何故「タレントマネジメントシステム」で成果を出せなかったのか
「タレントマネジメントシステム」と呼ばれるシステムが、日本で一般的に使われ始めたのは、2010年頃からである。それから約7年、「導入したけれど、利用を止めてしまった」「目標管理の運用にだけ使っている」「標準的な個人情報を閲覧する電話帳のようなものになっている」「従業員サービスにはなったが、人事部がプロフェッショナルとして経営に貢献するという効果は得られなかった」という声を、実際に多数聞くようになった。それなりの費用や工数をかけ、期待をもって導入したシステムが、どうしてこのような結果に終わってしまったのだろうか。
今回は、何故「タレントマネジメントシステム」で成果を出せなかったのか?今、日本の人事にはどんなシステムが求められているのかについて、整理してみたい。そこには、単に各社の担当者の努力不足ではない、構造的な問題がある。
本題に入る前に、「人事がシステムで成果を出す」とは、何を指すのか、これからの話の前提を明確にしておこう。
タレントマネジメントシステムを導入して、以下のようなことを実現した(したい)というケースは少なくない。
●採用管理プロセスをシステム化した
●目標管理を紙の運用からワークフローシステムに置き換えた
●社員の基本情報を全社で共有できるようになった
確かにこうしたことも、今までできていなかったこと、できたらいいと考えていたことを実現したという意味では、「成果を出した」と言えるのかもしれない。しかし、人事の本質的なタスク、「短期・中期・長期のビジネス目標を、組織・人材の側面で支援する」という視点から見れば、そこで生み出されたものは、まったく物足りないのではないだろうか。厳しい見方をしてしまえば、単に業務の効率化を果たしたり、人事の「手間」を削減したにすぎない。
本稿では、「人事がシステムで成果を出す」ということは、システムで実現したことが、経営やビネスに貢献している、少なくとも貢献するための道への一歩を踏み出している、という前提で、話を進めていきたい。
【システム名が変わったからと言って、無条件に一元化の課題は解決しない】
まず、「タレントマネジメントシステム」という名前になったからといって、「人材データの一元化」の高いハードルを、無条件に超えられるわけではない、という点を見落とさないことが重要だ。意外に名前のイメージに惑わされてしまうケースがある。「タレントマネジメントシステム」という名前なのだから、自社のマネジメントで必要だと思うことはすべてしっかりカバーできているはず、という思い込みだ。実際に、「成果を出せなかった」企業の話を伺うと、実は「実効性のある人材データの一元化」のレベルで躓いているケースが少なくない。タレントマネジメントシステムを導入したのに・・・、
●データの履歴管理ができなかった
●本日時点でのデータしか取り出せなかった(基準日設定ができない)
●そもそも管理できない項目があった
●社内で共有できるようなレベルの組織図が作成できなかった
●他システムからのデータ取り込み連携ができなかった、あまりに面倒な作業だった 等々
実は、これらは従来の「人事システム」で起きていたことと同様の問題なのである。その構造的な問題を理解し解決していなければ、どんな名前のシステムを入れても、成果への一歩は踏み出せない。
(一元化の超えるべきハードルの詳細については、「人事データの一元化は想像している以上にハードルが高い」をお読みいただきたい。)
【そもそもタレントマネジメントとは何をすることなのか】
そもそもタレントマネジメントとは何をすることなのか。様々な企業の人事とお会いしていると、各社各様の考え方があり、自社にとって有効な「タレントマネジメント」はどういうものなのか、試行錯誤をしている企業がほとんどである、というのが実感値だ。
一方、「タレントマネジメントシステム」のパンフレットや説明資料などを見ると、
要員管理/報酬管理/目標管理/業績管理/コンピテンシー・能力管理/評価支援/学習支援(e-learning)/異動・配置支援/キャリア開発支援/後継者計画/リテンション支援/従業員SNS・・・といった支援機能が並ぶ。新しいところでいけば、社員のエンゲージメントや組合せの診断を提供する機能などが提供されることもあるようだ。
確かにこうした活動は、人材のモチベーションを上げる、組織を活性化させるために有効な働きをすると言われているし、実際に多くの企業が取り組んでいる。しかし、「こうした活動が完全な形で出来上がっていて、現段階でまったく問題がない。あとは粛々と運用するだけ」、と言い切った人事に、私はほとんどお会いしたことがない。今までの活動の問題点は何か、どのように改善すればいいのか。そもそも、それは自社に必要なのか。必要だとしたら、どのようなデザインをすればいいのか・・・。大半の人事や経営層の方々が、試行錯誤しながら、走り続けていることが、ほぼ100%である。
そうした状況に対して、多くのタレントマネジメントシステムが、それぞれの活動の一般的なベストプラクティスを提供しているというのが現在の構造だ。もちろん、そこで提供されているプロセスに合わせていくことで、自社のタレントマネジメントの方向を探る、という考え方もある。ただし、システムが提供しているベストプラクティスが、自社に完璧に合う保証はない。「試して方向を探る」ことを意図するのであれば、試用期間と判断基準を設定し、合わない部分があったときの対策方法を講じておくところまで計画する必要がある。
しかし、残念ながら、合わないことが分かった場合に修正がきかないシステムも多い。もしくはそれ以前に、合っているか合っていないかの検証をする術がないというケースもある。合わなくなっていくプロセスを手作業で対応する割合が上がっていき、結局システムが担っているのはシンプルなプロセス管理のレベルで終わってしまうケースも少なくない。そして、「導入したけれど、利用を止めてしまった」「標準的な個人情報を閲覧する電話帳のようなものになっている」「目標管理の運用にだけ使っている」といった、残念な結果に終わる。
マーケティングの世界でよく引き合いに出される、「ドリルと穴」という話がある。ドリルを買いにきた顧客に、ドリルの性能やスペックを説明してもだめだ。なぜなら彼らはドリルというものを買うことが目的ではなく、家に帰って適切な穴をあけることが本当の目的だからだ。だから、穴を開ける目的や壁の素材といった話を聞くことこそが、ドリルを買ってもらうために重要なことなのだ、といった主旨の話だったと記憶している。
これはあくまでマーケティングの話ではあるが、現在のタレントマネジメントシステムを巡る状況に対しても、示唆に富んでいるのではないかと思う。そもそも何故「タレントマネジメントシステム」(ドリル)を買おうとしているのか?そもそも、今必要なのは「タレントマネジメント」(穴)なのか。どんな「タレントマネジメント」を目指すのか(どんな穴を開けたいのか)。「タレントマネジメント」をしていく組織環境やビジネス環境はどうなっているのか(穴をあけようとしている壁はどのような状態なのか)。組織環境(壁の性質)を考えた場合、本当に一般的に言われている「タレントマネジメント」(市販のドリルで穴を開けること)が自社(壁)にあっているのか?・・・
こうした一歩手前の議論が不十分なままに、「タレントマネジメントシステム」(市販のドリル)を買うことが前提となってしまっていて、製品調査やコンペ・選定では、「タレントマネジメントシステム」(ドリル)の性能やスペックの比較が話の中心になっている・・・。そして、結局、上記のような残念な結果に陥ってしまう。
そうした状況に陥らないために、2つのことをしっかりと理解しておく必要がある。
●自社のタレントマネジメントは、パッケージベンダーが提供するベストプラクティスに合わせる形だけで、本当に経営に貢献できるのか。
●今経営に貢献できる人材・組織マネジメントをしていくために必要な武器は、そもそもどういうものなのか。
この2つである。
【自社のタレントマネジメントはベストプラクティスに合わせる形で本当に経営に貢献できるのか】
まず、ひとつ目の「自社のタレントマネジメントはベストプラクティスに合わせる形で本当に経営に貢献できるのか」について整理してみよう。
そもそも何のために、時間とお金をかけてまで「タレントマネジメント」に取り組むのかと言えば、企業が市場での競争優位を保ち、売上利益を上げていくために、人材・組織の環境を常に最適化していく必要があるからだろう。つまり、「タレントマネジメント」は、運用業務の話ではなく、戦略の話だということだ。
では、戦略とはどういうものか。事業会社であれば、大きく変化する市場を相手にするビジネスへの貢献を担う活動である。たとえ他社と同じようなビジネスをしていたとしても、各社の製品特性や市場でのポジショニングは違う。そして扱うのは人や組織。自社のビジネスのミッション、ビジネスモデル、それを実行する人材・組織が、他社とまったく同じということはあり得ない。つまり、「変化と独自性」に機敏に対応していくこと、が求められる世界だと言えるだろう。つまり、標準化やベストプラクティスへの適合という考え方とは、本質的には相性が良くないのである。
もちろん、すべてがまったくユニーク、ということではない。例えば、目標管理(パフォーマンス管理)をしたい。キャリア申告をしてもらいたい。後継者選抜・育成をしたい・・・。といったレベルのことは、大枠で共通しているケースが多い。しかし、その具体的な中身は、各社が置かれた状況や目指すものによって、大きく変わってくる。そのどこまでをベストプラクティスとしてパッケージ化し、残る「独自性と変化」に対してどのような仕組みを提供することで対応していくのか、というのがパッケージベンダーの腕の見せ所になる。正直、そのレベルはベンダーによって大きな差がある。しかし、そうしたことは、実際に使ってみないとわからないことも多いというのが悩ましいところだ。
ユーザーとしてできることは、自分たちがシステムでサポートしたい分野(戦略)の性質と、システムの性質(ベストプラクティスの集合体)の本質的な相性の悪さを理解した上で、それぞれのベンダーのタレントマネジメントへの理解力と技術力、変化と独自性への対応力を、冷静に見極めるということになる。簡単なことではないが、システムを使って経営・ビジネスに貢献していこうと考えているのであれば、この部分にはこだわることの意味は大きい。
【今経営に貢献できる人材・組織マネジメントをしていくために必要な武器は、どういうものなのか】
ふたつ目の「今経営に貢献できる人材・組織マネジメントをしていくために必要な武器は、どういうものなのか」はどうだろうか。
この14年、多くの人事担当者の方々にお会いしてきた。そこで見てきたのは、Excel(時にはAccessやFileMaker)で、資料を作り続けている人が本当に多い、という実状だ。経営層やビジネスの現場から要請されると、人事システムからローデータを取り出し、指示された内容に従ってデータ加工をし、資料に仕上げていく。こうした対処療法的な資料作成のために、人事担当者の時間(=人件費)が大量に使われていることを以て、人事がビジネスに貢献している、と言えるのだろうか。
昨今、人事に潤沢な人員が配置されている企業は決して多くない。そんな貴重な人材が、何らかのシステムが入っているのにも関わらず、頭を使うのではなく、手を動かすことに時間を取られているのである。人件費の有効な使い道とはいい難い。本来使われるべきことに時間が使われていないという、いわば”逸失利益”が発生していると言ってもいいのではないかと思う。
つまり、システム(IT技術)に投資をするのであれば、そもそもまず、人材マネジメントに関わる人材が手を動かさなくてはならない時間を省力化することに資する、という観点が必要である。「タレントマネジメントシステム」というイメージから入ってしまうと、この点が見過ごされていることが多い。そうなると、高機能のシステムを入れたのに、それを十分に活用するだけの時間がない、ということになってしまう。
そして、その実現によってつくりだされた時間を有効にするためのデータ活用が柔軟に行えるのか、という点も重要である。自分たちの試行錯誤や仮説検証のために必要なデータを、自在に取り出すことができることが望ましい。
つまり、
●Excel等で、基となるデータを俗人的に作成することをできる限り排除して、
「頭を使う時間を作り出す」
●考える人の思考に寄り添った柔軟な情報を提供することで、
「頭の使い方の質を上げる」
この両輪を回すことができるシステムが求められているのである。そのためには、どのような仕組みが必要なのか、という発想を持ってシステムを選ぶことで、人事の業務の質が大幅に上がる可能性が高まる。
「人事にシステムを導入するなんて、人事が楽になるだけだ。頭数が減らせないなら投資に値しない」と言われることがある。確かに、人事には対処療法的な仕事のみを期待していて、モノを考え、ビジネスの成功のために行動することなど求めていないということであれば、それは正論である。しかし、恐らくこれからの多くの日本企業にとって、人材の確保・リテンション・そうした人材一人ひとりに活躍してもらうことは、ビジネスの成功を継続するために、大変重要な要素になっているはずだ。
若年労働者は減っていく、高齢社員は増えていく、性別・国や文化の違い、価値観の違いといった、様々な多様化が進む・・・・。こうした課題をひとつひとつクリアしていくことが、待ったなしで求められるだろう。
つまり、これからの人事機能に対しては、ますます高度化、複雑化、そしてスピード感と長期的視野の共存が求められるはずだ。だとすれば、人事に関わる人たちには、付加価値を生み出さない仕事から解放され、「楽」になってもらう必要がある。上司や現場から言われたことに応えるためだけに時間に追われ、Excelと格闘することはできるだけ省力化するのだ。RPAの導入も視野に入ってくるかもしれない。そしてそこで手にした時間で、自ら考え、行動し、結果を出すことが求められる。つまり、人事は今までとはまったく質の異なる要求や期待に直面し、仕事の質を大きく変えていくことになる。適切なシステムを入れると、「システムを入れると人事が楽になる」のではなく、「システムを入れると人事は質的に大変になる」のである。
【そのシステムは、マネジメントの改善・改革といった知的活動に寄りそうことができるのか】
では、具体的にはどのようなシステムが必要なのだろうか。
ビジネスの世界で、「既存の仕組みを改善する、もしくは改革する」「新しいことを企画、立ちあげる」といったタスクに取りかかったときには、人材・タレントマネジメントの世界に関わらず、こうした知的活動を行っているのではないだろうか。
●全体像を把握する
●必要と思われる情報を入手する
●入手した情報を様々な角度から理解する
●課題を見つけ出す
●課題解決のために、試行錯誤をしたり仮説をたてたりして、予測を立てる
●課題解決の施策を実行する
●実行した結果をチェックし、改善していく
そこで扱われている課題が、人材・タレントマネジメントの分野では、「後継者育成・選抜」であったり、「中間管理職層のマネジメント強化」であったり、「高齢社員のモチベーション管理」であったり、「多様性への対応」であったりする、という構造だ。
こうした構造をサポートできるシステムが、今、多くの日本企業で人材マネジメントに関わる人に必要だろうと考えている。システム的に整理をし直すと、以下のようになる。
● 継続的・網羅的な一元化と見える化
▸▸▸ 徹底的に人材にかかわるデータを一元化し、自社の課題にあった形で柔軟に見える化できる。そして、将来の変化にも対応し続けることができる。
● 連携技術・プロセスサポート
▸▸▸ 一元化を支える連携技術・プロセスサポートがある。
● 課題発見のためのデータの抽出・比較・分析・シミュレーション
▸▸▸ 一元化されたデータから、課題を発見していくために、必要に応じて、柔軟に抽出・比較・分析・シミュレーションすることができる。
● 課題解決のための試行錯誤・仮説検証・予測支援
▸▸▸ 明確になってきた課題に対して、試行錯誤、仮説検証、未来予測などを行って、課題解決策を立てていく。
● エビデンス検証
▸▸▸課題解決策の結果を確認し、PDCAを回していく。
システムが、上記のような知的活動の動きに寄りそう、つまり、こうした施策をよりよいものにしていくにはどうしたらいいのかを「考える」部分にシステムが使えないとしたら、「体に汗をかく」Excelでの資料作成は残り続けて、システムはその結果を格納するだけの閲覧ツールや、単なるプロセス管理のシステムで終わってしまう。
繰り返しになるが、これからの日本企業(日本にベースをおく「グローバル企業」もふくめ)の人事の役割はこれまで経験してこなかったような種類のものになる可能性が高い。そしてその質が、ビジネスの成否に関わってくるだろう。そのための武器として、適切なシステムを選び、活用していっていただきたいと思う。
※インフォテクノスコンサルティング株式会社 Rosic人材マネジメントシステムサイトからの転載(オリジナル:2018年3月30日掲載)
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大島 由起子(オオシマ ユキコ) インフォテクノスコンサルティング株式会社 セールス・マーケティング事業部長
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