仕事」**だと思っている。

■ 現場で多く見られる「前段の詰まり」

ただ、現場ではその前段が詰まっているケースが多い。

◇ ケース1:比較対象が現職と退職の二択

たとえば「転職すべきか」を相談に来るが、前提となる世界が極端に狭いケース。

「今の会社が合わない気がする」「辞めた方がいいですか?」と聞かれるが、比較対象が現職と退職の二択しかない。

この場合、意思決定の前に、まず世界を広げる必要がある。

◇ ケース2:参照枠が社内に閉じている

また、「強みが分からない」という相談も多いが、これは経験不足ではなく、参照枠が社内に閉じているケースが多い。

経験はあるのに、それを評価する軸が社内の常識に限られているため、言語化を頑張るほど空回りしやすい。外に比較対象をつくると、混乱が前進のための混乱に変わっていく。

◇ ケース3:判断材料そのものがない

さらに、「何がしたいか分からない」という状態も、意欲の問題というより、長く限られた世界にしか触れてこなかった結果、判断材料そのものが手元にないケースとして見ることができる。

こうした相談は、能力や意欲の欠如というより、支援の開始地点が言語化や意思決定ではなく、もっと手前にあるというサインとして読める。

この段階では、自己分析を深めるよりも、外部の仕事や役割に触れる接点を設計するほうが効くことが多い。そのうえで、キャリアコンサルタントの言語化支援が活きてくる。

■ 主体性は「取り戻すもの」ではなく「再び使われ始めるもの」

多くの人は、判断や意思決定に入る以前の段階で立ち止まっている。それは考える力が足りないからではない。触れている世界や価値観が限られたまま、その内側だけで判断し続けてきた結果だ。

以前、「主体性がない社員なんて、いない」という記事を書いたことがあるが、そこで書いたのは主体性が失われたという話ではない。環境が閉じていれば、主体性は発揮されにくく見える、という状態の話だった。

主体性は、取り戻すものではない。もともとある。ただ、使われていない状態が続いているだけだ。

世界に触れ、比較対象が増え、判断材料が手元に揃い始めたとき、主体性は再び使われ始める。その直前の段階で、多くの人が立ち止まっている、というのが現場での実感だ。

■ 「対立」ではなく「位置の違い」として捉える

ここまでを重ねると、問題の構造はシンプルになる。

見ている方向が違うのではない。支援を始めている地点が違うだけだ。

キャリアコンサルタントが最も力を発揮する地点と、現場で多くの人が立ち止まっている地点が一段ずれている。その結果、支援が噛み合っていないように見える場面が生まれている。

これは対立の話ではない。厚労省の報告書が示している方向性は、日本社会にとって重要だと思っている。そのうえで、現場で人と向き合ってきた実感として、その前に一段、世界と接触する工程が必要だと感じている。

これは能力の話でも、意欲の話でもない。順番の話だ。

■ おわりに:世界と接触する工程を先に設計する

世界と接触する方法は一つではない。社内異動、越境学習、副業、プロボノ、短期プロジェクト、コミュニティへの参加など、方法はいくつもある。

私たち仕事旅行社は、「いろんな仕事を旅するように体験できる」サービスを10年以上提供し、これまで延べ3万人以上の方に体験を届けてきた。その現場で繰り返し見てきたのは、半日〜数日の「外の仕事」への接触が、参加者の思考を解凍する瞬間だった。

それは能力開発ではない。比較対象が増え、判断材料が手元に揃い始めることで、主体性が再び動き出す過程だった。

大事なのは内省そのものではなく、内省が機能するために必要な比較対象と体感の材料を、先に増やすことだ。

そうして世界を知る工程が進み始めたとき、言語化や整理、意思決定のフェーズで、キャリアコンサルタントの専門性はむしろ一段と活きる。

このコラムを書いたプロフェッショナル

田中 翼

田中 翼
株式会社仕事旅行社 代表取締役

2011年より、越境学習の専門家として累計3万名を支援。2つのHRアワード受賞。1日完結・約100種から選べるプログラムで、イノベーション・主体性・連携力の組織課題を同時解決。満足度4.6、モチベーション向上94%を実現。

2011年より、越境学習の専門家として累計3万名を支援。2つのHRアワード受賞。1日完結・約100種から選べるプログラムで、イノベーション・主体性・連携力の組織課題を同時解決。満足度4.6、モチベーション向上94%を実現。

得意分野 モチベーション・組織活性化、福利厚生、キャリア開発、リーダーシップ
対応エリア 全国
所在地 港区
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