キャリアは本当に自律できるのか
――初職の経路依存性と企業の育成責任
【本稿のポイント】
● 採用は、能力そのものではなく、履歴というシグナルを通じた推測である。個々の企業にとって合理的なシグナル依存も、社会全体で集積すると、初職の履歴が生涯参照され続ける「初職の経路依存性」という構造を生む。
● 社会学の職業威信になぞらえ、「キャリア威信」という概念を提示する。どのようなキャリアを歩んできたかへの社会的評価が、能力の中身を問う前に作動し、履歴による選別を正当化する空気となっている。
● 「初職」という出発点は、卒業年の景気、地域、家庭の事情など、本人が選んでいない要因によって与えられている。この前提を欠いたまま「キャリアは選択の結果」とみなす自律論は、修正を迫られる。
● 人材不足の時代に、履歴シグナルの揃った完成品を探す採用は、母集団を自ら狭める。必要なのは育成によって可能性を開く転換であり、自律の要求と育成責任は、対でなければ制度として成立しない。
第一 相談現場で見える、ある傾向
キャリア相談を続けていると、ある傾向に気づきます。
初職が正社員であった人は、その後も正社員として転職していくことが多い。他方、初職が非正規であった人は、その後も非正規雇用を繰り返すことが少なくない。本人は正社員を強く希望しています。応募も重ねています。それでも、壁は厚い。
「正社員になりたいのですが」――そう語る相談者の履歴書には、非正規の職歴が並んでいます。面談で話せば、理解力にも、対人能力にも、職業意識にも、何ら遜色はない。にもかかわらず、書類の段階で選考から消えていく。
これは、本人の能力の問題なのでしょうか。
本稿は、この問いを入口に、採用と育成をめぐる一つの構造を、人事プロフェッショナルとともに考えたいと思います。結論を先に述べれば、こうなります。
企業は能力を見ているつもりで、実は履歴を見ている。そして、履歴の出発点は、本人の選択だけでは決まっていない。この二つの事実を直視するとき、「キャリア自律」という言葉の使い方と、企業の育成責任のあり方は、修正を迫られます。
第二 企業は「能力」ではなく「履歴」を見ている
なぜ、面談では遜色のない人が、書類で消えるのでしょうか。
採用という行為の在り方から考える必要があります。採用担当者は、応募者の能力そのものを直接観察することができません。能力は、働いてもらってはじめて分かる。しかし、働いてもらう前に決めなければならない。これが、採用に内在する情報の非対称性です。
この非対称性を埋めるために、企業は代理指標に頼ります。経済学で「シグナル」と呼ばれてきたものです。実際の選考で機能しているシグナルを列挙してみます。
正社員経験の有無。在籍した企業の規模。勤続年数。マネジメント経験。学歴。そして、職業そのものの社会的評価。
いずれも、能力そのものではありません。能力を推測させる、履歴上の痕跡です。つまり採用の実態は、こう整理できます。
企業は能力を見ているのではない。履歴を通じて能力を推測している。
付け加えますが、これは採用担当者の怠慢でも悪意でもありません。限られた時間と情報で判断を下さなければならない以上、シグナルへの依存は合理的な行動です。問題は、個々の企業にとって合理的なこの行動が、社会全体で集積したときに何を生むか、です。
すべての企業が同じシグナルを参照すれば、初職で正社員の履歴を得られなかった人は、どの企業の入口でも、同じ推測にさらされます。個々の判断は合理的でも、その総和は、特定の履歴を持つ人々を労働市場の中心部から遠ざけ続ける構造になる。初職の経路依存性とは、この集積のことです。
第三 職業威信と「キャリア威信」
ここで、一つの概念を提示したいと思います。
社会学には、「職業威信」という確立された概念があります。職業によって社会的評価に序列がある――日本でも、社会階層と社会移動に関する調査研究の蓄積のなかで、繰り返し測定されてきました。
しかし、相談現場から見えるのは、職業への威信だけではありません。社会は、どのようなキャリアを歩んできたかにも、威信を与えています。これを仮に、「キャリア威信」と呼んでみます。
高い威信を与えられるキャリアの典型は、こうです。新卒で正社員として入社し、体系的な育成を受け、昇進を重ねてきた経歴。
他方、低い威信とみなされやすいのは、非正規雇用の連続、離職期間、短期就業の繰り返しです。
これは能力とは別の問題です。非正規の職場で高度な業務を担ってきた人は、いくらでもいます。離職期間の背後に、介護や療養という事情を抱えていた人もいます。しかし、キャリア威信のフィルターは、その中身を問う前に作動します。
第二で述べたシグナルが個々の採用判断の道具だとすれば、キャリア威信は、その判断を社会的に正当化する空気だと言えるでしょう。「この経歴では仕方がない」という判断が、誰からも咎められない。その咎められなさ自体が、構造の一部なのです。
第四 「キャリア自律」論が置き忘れている前提
ここまでの整理が正しいとすれば、避けて通れない問いに突き当たります。
キャリアは、本人の選択の結果なのでしょうか。
キャリア自律という言葉は、いまや政策文書にも、企業の人事施策にも定着しました。筆者は先に、キャリア自律を強制する社会が何を個人に転嫁しているのかを論じました。本稿の問いは、その続きにあります。転嫁されているものの中身の、最も重いものの一つが、出発点の格差です。
初職を決めるのは、何でしょうか。
卒業した年の景気。就職氷河期に学校を出た世代は、本人の能力と無関係に、初職の選択肢そのものを狭められました。育った地域の産業構造。家庭の経済事情。在籍した学校の求人経路。新卒一括採用という日本特有の仕組み。そして、偶然。
筆者自身、第一次オイルショック後の採用抑制のさなかに学部を卒業した世代です。数年違いで同じゼミを出た後輩たちと同期の就職先を比べれば、卒業年の景気が進路を分けた痕跡は、筆者の身近にも歴然と残っています。出発点が景気に左右されるという事実は、筆者にとって他人事ではありません。
これらはいずれも、本人が選んだものではありません。しかし、初職はその後の経路を左右し、経路は履歴となり、履歴はシグナルとして参照され続けます。出発点の不運や不平等が、あたかも選択の結果であるかのような顔をして、キャリアの全体に引き延ばされていくのです。
もし出発点がこのように与えられているのなら、「キャリアは本人の選択の結果である」という前提の上に築かれた自律論は、修正を迫られます。
ここで、予想される反論に応えておきます。経路依存を強調することは、個人の主体性を否定し、「あなたには無理だ」という見下しにならないか、という反論です。
これは、正当な懸念です。しかし、筆者の主張は主体性の否定ではありません。主体性が発揮されるためには、条件が要る、という指摘です。
動けない背景を放置したまま、動けと求めることの倒錯は、筆者がこれまで繰り返し論じてきました。自律の可能性を信じるからこそ、その可能性を開く条件を誰が整えるのかを問う。順序は、こちらが正しいはずです。
第五 企業に問われるもの
では、人事プロフェッショナルは、何を問われているのでしょうか。
人材不足の時代が本格化しています。この局面で明らかになりつつあるのは、完成品を探す採用――履歴シグナルの揃った人材だけを奪い合う採用――が、母集団を自ら狭め続けているという事実です。
全社が同じシグナルで選別すれば、同じ狭い層に殺到することになります。これは、倫理の問題である以前に、採用戦略の問題です。
必要なのは、完成品を探す採用から、育成によって可能性を開く組織への転換です。
具体的には、こう言い換えられます。履歴ではなく、現在の学習能力と行動を見る選考の設計。非正規からの登用経路の制度化。中途未経験者に対する体系的な育成投資。配属後の挑戦機会の意図的な配分。
そして、この転換は、キャリア自律の要求と対で設計されなければなりません。
社員に自律を求めるのであれば、企業の側には、育成責任と挑戦機会の提供が対応します。自律の要求だけを先に立て、育成と機会の提供を後回しにする制度は、必ず形骸化します。
筆者はかつて、ジョブ型人事とキャリア自律のインフラは、同じ思想の表と裏であると論じました。本稿の文脈で言い直せば、こうなります。
自律の要求と育成の責任は、別々の施策ではない。対でなければ、制度として成立しない。
対が崩れたとき、しわ寄せは誰が引き受けるのでしょうか。
企業は「自律を求めた」と言い、社会は「機会は与えた」と言う。そのとき、出発点の格差ごと結果を引き受けさせられるのは、個人です。
この、最終的な引き受け手は誰かという問い――筆者が終局責任と呼んで検討を続けている問題系――については、稿を改めて論じます。
おわりに
キャリアとは、個人の選択の積み重ねです。その事実を、本稿は否定していません。
しかし同時に、キャリアは、社会が与えた出発点の上に築かれています。自律を語る社会であるほど、私たちは、その出発点の不平等から目を離してはならないはずです。
そして人事は、この出発点を作り直すことのできる、数少ない当事者です。採用の入口でどのシグナルを参照するか。育成の投資を誰に配分するか。挑戦の機会を誰に開くか。その一つひとつの設計判断が、誰かのキャリアの出発点を、もう一度与え直すことになります。
キャリアは自律できるのか。
自律は、条件が整ってはじめて可能になる。
そしてその条件を整える責任の一端は、間違いなく、人事の手の中にあります。
(了)
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このコラムを書いたプロフェッショナル
及川 勝洋
労働思想家・キャリア法学研究者・キャリアコンサルタント/一般社団法人地域連携プラットフォーム シニアリサーチャー
制度や理論を現場で機能させることを一貫して追究。学術研究と実務の知見を架橋し、人材育成・キャリア形成を横断的に探究。人事施策を実装可能な形に翻訳し、個人の納得感と組織の持続的成長を支える伴走者。
及川 勝洋
労働思想家・キャリア法学研究者・キャリアコンサルタント/一般社団法人地域連携プラットフォーム シニアリサーチャー
制度や理論を現場で機能させることを一貫して追究。学術研究と実務の知見を架橋し、人材育成・キャリア形成を横断的に探究。人事施策を実装可能な形に翻訳し、個人の納得感と組織の持続的成長を支える伴走者。
制度や理論を現場で機能させることを一貫して追究。学術研究と実務の知見を架橋し、人材育成・キャリア形成を横断的に探究。人事施策を実装可能な形に翻訳し、個人の納得感と組織の持続的成長を支える伴走者。
| 得意分野 | 法改正対策・助成金、労務・賃金、キャリア開発、資格取得、法務・品質管理・ISO |
|---|---|
| 対応エリア | 全国 |
| 所在地 | 志木市 |
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